養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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全ては——アヌ族の為に

 

 

 

 

 そうして六年が経った。

 

 奴はこの星で生き延びた。いや、生き延びた、という言葉は正しくない。奴はただ生存したのではない。この星の生態系に食い込み、その中心にすら成り代わってしまった、と言うべきだろう。

 

 相変わらず奴は朝に目覚め、肉を喰らい、水を飲み、そして奇妙な鍛錬を繰り返していた。地に身体を押し付け、立ち上がり、また沈む。脚を大地に踏み込み、腰を落とし、何度も上下する。岩を積み上げ、両腕で掲げ、声を上げながら持ち上げていた。私には意味不明なその動きが、確かに奴の肉体を鍛え上げていた。

 

 六年の歳月が流れ、奴の肉体はさらに巨大となった。背丈はすでに私を超え、肩幅は樹の幹のように分厚く、腕は岩を砕く棍棒のごとき太さを持っていた。獲物を殴れば骨は砕け、蹴れば大地に叩き伏せられる。今や奴を見た者は、誰もがただの獲物とは思わないだろう。

 

 不思議なことが一つあった。奴はこの星に来た当初、意味の分からない言葉を口走っていた。最初に相対した赤き巨竜を【リオレウス】などと呼び、勝手に名を付けていた。しかし成長するにつれ、そうした頓珍漢な言葉は次第に影を潜め、今では「赤くてデカいトカゲ」と表現するようになったた。……まぁ、相変わらずイカれているのは変わらないがな。

 

 そして奴は、この星の人間とも交流を始めた。

 

 ある日、奴が森を探索していた時のことだ。私のマスクに映し出された映像には、奴と一人の人間が対峙する姿があった。金髪の大柄な男。肩には大きな斧を担ぎ、体躯も人間としては随分と大きかった。最初、両者は互いに警戒していた。男は斧を構え、奴はスピアを握ったまま動かなかった。

 

 しかし、エイペックスはふと焼いた肉を差し出したのだ。スピアに突き刺し、焔で炙った肉を、だ。

 

 私は思わず額を押さえた。なんという馬鹿な真似を……ヤウジャにとって肉を焼くことは冒涜、誇りを損なう行為だ。だが奴は迷いもなくその肉を差し出した。

 

 男は肉を受け取り、大きな口で噛み切り、嚙み締めると……突然「ガッハッハッハ!」と笑い出した。

 

 「大自然が齎した出会いだ!」

 

 何を言っているのか私にはさっぱり分からない。だが、奴は「だろー?」と笑って応えた。言葉は通じてないようだったが……

 

 こうしてエイペックスと人間の男は仲良くなったのだ。

 

 私はその光景を映像越しに見ながら、頭を抱えた。ヤウジャが人間と交流する? 狩るでもなく、支配するでもなく、ただ笑い合い、肉を分かち合う? そんなものは聞いたことがない。

 

 だが……どこかで、嫌悪よりも妙な安心を覚えた。

 

 エイペックスは異端だ。私の理解を超えた存在だ。だがその異端さこそが、未来を切り開くのかもしれない。私はただ、モニターの前でそう考えていた。

 

 

 そして私は奴を迎えにいった。

 

 船にクロークを施し、青い星の大気を切り裂く。針のような光が船体を擦り、雲を抜けた先には大森林が広がっていた。鬱蒼と茂る木々、その奥深くに奴がいる。

 

 「ん?」

 

 警告音が鳴った。センサーに異常反応。何かが――こちらに飛んできている。

 

 私は即座に操縦席の窓越しに目を凝らした。

 

 「マズい! マズいマズい!!」

 

 それは巨大な龍だった。一対の翼を広げ、鋼鉄のような鱗を纏い、その周囲に嵐を呼び起こしていた。木々を根こそぎ引き千切り、大地を抉り、岩までも宙に舞わせる。圧倒的な質量と風圧を纏った巨影が、一直線にクロークを施した私の船に迫ってきていた。

 

 「なぜバレている!?」

 

 船のクロークは完璧だ。視覚的には認識できないはず。だが奴は見ている。嗅覚か、聴覚か、それとも別の感覚か……理由は分からない。だが間違いなく私を狙っている。

 

 「グゥゥ……!! 早く逃げなければ!!」

 

 私は船を加速させた。機体が悲鳴を上げ、衝撃で身体がシートに押し付けられる。だが龍も加速する。振り切れない。背後から迫る咆哮が船体を震わせ、クロークの機構が軋む音を立てた。

 

 このままでは掴まれる……!

