癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
「おい、なんで呼ばれたか分かるか」
「わかんない…です」
「ガーク! クライを呼び出すなんて卑怯だぞ!!」
「黙れ」
ロキスに煉獄剣の扱いを教えた次の日、僕はガークさんに呼び出しを受けていた。うわ、ガークさん結構キレてる…。
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退廃都区。それは俗に言うスラム街のことである。輝かしい世界最高の都市であるゼブルディアの首都においても、スラム街というものが存在する。
それが退廃都区だ。何故ああなっているのかは国の上層部しか知らないが、都市計画にあの区に関する規定は存在しなかった。完全に見捨てられた地だ。
だからあそこで何をしようが騎士団の機能外であるため、何の咎も受けることはない。違法なこともある程度は許容されているのだ。
でなければ帝国がこの都区をみすみす放置するはずもない。言うなれば正義の権能が届かない哀れな地とも言えよう。
「だから俺は度々
「まあ、お前の行動はある程度把握していたが……流石に今朝のは冷や汗ものだったぞ。退廃都区から火の手が上がってんだからな。またお前が犯罪組織と抗争でも起こして『帝都血染め事件』を起こすのかと思ったぞ」
「やらないよそんなこと…もう
「ロキスって……時々大胆なことするよね」
クライは緊張した面持ちを崩し、ソファに体重を預けた。どうやら事の中心が己ではない事を悟ったようだ。緊張が抜けたからか、もう帰りたそうにしていた。
「まあ、俺のことはどうでもいい。本題はここからだ」
「簡潔に頼むよ」
「…」
ガークはクライの言葉に固まった後、何かを堪えるようにこちらを向いた。それを見てクライは、支部長も大変だなと思った。
彼は重い表情で厳格に口を開く。
「……第三騎士団から苦情が来ている」
「…」
「……」
「…?」
「…??」
「え、それだけ?」
「は?」
ガークの信じられないというような顔を見て、咄嗟にクライは手で口を塞ぐ。さすがはクライ。第三騎士団など眼中に無かったとでも言うような物言いだ。
今の焦ったような顔もガークを己の術中にかけるための演技なのだ。クライをよく知らない人は疑いもしないその名演技。まるで本当の阿呆のようだ!
「ふ…そういうことだよガーク。治安管理を主な業務にしている第三騎士団の怠慢を正しているんだ。俺が治安を乱しているわけがない」
「騎士団と対立するなと言ってるんだ!!」
「ま、まあまあ落ち着いてよガークさん。退廃都区なんて犯罪者か犯罪組織しかいないでしょ? 一般人に被害があるなら別だけど…ロキスのことだから被害は出してないはず。そもそもなんで第三騎士団が動いてるの?」
クライはドウドウとガークを抑える。物腰が柔らかなクライだからこそできる落ち着いた対応だ。良いね!
「ガアア! その満足気な顔をやめろ!!」
「辛気臭い顔にしろって? 傲慢だな…」
「ロキス、ステイ。ステイしなさい…」
まあまあ、まあまあと癇癪を起こしたガークを止めるクライ。まあガークも感情的になってはいるが、暴力に訴えることはない。まだ建設的な話ができる段階だ。
「それで…なんで第三騎士団が動いてるの?」
「………ふぅ、なんでじゃねえ。クライ、テメェなら分かってるはずだ。ロキスは常々、要注意人物として第三騎士団からマークされてる」
「え、そうなんだ」
「っ……コイツは正義だなんだと言ってはいるが、帝都の治安を混乱させ、裸で走り回り、プリムス魔導科学院を半壊させた前科がある! そんな奴が雑誌特集で毎度の如く犯罪抑止の英雄と持て囃されてちゃ騎士団の奴らも面白くないだろうさ」
「ちょっと、プリムスの件は俺悪くないんだけど」
「だが第三騎士団はロキスを最も正しく評価してる組織だと俺は思ってる。世論は英雄視が根強いが、何度もロキスの後始末をやらされてた第三騎士団はロキスのことをよく知っていたんだ」
