の以下の各話にて軽く触れていました
-秋津洲国における魔種族、魔獣報告 六通目-
https://syosetu.org/novel/367528/7.html
-秋津洲国における魔種族、魔獣報告 十二通目-
https://syosetu.org/novel/367528/14.html
秋津洲国における魔種族、魔獣報告 -番外編その3-
https://syosetu.org/novel/367528/15.html
秋津洲での最後の魔種族と人間族との武力衝突を記した番外編のその3です。
完全な蛇足だそうですw
『あと5年ぐらい~♪長くとも10年ぐらい~♪』
今日も角田三位中将殿の機嫌は良い。
いや、私が知る限りここ1年半ぐらいずっと機嫌がいい。
1年半ほど前の勅使下向の際に、下向先の得河様の城にて牙良近衛少将殿が『誅された』との導術が入るまでの30年ほどは機嫌がずっと良かったが、その『誤報』であった導術が入るまで機嫌が良かった。
『誤報』の導術を角田三位中将殿が感じ取った瞬間、機嫌がずっと良かった期間は終わり、大荒れの後、大鎧を身に纏い、馬を引き、東下りの上、牙良殿を誅した者を討ち取ろうとしていたが、1刻もしないうちに『牙良殿ご無事。命に別状なし』との導術が届いた際は、『よかった!!よかったぁ!!!!牙良の爺が無事でよかったぁ!!!!』と化粧が流れるほどの大泣きであった。
そして同時に機嫌もまた良くなった。
何せ角田三位中将殿の活力の源はただひたすらに『陰陽寮副長官を辞めたい』だ。
歴代の陰陽寮副長官…実質的な長官であり、魔種族の長として勤めている期間を比べると、長くも短くもないが、ここ30~40年ほどずっと『辞めたい、辞めたい、早く辞めたい。素敵な殿方の元へと嫁ぎたい』であった。
しかし後任に適任である魔種族の者がおらず、辞めるに辞められぬ有様。
それを哀れに思った、前幕府に続いて得河様の幕府にも儀礼役として仕えていた牙良近衛少将殿が『人間族の弟子を取り、儀礼一式学ばせた後に幕府のお役を辞して弟子に牙良家家督と役目を継がせ、角田の姫君より陰陽寮副長官を引き継ぐ』と伝えられたときの角田三位中将殿の顔は、これ以上ない美しさでほほ笑んでいたと三代目前の陰陽寮長官は引継書に書き残している。
ところが20年ほど前にその弟子であり牙良家家督相続人であるはずの御養子殿が、なぜか植杉家の養子にさせられてしまい、角田三位中将殿の機嫌が良かった期間は終わり、大荒れの後、大鎧を身に纏い、馬を引き、東下りの上、植杉領を荒らしまわりにいこうとされたが、帝をはじめ公方様、近衛少将殿ご本人、その御養子殿、当事者の植杉家、さらには鬼族をはじめとする各魔種族有力者より謝罪と思いとどまるようにとの導術や手紙が殺到し、最終的には御養子殿に子が生まれたら、次男殿を近衛少将殿の弟子兼養子にし、再度儀礼一式学ばせた後に幕府のお役を辞して、その2人目の弟子に牙良家家督を継がせ、角田の姫君より陰陽寮副長官を引き継ぐという形になったと二代前の陰陽寮長官は引継書に書き残している。
つまり途中二度ほど中断期間はあったが、角田三位中将殿の機嫌は約30年もの間ずっと良いということだ。
私達人間族なら30年も待つなぞあり得ないが、そこは永久に近いという寿命を持つ魔種族。
気の長さが違う。
逆を言えば、私達人間族にとって『大昔』が『最近』であり、『先祖の恨み』が『当人や親同士の諍い』になってしまうという恐ろしさもある。
『今日も三位中将殿は機嫌がよろしいようで』
手を止めずに角田三位中将殿に話しかける。
完全に日課である。
気がつけば最低1日1回はこうやって話しかけないといけないようになっている。
