魔術がある世界。
その世界で魔術師をやっていた男とその奴隷のお話。



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このお話はファンタジーと書かれていますが、魔術の描写とかはほぼないです。
基本的な人物描写と、粗雑な地の文で構成されております。

もしかしなくても口に合わない方がいるかもしれませんが、許していただけると幸いです。



魔術師と天才な奴隷

 

とある国に、一人の男が住んでいた。

 

男の仕事は魔術師の育成である。

奴隷、学生、一般市民、貴族、王族。

そんな多種多様な人物たちの魔術の才能を見抜き、最低でも三流程度の魔術師に仕立て上げることを生業としていた。

 

依頼されて魔術師としての才能を引き出すこともあれば、男が見出した人物をこの手で教育し、高値で軍事組織や研究機関に売りつけることもある。

 

ただ、男は基本的には才能を引き出すことを主にしていた。

直接育成することはほとんどない。教育をするのは難しいし、時間もかかる。

仲介料などを払うこともなく、莫大な利益を受け取れる利点こそあれど、よほどの才能でもない限り、コスパが悪いのだ。

人を一人育て、高値で売りつけるまでに一体どれだけの時間がかかろうか。

 

それならば、呼ばれた場所に行き、魔術師としての才能を引き出すことのほうが効率がいい。

 

 

 

しかし、そんな男は今。

今までに見たことのないほどの才能を秘めた子供を見つけていた。

この子は間違いなく大物になる。そんな確信が彼を支配した。

 

この子供に英才教育を施し、高値で売ろう。

男がその考えに至るまで、数刻もかからなかった。

 

 

 

 

とある奴隷市場にて。

 

 

 

 

男が、うちの奴隷を見つめている。

…ずいぶん怪しい見た目だが、魔術師だろうか?

金を持っているかどうかはわからないな。

とりあえず、話しかけてみるか。

 

『おや、お兄さん。うちの奴隷に目をつけるとはお目が高い、どうです?少々値は張りますが…』

『購入を検討してみては?』

 

適当に話しかけてみる。すると、すぐに返答が返ってきた。

 

『…この奴隷はいくらだ?』

 

…おや、買っていくつもりなのか。てっきり見ているだけの冷やかしかと思ったが。

なら、最初は吹っ掛けさせてもらうとしよう。

 

『では、これぐらいでいかがでしょう』

 

定価の二倍の値を目の前の男に提示する。ここから値切られる可能性もあるが…。

 

『…よし、取引成立だ。受け取るといい』

 

男は特にためらうこともなく、懐から金貨の入った袋を取りだすと、私に投げ渡してきた。

…驚いた。まぁいい。取引が成立した以上、私にどうこうする権利はない。

 

男に奴隷についての注意事項や、気を付けるべきなどを説明する。

男は私の話を聞き取ると、すごい速さでうちの商品を連れ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、家まで連れ帰ってきたはいいものの。

 

買い取った奴隷は何も話さない。

…適切な教育を施すには、対象との良好な関係構築は必須事項である。

怯えられるのは避けたい。

 

最初はなるべく優しく、害意がないことを伝えなければ。

 

『…あー、初めまして。俺の名前は…ジョン。ジョンと呼んでくれ』

『君の名前を聞かせてもらいたいんだが、いいだろうか?』

 

奴隷は、この質問をして初めて口を開いた。

 

『…フォビア。ネームプレートに書いてあった』

『貴方、私の名前も確認せずに買ったの?』

 

…おっと、痛いところを突いてくるな。

実際、とんでもない魔術の才能を持った奴隷を買い取ることに頭がいっぱいになって、それ以外のことを全く考えてなかった。なんなら声を聴いて初めて性別を認識した。

ここで変に不信感を抱かれるのは避けたい。適当にごまかしておこう。

 

『…いいや、初めましての挨拶というのは、お互いに名乗りあうことから始まるものなんだ。私は君と対等な関係になりたいと考えている。だから、そのルールに従ったまでさ』

『それに、その()()()()という名前が、奴隷としての名前なのか、それとも君の本名なのかもはっきりしていなかったからな』

 

『だから、君の名前を聞いたのさ』

 

男はしゃがみ込み、奴隷の少女の目線に合わせた。

 

『それで、君の名前はフォビアでいいのかな?』

 

目の前の少女は、その質問にこくりとうなずいた。

 

