ご感想、とても嬉しいです!
前話の続きで説明回になりますが、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
……未だにエクストラレコードの公開映像にやられてる私ですが、
何度見てもアーチャーも、ベリル先生も、顔が良いですねぇ。ぐえ(即死)
小休憩を挟み、改めて全員が席へと戻る。
先ほどまで空になっていたカップには、新しい紅茶が注がれていた。
菓子も幾つか追加され、話を聞くだけで疲れ切った様子のクルニは早速その一つへ手を伸ばしている。
「では、話を戻そうか」
ファウステスの言葉に、室内の空気が再び引き締まる。
向けられる視線の先。
エミヤは先ほどと変わらず、椅子へ深く腰掛けていた。
「君が異なる世界から来た英霊であること。そして、この世界へ来た経緯について君自身も把握していないことは理解した」
「ああ」
「ならば次に聞きたいのは、君自身についてだ」
ファウステスは言葉を選ぶ。
「エミヤ君。君は何者で、何を目的として生きていた人物なのか。そして、この世界で何をしようとしている?」
至極当然の問いだった。
異なる世界から、突然現れた存在。
それも、生前を終えた後に英霊と呼ばれる存在になったという。
今までの行動からエミヤを疑う者は、この場にはいないだろう。
だが、それと確認を怠ることは別だ。
エミヤ自身も理解しているのか、不快感を示すことはなかった。
「もっともな質問だ」
そう答えて――何故か。
エミヤは、自分ではなく隣に座る男へ視線を向けた。
「ベリル」
「うん?」
「君から話したまえ」
「…………俺?」
ベリルが自分を指差す。
当然だ。
エミヤ自身について聞かれているのに、何故自分が答えなければならないのか。
「俺が君について話すの?」
「ああ」
「いやいや。俺だって君のことを全部知ってるわけじゃないよ?」
「知っている範囲で構わん」
「そう言われてもねえ……」
困ったように頭を掻く。
それを見ながら、エミヤは淡々と言葉を続けた。
「それに――君は私が話していないことまで、多少知っているのだろう?」
ベリルの手が止まった。
「……何のことかな?」
「誤魔化すなら、もう少し上手くやりたまえ」
即座に返される。
周囲の者たちが、不思議そうに二人を見る。
ベリルも少し迷ったが、やがて諦めたように息を吐いた。
「いつから気付いてたの?」
「確信したのは最近だ」
「確信って」
「君は時折、私の過去を知っている者のような反応をする」
「そんなに?」
「少なくとも、以前の君とは違う」
エミヤはそこで一度言葉を切った。
「それに、似た経験がないわけでもないのでね」
ベリルが目を細める。
「似た経験?」
「他人が私の記憶に触れるという現象だ」
「…………」
それを聞いて、ベリルは完全に観念した。
夢。
あの赤い男の人生を。
自分ではない誰かの目を通して見続けた、奇妙な夢。
これまでエミヤ本人へ話す機会を逸していた。
いや。
正確には、話していいのか分からなかった。
本人から聞いたわけでもない過去を勝手に覗き見たような、そんな後ろめたさもあった。
「……見たよ」
ベリルは小さく答える。
「君の夢を」
室内が静かになる。
エミヤだけは驚かなかった。
「やはりか」
「驚かないんだね」
「先ほど言っただろう。似た経験がある……もっとも、君のような形は初めてだがね」
エミヤが尋ねる。
「それで、どこまで見た?」
「どこまで……」
ベリルは記憶を辿る。
「君が色んな場所を回って、人を助けていた頃からかな」
「曖昧だな」
「夢だからねえ。最初から全部見たわけじゃないんだよ」
「では、最後は?」
その問いに、ベリルは僅かに口を閉じた。
視線の先にいる男は、変わらず平然としている。
だから。
ベリルも、事実をそのまま口にした。
「君が捕まって」