ただそうすることによって角田三位中将殿の機嫌がさらによくなるのだからやって損はないし、私達人間族より背が遙かに高いとはいえ、美しい女官が微笑んでいるのは私達男にとっては心を健やかにしてくれるものでもある。
『辞めたら婿捜しですね~♪玉藻の前お姉様のように国を出て探すのもいいですね~♪遙か西の国には素晴らしい殿方がいらっしゃるかもしれませんし~♪』
この台詞もいつも通りの台詞だ。
そんな機嫌よくさらさらと筆を進ませ、各所より届けられる魔獣の動向や討伐に関する始末書(報告書)を処理し、陰陽寮が…帝がすべてを支配していることになっている魔種族が操る導術を武家や公家、そして民草が利用した際に支払う冥加金の計算をしていた角田三位中将殿の手が突如として止まり、大変美しい顔に笑みを浮かべていたのが能面の『増女』如くの無表情になった。
同じ部屋で仕事を進めていた私をはじめとする人間族の官吏が、あまりの変わりように手にしていた筆や算盤の動きを止め、角田三位中将殿の方を見る。
この部屋で仕事をしている魔種族は角田三位中将殿だけだ。
はっきりと言おう。
恐怖で手が止まった。
恐ろしくて声もかけられない。
なにせ1年半ほど前にまったく同じ反応を見たことがあるからだ。
こめかみに指をあてるという導術を使う際の姿勢を取った後、角田三位中将殿は無言で立ち上がり『急病につき帰宅いたします』とだけいい、こちらの返事も待たず、片付けもせずに部屋から出ていく。
何があったのかと皆が無言で顔を示し合わすが、声を出すものは現れず。
すると廊下より騒がしい足音が聞こえてきて、導術方の使部が無作法にも慌ただしく部屋に入ってくると平伏し『昨日明け六つに牙良近衛少将殿様、幕府拝領屋敷にて赤河麻野家に討たれたとのこと!!此度は誤報にあらず!!詳細は未だ不明!!』とだけ端的に申す。
普段なら誰かが無作法等を叱責するところだが誰一人としてその様な余裕は無し。
誰も何も反応できず。
牙良殿が討たれた?
角田三位中将殿の後継である牙良近衛少将殿が討たれた?
角田三位中将殿の活力の源である牙良近衛少将殿が討たれた?
全員が理解できぬように呆然とする。
誰も何も反応できず。
『牙良近衛少将殿が討たれたのは真か!?』
『なぜ昨日の明け六つの一件がいまさらに都に届く?昨日のうちになぜ来ていない!?もう朝四ツぞ!』
『三位中将殿はいずこ!?』
騒がしく、ここ陰陽寮で天文や暦等の他の部門を担当する者達もこの部屋に集まってくる。
なぜ皆がここに集まるのかと思うが、私が陰陽頭…陰陽寮の長官であることをようやく思い出す。
『帝に…主上に…事態を奏上し、あと摂家、清華家、大臣家にもご報告を…ご報告をせねば!!』
自分が何であるかを思い出せば、何をすべきかも思い出し、身体もようやく動き出す。
『親爺、もう一杯酒をもってこい!!』
犬っころを見事討ち取った褒美として、殿自ら下賜して頂いた金一封で飲む酒はうまい!!
昨日は上屋敷で宴席でたらふく祝いの酒をなんだが、外で飲む酒もまた最高だ!!
拙者の正面には、同じく犬小屋に討ちいった同僚も美味そうに酒を飲んでいる。
他の討ち入りに行った者たちは二日酔いや疲れからまだ上屋敷で寝ている。
2人というのは少々寂しいが、まあ致し方なし!
昨日犬の首を討ち取り、府内を練り歩いてから上屋敷に戻って少しすると、牙良方の生き残りに銭でも貰ったのであろう幾人かの不埒町人どもが『卑怯者!』と上屋敷に向けて礫を放ってきたが、町奉行所の連中がやってきて町人共をすぐに追い払った。
殿が仰っていた通り、幕閣の皆様との話がちゃんとついているのだな。
なにせ殿の蟄居閉門程度で済んでいるのもその証拠だな。
まぁ『遠慮』や『逼塞』でないのが不満だが、殿のお考えなのだろう!
閉門で門には竹矢来で封がされているが、浪人体なら裏の勝手から出入り自由とも仰られていた殿は流石!!
