もしも東方projectの世界にシシ神がいたら 作:ジョン・N
『3月26日は紫の日』らしいです。
せっかくなので、短編を本日投稿。
森とタタラ場 双方生きる道はないのか
――映画『もののけ姫』アシタカの台詞より
東方の遠い山奥の地に、科学が発展した日本社会を『外の世界』と呼び、現代社会と隔絶された土地がある。そこでは独自の文化が築き上げられ、人間だけでなく、太古の昔から存在する妖怪や神々が共に暮らしている。
その地の名は『幻想郷』。
霧の湖、魔法の森、迷いの竹林、そして冥界に天界、地獄などなど。あるところでは巫女と鬼が、あるところでは吸血鬼と魔法使いが、またあるところでは天狗と神様が、時に“異変”を起こしつつも、豊かに日々を生きている。数少ない人間も、その土地で人里を作って平和に暮らしていた。
その幻想郷には、妖怪の山と呼ばれる場所がある。名の通り様々な妖怪が住み、険しい地形と緑の樹々が広がる山だ。
その山の中には『守矢神社』という二柱の祭神を祀る神社が建っている。『外の世界』からやってきたその神社には二柱の神のほかに、風祝である東風谷早苗という少女も暮らしている。
幻想郷にやってきて、とある“異変”を起こした後も、彼女たちは人々や妖怪の信仰を集めながら日々を過ごしていた。
快晴の青空の下で、穏やかな風が森の葉を揺らす。木漏れ日が差し込み、のどかな気候の心地よい日だ。
「神奈子さまぁ、諏訪子さまぁ!」
そんな平凡な日常の中で、守矢神社に早苗の大きな声が響く。
「どうした早苗? 大きな声出して」
「何かあったの?」
赤い衣に、青い髪、背中に注連縄の輪をつけた、八坂神奈子。
青い衣に、金の髪、頭に蛙を模した帽子をのせた、洩矢諏訪子。
二柱の神は、早苗の不安げな声を聞いて、何事かと社殿の奥から出てきた。
外に出ると、境内で早苗が警戒した面持ちで、じっと見つめていた。いつもの白と青の巫女装束に、緑の髪に蛙と白蛇の髪飾りをつけている。掃除の途中だったのだろうか、片手に箒を握っていた。
「なにか“変なの”がいるんです」
「変なの?」
「どこに?」
「ほら、あそこです。さっきからじーっとこっちを見てるんですよ!」
二柱は早苗が示した指の先を見る。そこには境内に生えた御神木が一本あった。その木は、神奈子が守矢神社に来るよりも前の、ずっと昔から境内に生えているものだ。
そして今、その御神木には、手のひらサイズの“小人”が木の枝に腰掛けていた。まるい目と口に、淡い緑色の身体。幽霊のように実体が無いのか、奥の風景が透けて見える。
早苗の言う通り、静かに彼女たちを見ていた。
――――カタカタカタ
小人は首を傾けた後、音を鳴らしながら小刻みに首を振る。川のせせらぎにも似た、清らかな音だ。
その様子を見て、早苗は思わず「ひっ!」と驚きと怯えが混じった声をこぼした。感情の読めない顔と挙動は、初めて見る者には不気味に感じられるだろう。
だが、神奈子と諏訪子は揃って「あぁ」とため息をついた。
「なんだ、コダマじゃないか」
「こだま? 妖怪ですか?」
「森の木々に住む精霊だよ。昔はそこら中の森にいっぱいいたものさ」
神奈子は腰に手をあてたまま、ほっと肩の力を抜く。
「危険はないんですか? さっきから首を振ってて、なんだか怖いんですけど……*1」
「大丈夫だよ。危険どころか、まったくの無害なヤツさ。あの木が立派な証拠だよ」
「そ、そうなんですかぁ? それなら良かったですけど……」
神奈子に危険がないと言われ、安堵する早苗だが、そのコダマの不気味な姿に、イマイチ表情の固さが抜けなかった。天狗や河童など、幻想郷に来て数々の妖怪を見てきた彼女だが、目の前にいるコダマは、今まで見た妖怪とはどこか違う。
そんな早苗を、神奈子は微笑ましいものを見る目になって「ふふっ」と笑う。そして改めて、コダマへと目を向けた。
「それにしても、幻想郷にもいたんだねぇ。てっきりもういなくなったもんだと思ってたけど」
「なんだ、二人とも知らなかったの。あの子なら、昔からあの御神木にいたよ?」
「えっ?」
諏訪子の言葉に早苗が驚くと同時に、ふと遠くから風を切る音が聞こえてきた。
その音にいち早く気が付いた神奈子は空を見上げる。そこには、山伏の帽子を被り、黒い羽根を生やした天狗少女の姿があった。
その少女は、まっすぐ守矢神社に向かって飛んでくると、三人の前に降り立った。