一拍。
「処刑されるところまで」
ヘンブリッツが息を呑んだ。
フィッセルも目を見開く。
先ほどまで「英雄」としてエミヤを見ていた者たちにとって、その最期は想像していたものとは大きく異なったのだろう。
当のエミヤだけが、何でもないことのように頷いた。
「なるほど」
「それだけ?」
「既に終わった話だ」
あっさりとした返答。
ベリルは少しだけ眉を下げたが、それ以上は何も言わなかった。
「君が見たのは、私の生涯の途中から、死ぬまでということになる」
「……それで、何で俺から話すんだい?」
「私自身の口から自分を説明したところで、結局は私の主観だ」
エミヤはファウステスたちを見る。
「ましてや、今の私は素性を確認されている側だ。私にとって都合のいい説明をしていると思われても仕方がない」
「そこまで疑っているつもりはないがね」
「分かっている。だが、情報としては複数の視点があった方がいい」
そして、再びベリルへ。
「君は少なくとも、私とは異なる立場からそれを見た」
「夢だけどね」
「それで十分だ」
「間違ってたら?」
「私が訂正する」
「……なるほどねえ」
ベリルは頭を掻く。
なんだか急に面倒な役目を押し付けられたものだ。
だが、少しでも友人の役に立てられるなら、断る理由もない。
一度周囲を見渡してから、ゆっくり口を開いた。
「彼は……エミヤは、信念のために、走り続けた人だったよ」
それが最初に出てきた言葉だった。
誰も口を挟まない。
「エミヤは、色んな場所で戦ってた。一つの国にいたわけじゃない。戦争してるところにも行ってたし、争いが起きてる場所にもいた」
「所属していた組織などは?」
アリューシアが尋ねる。
ベリルは少し考える。
「俺が見た限りじゃ、どこか一つの国のために戦ってたようには見えなかったかな」
エミヤを見る。
「合ってる?」
「概ねは」
「だってさ」
アリューシアが頷く。
「それで……」
ベリルは続ける。
「そこで困ってる人を助けてた」
「随分と簡単にまとめたな」
エミヤが横から口を挟む。
ベリルは少し笑ってから、続けた。
「戦争を止めたり。誰かを守ったり。争ってる人たちの間に入ったり」
夢で見た光景を思い返す。
砂埃。
銃声。
炎。
泣き叫ぶ人々。
その中を、赤い男は走っていた。
「彼は、皆を救いたかったんだと思う。その理想を追って、ずっと走ってた」
一瞬。
誰も言葉を返さなかった。
その意味を理解出来ない者はいない。
国を守る騎士には、それが一つの国家へ忠誠を誓うこととはまるで違うと分かる。
冒険者として多くの依頼を見てきたスレナなら、目の前の一人を助けることさえ容易ではないと知っている。
そして魔術師たちは、一人の人間が争いそのものへ介入し続ける異常さを理解していた。
誰か一人ではない。
一つの国でもない。
“皆”を救う。
それを、一人で。
組織にも属さず、単身で戦地へ赴き、争いそのものへ介入する。
しかも戦争を終わらせるということは、時に敵対者を殺めるということでもある。
そんな生き方を続ける者がいれば、騎士から見ても、冒険者から見ても、魔術師から見ても――異端だった。
「でも、全部、助けられたわけじゃない」
ベリルの声が少しだけ落ちる。
それは、皆にとっても簡単に予想できたことだった。
「助けられなかった人もいた。間に合わなかったこともあった」
「ああ」
「君自身が、誰かを殺したことも」
「間違いない。君たちが想像しているより、遥かに多くの人間を殺してきた」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
それでもベリルは言葉を止めない。
「でも、助けた人もいた」
エミヤが僅かに目を向ける。
「……同時に、救えなかった者もいる」
「うん。そこも見たよ」
「では――」
「それでも、助かった人までいなかったことにはならないだろ?」