『そうか、ならよろしく。フォビア』

『今日からここが君の家で、君が成長する場所だ。まず最初に、奴隷の首輪を外しておこう』

 

そういうと男は、彼女の首輪を外した。

その首輪は、少女の立場を示すものであり、奴隷の行動を制限する機能がついている特別製である。

それを外すということは、奴隷として扱わないことを保証しているのにも等しい。

 

奴隷の少女は少しばかり驚いたように男を見やる。

 

『…外すの?それ』

『…ずいぶんと無警戒だね。奴隷なんかを買うくせに』

『反抗してくるとか、考えたりしないの?』

 

奴隷ではなくなった少女は男に不思議そうに聞く。

男はさも当然かのように答える。

 

『言っただろう?君と俺は対等だ。対等な関係を表す上で、こんなものは不要だ』

『それに、君は気づいていないかもしれないが。俺は魔術師だ』

『今の君では俺を排除できないよ。それに、排除しても後がない』

 

『君は聡い子だと俺は感じてるからね、そんなことはしないだろう』

『座るといい、これからについての話をしよう』

 

少女はその言葉を聞いて黙りこくる。

少し俯いた後、大人しく男の目の前に座った。

 

『素直でよかった。ジュースを出そう。リンゴとオレンジ、どっちが好きだ?』

男が少女に聞く。

 

『…りんごとおれんじって何?』

 

『あぁ、なるほど。そこからか.そうだよな、奴隷だものな』

『ええと、まずは知能テストからだな、取り敢えずりんごジュースを飲んでみるといい』

『それから、今の君の能力をチェックするとしよう』

 

男と奴隷が向かい合う。

 

こうして、男の育成計画が始まった。

 

 

 

 

それは苦難の道だった。

男をほとんど信用しないフォビアに、自分が信頼に足る人物であることを行動をもって示し。

 

文字が読めないフォビアに文字の読み書き、一般常識や世界の歴史なども教えた。

当然、魔術をほとんど知らない、才能だけでどうにかしようとする彼女に正しいやり方を教えることも忘れずに。

 

 

 

時に不条理に反目し、反抗してくることもあった。

そんな時でも、決して激昂せず、彼女の納得する形で答えを示し続けた。

 

今の自分では理解できない問題にぶち当たったときもあった。

そんな時は、育児や心理学の本などを自分の書庫から引っ張り出し、読み耽ることもした。

 

それもこれも、将来、男が莫大な富を得るために。

慣れない子供の相手を、一から頑張ってやり遂げようとした。

 

どれほど不純な理由であっても、男は確かに正面からフォビアと向き合い続けたのだ。

 

 

 

 

 

 

そうして、数年がたって。

 

 

 

フォビアは多くを学び、多くを知った。最初に出会った頃のような、みすぼらしい姿とは打って変わって、すくすくと成長した少女はあっという間に立派になった。

 

彼女はスポンジのように様々なことを吸収していった。

それは男の予測をはるかに上回り、とてつもない速度で少女は魔術師として男を超えたのだ。

 

こうして、男の目論見は確実に達成に近づいていた。

 

男は既にいくつかの研究機関や軍とコンタクトを取っていた。

フォビアにバレない様に、彼女についての詳細な情報と、彼女から得られるであろう益についてを話したり。

彼女を斡旋することによる利益についての詳細なやり取りを行っていた。

多くの組織が彼女を欲しており、中には男の目標金額よりも多めの額を現時点で提示してくる者もいた。

 

 

手元にある魔術通信装置を見ながら、男は内心ほくそ笑む。

 

(あぁ、この子の就職が決定したら、ようやくこの日々ともお別れできる)

(楽しみだ。彼女が巣立つその日が、俺の引退日になるのだから。いつか訪れるその日が待ち遠しい…)

 

現段階で最も多くの額を支払ってくれる組織との通信記録を見ながら、男はいつか訪れる旅立ちの日の事を夢想するのが日課になっていた。

そんな中。

 

『ご飯できたよ、降りてきて』

 

男が夢想していると、一階から声が響いてくる。

部屋から出た男が階段を見やると、フォビアが微笑みながら男に話しかけていた。

 

『あぁ、今行くよ』

男はそう適当に返す。

 

男は少しだけ思い悩む。それはほかでもないフォビアのことだ。

 

フォビアは魔術の天才だ。魔術師としても、魔術研究者としても。

 

それは純然たる事実であり、そこに疑う余地はない。

現に、多くの組織が彼女を欲し、多額の額を支払うと言っている。

 