「どうも守矢神社の皆さん、清く正しい射命丸です!」
「あっ、射命丸さん。こんにちは」
早苗が彼女に挨拶を返す。
妖怪の山に棲む天狗、射命丸文。彼女はちょうど先ほど、神社の近くを飛んでいたところだったが、通りかかった際に、早苗たちの姿を目にしていた。
そして、三人が揃って境内にいることに、何かあったのではと目ざとく悟った彼女は、記者の勘が働き、三人の元まで飛んできたのだった。
「これはこれはお三方お揃いで、何かありましたか?」
「別に、大したことじゃないよ。早苗がコダマを見て驚いていただけさ」
神奈子が説明すると同時に指をさす。その方へ目を向けて、文がコダマを見つけると、彼女は目を大きくして物珍しいものを見る目になった。
「へぇ、これは珍しい。まだ幻想郷にいたんですねぇ」
すると、文が自前のカメラでコダマの姿を撮影しようとした途端、コダマは立ち上がって歩き出し、姿を消した。
「えっ、消えた?」
「どこかへ行ったみたいだね。森中を無邪気に駆けまわる奴らさ。気にすることないよ」
「あぁ! まだ撮ってないのに!」
コダマが姿を消したことに、早苗は驚き、文は悔しげに口を尖らせた。
「文さんも知ってるんですか?」
「そりゃあコダマなら、昔はこの妖怪の山にもたくさんいましたからねぇ。時代が経つにつれてだんだん減ってしまいまして、私も見たのは久しぶりです」
文はカメラをしまい、宙に浮かんで三人に一礼した。
「帰るのかい?」
「いえ、少し辺りを探してみます。写真も撮り損ねてしまいましたので」
「新聞のネタにでもするつもりかい?」
「えぇ、なにせ私の知る限り五百年ぶりですからね。なにか“異変”の前触れかもしれません。それでは」
神奈子と言葉を交わした後、文はどこかへ飛んでいった。
「だから前から居たんだってば」
あっという間に小さくなっていった文の後ろ姿を見ながら、諏訪子が呆れたように呟いた。
山頂から風が吹き、周辺の枝葉を揺らす。虫や鳥の声とともに、さわさわとした小さな樹々の音が守矢神社の境内に流れた。
***
幻想郷には、守矢神社の他にも、もうひとつ神社がある。守矢神社が外の世界から来る前は、幻想郷で暮らす人々にとっては、神社といえば、その神社を言うことが多い。
幻想郷の東の端にある、その神社の名は『博麗神社』。
幻想郷を一望できるその場所は、格式ある本殿や鳥居、桜、温泉と、見た目はたいそう立派だが、高い立地や数多くの妖怪が立ち寄ることもあって、普段から参拝する者はとても少ない神社である。
「ずぅぅ」
博麗神社の縁側で、ひとりの巫女が座ってお茶をすすっている。
巫女の名前は、博麗霊夢。博麗神社の巫女として、妖怪退治や異変解決を生業としている少女である。
平穏な昼下がり、彼女は今日も平凡に過ごしていた。そんな霊夢の元に、白と黒を基調とした服装の金髪少女がやってきた。
「おぉーす霊夢、茶ぁ貰いにきてやったぜ」
長いつばの帽子と箒を身につけて、まさに魔法使いの格好をした少女、霧雨魔理沙は、縁側に座る霊夢の横に腰掛けた。
「こんにちは魔理沙、お茶が欲しけりゃお参りしてからにしなさい。お賽銭箱ならあっちよ」
「あいにく貧乏神社にくれてやる金はねぇぜ。というか、なんでこんなとこで飲んでんだ?」
「しょうがないでしょ、萃香が寝てるんだもの。まったく、酒臭くて仕方ないわ」
霊夢が指さした室内では、博麗神社の同居人である鬼、伊吹萃香が大きないびきをかきながら眠っていた。一見、童女にしか見えない彼女のそばには、自前の瓢箪が置かれている。その様子からして、また今朝から随分と飲んだのだろうと、魔理沙にも理解できた。
「なるほど。つまり今日も今日とて暇してるってわけだな」
「平和なのは良いことでしょ。そう何度も“異変”が起きてたら面倒くさいわ」
「はぁぁ、つまんないヤツだぜ」
魔理沙は大きなため息をつきながら、縁側の床に手をついて空を見上げた。
気持ちの良いほど晴れた青空では、さんさんと差す太陽の隣で白い雲が流れていた。
――――カタカタカタ
「ん?」
ふと、魔理沙の耳に聞きなれない音が入ってきた。その乾いた木を叩くような音に、魔理沙は思わず辺りに目を向けた。
「何の音だ?」
「はぁ? どうかしたの?」
「いや、今なんか聞こえなかったか?」
――――カタカタカタ
「ほら」