御重役たちはあの廊下での一件の後、殿が国元に帰るや否な押し込めようとしたが、殿と共に国元に戻った拙者たちが命を懸けてお守りした!!
押し込みの中心人物だと噂された内蔵助様やそのご子息も、今回の討ち入りでは禊のため自ら陣立てされ、仇討ち勢を率いるとは武士の誉れ!!
本当に酒が酒がうまい!!
これで町民共に『貧乏侍』『吝嗇侍』『年寄犬人一頭も切り殺せぬ末生り大名とそれに仕える青瓢箪家来衆』と馬鹿にされずに済む!!
町民共め、我ら赤河麻野家家中の力思い知ったか!!
そして牙良の犬ッころめ!!
過去にも饗応役をこなしたことがある我らを謀りおって!
かかりが1200両もかかるなら最初から真剣にいえ!!
拙者も殿が犬っころへの饗応役指南ご挨拶に伺った際に供をしていたから聞いておったが、さらっと言いおって!
もっと真剣に言わねば伝わらんだろう、犬っころが!!
更に殿は、饗応役指南ご挨拶の後にすぐに幕閣の方に呼び出され『約定にある饗応役指南料である20両を払わず、10両で済ませたのはなぜか?』と詰問されたのも牙良の告げ口に違いない!!
過去にも饗応役を果たしていて、委細承知しているのだから約定にあるがままの指南料を支払う必要はないというのに!!
畳替えも寺が変えたばかりだからよかったではないか!!
それを舘家の連中が畳替えを終えた後に伝えおって!!
更にそれを導術で府内どころか府外近隣の畳屋共すべてに吹聴しよって!!
当家だけの力で畳替えは間に合ったというのに!!
恥ばかりをかかせおって!!
まあ今回の無礼討ちですべてを御許してやろう!
地獄で後悔するがいい!!
『どこまで?』
屋敷にお戻りになられた三位中将様はただ短くそう尋ねる。
『道術がこの様に乱れているのは初めてのこと。各所より同じものや、多少違うものが大量に届き続いており、道術方の者達ががかなり疲れております。間違いない事と判断したことをこちらにまとめてございます』
そう申し上げて、送られてきた道術の中から確実であると判断したことを記した紙を渡す。
三位中将様も止めどなく届き続けている道術に疲れているご様子で、無言で紙を読まれる。
・昨日明け六つ、牙良近衛少将様、府内拝領屋敷にて闇討ちに遭い、討ち取られる。
・闇討ちをおこなったのは赤河麻野家家臣が50名ほど。
・牙良家御家臣にも死者怪我人多数。
・牙良家当主である養子殿は傷を負うも命に別状は無し。
・牙良近衛少将様の御首級、取られた上に辱められる。
・赤河麻野家、幕府に仇討ち届けを提出するも幕府、未だそれを認めず。認めるつもりも無し。
・仇討ち届けの理由は、過日の勅使下向供応の際の、近衛少将殿による赤河麻野家へ対する度重なる侮辱。
・仇討ち届けには麻野内匠頭の下知による仇討ちと明記。
・他の府内在中魔種族には危害は加えられておらず、人間族の大半は牙良家に同情。
・赤河麻野家上屋敷に礫を投げる人間族の町人もあり。
・府内魔種族次席殿、三席殿は変事約定に従い神多神社に陣取り。四席殿は佃田島にて後詰めとして控え。
・幕府よりの使者、名代ではなく御老中、大目付等の御重役が馬にて神田神社に登場、次席殿、三席殿に謝罪する。
・将軍様よりも謝罪文が届く。
・赤河麻野家本家である亜芸麻野家は無関係。亜芸麻野家当主より、此度の一件は当家は無関係ではあるが親戚筋である別家が起こしたことに対する謝罪あり。赤河麻野家に対する如何なる処分が下っても一切庇いだてはしないとのこと。
・幕府としては赤河麻野家の処分に関しては全て朝廷に一任。一切異議申し立てせず。代理で処罰せよと命じられた場合はそれに従う。
『確実なのは以上でございます。他にも色々と届いておりますが、はっきりとせぬものは省いております』
私が再びそうお声がけするも無表情で紙を見続けている三位中将様。