しかし、それとは別に少しだけ男には不安な点があった。

 

(フォビアは俺に忠実だ。恩義を感じているのは利用しやすいから助かるのだが、少々あの年頃の子供にしては依存傾向がある)

(その依存が、何かしらの問題を引き起こさないといいんだが)

 

そう、その問題とは。

フォビアが少しばかり男に依存している点である。

自立するだけの能力はあるはずなのだが、彼女は自立する意思を今まで見せておらず、この場所から離れるつもりは微塵もなさそうに思えた。

 

 

(出来る事は着実に増えているし、魔術師としての質は世界でもトップに近い。新しい魔術理論すら思いついているようだ)

 

(商品の質としては現時点で申し分ない。今売っても十分高値で売れる)

(もう少し育成してもいいが…)

(そろそろ独り立ちを促してみようか)

 

(もしもそれに乗ってきたら、こちらとしてもよい就職先を紹介する形で売ることができる)

(早速切り出してみよう)

 

男はそんな思考をする。

そして、どうやって切り出すべきかを考える。

 

彼は顎に手を当てながら、フォビアが待つ食卓に行くために通信装置を厳重にしまい込む。

そして、彼が今できる最大限の厳重な設備でロックをかけ、万が一にもフォビアに見られないようにしておく。

その後、男はリビングへ向かうことにした。

 

フォビアが料理を並べている。

男は椅子を引き、机のそばにある椅子に座る。

 

すると、彼女は当然のように横の椅子に座り、体を男に預けてくる。

まるで恋人のようなその振る舞いに、男は常に違和感を感じていた。

 

『…フォビア。重いんだが』

男がぶっきらぼうにそう言うと、少女から抗議の声が飛んでくる。

 

『…別に重くないよ、これでも体重は軽いもの』

 

男がこれ見よがしにため息をつく。するとすぐに謝罪の言葉が飛んできた。

 

『分かった…やめる。ごめんなさい』

 

ちょっぴり不満そうな態度を見せながら、少女は謝る。

男も分かったならよろしい、と適当に彼女に言った。

 

少女は姿勢を正すと、食前の言葉を述べ、自らが作った食事を食べ始める。

男もそれに倣い、同じように食事を取り始めた。

 

 

ゆったりとリラックスした空気が流れている。

ちょっとした雑談を交えながら、彼らは食事をすすめた。

 

 

 

しかし、その雰囲気は。

男の発言で一瞬で凍ることとなる。

 

 

『フォビア、そろそろ独り立ちをしたらどうだ』

 

そんな、なんてことない一言。

それだけだったはずなのに。

 

 

『…なんで?』

 

びっくりするほどに冷え切った単調な返しが、男の耳に響いた。

なんだか、恐ろしい気配を感じて。男はフォビアのほうを見ずに言葉を紡ぐ。

 

『なんでって、そりゃあ。鳥の雛は大きくなったら巣立っていくだろう?』

『それと同じで…』

 

『…私と離れたいの?』

男の言葉を遮って食い気味で返答がくる。

 

 

…なんか様子がおかしいな。

男はそう思い、フォビアに向き直る。

 

そこには何も映っていない、感情の抜け落ちた目をした少女がこちらを見据えていた。

その眼には男以外何も映っておらず、恐ろしさすら感じてしまう。

 

微笑みを浮かべてこそいるが、そこに本来あるべき温かさを感じない。

貼り付けられた笑みが、男の背筋を凍らせる。

 

少女の綺麗な青色の眼に恐ろしさを感じたのはこれが初めてだった。

 

面食らった男は、思わず身を引いてしまう。

しかし、それを少女は許さない。

後ろに引こうとする足に自らの足を絡め、そのままのしかかる。

 

本来であれば、男は突き飛ばすことだってできただろう。

しかし、恐怖と混乱が故か、彼は身じろぎすらできなかった。

 

そんな姿勢になりながらも、少女は言葉を紡ぐ。

自分の溢れ出す思いを吐露するかのように。

激情的に言葉を吐き出し始めた。

 

 

『…別に、離れ離れになる必要なんてどこにもない』

『私、優秀だよね?あなたが示したお題は、すべて達成してきたし』

『あなたが出したテストにだって合格し続けた』

 

『あなたも、私のことを完璧だって、そう言ってた』

『それなのに、なんで?なんで捨てようとするの?』

 