「あら、ホントね。何の音かしら?」
魔理沙と霊夢は揃って周囲を探す。縁の下や天井、部屋の中、境内と目を移していく。
「あっ、アイツじゃねぇか?」
そう言って魔理沙がまっすぐ腕を伸ばして、とある方向を示した。その方向へ目を向けて、霊夢も博麗神社の茂みに生えた木に見慣れない生き物……コダマがいることに気が付いた。
――――カタカタカタ
コダマが首を振ると音が鳴る。間違いなく、音を鳴らす正体だった。
「何よ、あれ?」
「新手の妖怪か?」
「あれは“コダマ”よ」
「「わっ!」」
急にすぐそばから聞こえた女の声に、二人はピクリと驚いた反応をする。
振り返るとそこには、幻想郷の賢者である八雲紫がいた。金髪ロングに、紫と白のドレス。少女のような見た目に対して、ただ者ではない貫禄を放っている。能力で生み出した空間の裂け目のような“スキマ”に腰掛けるような態勢で、彼女はまっすぐコダマを見ていた。
「ビックリしたぜ!」
「ちょっと紫、驚かさないでよ!」
「ふふっ」
見知った相手と分かって、二人は胸を撫で下ろす。そんな二人に詫びることなく一瞥して、紫は微笑を浮かべた。
「アンタが出てくるなんて、どういう風の吹き回しよ?」
「なんだ? まさか“異変”か!」
霊夢は面倒くさそうな眼で、魔理沙は期待した眼で、紫を見る。
「あれはコダマ。森の精霊よ」
「強いのか?」
「ふふっ、まさか」
紫はクスクス笑う。
「その辺の妖精と変わりないわ。弾幕ごっこもできないか弱い存在よ」
「なんだぁ、まぎらわしいぜ」
魔理沙はため息をつき、肩を落とした。
「じゃあ、なんでアンタが出てきたのよ?」
「別に、たまたまよぉ」
紫は口元に手を当てて笑うが、霊夢は目を細くして怪訝な表情で睨む。底の知れない紫の態度もあわさって、霊夢の勘は嘘だと告げていた。
「ふーん……まぁ面倒事じゃないなら、どうでもいいわ」
霊夢はそれ以上追及せず、興味を失ったように顔を伏せてお茶をすすった。
「けど……まだ残っていたのね」
そばにいる二人にも聞こえないほど小さな声で、紫は呟く。その声色には普段の作為的な雰囲気はなく、まるで懐かしい先人と再会した時の喜びのような、彼女の素直な感情が秘められていた。
守矢神社からやってきたコダマは、博麗神社のすみに生える木で首を振る。まるで幻想郷にその安らかな音を響かせるようだ。
その様子を、紫は遠い昔の景色に思いを馳せるような顔で見ていた。
***
境界の妖怪
――作者:詠み人知らず
金色の髪と細い腕 高貴な衣に日傘をさす 慈愛をあらわす胡散臭い笑み
それは お前を 幻想へと誘うから
誘われたなら引き返せ まだ生きたいなら思い出せ
そこは 旧きものたちが 生きる場所 お前の世界ではない
人々に語り継がれた妖怪は いつもひとり 泣いている
恐怖は 妖怪の本質
争いは 生命のさだめ
種族を持たない そなたの心は この世の残酷さを知る
スキマにひそむ そなたの横顔は この世界の美しさを願う
人間が火薬を使うようになった
人間と妖怪の衝突は いっそう激しさを増した
弱肉強食の妖怪の世とともに 人間の世も また地獄と化す
数えきれない争いの末 辿り着いた森で
金色の鹿は 傷ついたそなたを癒す
澄んだ池 コダマの音 草は萌え 枯れていく
清めと穢れも 生と死も そこにはあった
すべてを受け入れる世界に憧れ そなたは夢を描く
過去に 小さな鬼は笑う どうやって生きるのか
今も 冥界の亡霊は耳をすませる 二人の会話は 友の証
後に 狐のしもべは問う あなたはなぜ 此の地を隔てたのか
そなたの歩む道を知るは 同じときを生きる もののけたちだけ
ああ 穢れた地の石をつむ姿に 月人が嘲笑う
再生の森を残して 鹿は姿を消した
それでも そなたは また道を進むだろう
スキマの眼は 森を見つめる 光を増していく
そして また夢を見る あの日を思い出す
すきまに風が吹く 道を分かち合うように
愛深き 幻想郷の賢者が スキマから顔をのぞかせる
そのそばには いま 博麗の巫女がいる
完結してもお気に入り登録や評価、ここすきをいただいていることに驚きです。
ありがとうございます。
おまけ:
以下、東風谷早苗(フィギュア)とコダマ(一輪挿し)とフリー画像を使って撮りました。
このエピソードの冒頭を絵にすると、多分こんな感じ。
早苗とコダマ