「……そんなん、ズルいやん……わたし、わたしだって……っ」
親友である渡我被身子が、大きな悩みを抱えていることを麗日は知っていた。
そして自分と同じく、緑谷に密かに思いを寄せていることも──。
よって、本来なら喜ぶべきシチュエーション。
彼女が緑谷によって救われるその瞬間を、しかし麗日は見ていられなかった。
駆け込んだ手洗い場、鏡に映る酷く歪んだ己の顔を──麗日は手のひらで覆い隠す。
「私、最低、だ……」
胸がざわざわとする。
胃をひっくり返したような気持ち悪さに、目眩がする。
親友を押しのけてまで、自分が彼の一番になりたいという強い気持ちが、麗日を苦しめていた。
親友が、救われたのだ。
その事実を手放しで喜ぶべきところを──見苦しく、嫉妬してしまうだなんて。
あのような開けた場所での告白は、麗日には出来ない。
きっと相手のことを第一に考えて、気持ちを大切に仕舞ってしまう。
そしてそれが正しいことだと信じている。
緑谷のことを少しでも考えていたなら、あのような逃げ場のない──多くの者の目に晒された空間での告白など、出来るはずがない。
渡我被身子の行動は、独りよがりだ。
だけれど、その独りよがりの背景には──きっと、想像を絶する葛藤の苦しみがある。
だからこそ、緑谷出久も彼女を救いたいと心から願ったのだ。
彼女の弱さに寄り添いたい、ヒーローとしてのきもち。
友達としてのきもち。
全てに優先して、そうありたいと──優しくありたいと願っているはずなのに。
渡我に麗日が果たして、何をしてあげられただろう。
毎日話した他愛もない学校の話題。
可愛い八重歯を晒して笑う彼女の中に、拒絶に対する大きなトラウマがあることを察していたというのに──麗日はそこに踏み込むことを躊躇った。
もしその時が来たなら、あちらからきっと打ち明けてくれるだろう、と。
信じたといえば聞こえは良いが、ようは選択を怖がり、委ねたのだ。
その結果が──あの決壊だった。
もしかすれば、麗日なら渡我被身子の暴走を事前に止められたかもしれないのだ。
もっと早くに、彼女を救うことが出来たかもしれない。
彼女を救うことが出来なかったどころか──弱さによって緑谷に近づいた彼女に『ズルい』と感じてしまう。
渡我も、麗日が緑谷に好意を抱いていることをきっと見抜いていた。
それならば、自分にもう少し配慮してくれてもいいじゃないか──と、筋違いな文句が脳裏に浮かぶ。
友達としての責任を果たすことが出来なかった悔しささえも上回る、女としての嫉妬が──今麗日が直面している、己の醜さの象徴だった。
「…………いい、なあ。いいなあ、ひみこちゃん……」
それが、本音だった。
ヒーローを志す少女としては、あまりに醜い羨望。
あの場に立っていたのが──緑谷に包まれたのがもし自分だったなら、どれだけ幸せだったことだろうか。
一度言葉にしてしまったことは事実として、二度と覆ることはない。
自覚してしまった己の醜さは、常に付き纏う──呪いとなって。
「ごめん、なさい。ごめんなさい……っ!! ごめんね、ひみこ、ちゃん……私……ほん、とに……最低だ……っ!!!」
己のきもちをどう処理すれば良いのか。
これから渡我にどのように接していけばいいのか──麗日にはもう分からなかった。
※※※※※※※※
「へぇ……今の一幕はくだらないけれど、本質はそこじゃないね。今のを見て低レベルな戦いと断ずる者がいたとしたら、それは彼への侮辱だよ。評価されるべき彼を侮辱することは許されない。──彼の個性は、まさに権利の剥奪。彼をヒーロー科に採らなかった雄英の怠慢の晒しあげだよ、これは。まったくもって、度し難い」
一回戦第二試合──心操vs峰田。
客席のとある一角。
ぺらぺらと言葉を並べるのは、レグルスだ。
評価の対象となったのは、普通科の星──心操人使。
峰田に対し、「あそこに裸の美女がいるぞ」と語りかけ、結果として峰田はまんまと引っかかった。
事前に彼の個性の詳細を尾白から聞いていたにも関わらず、「マジか!!」とそれはもう元気の良い返事をしてしまったのだ。
嘆かわしい。
「そうですね。返答した者を操る……必殺な上に、汎用性も高い。彼は伸びますよ。今年中にはヒーロー科に転入するんじゃないですかね」
言葉を返すホークスの声色には、疲れが見える。
先の第一試合、完璧な対応で渡我被身子の心を救った緑谷出久という生徒について、ひたすらに讃えて語るレグルスに付き合わされていたからだ。
「この試合はこれでもう決まりましたね。次は……第三試合。轟くんと物間くんか……これは……」
「騎馬戦でもあったマッチングだね。その時は真似っ子の方が優勢だったと僕は記憶しているよ。彼──エンデヴァーの血筋の方は、何故か手を抜いているからね。拘りでもあるのかな──熱を使わない。己が当然に主張できる権利を放棄するなんて僕には考えられないけど、流石はヒーロー候補生という所かな。さぞかし崇高な考えがあるんだろうさ」
「…………それ、ろくな理由じゃないってこと分かって言ってません?」
「いやいやホークス。君さ。人の家庭の事情を詮索するものじゃないよね。ヒーローともあろうものがさ」
逆撫でするような皮肉めいた物言いをしておきながらよく言う、と思いながらも──ホークスは「そうですね」と端的に返した。
「だけどこれは──氷だけじゃ厳しいぞ。……君は、どうする?」
かくして一回戦第三試合──轟vs物間がはじまり、ホークスの予感は的中した。
「君さァ、それ半分しか使わずに僕にどうやって勝つのかなァ!!?」
「く、そっ……!!」
開幕の氷結ぶっぱを躱して轟に触れた物間は、火炎を纏って轟の攻撃を次々に無に帰す。
「いい個性だねコレっ!! ほんとなんで使わないのかな、ほらっ! ファイアーーーッ!!! あっはははっは!!!」
氷結と火──出した氷が直接人体に触れなければ効果のない前者と異なり、後者は熱気そのものが強力な攻撃となりうる。
直接触ったときの殺傷力は冷気の方が高いが──範囲攻撃として優秀なのは、氷よりも明らかに炎であった。
よって轟は、かなりの苦戦を強いられていた。
範囲攻撃のぶつかり合い──それが起きる度にじりじりと押され、ついには場外ギリギリの所まで押しやられてしまった。
『初手、軽率に範囲攻撃をしたのが響いてるな。物間は逆にそれを見抜いていた。単なる個性の相性って話だけじゃない』
『なるほどなイレイザー!! ナイス解説だ!!』
──どうする。どうする。どうする。
物間に対し炎を出せば、個性の練度差によって容易く勝つことができるだろう。
しかし戦闘において、熱は使えない。
あの憎き父へ、『お前の力などなくても勝てる』と証明するために──この身に流れた半分の血を呪い続けるために。
(あいつの言う通りだっていうのか……?)