『私、ダメなところあった?』

『直すよ。もう二度と失望させたりしない』

『だから、そんなことを言うのはやめて?』

『ねぇ、何がダメ?どこがダメ?』

『顔?スタイル?それとも魔術師としての素養?あぁ…いま書いてる論文、書くのが遅かったのが悪いのかな?』

『教えてよ、もっと完璧にする。あなたの望む結果を出すから』

『だから、だから…捨てようとしないでよ』

 

『…ねぇ、何か言ってよ。言われなきゃ何がダメなのかわからない』

『あなたが求めるものを、必ず差し出すから。教えて?何が必要なの?』

 

 

フォビアが男に捲し立てる。その気迫と意味がよくわからない言葉で男は完全にフリーズしていた。

しかし、少女に問いかけられて、ようやく脳が動き出したようだ。

 

『お…落ち着けよ、フォビア。いったい誰が捨てるなんて話をした?』

『俺はただ…お前が独り立ちを考えてるかどうかを確認したかっただけだ』

 

『お前を捨てるようなことをするわけがないだろう、な?』

 

男は必死に説得する。背中から冷や汗が垂れる。

彼女がこんな風に狂乱する姿は今まで見たことがなかった。

ましてや、いつも従順だったフォビアが、ここまでむき出しの感情を向けてくることなど。

想定すらしていなかった。

 

 

『…本当に?』

『本当に、捨てたりしない?』

男にのしかかった状態のまま、少女は今にも泣きだしそうになりながら男に問う。

 

『あぁ、勿論…しないとも』

 

男は、必死に、わずかながらの言葉を絞り出すことしかできなかった。

 

その言葉を聞いた少女は、脱力したように男に体を投げ出す。

一瞬だけ見えた目元からは、露が流れていた。

 

『あぁ…よかった』

『あの…ごめん。その…捨てられるかもって思うと…怖くて』

『つい、熱くなっちゃった。本当は、こんなところを見せたくなかったんだけど』

 

『その…本当にごめんなさい』

 

抱きついたままの姿勢で、フォビアは必死に謝罪する。

 

男もそれを咎めるようなことはしない。というかできない。

『いいんだ、別に…そこまで咎めるようなことでもないし、謝らなくてもいいさ』

『ただ…少し、驚いただけだ』

 

そう、口にはするけれど。

男の内心は、非常に乱れていた。

 

(やべ~~。依存傾向があるとかいう次元じゃなかった。もうそのラインを完全に通り越してた)

(こんなんじゃ商品にならねぇよ)

(俺の余生計画が破綻してしまう…どうにかしないと)

(それに…捨てるってなんだよ。別に捨ててないだろ。独り立ちを促しただけじゃんか…)

 

男の内心とは裏腹に、少女は微笑みながら男を抱きしめている。

抱きしめられながら男は必死に思考を回す。

 

(取り敢えず、話をしてみよう。彼女がどのくらい独り立ちをする気があるのか、それを知らなければ…)

(それによっては…少しフォビアとの付き合い方を考える必要がある)

 

男は意を決したように、言葉を吐き出し始める。

 

『それで、フォビア。お前は、独り暮らしをしようとか思わないのか?』

『あぁ、捨てるとかではないぞ、純粋に、興味本位で聞いてるんだ』

 

少女からまた寒気がするような気配を感じた男は、すぐに備考を付け足す。

ムッとした声で、少女から返事が戻ってくる。

 

『…その話、まだ続けるんだ…。まぁいいや。別に、独り暮らしにそこまでに魅力は感じない』

『だって、独り暮らししたら。あなたがいないでしょ?私、それには耐えられない』

『だから、そういうのには興味ない』

 

男は思う。

(…スゥー…困ったことになったぞ。これじゃ俺の余生を送る計画が…)

(こいつと一緒に暮らすか?いや、それは論外だ。俺はこの件を終えたら女性に囲まれて、豪邸でウハウハの生活を送るのだ)

(その中に、こいつは入れられない。だってこの子たぶん…)

 

男が少女に質問をする。

『そうだなぁ。つまり、これから先、俺と一緒に暮らし続けるってことか?』

『それなら、俺がもしも女性を部屋に連れ込んだりしても文句は言わないでくれよ?』

 

ヘラヘラと、なるべく深刻でない感じにして少女に話しかける。

しかし、案の定帰ってきた答えは殺伐としたものだった。

 

『…そういう相手、いるの?』

 

