バースデーライブの抽選に外れた僕は、当日現地でお祝いできない代わりに事務所へ彼女の誕生日プレゼントを送ろうと考えて――いたんだけども、何がいいのか分からなくて友人に相談してみることに。
 彼女は「丸山さんのことについて聞ける人物が近くにいる」と……嘘をつかない親友の言葉を信じた僕は数日後とある人物と出会う。丸山さんに送ったら困らないプレゼントを聞く代わりに、提示された条件とは――?

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祝うべき人へ勇気を、持つべきはやはり

 今日はどんな試合よりも大きい大一番……ここで負ければ次はない。何せこれが最後の抽選、恐らく一般販売はないと見ていいだろう。早く講義が終わらないか、ええい、僕に時間を自在に操れる能力があれば……!

 

 焦る気持ちを留めながら講義に耳を傾ける。法律の歴史を細かく解説していく内容、スクリーンに映されたパワーポイントの画面にも目を向け、重要箇所をメモしていく。淡々と進行していた講義は目標通りチャイムが鳴る五分前に終わり、鳴った直後に教授が足早に退出する。

 彼に倣って受講生たちもさっさと講義室を出ていく。僕も集団に紛れて外へ、向かうのは日当たりのいい食堂。あそこなら落ち着いて結果を確認できる。

 

 昼下がりの食堂に到着すると、昼食をとる学生たちでいっぱいだった。時間帯的にも一番混んでいるとき……図書館にすれば良かったかな、いやあそこだと万が一声が出てしまったらマズイし……仕方ない、空いている席を探そう。

 なるべくはカウンター席がいいな……と思いながら賑やかな食堂内を歩く。幸いにもカウンター席が一つ空いており、速やかに座ってスマホを取り出す。メールを開いて、新着を確認……“Pastel*Palettes 丸山彩バースデーライブ 抽選のご案内”という件名を見て嫌な予感がした。

 

「……くっ、駄目だったか……!」

 

 画面に表示されたのは“チケットはご用意できませんでした”という無慈悲な一文。さらに一縷の望みを胸に公式SNSを確認すれば、やはり“完売”の二文字が見えた。今年の神はどうやら僕はあの場にそぐわない人間だと判断したらしい。

 

「ふむ……配信もないしなぁ……どうするか」

 

 流石に困り果てたぞ……いや当日祝うことができないのであれば、前日に祝えばいいのではないか。だが一般人たる僕にできることとは……プレゼントや手紙を事務所に送るぐらいか。プレゼントはプレゼントでも今の彼女が困らない物が何かも分からない。

 

「うむむ……さて、どうしたものか……」

 

 スマホの画面にメッセージが来たという通知が表示される。瀬田さん、今日はどうだい? ……そうだ、僕には頼れる友がいるではないか! 

 早速チャット画面を開いて、彼女へ返信を打つ。駄目だったが、一つ君に相談したいことがある。今日の夕方、時間は空いているかい?

 すぐに返事が届く。構わないさ、いつもの場所で待っているよ。やはり持つべきものは、友だ……!

 

 

 

 

 夕方、部活の練習も無事に終えて約束した場所へ。人混みが意外と少ない喫茶店、お気に入り席である十八番テーブル──元々は瀬田さんの幼馴染が気に入っている席だったらしい──に彼女が優雅に座っていた。うむ、相変わらず美しい人だ……僕も見習わなくては。

 

「やあ、遅れてすまない」

「構わないよ、丁度紅茶の味をゆっくりと堪能していたところだからさ。それよりも席についたらどうかな? 厳しい稽古で疲れているだろう?」

「平気さ、けれどお気遣いありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 僕も椅子に腰をかけ、彼女と向かい合う。瀬田さんとは羽丘学園──僕が入学するちょっと前に共学化した元羽丘女子学園──で共に過ごした友人という間柄。基本的に女の子のことで困ったことがあれば彼女に頼っている。

 

「それで相談ってどうしたんだい? 君からの相談なんて結構多かったから実のところ検討がつかないんだが……」

「実は────」

 

 今回の件で悩んでいる部分を話すと、瀬田さんは生真面目に頷く。

 

「なるほど……確かにこれは大いに頭を悩ませてしまう難問だね」

「ああ、もし丸山さんが身体を絞っているとしたら変に甘いものや高カロリーなものは送れないし、かといってただプロテインを送りつけても困るだけだろう」

 