しかしぽつりと呟くように、今すぐこの場を逃げ出したくなるような平坦な声で尋ねられる。
『牙良の爺が討ち取られたこと、往来ではなくではなく屋敷で討ち取られたこと、赤河麻野家の家臣勢が屋敷に押し入ったこと、御首級を取られたこと、麻野内匠頭の下知であること・・・間違いございませんね?』
『は。府内次席殿と幕府よりの道術、それぞれで一致しておりますので間違いないかと』
紙を丁寧に畳み、私に差し戻される三位中将様。
『これは牙良の爺が個人として討たれたものではございませぬ。他家主君の命によって家中の者が屋敷に押し入って討ち取って首を取っていった。つまりこれは人間族が魔種族に対し戦を挑んだと解釈致します。これを放置すれば、私達魔種族は人間族に侮られ、討たれ、この国から居場所がなくなります』
『御意』
恐怖心を隠し短く返事をする。
ただ私も同意見だ。
天下の往来で、麻野内匠頭が1人で近衛少将殿を斬ったのならまだしも、あの廊下で近衛少将殿が討たれていたのならまだしも、領地であり城といえる屋敷に軍勢で攻め込んだのならこれはもう戦だ。
放置すれば、第二、第三の近衛少将様がでてしまう。
近衛中将様は微笑みながら仰った。
『赤河麻野家、この浮き世から消し去ります。秋津洲津々浦々の全ての魔種族に道術を。【オチ支度】を開始します。発動するは【オチ2番】。軍勢は千々父と木州の犬人族。赤河麻野家の城を落としなさい。ただし乱暴狼藉乱取りは禁じます。赤河家家臣のみを根切りに。ただし民草は傷つけぬこと。あと卑怯と言われぬように弓鉄砲大筒の使用は禁止。槍刀のみで。府内にいる麻野内匠頭は千々父勢のみで討ち取ること。城と麻野内匠頭共に、爺がされたのと同じように暁七つに討ち入りを始めること』
そのお顔は怖気がたつほど美しかった。
『御意』
短くそう答える。
我ら魔種族が帝に従ってからずっと備え、調練してきた『八岐大蛇討伐支度』の内、2番支度をもって赤河麻野家を根絶やしに、お家断絶に追い込む。
秋津洲津々浦々にある全ての神社にて保管し、常に手入れを欠かさずにいる武具と我ら魔種族の道術をもって千々父と木州より発した軍勢が、各神社で少しずつ武具を受けとり、落伍する者がでるのもかまわず全力で行軍する。
八岐大蛇に対する備えである『オチ支度』で最も攻撃的なものが2番だ。
オチ2番は『人間族も八岐大蛇に付き従って敵に回り、我ら魔種族を根切りにしてくる』と想定したもの。
秋津洲津々浦々の道術が使える同胞達に知らせが伝わった時点で、道術が使える同胞が全てが病に伏せ、人間族の道術使用願いを相手にせず、道術やりとりも全て符丁に切り替える。
もちろん帝や幕府と裏で繋がっている者は間違いなくいるだろうから、完全に隠すことは出来ないだろうが、帝や幕府が我らが何をしているのかを察するまでの時は稼ぐことは出来る。
15年ほど前のオチ支度調練で、行き先は違うが千々父勢と木州勢が調練をおこなったばかり。
彼らなら上手く出来るはずだ。
我ら魔種族が赤河麻野家根切りの上、麻野内匠頭、その御首頂戴致しまする。
お恨み致すな。
先に喧嘩を売ったのはお主等だ。
・・・それに失敗すれば我らが三位中将様に八つ当たりされる。
失敗するわけには決していかぬ・・・。
『魔種族達が道術を断っただと!!!???』
上段にお座りになっていた上様が驚きのあまり立ち上がり、報告した寺社奉行殿に詰め寄る。
寺社奉行殿は平伏したまま『府内並びに府外近郊、さらに宿場にある神社、尽く流行病とのことで閉門!都に伝えるべき道術を断っております!!』
冷や汗が止まらん。
『町人共の商い道術もか!?』
同輩が寺社奉行に尋ねる。
都や逢坂とこちらとの間を主として結んでいる、商家の者達が利用している道術だ。
値は我ら武家や公家衆の道術より倍以上するが、商売には欠かせぬと凄まじい量の道術が飛び交っている。
そちらも止まったのか?