『ハハハ、どうだ…』

 

男が笑って返事をしようとすると、先ほどまで男の肩に顎を置き、抱き着いていた少女は体を持ち上げる。

男と目線を合わせ、食い気味に言葉を重ねてくる。

その眼は先ほどと同じで、異常なほどの冷ややかさを感じさせた。

 

『ねぇ、私の眼を見て言って?』

『そういう相手、いるのかって聞いてるんだけど?』

 

蛇に睨まれた蛙のように、男は委縮してしまう。

 

『…今はいない』

 

『そう。ならよかった…』

『大丈夫、あなたが望むなら。私がどんな風にもなってあげるよ、だからそんな女性を探す必要はない』

 

目の前の少女が、柔和で聖母のような笑みを浮かべる。

男はそれを見て、ひきつった笑いを浮かべることしかできない。

 

(そういう問題じゃないんですけど)

(やっぱりこの子、ほかの女性と関係を持つこととか許さないタイプだ)

(まずいことになったぞ~~~)

 

 

取り敢えず、男はフォビアが満足するまで彼女の好きにさせてあげることにした。

彼女の知られざる一面が明かされた以上、変に動いて更なる異常事態が引き起こされることは避けたかった。

 

結局、一時間ほどたったのち。

フォビアは食器を洗いに行き、男は風呂に入ることにした。

 

流れる水の音が男の耳に響く。

浴槽につかりながら、男は必死に考える。

 

(…まずいことになった。売りに出そうにも、彼女がついてくる以上、軍に売ることはできない。あそこ寮だし)

(研究機関になら売ることもできるが…あの子は、俺が一緒に暮らすことを要求してくるだろう)

(俺はあの子と一緒に暮らしたくない)

 

(確かに顔もスタイルもいいが、それ以前にあの子をそういう目で見れない。なんか怖いし、想いが重いし、絶対束縛してくる。風俗とか行ったら殺されるんじゃないかあれ)

(…彼女にかけたお金と、時間。それを考えると、さすがに一円も得られないのは避けたいが…)

(あの子と一緒に余生を過ごすのはそれ以上に嫌だ)

 

男は決心したように男は浴槽で立ち上がる。

 

(よし、決めた。逃げよう!)

(大丈夫、あの子には一通り生きるために必要なことを叩き込んである)

(一人でも生きていける!ヨシ!)

 

男は体を拭き、熱を冷ましてから寝間着に着替える。

いつ、どうやってこの家から去ろうか。

そんなことを考え、計画を頭に浮かべながらリビングまで歩く。

いつもであれば、ここにフォビアがいるはずなのだが。

 

そこには誰もいなかった。

とは言っても、別にそこまで珍しいことではなかった。

研究室に行ったのかもしれないし、自室でレポートを書いているのかもしれない。

もしくは…男の自室にいるのかも。

 

 

男は特に気にするそぶりもなく、そのまま自室に戻ることにした。

 

自室に戻ると。

そこには、自分の机に座り。

 

 

厳重にしまい込んでいたはずの通信機を開き、それを凝視している少女がいた。

 

 

 

フォビアが、こちらを向く。

その眼は、先ほどとは比較にならないほど暗く。

 

深淵と呼ぶのにふさわしい深みを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

男は思わずたじろぐ。

しかし、何かを考える前に、フォビアが口を開いた。

 

『ねぇ。これ何?』

 

簡潔で、わかりやすい一言。

通信端末を指さし、少女は男に問う。

 

男は返す。

 

『…はぁ、人の部屋に勝手に入った挙句、保管金庫のロックを破るなんてな』

『今すぐそれを返しなさい。今ならまだ、許してあげるから』

 

教育者としての威厳を示し、少女を諭そうとする。

しかし、目の前の少女にそんなハッタリは通じない。

 

『私の質問に答えて。これは何?』

『ねぇ、さっき言ったよね。捨てないって』

『この記録は?ねぇ…ねぇってば』

 

 

『嘘、ついたの?』

 

 

ヒタリ。ヒタリと。言葉を放ちながら、ゆっくりと少女は近づいてくる。

男の緊張しきった神経は、歩く音すらも明瞭に認識した。

 

先ほどとは比べ物にならないほどの圧に、男は後ろに下がる。

そして、転落防止用の柵にぶつかった。

 

『ねぇ、答えてよ』

 

ゆっくりと近寄ってくる少女に、男は恐れを感じることしかできない。

男の危機本能が、必死に警鐘を鳴らす。

男は必死に考える。

 

(どうすればいい?どうやればこの子を止められる?)