 いくら彼女もアイドルだからといっても、まだまだ遊び盛りな女子大生だ。少しは仕事のことから離れたいと思うことだってあるだろう。僕のように身体を徹底的に管理し、全てを競技のために仕上げようとする必要性も……いや僕も息抜きするときはするからなぁ……だからといって、やっぱりもらって困るものは送りたくない。

 

「なら私に任せてほしい、丁度今の彼女のことを聞ける人物がすぐ傍にいるから」

「本当かい!? それは助かる!」

「だから君は普段通りにしてくれればいい。あとで連絡するよ」

 

 やはり彼女は頼りになるな。普段の立ち振舞いは仰々しく、羽丘の王子様だなんて呼ばれて少し距離を取りたくなるような印象を覚えるが、接すれば誰よりも真摯に応えてくる。彼女と友になれて良かったと思うばかりだ。

 

◆◇◆◇

 

 さて頼れる友人の力を借り、数日後──僕はある女性のところへ訪ねた。といっても、待ち合わせ場所は先日と同じ喫茶店、おまけに十八番テーブルまで一緒だ。流石の鈍い僕も大体予想はつく、つくから余計に襟を正せねばならない。

 なんていったって、相手は瀬田さんの幼馴染だ。彼女のために失礼がないようにせねば。チラッと店内のガラスに映った自分を確認する……襟、袖、裾よし! 頭髪よし! 姿勢よし! 

 

「すみません、少しよろしいでしょうか?」

 

 十八番テーブルで読書中の女性は僕の声に気づくと、先程まで文字を追いかけていた紅紫の眼差しを向けた。現地で見たことあったけど、なんて美しい人なんだろう……一つ一つの所作が洗練されており無駄がない、舞台人とはまた違う優雅さを感じる。

 

「あなたが薫の言ってた──」

野方(のがた)幸誠(こうせい)と申します。以後お見知りおきを」

「私は白鷺千聖、知ってるかもだけど『Pastel*Palletts』っていうバンドで彩ちゃんと一緒に活動しているわ」

「はい、もちろん存じ上げていますよ。とてもしっかりとした方だと大和さんからもお聞きしていますし」

「あら、麻弥ちゃんとも知り合いだったのね……あっでも薫と同じ羽丘出身なら知っていてもおかしくはないわね」

 

 とても意外そうに眉を上げて驚く顔も美しい、瀬田さんの幼馴染だということも納得だ。ちなみに大和さんとは同じクラスになったことが多かったのでそれなりに話していたし、瀬田さん繋がりで連絡先を交換している。たまに僕の鍛え上げられた肉体に見合う役を持ってきては臨時で舞台に上げたこともあったけど。

 

 それはさておき、本題について白鷺さんにも話す。すると綺麗な人差し指の腹を形のいい顎に添え、彼女は口を開く。

 

「話は聞いていたんだけど、彩ちゃんの誕生日プレゼント選びね……それって麻弥ちゃんから訊くってことはできなかったの?」

「……あっ、その手がありましたか」

 

 そういえばそうだ。彼女に相談すれば良かったんだ。あれ? しかし瀬田さんは僕が大和さんと知り合いなのを知っているはずなのに、何故彼女のことを言わなかっただろう? 

 たまに抜けたところを見せるけど、流石にこんなミスはしないとは思う。……これは何かあるのか? でないと白鷺さんとお会いする必要なんてないような……。

 

「気を取り直して……彩ちゃんに今送っても困らないものを知りたいのよね?」

 

 少し気がかりな点を残しつつ、僕は頷く。目下の問題点は丸山さんのプレゼント選び、それを解決しないと事が始まらない。

 

「それは構わないんだけど、一つお願いしてもいいかしら?」

「ええ、大丈夫ですよ。僕も協力していただいてますし」

「今度の日曜日に彩ちゃんの誕生日パーティーを開こうと思っているの。ただ当日にしか飾り付けや準備ができないところしか借りれなかったから……」

「それまでに丸山さんと一緒に行動してほしい、と。お安いご用ですよ…………え?」

 

 ワンモアプリーズ? ちゃんと僕お話を理解できてるか分からないのですが、この答え方で大丈夫なんですかね……いや本当に大丈夫でしょうか? 完全にファンとして駄目な回答をしてしまった気がしますけど。