「それで?」
「それで今日の明朝、退廃都区が燃えていた。『血染め』の再来と思われても仕方ねぇんだよ」
「そんな大きなことしてないけどね。ちょっと人攫いとかレッドハンターとか燃やしただけだし」
ガークは柔らかな高級ソファに身を預ける。そしてそばに居た秘書から何かの束を受け取った。
「はぁ……お前らはもう少し相手の体面を気遣った方が良い。第三騎士団にも体面がある。帝国の権威の一角がレベル7とはいえハンターに負けてちゃならねぇってのがこの国の考えなんだとよ」
「難儀だなぁ。いやぁ…ウチのロキスが申し訳ない」
「てめぇは事が起きる前に止めろや」
「えぇ…」
ガークが真顔でクライに噛み付く。まさか自分に矛先が向くなんて考えもしなかったクライは思わず面食らっていた。
ガークは手のひらを紙束でパシパシ叩いている。何やら不穏な予感がするのは気のせいだろうか。
「とはいえ、所詮は苦情が来ただけだ。一般人の被害もない。こちらとしても咎める気はない」
「なんだ、帰って良い?」
「……だが!! 騎士団に体面があるのと同じく、協会にだって体面がある。ハンター最盛の国とはいえ、探索者協会と帝国は対等だ。特別扱いも何もない。あちら側が苦情で収めたからと言ってこちらも罰無しとはいかねえ」
「俺は罰せられることはしてないぞ!」
「黙れ。お前は一応帝都の一角燃やしてんだよ。やるならひっそりやれ!」
ガークはロキスと言い合いを続けながら紙束をクライへと投げる。それを見て、クライは何かを悟ったように情けない笑みを浮かべた。
「帰って良いかな?」
「ダメだ。事情聴取でロキスが楽しそうに話してくれたよ………火を吹く宝具の使い方を教えたのはお前だそうだなクライ。お前も共犯として罰ゲームを受けてもらう」
「なんで!?」
クライは吐きそうな顔をして顔を青ざめさせた。酷い話である。何ら罪を犯していない俺たちに罰を課すなんて、信義則に反しているに決まってる!
それもレベル8と7のハンターをだ! 帝国に貢献してきたクライと俺を体面の理由で罰するなんて、なんて厚い面なんだ! 権力の腐敗だ! 革命の日は近い!!
「……あ、やっぱり受けます」
「え」
「その依頼の中から一つ選ばせてやるからそれをこなせ。これが罰だ。まあ精々レベル6程度の依頼が大半だ。お前らなら楽にこなせるだろう」
そう言ってガークは腕を組み息をつく。どうやら言うこと言って満足したらしい。
もうこの際だからこの件で不満を言うのはやめよう。クライは文句も無しに依頼を吟味している。知的だ。クライが納得しているのならそれで良いし、それが正義なのだ。
俺も少し見せてもらおう。
「風の精霊の無力化&捕獲依頼、治験・レベル5以上の魔導師、街道の警護、下水道探索時の護衛………どれも悪を感じないな」
「何そのセンサー。まあ確かにクソ依頼が多いね。大方余りモノなんだろうけど………お! これだ!」
クライは義務的に依頼書をペラペラとめくっていたが、突然ある一枚の依頼書を引き抜いた。
レベル3、救助系の依頼。何やらクライらしからぬ依頼の選び方だ。いつもならコスパと拘束時間を気にしてるのに、今回は全てが低水準の酷い依頼を選んだ。何故?
いや、なるほど。クライマイスターである俺には分かる。事件の匂いがするのだ。クライが事件に目をつけたときのような香しい匂いがする。
「よし、決めた。ガークさん、この簡単そうな『骨拾い』貰います」
「………クライッ! 縁起でもねえこと言うなッ! 骨拾いじゃねえ、『遭難救助』、だ」
敵は、なんだろう。今回は、人かな……でも宝物殿が多少関わってるってことは………宝物殿が進化するとか…自然発生型か? いや、何か物足りないな。
悪の組織来い!悪の組織来い!できるだけ大きくて邪悪な組織来い!アカシャ来い!ヘルゲート来い!ネガ・スルト来い!ラストテーブル来い!デスタクト来い! この世から悪を消せるならもう何でも良いや!