(ごまかしてみる?いや、無理だ。こいつは他人のウソを暴ける…)

(なら、包み隠さず話す…。無理!絶対無理だ!独り立ちの話をしただけであれなのに、それは自殺行為だろう!)

(…逃げるしかない!)

 

男は、必死に考えた挙句。

結局もっとも単純な答えにたどり着いた。

 

そして、男は柵を飛び越え、逃げる…

 

 

 

 

 

 

 

ことができなかった。

 

 

 

男が柵を飛び越えるために、振り返って手をかけた瞬間。

突如として動き始めたフォビアの影が男の足に纏わりつき、足を上げることができなくなる。

 

『逃がすと思ってるの?』

 

いつの間にか男の真後ろに迫っていた少女は、動けなくなった男の肩に手を当てる。

 

『…さっきの質問に答えてくれるよね?』

 

耳元で囁かれる言葉を前にして。

男は絶望することしかできず。

 

 

そして、男は自暴自棄になった。

 

男は振り向き、少女に向き直ったのちに言葉を紡ぎ始める。

 

『…ははは。そうか、聞きたいか?』

『なら、話してやるよ。その端末が何なのか』

 

少女は黙って男の話を聞いている。

しかし、その眼は変わらず深淵のように濁ったままだ。

 

『その端末はな、俺がお前を高値で買ってくれる機関を探すときに使っていたものだ』

『そこに残ってる記録は、お前に自分たちの機関に所属するように頼んでくる機関との連絡記録だ』

『俺は、お前をどこかの機関に所属させることで、その機関から金をもらうことを企んでいたのさ』

 

男の告白を、少女は身じろぎ一つせず聞き続ける。

そして、男が吐き出したその言葉を聞くと、一言、ぽつりとつぶやいた。

 

『…なら、私を育てたのは』

 

男は、その言葉を聞き終わる前に、重ねるようにして話を続ける。

 

『その通り!賢いお前ならわかるよなぁ!』

『俺がお前をここまで育てたのは。お前が可哀そうだったからでも、奴隷を育てたかったからでもない』

『お前に魔術の才能があったからだ。お前を育て、高値で売りつけるためだよ!』

 

『お前が尊敬し、魔術を教わった俺はなぁ!お前を育て、高値で売る商人なんだよ!』

 

男が叫ぶ。

そこには、化けの皮を剥がされ、醜い姿となった外道がいた。

 

 

 

 

…少なくとも、男はそう思われるように演じていた。

 

男には考えがあった。

このような話を聞けば、彼女は自分に失望するだろう。

そうすれば、彼女は男への依存を脱却できるだろう。

 

そして、男はあの気味の悪い執着から解き放たれる。

金を得ることができないのはまぁいい。必要経費だと思うことにしよう。

フォビアと一生を過ごすよりましだ。

銀行にためておいた資産で、一からやり直せばいい。

 

 

男はそんなことを思いながら、フォビアの顔色を伺う。

 

しかし、その顔からは一切の感情を認められなかった。

不気味な表情のまま、少女は男に言う。

 

『そっか。そういう事情があったんだね』

『…一応聞くけど。既に私のことをどこかの機関に売ったりはしてないよね?』

 

少女は目線を合わせ、男にそんなことを聞いてくる。

 

『あぁ、売ってない。まだもうちょっと値段を吊り上げられそうだったんでな』

『それに、お前に知られた以上、売るもなにもないだろう』

男がそう言う。

 

すると、フォビアの顔がパッと生気を取り戻した。

『そっか、それならよかった』

 

男は足がふっと軽くなるのを感じる。

纏わりついていた影が離れ、自由になる。

 

男が驚き、少女を見やると。

そこにはいつもの、柔和な顔をした彼女がいた。

 

男が思わず聞く。

てっきりもっと詰められるものかと思っていたから。

あまりの軽さに拍子抜けしてしまったから。

 

『…もういいのか?』

 

『うん、もういいよ。あんまり怒ってもしょうがないでしょ?』

『正直、怒りで頭がいっぱいだけど。あなたのことが好きだから。この気持ちは飲み込んであげる』

 

男は少しだけ違和感を感じた。

なんかボタンの掛け違いが発生しているような。

 