 

「助かるわ、本番までの手筈はこっちが整えるから、あなたは当日までに私が用意したものを覚えてくれたらいいから」

 

 あっ完璧に有無を言わせない笑顔を浮かべてらっしゃる。これはもう男として腹を括るしかなさそうですね。二つ返事をし、改めて僕は彼女からの頼み事を引き受けることにしました。

 

 

 

 

 迎えた計画実行日の朝、いつも通りの時間に起きて身支度を済ませる。鏡の前で今日の筋肉チェックと身だしなみを確認──どこもおかしくないな、よし! 最後にコートを羽織って外に出る、日は昇っているけどまだ空は暗い。

 

 首筋を丁寧になぞる冷たい空気、マフラー巻いてくれば良かったなー、日中は暖かくなるって言ってたからしてこなかったのは失敗だった。白い息が舞う中で待ち合わせ場所に向かうと、一人の女性が時計台の傍に立っているのが遠目に見える。桃色の髪と同じ色の瞳、清楚ながら可愛いらしい衣服を身につけているお姿──ステージで見ているのと違う雰囲気だけど間違いない、丸山彩さんだ。

 

 しかし見ず知らずの男が話しかけるのは流石に警戒されてしまうだろう。いくらファンとの距離が近い丸山さんでも僕のような大柄な人間が声をかけてきたら怖いと思うだろうし……そもそもファンとして推しとお近づきになること自体、控えることであって……。

 

「野方さん」

 

 声をかけられた方に顔を向ければ、申し訳なさそうな大和麻弥さんの顔が。おお、神よ! よく僕を見放されないでくれた!

 

「お待たせしてすみませんでした」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。今日のご案内、よろしくお願いいたします」

「こちらこそっス。では、行きましょうか」

 

 見える位置にいるんですけど、二の足どころか十の足ぐらいは踏んで前に進めませんでした。僕だけでは無理です、なので大和さんお願いします。

 

「あ、彩さん、こっちっス」

 

 大和さんが気軽に声をかけたおかげで無事に合流。ひぃー、間近で見ると恐ろしいほどに可愛い。ホントにファンとして許されていい距離感なんですか!?

 

「こちらが──」

「野方くん、だよね!?」

「何故僕の名前を……?」

「あーえっと、実はね」

 

 どうして僕のことを知っていたかというと、バイト先が一緒だった羽丘の子の大会の応援に行ったときに僕がその子の応援をしている姿を見ていて、なおかつ僕自身の試合も観ていたんだとか。名前は後日その子に聞き、しかも僕が試合の度に足を運んで応援にしに行ってたとか……。

 

 いやーやべーあの時の僕って、かなり熱が入っていたからめちゃくちゃ声出していた気がする。しかもその子が怪我から復帰した直後の試合だったから余計に勝って欲しくて、すごく声を張り上げてたから目立っていたよね……どうしよう、今すぐにでも腹を切りたい。

 

「なるほど、それで野方さんの名前を知っていたんですね」

「うん、だから一度お話ししてみたかったんだよね」

「よかったっスね」

 

 にっこにこな大和さん、僕は全くにっこにこになれませんって。血の気が引いているってのが嫌でも感じられるほど、戦慄しています。だってアイドルが一般人たる僕のことを認識している挙句、向こうからお話ししてみたかったなんて言うんですよ──やっぱりこれ断頭台に上がるべきなのでは?

 

 適当に挨拶や自己紹介も終えたところで、本題のカフェに向かうことに。けどお店の外装を見て、僕はもう一度慄いた。ここ、いつも行っている喫茶店……嫌な予感しかしない。

 

「ここ千聖ちゃんがお気に入りだって言ってたから一度来てみたかったんだよねー!」

「ジブンの知り合いもお気に入りって言ってましたね。何もここのコーヒーはかなり美味しいんだとか」

 

 初めての来店で足取りが跳ねるお二人の後をついていって、店の中へ。ご案内されたのは案の定十八番テーブル、いやだからここまで示し合わせたように偶然が重ならなくていいから! 