 

 その瞬間だった。

 

 「……なに?」

 

 龍の反応が突然消えた。

 

 恐る恐るセンサーを覗き込むと、巨大な影が急速に高度を落としていくのが見えた。嵐を纏った頭部に、()()()が深々と突き刺さっていたのだ。

 

 「……奴か?」

 

 墜ちゆく龍の背を見下ろしながら、私は思わず呟いた。

 

 やはり奴は、私の想像を遥かに超える存在になっている。あんなものを殺すとは……私はとんでもないものを育ててしまった……!!(放置)

 

 私は恐る恐る、あの巨龍が墜ちた場所へ船を降ろした。

 

 奴が持つマスクからの信号を辿ったところ、やはりそこにいた。

 

 ハッチを開け、全身の神経を研ぎ澄ませて身構えながら外に出る。湿った土と血の匂いが鼻腔を突き、視界の先には巨大な龍の骸が横たわっていた。

 

 その頭蓋に、片足を乗せ、悠然とスピアを引き抜いている奴がいた。

 

 「ゴクリ……」

 

 思わず生唾を飲み込む。

 

 スピアを抜き取る筋肉は波打ち、肩から腕にかけての膨れ上がりは岩のようだ。あれが二十歳の姿か? 否、もはや狩人として完成された異形の巨躯だ。

 

 「む、迎えにきたぞ」

 

 声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。

 

 「ほぉ〜! やっとか! この星もさよならか……楽しかったな」

 

 奴は笑みを浮かべる。まるで散歩から帰るような軽さで巨龍を見下ろし、鼻を鳴らしている。

 

 「う、うむ。ではいくぞ」

 

 私は踵を返そうとした。だがその時だった。

 

 「あ!」

 

 奴の声に、全身がビクリと震えた。背中に氷を押し当てられたかのような衝撃が走る。

 

 「なななんだ!?」

 

 振り返ると、奴は無邪気にスピアを肩に担ぎ、笑顔を見せていた。

 

 「コイツ、船に乗せれる? 食いたいんだけど……」

 

 「そんなデカいやつ船に乗るかーーーー!!!!!」

 

 思わず怒鳴り声が出た。

 

 だが奴は本気らしい。巨龍の翼を引っ張り、転がしながら「ほら!ちょっと畳めばいけるんじゃね?」などと呟いている。

 

 私は頭を抱え、空を仰いだ。

 

 ――やはり、コイツは私の想像を常に飛び越えてくる。

 

 

 そして母星ユィタ=プライムへと帰還した。久方ぶりの空気、港に吹く風は変わらず乾いて鋭い。私は先にエイペックスを小屋に降ろし、船を港に止めると、私は静かにハッチを開けて降り立った。周囲には他の狩人達が視線を寄せてくるが、私は気に留めず歩き出した。

 

 ……掘立小屋。嘗てオリオンが建て、私が若き頃に暮らした、あの木と骨を組み合わせただけの簡素な住居だ。土の匂い、乾いた木の軋む音、石を積んだ竈の跡……その全てが、臆病であった私の記憶を呼び覚ます。ここで私は何度も打ちのめされ、何度も拳で叩き起こされ、そして逃げることを許されず、鍛えられた。

 

 だがその小屋には、誰もいなかった。

 

 「……どこへ行った」

 

 私は外に出て周囲を見渡す。そこで、少し離れた岩場に奴の姿を見つけた。陽光を浴び、その巨体は影を濃く落とし、まるで山脈のように聳えていた。

 

 奴の声が聞こえる。

 

 「ハハッ、軽いや」

 

 岩場には、石と骨で作られた奇妙な器具が置かれていた。奴が小さい時に作ったものだ。両腕で鉄の棒を押し上げ、脚を曲げて立ち上がり、時には背に石を括りつけ、汗を滴らせながら何度も何度も動きを繰り返していたのを今でも思い出す。

 

 奴はそれを持ち、軽く動かしながら呟いていた。

 

 私は陰からそれを見ていた。あの時と変わらぬ、奇妙な鍛錬。しかし今、その鍛錬の果てに立つ姿は、私が見た未来そのものだった。

 

 奴は大きくなった。私を超え、アヌ族を超え、いや、あらゆるヤウジャの中でも敵う者はいないだろう。巨体に刻まれた筋肉の隆起は大地を穿つ岩壁の如く、ただそこに在るだけで威圧と畏怖を放っていた。

 

 「……実現したか」

 

 私は声を漏らす。

 

 あの未来に期待!ジュースを飲み、夢に見た巨躯のヤウジャ。ゼノモーフを拳で粉砕し、巨大な獲物をスピアで討つ姿。その姿が今、目の前に在る。

 

 未来は私のものではなかった。臆病で逃げ腰だったアビサルには決して掴めぬ未来。しかし、ゴンジとして育てたこのヤウジャ——エイペックスがそれを体現した。

 

 「これでアヌ族は安泰だな……」

 

 私は誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。

 

 未来を託せたのだ。臆病な私が、生き残り、深淵を歩き続けた果てに、未来を紡ぐ者を育て上げたのだ。

 

 私は足を踏み出した。岩場の陽の下で器具を持つエイペックスへと近づいていく。

 

 掘立小屋に漂う過去の記憶と、岩場に立つ未来の姿。その狭間で、私は静かに歩んでいた。

 

 