だが、彼にとってこれ以上に都合のいい展開はない。

さっさと荷物をまとめて出ていかせてもらおう。

もはや男は彼女と一緒にいても何も得られないのだから。

 

男はそう考え、さっさと家から出ていくことにした。

 

 

『…そうか。…すまなかった。その、これから先、いい人生が歩めるといいな』

 

男はそう言い、彼女の横を通り抜け、荷物をまとめようとする。

しかし、男が財布に触れた瞬間。

後ろから伸びてきた手が、男を制止した。

 

『…何してるの?』

 

男は当たり前のように、言葉を返す。

 

『…ここから出ていくよ。この家と設備はお前にやる』

『それともなんだ?まさか何も持たずに出て行けと?』

『まぁ、そういうなら従うが…』

 

フォビアが怪訝そうに男に言う。

 

『何言ってるの?なんで出ていこうとするのさ』

『別に出ていかなくていいよ。これから先、私と一緒に生きてくれればそれでいい』

 

『はい?』

男は思わず聞き返してしまう。

 

(こいつ正気か?なんで裏切った相手をすぐに許せるんだ?)

(それどころか、一緒に暮らそうって…まったく意味が分からない)

(俺はお前と一緒に生きたくないんだが?)

 

出ていくつもりだった男としては、その言葉を聞いて戸惑ってしまう。

 

『いや、俺は無理だ。お前と一緒に暮らせない』

『お前はもう俺の商品じゃない。俺は新しい仕事を探しに行かなきゃいけない』

 

男はフォビアの言葉を聞かず、自室から出ていくための準備を続ける。

しかし、それを少女は許さない。無理やり手をあて、男の動きを阻害する。

 

『どうしてそこまでするの?私が養ってあげるし…』

『二人で暮らす分には今のままでも問題ない。現に何個か魔術的な特許も取ってるし、いざとなれば発明の権利を売却すればいい』

『私はあなたと一緒にいたい』

 

男は少女の言葉を聞かない。

 

『いいからその手をどけてくれ。俺はお前が何と言おうと出ていく』

男は最低限の物資をかき集めると、少女の手を撥ね退けて玄関に向けて歩み始める。

 

 

 

『…結局、私を捨てるの?』

 

 

後ろから、そんな言葉が聞こえてくる。

男は振り向きもせずに、彼女に返事をする。

 

『違うな、お前は自由になるんだ』

 

そんな言葉を言いながら、男は玄関の扉に手をかけ。

 

 

 

 

 

体が動かなくなった。

 

 

 

 

 

原因は明白だ。

 

『違わない。あなたは私を捨てようとしてる』

 

今度は足だけじゃない。

体中が動かない。手どころか、首も、舌すらも動かない。

 

『どれほど綺麗な言葉で取り繕っても、変わらない』

『ねぇ、何がダメなの?』

『貴方の望みならすべて満たしてあげるから』

『私を置き去りにしないで』

『責任を取って?逃げるなんて許さないよ』

 

悍ましい感触が、背中を駆け抜けていく。

少女の歩く音だけが耳に響く、しかし体は動かない。

 

そして、少女が男の目の前に立った。

 

『ねぇ、教えて?どうすれば、私はあなたを引き留められる?』

 

男の舌が動くようになる。

もはや、男はなりふり構っていられなかった。

相手のことなど、考えていられなかった。

 

『…フォビア。俺は、商品でなくなったお前とは一緒にいられない』

『それは、俺がお前を裏切ったからでも、俺の罪悪感によるものでもない』

 

『純粋に、俺が。お前のことが苦手だからだ』

『俺はお前のことが理解できない、そこまで俺に執着する理由も。そこまで俺を深く愛する訳も』

『だからこそ、俺はお前と一緒に生きられない』

(あと純粋にお前怖い)

 

 

男は正直に、実直に。

相手の気持ちを一切顧みず、自分の思いを吐き出した。

 

そして、一言。

『だから、これを解け。そして、そこをどけ』

 

その言葉を聞いた彼女は。

狼狽するわけでも、狂乱するわけでもなく。

ただ、ほんの少しだけ悲しそうに。

男に問うた。

 

『…そっか…苦手…』

『それは、私の事が理解できないから?』

『なら、あなたが私の事を理解出来たら、あなたは私と一緒にいてくれるの?』

 

諦めの悪い少女は、なおも縋り付く。

 