 しかも目の前でガールズトークなされているので、僕が入る余地がない。いやなくてもいいですし、むしろこの場から立ち去りたい。今すぐにでも首を吊りたいです。

 

「あ、すみません、シブンこれから用事があるので……」

「もうそんな時間!? 麻弥ちゃん、また今度ね」

「はい、今度練習で!」

 

 あー待ってください、大和さん置いていかないでー! 予定通りって言えば予定通りだけど、僕一人じゃ心細いので最後までいて欲しいですー! 推しと真正面に向き合うのは無理難題すぎるんですよー!

 足早に去っていく大和さんを見送り、お店を出ていったところで一つ咳払い。コホン、ここからが勝負──腹を括れ、野方幸誠。

 

「そういえば丸山さんは最近なにかお困りなことってありますか?」

「へっ、困ったこと?」

 

 少し悩んでいる素振りを見せたあと、丸山さんが口を開く。

 

「やっぱり体重管理かなぁ~。今はライブ前だし、なるべくベストな状態でいたいんだよね」

「あー分かります。僕も試合前はかなり気にしていますね。しかも今は追い込みをかけてるところでは?」

「うん、甘いお菓子は我慢しているし、ごはんの量も調節しているんだけどね……ごはんの方はどうしても食べ過ぎちゃうっていうか……」

「身体が不足している分を求めている感じなんでしょうね」

 

 サラダチキンと野菜だけの十日間を思い出してしまった。今の階級から一つ下の階級に挑む際に減量してたときは最後の一週間と少しはホントに気が狂いそうだったな。でも計量が終わったあとに食べたお米は格別に美味しかったからどうでも良くなったけど。

 

「もう既にご検討されているかもしれませんが、小腹が空いてる状態が続いているのでしたら、プロテインバーなどで対処されてはいかがですか?」

「千聖ちゃんも言ってた。やっぱりそうしようかな?」

「食べ過ぎは禁物ですが、多少なりともタンパク質は摂れますからオススメしますよ」

「うん、ありがとう! やっぱり野方くんってそういうの詳しいね」

「まだまだ勉強中の身ですが、お役に立てるのなら何よりです」

 

 ふむむ……僕如きの知識で役に立つならいくらでもトレーニングとか身体づくりの話に乗るけど、話している内容からしてプレゼントのヒントが掴めない。これは困ったぞ、流石にプロテインバーを事務所に送るなんて彼女もそこまでは求めていないだろうし……。

 あっ、そっか終わったあとにゆっくり食べてもらう用に美味しいものを用意すればいいんだ。何も今すぐ使えるものである必要性はないもんね、ずっと今のことしか考えてなくて先のことを忘れていたよ。これは盲点だった。

 

「そういえば丸山さんは仕事が落ち着いたら何が食べたいですか?」

「えっ、うーん……ここのケーキかな? ここのケーキ美味しいんだって口コミがあるから気になってて、落ち着いたら食べにいきたいなって」

「いいですね。僕も丸山さんが乗り越えられるよう応援します!」

 

 そのときは白鷺さんたちと一緒に食べてください。冗談抜きで初来店に僕が同席しているのって、やっぱりおかしくない? ファンとして処されるべき存在だよね、認知されてる時点で絞首刑は確定ですけど。

 

「ありがとう。ところで野方くんの方は試合ないの?」

「今年はもうないですね。次は来年になります」

「じゃあ、そのときは私も応援に行くね!」

「あ、あありがとうございます!」

 

 ひぇー、推しに応援されちゃった……ん? 耳がおかしくなければ今“応援に行く”って言いませんでした? えっ、応援に来るの!?

 

「確認しますが今“応援に来られる”と仰いましたか?」

「うん、そうだけど……やっぱりダメかな……?」

「いいえ、とんでもない! むしろ僕の試合とか……その、見に来られるのが少し恥ずかしくて……」

 

 当たり前だ、なんでよりにもよって僕の試合なんだ。柔道とか普通昔やっていた人とかそういうのに昔から興味がある人ぐらいしか観ない、あ、いやオリンピックとかがあるからまだ観に来る人はいるのか。それでも華の女子大生、しかも現役アイドルがむさ苦しい重量級の柔道を観に来るなんて夢にも思わないじゃんか!