「……そういう見方もある」
そう言うと、エミヤはそれ以上の追及を避けるように視線を逸らした。
ベリルも一呼吸を置き、話を続けた。
「そして、彼は最後まで止まらなかった。
次の場所に行って。また誰かを助けてた。それを、ずっと続けていた」
スレナが静かに腕を組む。
「それで、最後は捕まったのか?」
「ああ」
答えたのはエミヤだった。
「敵対していた勢力に?」
「いや」
「では?」
「政治的な事情が絡んだ結果だ。私一人を処刑することで収まる問題があった。それだけの話だよ」
「それだけって……」
アリューシアが思わず呟く。
エミヤが彼女を見る。
「事実だ」
「でも、処刑されたのですよね?」
「ああ」
「多くの人々を救った者に対して、その最後が処刑だなんて」
「なんてことはない。自国の救世主も、他国から見れば殺戮者だ」
エミヤは淡々と続ける。
「まして、特定の国にも軍にも属さず、勝手に戦争へ介入する人間だぞ。次にどこへ刃を向けるか分からん」
「懐柔も出来ないとなれば、理由を付けて排除する方が組織としては安全だ」
「……それだけの話だよ」
反論したい気持ちにも駆られるが、アリューシアもまた、国の安全を司る騎士団長だからこそ、その言葉が事実であることも分かる。
ベリルが代わりに続ける。
「少なくとも、俺が見た君は自分が死ぬことより、自分のやってきたことが正しかったのかを考えてるように見えたかな」
エミヤが僅かに眉を動かした。
「……そこまで見たのか」
「夢だから、君が本当にそう考えてたのかまでは分からないよ」
ベリルは肩を竦める。
「俺にはそう見えた、ってだけ」
「そうか」
短い返答だった。
ファウステスが、ここまでの話を黙って聞いていた。
やがて、静かに口を開く。
「君は生前、特定の国家や組織の利益ではなく、自らの意思で人を救うことを目的として活動していた」
「言葉にすれば、そうなる」
「そして、その過程で多くの争いへ介入した」
「ああ」
「結果として、命を落とした」
「そうだ」
ファウステスは少し考える。
「では、今は?」
エミヤが目を向ける。
「君は既に一度、その生涯を終えている。そして何らかの理由によってこの世界へ来た」
一拍。
「今も、同じことをするつもりなのか?」
その問いに、エミヤはすぐには答えなかった。
代わりに、自分の手元を見る。
「……少なくとも、以前と全く同じ生き方を繰り返すつもりはない」
その言葉に、ベリルが僅かに目を見開いた。
「そうなの?」
「ああ」
エミヤは淡々と続ける。
「私はこの世界を救うために来たわけではない。そもそも、この世界に何が起きるのかすら知らん」
「じゃあ、何をするんだい?」
ベリルの問い。
エミヤは少し考えて。
「出来ることをする」
答えは、随分と簡単だった。
「目の前で助けられる者がいれば、出来る範囲で手を貸す。頼まれた仕事があり、私に出来ることであれば応じる」
「……てっきり、君はいつか過去の様に、独りで居なくなるのかと思っていたよ」
「私も、目的がなければそのつもりだった。
今ここにいる理由としても、元々は君の父モルデアとの言葉を守るためだったからな」
ベリルの言葉にエミヤは返事をする。
以前、ベリルが尋ねた際にはぐらかされた答えだったが、互いに真意には気づいていたため、この場で隠す必要もなかった。
「それなら、どうして今は考えを変えたのかな?」
「……私をこの地に送り出した者、その人物が誰か分からないが、少なくとも敵意はないと考えている。
そして、消滅する私の元に駆けつけた者がいた。
――彼女たちの励ましに、私は誠意を持って応えなければならない。そう感じたのだ」
それ以上、エミヤは説明しなかった。
けれど。
少なくともベリルには、その言葉が単なる義理や責任だけではないように思えた。