エンデヴァーは轟に言った。
今は氷のみの力で通じるが、それではいずれ必ず壁にぶち当たると。
そしてその時──必ず熱に、頼らなくてはならなくなるのだと。
(……ふざけるな。俺は……!! 俺は────なんのために、ここまで────)
過去を思う時脳裏に浮かぶのは、いつでも地獄の光景だ。
お前の半身が醜いと、己に煮え湯を浴びせた母。
兄弟とは──共に遊ぶどころか、まともな会話さえ許されなかった。
そして痛く苦しい、父との特訓の毎日──。
こんなにも苦しいことばかりなら、自分は一体なんのために生まれたのか。
──「お前は、俺を超える男だ」
そして、苦戦する轟に気づきをもたらしたのは──憎き父のあの言葉であった。
「ああ、そうだった……俺は」
──生まれたのではない。作られた。
最強を超えるために、作られた命。
であるならば──。
轟は何かを悟ったように自嘲すると──諦めたのか、氷結の攻撃の手を緩めてゆっくりと歩き出す。
物間から噴き出す炎へと、真っ直ぐに。
『おいおいどうした轟ィ!? 諦めちまったのかァ!!』
物間にも轟が諦めたように見えたのか──「ふざけるなよ」と、舌打ちする。
A組に恥ずかしい思いをさせ、己が一位に立つことが目的な以上、勝利は嬉しいことだが、こうもコケにされては面白くない。
勝負は、互いが真剣であってはじめて意味があるのだ。
「A組のトップがさァ!! 実力の半分も出さずにここで負けて、君はそれでいいって言うんだな!!? そんなんなら──ヒーロー目指すのなんて、やめちまえよォッ!!!」
怒りを力に変えて──物間は、熱を一点に圧縮する。
見様見真似の最大出力。
その火力はエンデヴァーには遠く及ばないまでも──十分に。
「ファイアァァァァァ゛ッ!!!゛!!!」
しかし──。
「なっ……!!?」
轟は、その中を平然と進む。
まるで春風でも受けているかのように。
ゆっくりと──一歩ずつ。
「──これが俺の、作られた理由だった」
氷結効果を、体内と表皮に限定して──熱を防ぐ。
轟焦凍の個性の最も優れている点は、体温を上下自在に調節出来ること。
エンデヴァーのぶち当たった限界を、超えるための力。
自身そのものを凍らせる力。
「ありがとな、物間。思い出させてくれて──おかげで、あいつの顔が曇った。あいつの力に、右だけで勝てる証明だ……。もう満足に動けねえだろ、熱が体に溜まってる……氷で冷やしてもいいが、そうしたら俺は合わせて氷結を叩き込む。──分かるだろ。詰みだ」
「ク、ソ……!! こ、の、僕が……こんな、中途半端な奴に……!!!!」
轟の戦況把握は、実に正しい。
物間は轟側からの氷結攻撃を防ぐために、火炎を止める訳にはいかない。
しかし、火炎を使い続けたことで体温は限界に達し──満足に動くことさえ、もう出来ない。
かくして、物間は轟の接触を許し──火炎ごと氷漬けになって、敗北した。
※※※※※※※※
一回戦第四試合──飯田vs発目。飯田勝利。
真面目すぎる性格を利用された飯田は、彼女のサポートアイテムプレゼンテーションに付き合わされてしまった。
一回戦第五試合──常闇vs八百万。常闇勝利。
中距離戦において圧倒的な制圧力を誇るダークシャドウに対する戦法が、八百万の中では纏まりきらないままだった。
自信の不足が結果として出力された形か、八百万は何も出来ないまま常闇に敗北した。
一回戦第六試合──上鳴vs耳郎。
「悪ィけど耳郎──タイマンなら、俺は最強だ!!!」
前口上に恥じることのない、上鳴の完全勝利。
彼の電撃に抗うことが出来る生徒は、果たしているのだろうか。
一回戦第七試合──円場vs切島。
空気を固めて防御に徹する円場だったが、切島は己自身を固めることが出来る。
搦手の通じにくいシチュエーション、シンプルなタイマンにおいて上回ったのは、切島の方であった。
一回戦第八試合──麗日vs爆豪──。
爆豪勝利。麗日は持てる力を全てぶつけるも──爆豪の強さの前には届かず。
奥の手の流星群も、爆破の一撃で全て粉砕されてしまった。
これにて一回戦の全てが終了し──第二回戦が、はじまる。