 

「あーそ、そだよね! 私も友達とかお母さんとかがライブに来るって言ったらちょっと恥ずかしいなって思うときあるから分かるよ。カッコ悪いところは見せられないなって」

 

 確かに同じかもしれないけど、僕とあなたでは違うんですって。僕の場合はアイドルが僕個人のために来るんですよ? もう恐れ多すぎて……恐山になりそうです。

 

「あ、ははは……そ、そうですね」

 

 もうダメだ、笑って誤魔化すしかない。こんなこと、安請け合いするんじゃなかったな……。

 

◆◇◆◇

 

 カフェでの楽しいお時間は過ぎ、丸山さんと僕は精算したら次の場所へ。白鷺さんが用意してくれたプランだと、確か商店街でお買いものってなってたはず。うーん、あそこは美味しいコロッケがあるからなぁ……ちょっと刺激が強すぎない?

 ──と、前途に憂いながら歩いていると丸山さんの足が止まったのを傍目に映る。彼女が何に注目してるのかなと僕も足を止めて同じ方向を見てみると商品カゴや商品棚などをお店の前に置いてる雑貨屋さんがあった。

 

「なにかお探しものでも?」

「へっ!? あ、いや、クリスマス近いなーって思ってて…………」

「そうですね、今日を入れてあと三日ですね。いやイブでしたら二日でしたか」

 

 個人としても『Pastel*Palettes』としてもクリスマスイブやクリスマス当日にはお仕事やライブがあると白鷺さんからお聞きしている。さらに丸山さんの誕生日はクリスマス過ぎたあとの平日──バースデーライブをきっかけに年越しに向けて番組出演が増えてくるらしいので今日しかのんびり過ごせる日がないとも仰っていたな。

 

「ねえ、今年のクリスマスって雪降るのかな?」

 

 店頭で売られているスノードームを見つめる丸山さんの横顔、可憐で美しい──じゃなかった、質問に答えないと。

 

「寒いとお聞きしますが、例年よりかは暖かいそうなので降らなさそうですね」

「そっかー残念だなー」

 

 実に残念そうな丸山さん……ごめんなさい、降りますよって嘘つくのもどうかなって思って正直に答えてしまいました。少しだけ名残惜しそうにスノードームから目を離しているのを見てしまって、なんかこういたたまれない気持ちになる。帰りに……あ、ここのお店の名前とか場所覚えておこう。

 

「ごめんね、ちょっと立ち止まっちゃって」

「いえいえ大丈夫ですよ、時間も──」

 

 通知音が耳に届く。スマホを取り出して確認してみると、準備万端という合図が送られてきた。丸山さんが不思議そうにこちらを見てらっしゃる、ひぃーどうかギリギリまでバレませんように。

 なんとか返信し、彼女をエスコートする。向かう場所は、そう──

 

 

 

 

「……え?」

 

 お隣の丸山さんがめちゃくちゃ驚いて固まってる。パーティーするって言っても『Pastel*Palettes』の皆様とマネージャーさんやプロデューサーさんだけなので、そんなに広さいらないというかわざわざパーティールームを借りるぐらいなら事務所の小会議室を利用した方が費用を安く抑えられるといいますか。そう、目の前に見えているのはなんと丸山さんたちが所属している事務所があるビルです、当然僕は部外者なので立ち入り禁止です。

 

「ねえ、野方くん──」

「いらっしゃい、彩ちゃん」

 

 建物の入り口から白鷺さんが出てきた。僕は予定通り、丸山さんは予想外。目を丸くした彼女が口を開く。

 

「千聖ちゃん、これって……?」

「今は私についてきて、野方くんも」

「えっ僕は立ち入り禁止なのでは?」

「はい、通行許可証。これであなたもOKよ」

 

 手渡されたネームホルダーに有無を言わさない圧のある笑顔が付け加えられ、完全に逃げ場がなくなりました。多分、僕は一生白鷺さんに頭を上げられないのかもしれない。

 

◆◇◆◇

 

 事務所の中に入り、エレベーターで三階へ。目的地である小会議室のドアプレートは簡素に部屋の名前が書かれており、意外と重々しさを感じない。白鷺さんに促され、丸山さんがドアノブを握る。

 緊張の一瞬、僕は主役の数歩後ろで生唾を呑む。いや芸能事務所内に入ったこと自体、ずっと緊張しているけどさ……なんかサプライズが上手くいくかどうかってまた違うじゃん? 僕が企画したわけじゃないから緊張する意味なんてないかもしれないけど。

 

 どうかみなさんの想いが通じますように──丸山さんがゆっくりとドアが開いていく。部屋の全貌が見えた瞬間、弾けた音と火薬の臭いが殺到した。

 

「お誕生日おめでとう!」

 

 パスパレのみなさんやマネージャーさんらしき人やプロデューサーさんと思われる人が一斉にお祝いする。目の前に起きたことが理解できないのか、丸山さんはずっと固まったまま。え? これ大丈夫? ちゃんと呼吸しています……?

