所々似てるのはその名残。
狩人ちゃんの愛の物語。
白い月が淡く輝き、森中に闇の霧がかかった夜。
今宵はクラヤミの夜。
まだ夕暮れだと言うのに地平線に夕日は無く、空には悠々と月が浮かんでいる。
狩人はクラヤミ狩りの黒装束に身を包み、腰に特別製のランタンを取り付ける。
壁に掛けてある小銃と大きな鉈の様なマチェテをそれぞれ腰のホルスターと背中の留め具に装備すれば、クラヤミの獣を狩る狩人としての準備は八割方終わったと言える。
鍵付きの引き出しを開き、厳重に保管してある『黒い涙』が入った瓶を取り出し、小銃の近くにあるもう一つのホルスターに収納して準備は完了だ。
後はクラヤミの獣を一晩狩り続けるだけ。
狩人は扉に手をかけて、後ろを振り向く。
「カミラ、いってきます。」
『いってらっしゃい、クリスタ。』
返事は返って来ないが、かつての思い出の中の彼女の声が聞こえた様な気がして少しだけ顔を歪める。
「もうそろそろ私も……いや、駄目だ。違う。まだ私は大丈夫だ。」
自分に言い聞かせる様に何度も呟きながら、ログハウスを後にする。
森は異様に冥く、ランタンの白い光も6m程しか照らせずそれより先は唯の黒しか見えない。
そんな森に臆する事無く、慣れた足取りで歩き回る。
暫く歩いた頃だろうか、ランタンの光よりも更に先の方から四足歩行の獣の足音が聞こえる。
その足音は軽やかで、少し小走りに狩人へと近づいてくる。
先手必勝。腰のホルスターから小銃を取り出し、クラヤミの獣へと躊躇無く撃つ。
そのまま流れる様に背に負った大鉈を取り外し、駆ける。
光に照らされたのは角を持った大きく暗い鹿。明かされた闇は力を弱め、大きさを少し縮める。
クラヤミの獣……もといクラヤミの鹿は咄嗟に反撃しようとするも一手遅い。
鋭く研がれた大鉈で首を落とされ、両前足もほぼ同時に切り裂かれる。
頸と前足からはその闇の塊の様な風貌とは打って変わって、赤黒い鮮血が噴き出る。
白い月光と黒い宵闇だけのモノトーンな世界に、赤が上塗りされていく。
「…………三匹、それに狼か。」
休む暇も無くクラヤミの狼に囲まれた事を察知した狩人は、小銃の弾を込め直して内一匹に放つ。
再び、直撃したか確認する間も開けずに走り出す。
傷は出来ないものの怯んでいたクラヤミの狼は、突然の光に当てられて更に錯乱状態に陥る。
このまま先程の様に首を落とそうと大鉈を振るうと、もう一匹の狼が闇から飛び出して強靱な顎で噛み止める。
最後の一匹は大鉈を止めたと同時に背後から鋭利な爪で背を切り捌こうと腕を振るって跳びかかってくる。
狩人は咄嗟に大鉈を放し、後ろを振り向きながら狼に裏拳を喰らわせる。
まさか反撃を喰らうとは思っていなかったのだろう。無様な唸り声を上げながら闇の中まで転がってゆく。
しかし、クラヤミの狼もまた森のハンター。連携が崩れたと見るや否や錯乱していた狼と大鉈を止めていた狼も闇の中へと再び隠れる。
狩人は大鉈を足で弾いて手元に戻し、暗闇の中の音へと神経を集中させる。
狩人を撹乱するかの様に不規則な軌道で走り回る三匹のクラヤミの狼を狩るべく更に神経を研ぎ澄ます。
「そこだ。」
再装填を済ませておいた小銃の引き金を引いて、もう一度駆け出す。
クラヤミの狼もそう何度も同じ手を喰らう筈も無く、怯まず狩人へと噛み付こうとしてくる。
ヤツらは暗闇の中では人の太刀打ち出来ぬ化け物だが、光のある場所であれば人が殺す事の出来る化け物だ。
斬れば血を出し、殴れば怯む。その様な化け物に誰が殺されようか。
喉元を食い千切ろうと大きく開けた口を更に広げるかの如く鉈で二枚下ろしにする。
血を撒き散らしながら地へと落ちていく狼を横目に、次の行動へ備える。
またもや同時に攻撃をしようと近づいて来ていたクラヤミの狼へも大鉈を振るい、左眼とその周りを切り落とす。
狼があまりの痛みに悲鳴を上げているのを歯牙にもかけず、しかし確実に狩人の牙は喉元へと届く。
残り一匹、最後の狼が半狂乱となって威嚇しながら突撃してくる。
人と人との
だが、これは人と獣との
冷静に大鉈を振り抜き、最後のクラヤミの狼も狩る。
仲間達と同じく、頸から血を流しながら最後の狼も倒れた。
近くに気配も感じない為、狩人はようやく一息つく。
その一息が、命取りだった。
「ヴルゥ!ガヴッ!!」
怒りの感情の乗った唸り声と共に背中へと大きく深い引っかき傷を付けられる。
「四匹目……?!」
いや、違う。
コイツは、二匹目に狩った狼……!
『雑じり』の中に一匹だけ『純粋なクラヤミ』が混じっていた。
今思い返してみると、一匹血を流していない狼が居た。それが二匹目に狩った狼だ。
狩人は痛む背中を無視して、背中に傷を付けた狼の体の中に無理矢理腕を差し入れて、核を掴み引き抜く。
追撃がくる前に核を握り潰すと、目の前に居た暗い狼は暗闇と同化するように死体も残さず消えた。
「上手くいっていて慢心したか?私もまだまだだな。」
狩人は痛む背中に顔を顰めながら、腰のホルスターから『黒い涙』を取り出して一気に呷る。
すると、傷口がクラヤミの獣と同じ闇に覆われて、まるで腐肉を揉んだ様な音と共に傷が治癒される。
「ありがとう、カミラ。また貴女のお陰で助かった。」
空瓶をホルスターへしまい、再び狩りを再開する。
「油断も、慢心も、次はしない。」
狩人は弾丸を小銃へと込めて、狩りを再開するべく冥い森へと歩き出す。
クラヤミの夜はまだ長い。
黎明が来るまであと何刻か、そんな事を考えもせずに昏い狩人は狩りを続ける。
この森からクラヤミが無くなるまで。