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「ク、クライ…?」
「大丈夫いけるいける。君
「でも救助とか俺不向きだよ? 人を見つける能力は
「なるほど。分かった、ティノを付けよう」
「むむむ」
「ロキスって
「!!」
支部長室からところ変わってクランマスター室。俺はクライと静かな戦いをしていた。
どうやらクライと一緒に行くと思っていた依頼は俺だけが行くものだったらしい。クライは屈託のない笑みで俺に依頼書を渡してきた。
いや、だがクライの言っていることはもわかる。俺は治癒術師を名乗っているが基本的に自分だけを治癒している治癒術師の名折れ。もはや戦士と名乗った方が適切かもしれないところまで来ていた。パーティメンバーを治癒したのは一体どれだけ前のことだろうか。
聖騎士であるアンセムの治癒の力は欠損を完璧に修復するレベルであるから、正直なところ俺の力は使い道に困るのである。いつ使えるかと言えば、治癒魔法が効かないアンセムの傷を治すくらいだ。
アンセムは俺と同じレベル7。それも耐久に特化したパーティの盾。そうそう傷が付くこともない。だから俺は仕事を奪われ、活躍の機会もなく、ちょっと拗ねて犯罪組織を血祭りにしていたわけだけども。
「クライ…俺一人で宝物殿行ったこと無いんだ。クライも来てくれない……?」
「ティノ付けるから大丈夫。それに『白狼の巣』はレベル3。ロキスに傷をつけられる幻影はいないよ」
「敵に怖気付いているとかではなくて……宝物殿は俺の領分ではないと言うか、パーティの時もどちらかと言えば外で魔獣と戦う時の方が多かったから……依頼の完遂のための探索能力を兼ね備えていないと思う」
俺はそう、弱気な本音を吐露する。情報を追うということはできても、地理的に判断するということがとことん苦手なのがロキスという男である。
自身で言うのもあれだが、俺はハンターの仕事の中心であり、力の源でもある宝物殿にあまり行った事がない稀有なトレジャーハンターと言える。トレジャーハンターというより、懸賞金ハンター寄りなのだ。
「うーん。よし、それじゃあこうしよう。ティノ以外にも
「いや、ティノの実力を疑ってるわけじゃないけど……」
「あ、そうだ。ロキス、君戦闘行為禁止ね。普通の治癒術師らしく仲間の治癒だけを行うように。死人が出そうなら戦っても良いよ」
「え?」
まるで今思いついたとでも言いたげな提案。ロキスを構成する主要な要素である武力。それを禁止されればロキスという男はあまりにも無力なのだ。
俺は治癒術師を名乗っているが、レベル昇格の際は常に武力で解決してきた。おそらく探索者協会側もロキスを武力で評価している。治癒術師として評価するのなら、強力ながらも未熟が良いところの半人前。
これは、こんな厄介な依頼で未熟な治癒術師に課すような制限ではない。そしてまさかクライがこの依頼の厄介さを分かっていないはずがない。
これはつまり……千の試練だということに違いない!
「……分かったよクライ。この依頼、絶対にこなして見せる!」
「? う、うん。ありがとね、ロキス。」
クライは急にやる気を出した俺に困惑したような顔をしていたが、まるで何も考えていないような笑顔を作ってニコニコしていた。
一体何を考えているのか一見すると分からないが、俺には理解できた。クライは見抜いているのだ。俺の治癒には欠点が存在することを。
『強化治癒』は相手を癒すと同時に大きな強化をもたらす。だから治癒を受けた相手は身体の感覚がズレてしまうのだ。
生死と隣り合わせのトレジャーハンターにとって、これはあまりにも大きな欠陥で、治癒を受けたことで命を落とすことが起こり得る。
こうした要因で、俺は治癒術師として正常に機能していない。普通の治癒はできないのだ。俺に与えられし恩寵は、大きなメリットとデメリットが顕在していた。
「そうだ。前に宝具をくれたあの少年……ギルベルト少年も誘ってみようか」
「たしかに、前衛は必須だしね!」
久しぶりに与えられた試練。クライはこの欠点を克服しろと言っているに違いない。これで俺はさらに一歩先へ行けるのだ。
高揚が身体を包む。ロキスは未来の即席パーティに思いを馳せて獰猛に笑った。
下の階でぼっち読書をしていたティノは震えが止まらなくなった。