 

「あはは、彩ちゃんお目目まんまるになってるよ!」

「だって、びっくりしたんだもん! まさかみんなが祝ってくれるなんて……ありとう!」

「フヘヘ、作戦は大成功ですね!」

「騙し討ちはブシドーに反しますが、こんなサプライズを用意するのも悪くないですね!」

 

 それぞれ嬉しそうに笑う。こんな幸せ空間を間近で見ていいんですかね? やっぱり僕、場違いなのではないでしょうか?

 こっそりと逃げようとするも背中の布地を白鷺さんにガッツリ捕まれたので失敗に終わりました。どうしてそこまでして僕を逃がさないようにするの? いくら知人友人がいるからって、僕自身は芸能界とか事務所とかには無関係な人間だよ?

 

 色々と疑問に思うことがありつつも諦めて目の前にいる推しの誕生日祝う宴に参加することに。……そういえば当日祝えないんだよな、チケット外したから──しっかり推しを祝うことができたんだから良しとしよう、そうしよう!

 

◆◇◆◇

 

 大和さんに相変わらずいい筋肉ですねと褒められたり、若宮さんとブシドーについて談義したり、氷川さんとは今度の特番でお姉さんが所属するバンドと共演することができると年末の予定を語られたり──あっという間に時間が経過していた。

 

 あ、ちなみにプロディーサーの東中野さんからは背が高いしガタイもいいから俳優もいけるんじゃないかと言われました……演技のことについては大和さんからお伺いしたとのこと。流石にまだまだ柔道の選手として勝ちたい試合がいっぱいあるので、と丁重にお断りしました。そこまで本気にしてなかったのか、東中野さんも笑って許してくれました──結構厳しいっていう評だけどプライベートだと意外と緩いというかきっとメリハリがちゃんとしている人なんだろうな。

 

 わいわい賑やかな合間を縫って、スマホで検索っと。ふむ……帰りに寄っても店閉まっているな。うーむ、上手いこと抜け出せればいいんだけど。

 周囲を一瞥すると丁度フリーになっていた白鷺さんを認める。声をかけるなら今しかない。

 

「あの……白鷺さん、ちょっとお願いごとがあるんですが……」

「ええ、いいわよ」

「今抜けても大丈夫でしょうか?」

「えっどういうこと?」

「実は──」

 

 かくかくしかじか。本来の目的を果たすためだと説明すれば、彼女はにこやかに了承してくれた。

 

「彩ちゃんのことはこっちがなんとかするから」

「すみません、ありがとうございます」

 

 どうして丸山さんのこと? あ、急に抜け出したらそりゃご心配かけますよね。一般人として慎ましい気持ちになりすぎて気が回らなかった。

 さて白鷺さんのご協力も得られたことだし、さっさとお店に向かいますか……!

 

◆◇◆◇

 

「彩ちゃん、ちょっとだけいい?」

 

 野方幸誠が外へ出るタイミングを計らって、千聖が声をかける。特に拒む理由がない彩は二つ返事で返す。

 

「少し訊きたいんだけど、どうして野方くんのことが気になっていたの?」

「えっと、それは──」

 

 思い返す、羽丘学園に通うバイト仲間の応援に行ったあの日のこと。偶然にも何も予定がなかったため、普段応援してもらっている恩を返そうと試合会場に向かった。試合場の周りを囲むように集まる保護者や学友らの波を何とか捌いて彼女の試合を応援していたとき、熱の入った野太い声が力強く伸びていくのを耳にして声の主を探す。

 海棠(かいどう)色の瞳に映ったのは懸命に彼女を応援する道着姿の男子生徒。黒髪短髪、身体の隅々まで鍛えられているとよく分かる体格──似たような容姿の男子高校生はいるのに、彼だけが鮮明に焼きついていく。一言でいえば、一目惚れだった。

 