もしそちらも止まったのならば、ありとあらゆる相場が大混乱になるぞ!!
物価がどうなるかもはや埒外ぞ!!
『ありとあらゆる道術でございます!!神多神社に置いてきました手の者より、道術が使える犬人族と鬼族、狐人族、狸人族が姿を消し、残っているのは槌工族の邑上府内次席殿を初めとして槌工族、猪人族、大神族に道術が使えぬ犬人族のみ!尋ねても急の病にて伏せっているとのみ!!』
上様がまずいまずいと言って頭を抱え、部屋の中を動き回る。
しかし誰も妙案は思い浮かばず。
『と、とにかく都に早馬を出せ!!角田の姉上は間違いなく仇討ちをするつもりぞ!帝より止めて頂く!角田の姉上の仇討ちなぞ、どれほど酷いことになるか想像もつかぬ!幕府の屋台骨が崩れかねん!罰するのは当然だが、角田の姉上直々の仇討ちだけは勘弁して頂かねば!』
慌てて同輩の1人が部屋を出て行く。
帝への角田姉様に仇討ちを思いとどまるように命じて頂く書状を書くつもりなのだろう。
しかし某は別な、肝心なことに気がついたので上様にお尋ねする。
『赤河麻野家には知らせますか?』
上様は私に向かって怒りにまかせて扇子を投げつけて『たわけ!!赤河麻野に姉上が仇討ちしようとしているなぞ教えようなものならば、我ら一同告げ口したと思われ、皆尽く姉上に討ち取られるぞ!赤河麻野に知らせる必要はなし。武士ならば備えていて当然。仇討ちを察して備えているはずじゃ!亜芸麻野家にも赤河麻野家に伝えることまかりならぬと申しつけよ!』
某も含めた全員が無言で平伏する。
頭に当たった扇子は痛いが、それ以上に角田姉様の金棒によって吹き飛ばされる己の身を想像すると、扇子が当たった痛みなぞどうでもよくなり、ひたすらに恐ろしい。
『へへへ。牙良の殿様の分も持ってきたぜ』
牙良の野郎が討たれて既に2日目が過ぎ、夜になり篝火が焚かれている神多神社の境内は、道術が使える者達が『急な流行病で床に伏せた』せいで閑散としている。
とはいえまだそれなりの仲間達がいる。
そんなこの俺のところに、風呂敷包みを背負って貧乏徳利と湯気が立っている鍋を持った大工の源助がやってきた。
『牙良の野郎の分もか・・・。すまねえな。おい!誰か床几を2つ持ってきてくれ!』
すぐに床机が2つに、蓋のない空樽が運ばれてきた。
床机だけじゃなく空樽までとは察しが良いじゃねえか。
ありがてぇ。
空樽を逆さまにして机にし、その上に源助が徳利と鍋を置き、風呂敷包みを解いて茶碗と箸を皿を出す。
源助が徳利から茶碗に酒を注ぐ。
俺の分、源助の分、そして牙良の野郎の分だ。
鍋の中身は途中の煮売り屋台で買ったきたんだろう、牙良の好物だった揚げ出し豆腐だ。
どこの煮売り屋台でも売っている代物じゃねえから。わざわざ探してきたのかもしれねぇな。
俺が牙良の分の揚げ出し豆腐を取って、源助が持ってきた縁が少し欠けている皿に箸と共に載せ、酒の隣に置く。
『源助、ありがとうな』
そう礼を言うと『気にすんない。おいらが牙良のお殿様のご相伴にあずかったのは2回!これで3回目!いい冥土の土産が出来たぜ』そう言って茶碗酒をあおる。
俺も茶碗酒をあおるが・・・こいつは良い酒だ。
高ぇだろうに。
源助の奴、無理しやがって。
源助の奴が牙良の野郎と酒を飲んだのは本当だ。
1回目は1年半以上前に、赤河麻野の阿呆が色々とやらかしている勅使供応準備の愚痴を吐きに牙良の野郎が俺の長屋に供もつけずにお忍びで尋ねたときだ。