 「エイペックス、ついてこい」

 「え?もう出発ですか?」

 「……間違ってはないが、もうあの試練は終わりだ。次は成人の儀式だ」

 「えぇ!?あれ試練だったの!?育児がめんどくさいからやってるのかと……」

 

 

 「フッ……あれが普通だ。いくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビサル=ゴンジ 

 

 深淵を歩む者。

 臆病にして生存へと貪欲なる者。

 

 かつて名を【アビサル】と呼ばれたヤウジャは、同胞の間でも最も卑小と蔑まれた。

 

 その名は底を意味し、誰よりも臆病で、誰よりも死を恐れ、誰よりも生にしがみつく狩人の代名詞。

 

 彼は常に逃げ、怯え、陰に隠れた。

 

 だが、その臆病こそが、生き延びる術となり、幾星霜の狩りを経てもなお彼を死から遠ざけた。

 

 アヌ族は同族を狩ることを許された異端の部族。

 

 その務めは【断罪】

 

 同胞を殺すという汚れ役を担うがゆえに、表向きは弱小とされ、栄光はすべて秘匿される。

 

 アビサルもまたその枷の中で生きてきた。

 

 だが、彼は見た。

 

 未来を。

 

 エンジニアの生命循環の儀式において、黄金の雫を割り、滑稽な名を持つ奇怪な飲料——【未来に期待!ジュース】を口にした時。

 

 彼は夢を見た。

 

 夢の中で顕れたのは、巨躯にして剛腕のヤウジャ。

 頂点の名を冠する存在。

 己が拳で異形を砕き、槍で王を屠る、畏怖と憧憬の化身。

 それが“未来”の幻影であった。

 

 やがて彼は現実にその未来と出会う。

 

 時間を越えて流れ着いた巨躯の戦士、【エイペックス】。

 未来から来た頂点の名を持つ者。

 

 アビサルはそこで悟る。

 

 己が未来を畏怖しながらも、未来を託され、未来を育てる役目を担うのだと。

 

 彼は名を捨てた。

 底を意味する【アビサル】を捨て。

 力を意味する【ゴンジ】を得た。

 

 それは名誉も、功績も、全てを失うことを意味した。

 

 だが彼は選んだ。

 

 臆病を捨て、力を拾う道を。

 

 数多の星々を巡り、名誉を重ね、遂には星をも滅ぼす頂点捕食者を狩り屠った。

 

 その偉業は大聖堂の地下、祭壇に秘匿され、誰の目にも晒されることはない。

 

 アヌ族の宿命として、力は影に隠される。

 

 だがエルダーは見ていた。

 そして言った。

 「深淵を歩んだだけある」と。

 

 深淵を歩む者は、遂に底から立ち上がり、(名誉)を得た。

 

 その臆病は消え去ったのではない。

 

 恐怖を糧に変え、誰よりも慎重に、誰よりも確実に、未来へと至る道を歩んだのだ。

 

 ゴンジはやがて教育係となる。

 

 選別を生き残った赤子を引き取り、育て、成人へと導く。

 

 その手で未来を育む者となった。

 

 そして彼は再び出会う。

 未来の幻影で見た存在——頂点の名を持つ【エイペックス】を。

 かつて夢に見た巨躯は、現実の赤子として生まれ、彼の前に現れたのだ。

 

 それは偶然か、運命か。

 

 だがゴンジは悟っていた。

 

 全ては深淵の果てに繋がっているのだと。

 

 臆病にして深淵を歩む者、アビサル。

 

 力を得て未来を託す者、ゴンジ。

 

 その生は誰に知られることもなく、名誉は秘匿され、功績は闇に葬られる。

 

 だが確かに在る。

 

 彼の力は、未来を生む礎となる。

 

 すなわちゴンジとは。

 臆病を抱え、それを糧とし、未来を育む影の狩人。

 




これにて外伝アビサル=ゴンジ編終了です。かなり長くなっちゃいました。
エイペックスの誕生と何かを絡めたくて、主人公の名前を頂点の反対である底(深淵)にして書いていきました。最初は父親にして、今も何処かで狩りを続けている……未来に期待!ジュースを飲んで未来を垣間見て、そして最後は親子関係と知らないまま邂逅して一緒に狩りをするみたいな終わり方を考えてました。だけど途中でこれ過去ゴンジすればエモくね?ってなって、現代から300年前に出会ったアヌ族のプレデター【アトラル】を【アビサル】にして、エイペックスと邂逅。そして未来の自分を見て臆病である自分が頂点と共にいる……なーんて?

プレデターの寿命がよく分からなくて、めちゃくちゃ長生きになっちゃいました。ただ、普段は狩猟やら色々して多分死にまくってるんで、実際生き残れば何億年でも平気平気!。ヒッシュと呼ばれていた時代、アメンギの奴隷だった時代に品種改造されて筋肉や身体能力を増大させられたみたいなのをみたので、それで寿命も格段に上がったということにしてもらえれば。
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