 自分では意識していなくとも彼のことを追っていた──熱い闘志を剥き出しに勝負する姿勢、勝っても負けても礼儀正しく武道の精神に則った平静な立ち振る舞い、仲間を全力で鼓舞して後押しする姿。どれをとっても応援したい、と心の底から思えて──だから一回話をしてみたかったのだ、彼がどんなことを考えているのかを。

 

「なるほどね、彩ちゃんらしいわ」

 

 感得したように千聖は頷く。彼女の性格からして一生懸命に物事を取り組む人間をより好む傾向であるのは納得。さらに他者に対しても全力で応援できる人──初対面のときは緊張で固まっている様子だったが、誠実そうだとは感じていた。だから好意を向けている理由も理解できる。

 

「そ、そうかな……?」

「彩ちゃん、ああいう真っ直ぐで優しそうな人、好きそうな気がしてたもの」

「うん、そうだね。野方くんの誰よりも誰かを応援する姿とかどんな試合でも全力で取り組んでるところとか、色んな人に優しそうに接する姿勢とか好き、かな」

 

 はにかむ横顔を見て、千聖も安心したように笑う。どうか彩ちゃんの恋が叶いますように──。

 

 

 

 

「すっかり暗くなっちゃったね」

「そうですね、外暗くなるの早い季節ですから」

 

 こっそりと買い出しに行って戻ったら、なんやかんやでお開きになる時間だった。片付けは白鷺さんたちがやるということで、僕と丸山さんは先に帰宅することに。本来なら僕も後片付けを手伝う予定だったけど、暗い夜道を女の子一人で歩かせると危ないでしょと言われて、丸山さんを事務所の最寄り駅まで送ることになりました……いいのかな、一般人である僕がアイドルの子の家路を知っちゃって。

 

 ただ僕と丸山さんの家って路線が違うので駅に着いたら別れるから救いかな。とはいえ、別れる前に渡したいものを渡さないと……チケット抽選に外れて当日ライブ会場にいることできませんし。

 

「あの……丸山さん、いいですか? お渡ししたいものがありますので」

 

 丁度駅前のロータリー広場に辿り着いたところで足を止めて声をかける。丸山さんも立ち止まって僕と向き合う。あー緊張で胃が死にそー、試合中に絞められるよりも苦しい。

 

「これ、なんですが……」

 

 コートのポケットから取り出した小さな箱、震えて落とさないように慎重に差し出す。丸山さんは素直に受け取ってありがとうと笑みを浮かべてくれました。この正直さが眩しい……!

 

「中、開けてみてください」

 

 口の中が乾くのを感じながら促す。彼女は全然躊躇うことなく箱を開けて──丸くなったピンク色の両目を向ける。

 

「今年のクリスマスは雪が降らない予報ですけど、少しぐらいはと思いまして」

 

 そう、僕がこっそりと買ってきたのは先程丸山さんが名残惜しそうに目を離したスノードーム。この手の雑貨ってイベントが終わると消えちゃうから今のうちに買っておきたかったんですよね。ちなみに頑張ったあとのご褒美にって贈る甘味類は後日事務所の方へ送ります。

 

「ありがとう! 大切にするね!」

 

 本当に可愛らしい笑顔……僕個人に向けるにはもったいないぐらい……。あなたの頑張る姿を見て、僕はあなたのことを応援して背中を追い続けていたからこそ、本当に僕だけに向けて欲しくないんです。雨の中でチケットを売っていたのを目にしたときからずっと──僕は真っ直ぐなあなたが好きになった。

 

「ねえ、野方くん。私からもいいかな?」

「え、ええ、大丈夫ですよ」

「あのね、私……野方くんのこと、好きなの」

「…………へっ?」

 

 待って? なんかとんでもないこと言われましたよ? 聞き間違いではなければ……若宮さんに腹を切る方法聞けば良かったな。

 

「私は野方くんのことが好き……だから」

 

 お願いですから、その先は言わないで欲しい。嬉しいけど、嬉しいけど真正面から受け止める覚悟がないんです。本当にこんな情けない男でごめんなさい、幻滅して僕のこと嫌いになってください、お願いします。

 

「……ううん、なんでもない。ごめんね、変なこと言っちゃって」

 

 願いが通じて丸山さんは申し訳なさそうに苦笑いを零す。いえ大丈夫ですよって平静を装っていますが、好きな人に悲しい思いをさせてしまった自分の情けさをどうにかぶっ殺してやりたい。本当は臆病な男なんです、試合のときは勝つ気満々ですけど元々弱気な自分を直したくて中学から柔道を始めたんです──結局変わりなかったですが。

 

 ものすごい気まずい沈黙、どうしようちゃんとお返事した方がいいよね? けど彼女はアイドルで、僕は一般人。壁はあるし、それに僕なんかよりも……ええい!