牙良の野郎がやってきてすぐに源助がやってきて、一緒にいる犬人族が俺のダチだと知ると自分の部屋にとって返して、酒を持ってきてくれた。
そして牙良の野郎がそのまま一緒にと誘って飲んだ。
途中、酒を飲み尽くしちまったら、源助がすっ飛んで煮売り屋台で食い物・・・揚げ出し豆腐と、無理言って酒を買ってきてくれた。
揚げ出し豆腐は牙良の好物だったみたいで、美味い美味い言ってたな。
2回目は半年ぐらい前、赤河麻野の阿呆に切られた傷が癒えた牙良の野郎がまた忍びで長屋を訪ねてきたときだ。
流石にあんなことがあった後だから1人ではなく、浪人体だが家来が数人ついていたが、
家来はご相伴に呼ばれた源助の奴を止めるような野暮なことはしなかったし、源助も外での見張りは辛いだろうと、俺の部屋の隣にある源助の部屋を見張り部屋として使ってくれといってくれた。
ありがてえ限りだ。
そしてそのとき初めて、前も一緒に飲んだ隠居風の犬人が牙良の野郎と知って吃驚仰天。
そして牙良の野郎が更に驚かせようと、俺のことを府内魔種族次席なことや、戦国の世では武将として深州で竹田家相手に暴れまわり、植杉家の客将になった邑上だったことをばらした時の源助の野郎ときたら、もうその場でひっくり返って、ありゃ傑作だったな!
あん時が牙良の野郎と飲んだ最後の酒・・・いや今もきっといるだろうから、今が最後の酒だな。
だけど俺の植杉家にまだある伝手で牙良の弟子を植杉の養子にと紹介したとき、まさか角田の姫さんがあそこまでぶち切れるとは思わなかった・・・。
必死になって言い訳と謝罪の手紙を書いたな・・・。
そういえば植杉の殿様、まだ見ていねぇな・・・一体どうした?
牙良の2人目の養子になって牙良家家督を相続したてめえの実の息子も切られたって言うのに動きがねぇな・・・。
マジで一体どうした・・・見て見ぬふりをする不義理な奴じゃなかったはずだが・・・。
そんなことを俺が考えていると、源助は揚げ出し豆腐をつつきながら『赤河麻野の上屋敷見てきたけどよ、竹矢来で閉門されているはずなのに、勝手口から出入り御免な有様で、ご家来衆は酒を飲みに行ったりととても正気じゃなかったぜ。逆にご本家の亜芸麻野家のお屋敷の方が大慌てでご家来衆が出たり入ったりでもう大騒ぎ。どっちが闇討ちしたかわかんねえ有様だったぜ』と教えてくれる。
ありがたい限りだぜ。
赤河麻野の屋敷に俺達魔種族が近づけば切られるかもしんねえから、物見があんまり出来なかったから助かる。
もちろん銭を包んで、暇している人間族に物見してもらったり、今回の一件でかけずり回る羽目になっている奉行所の奴らに話を聞かせてもらっていたが、信頼している奴の口から出る話は言葉は重い。
さてさてさて赤河麻野家の連中よ。
この俺が仇討ちしてやっても良いが、今回に限れば角田の姫さんにお任せだ。
なにせ根切りにするつもりだからな赤河麻野家の連中を。
俺は今回に限っては軍監として止め役に回らせてもらうぜ。
【オチ支度】の【2番】なんてやり過ぎだと思うが、屋敷を闇討ちされたんじゃ確かにこれもう戦だ。
これでも一応は府内魔種族次席の、木っ端とはいえ元戦国武将。
ここできっちりと締めておかないと、明日は別な仲間がやられちまう。
角田の姫様は正しい。
ただやり過ぎねえように止め役として勝手軍監をさせてもらうぜ。
他の人間族に迷惑はかけられねぇからな。
オヤジ戦車様、hakushi117様、誤字脱字のご指摘、誠にありがとう御座いました。