男はなんだか苛立ってきた。

しかし、ここでこれを否定すると、先ほどの自分の意見を否定することになる。

仕方がない。

男はその意見を肯定することにした。

 

『あぁ、そうだとも。お前の事が理解できたのなら、俺は去らなかっただろう』

『俺もお前のことを理解したかった。そうすれば、こんな別れはしなくて済んだと思う』

『もっとも、出来なかったからこうなっているのだが』

 

男は、そう言葉にする。

言葉に、してしまった。

 

男の言葉を聞いた少女は、嬉々とした表情を浮かべる。

 

『なら、少しだけ待ってて』

『私の気持ち、理解できるようにしてあげる』

『そうすれば、私と一緒にいてくれるんでしょう?』

 

 

男が止める間もなく、彼女は自身の研究室に走っていく。

取り残された男の舌はまた封じられ、男の体は磔状態になってしまった。

 

そして、数分もしないうちに、フォビアは極彩色の液体をコップに入れて持ってきた。

 

男の舌がまた動くようになる。当然ながら、男はその液体について聞いた。

『…フォビア、それはなんだ?』

 

『これ?…恋の薬』

 

男はその名前を聞いて発狂しそうになる。

その霊薬は劇薬だ。飲んだ人物は文字通り、「恋」に陥る。

特定の人物の事しか考えられなくなる。

対象は最もそばにいた人物。そこに性別は関係ない。

 

素材自体はそこまででもないが、作るのに異常な技量と時間がかかるとんでもない代物だ。

こいつ、そんな物騒なものをいつの間に…。

 

そして、絶句している男とは裏腹に、目の前の少女はとんでもないことを言い出した。

 

『私、これを飲んだことがあるんだ』

 

(はい?)

 

『でも、何もおきなかった』

 

(は?)

 

男の頭がフリーズする。

恋の薬は対象の精神を作り替える代物だ。

効果は一時的だが、その効果は絶大で後遺症だって残る。

 

それを、飲んだのに。

何も起きなかっただと?

 

だったら、その製法が間違えている…。

いや、こいつは天才だ。それはないだろう。

 

だとすると、薬が何らかの原因で効かなかったのだろうか?

 

男は少し考察する。

しかし、そんなことをするよりも先に、少女が答えを明示した。

 

『多分、霊薬で発生するはずだった好意を、私は既にあなたに持ってて』

『霊薬の効果と同じくらい、私はあなたのことを常に考えていた』

『だからこそ、効果を感じなかったんじゃないかな』

『実際、飲んでからはちょっとだけいつもよりも鼓動が激しかった』

『何度も試したし、野生動物でも実験したから。効果自体は間違いないと思うよ』

 

(…それって、お前の精神状態がとんでもなく異常なことを示していると思うんだが)

男はフォビアからの話を聞いて、そんなことを思った。

 

(ん?待てよ、それってつまり。先ほどの言動を考えて…こいつの次の行動は)

 

男は猛烈に嫌な予感がする。

しかし、現実は非情であり、その嫌な予感は的中した。

 

 

 

『あ、気づいた?そう、あなたが思ってる通り』

 

綺麗な笑みを浮かべながら、フォビアはコップを揺らす。

 

『これを飲めば、私の平時の状態になる』

『それは、私を理解できるってことでしょ?』

 

(…こいつマジか!)

 

男はすぐさまそれを否定して、今すぐ少女にやめるように言おうとするが。

男の舌は、一切動く気配を見せない。

 

『ふふ、はい。口、開けて?』

『あなたが言ったんだよ?私のことを理解したいって』

『言葉には、責任を持たないと…ね?』

 

『大丈夫、あなたがどうなっても愛してあげるから』

 

 

フォビア(恐怖)が恍惚と笑う。

男は一所懸命に口を閉ざす。

しかし、支配された体は勝手に口を開いてしまう。

 

 

最後の命乞いすらも許されず、男はコップの中の液体を胃に流し込まれる。

 

必死に別のことを考えようとする。

しかし、無情にも、その薬は男の精神を作り替える。

偽りの想いは、すぐに本物となる。

 

男は新しい恋を知って。

 

そうして、ここに。

一組のカップルが誕生した。

 

 

 

その二人は、死ぬまで仲良く。

幸せに暮らしましたとさ。

 

 




ヨシ!ハッピーエンドだな!

こんな駄文を読んでくれてありがとうございました。
また何か思いついたらお話にするので、その時はまた読んでくださると嬉しいです。それでは、またいつか!

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