 

「えっと、あの……もし僕で良ければ、その……」

 

 なけなしの勇気を振り絞って、口を動かす。あ、やべ、マジで何を言えばいいんだろ? 中途半端に答えたくないし、どう言えばいいんだ? 先が全然決まらない。

 

「ねえ、私がアイドルやめるときにもう一度答えを訊いてもいい?」

「えっ、と……それって……」

「いつになるかは分からないし、そういう決断をする日が来ないかもしれないけど、きっとその日が来ると思うんだ。だからお互い準備できるかなって」

 

 決意に満ち足りた丸山さんの表情、どこまでも真っ直ぐな眼差し──ここで答えなきゃ男じゃない!

 

「……それまでにちゃんとお答えできるように頑張ります」

「私もちゃんと素敵な女性になるから……約束してくれる?」

「分かりました、こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 どうにも締まらないけど、少しだけ前を向こうと思いました。何せ僕が約束した人は、どんなときも諦めずに前を向いて歩いていく丸山彩さんだから。

 

◆◇◆◇

 

「──なるほど、君はそう選んだわけだね。でも、いいのかい?」

「いいのさ、これできっと」

「そのわりには大分落ち込んでいるように見えるけど?」

「どうしたらいいのか分からないんだ、約束したからには精進せねばならないのに」

 

 後日、事の顛末を瀬田さんに話したはいいものの、改めて己の愚かさを思い知って頭を抱える。くっそー、なんで肝心なときにヘタれるんだ! へっぽこにもほどがあるだろ!

 

「なら君自身の気持ちに従うことだね。君の心はいつだって正直で誠実だ、どんな返答をしても彼女は受け止めてくれるはずさ」

 

 瀬田さんは優雅に紅茶を飲んで、楚々とした顔で答える。もう一度軽く啜って、彼女は続けていく。

 

「かのシェイクスピア曰く、“運命は星が決めるのではない、我々自身の思いが決めるのだ”とね」

「ほう……?」

 

 実に彼女は意味深な言葉を残す、何を意図しているのかは彼女のみぞ知る限りだけども今回はなんとなく読み解けそう。それでも真意が知りたいから聞き返すけど。

 

「つまり……そういうことさ」

「なるほど、そういうことか」

 

 あー、そういうことね。僕自身の気持ち次第ってことか、うん、分かっていたけどより明確化された気がする。ならば立ち止まらずに前を向いていこうか、きちんと丸山さんの気持ちにお応えするために。

 

「ところで君に折り入って相談があるんだ、いいかい?」

「構わないさ、君は僕の大切な友だからね」

「君の協力的な姿勢はありがたい限りだよ、丁度困ってたところでね」

 

 っと、瀬田さんが静かにカップを置いて涼やかな声で経緯を語る。

 

「実はとあるライブに行こうと思ってたところ、私と共に向かう者が急遽都合がつかなくなってしまってね……だから君に頼みたいんだ。もちろん君の時間が許されるならの話さ」

「話は理解したが、いつのライブだい? 僕の時間はそう上手く動かないぞ」

「これさ……!」

 

 彼女のスマホを見せてもらうと、表示されていたのは“Pastel*Palettes 丸山彩バースデーライブ 当選のお知らせ”──弾けたように美麗な顔を見やる。瀬田さんは信頼を寄せるかのように目を細めて言う。

 

「君は梃子でも時間を動かす男だろう?」

「ああ、もちろん。むしろ時間なんて簡単に壊してみせるさ」

 

 やはり持つべきものは、友……! 僕はちゃんと丸山さんの誕生日を当日祝うことができそうだ。




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 当日から随分と遅れてしまいましたが、丸山彩さん誕生日おめでとうございます。
 また咲野皐月先生、この企画を立ててくださり、ありがとうございました。

 以下が自分の代表作です。また来年どこかで会いましょう。
代表作のリンク→https://syosetu.org/novel/358944/

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