恐らく彼は、以前とは少しだけ違う場所に立とうとしている。
――あの日。
誰かから贈られた言葉を。
そこに込められた想いを、無視しないために。
たとえ、その先に何があるのか。
本人にも、まだ分かっていないとしても。
「……本当に、真面目だねえ」
「何か言ったか?」
「いや、何でもないよ」
エミヤは構わず続けた。
「帰還する手段が見つかれば、その時に考える。だが、少なくとも現状、この国を害する理由も、この世界へ積極的に介入する目的もない」
「つまり」
アリューシアが確認する。
「今まで通り、この国で生活を続ける、と?」
「ああ」
あまりにも普通の返答だった。
異世界から来た英霊。
死後なお召喚される存在。
そんな大仰な正体を明かした男の目的が。
店で料理を作り。
頼まれれば騎士へ剣を教え。
困っている者がいれば手を貸す。
それだけ。
「……なんというか」
クルニが困ったように笑った。
「ここまで凄い話を聞いた後だと、拍子抜けするっすね」
「私に何を期待していたのかね」
「もっとこう、世界を救うとか……」
「世界などという曖昧なものを背負う趣味はない」
その言葉に。
ベリルだけが、僅かに目を細めた。
かつて。
目の前の男は、それに近いものを背負おうとしていた。
そして。
背負えなかったものさえ自分の責任のように数えながら、それでも最後まで走り続けた。
だからこそ。
今の言葉が、少しだけ嬉しかった。
「まあ」
ベリルは笑う。
「俺から見ても、今のエミヤはそんな感じだよ」
「何がだ」
「飯を作って。剣を教えて。困ってる人を見つけたら、なんだかんだ首を突っ込む」
「……随分な人物評だな」
「褒めてるんだけどねえ」
「そうは聞こえん」
僅かに笑いが起こる。
ファウステスも、張り詰めていた表情を少しだけ緩めた。
「分かった」
そして。
「少なくとも、君の人物像と現在の目的については理解したつもりだ」
アリューシアも頷く。
「これまで私たちが見てきたエミヤさんの行動とも、矛盾はありません」
「私も同意見だ」
スレナが続く。
「少なくとも、金や名声を求めて動く男ではない。それは私も見てきた」
ヘンブリッツも深く頷いている。
ファウステスは一度全員を見回し、最後にルーシーを見る。
彼女はこの会話が始まる前と変わらぬ表情で、口を挟まず見届けていた。
ファウステスにとっては、エミヤ本人の言葉だけが判断材料ではない。
その存在を以前から知り、なお平然としているルーシーの反応もまた、確かめておきたかったものの一つだった。
果たして彼女が事前に事情を知っていたのか。
それとも、今日の話を聞いてなお驚くほどではないと判断しただけなのか。
ファウステスには彼女の真意を推し量ることは出来ないが、彼女が危険視をしていない以上、緊急の脅威として構える必要はないのだろう。
◇ ◇ ◇
「ならば、次だ」
空気が僅かに変わる。
「人物としての君については理解した。だが、我々は国を守る立場でもある」
その視線が、再びエミヤへ向く。
「英霊という存在が、戦闘のために召喚される存在だというのなら――その戦力についても把握しておきたい」
「もっともだ」
エミヤは頷く。
「先ほどの話では、複数の魔術師がそれぞれ英霊を召喚し、互いに争うと言ったね」
「ああ」
「つまり、一騎の英霊がそれだけで一つの戦力として成立する。それほどの力を持っているということだろう?」
その問いに、エミヤは僅かに考えてから答えた。
「規模は英霊によるが、基本的にはそのように考えて相違はない」
「差が大きいのか?」
「非常に」
「ならば、その差を決めるものは?」
ファウステスの問いに、エミヤは少しだけ目を細める。
そして。
「いくつかあるが――」
静かに答えた。
「英霊の戦力を説明するのであれば、まずは“宝具”について話す必要があるだろうな」
「宝具?」
聞き慣れない言葉に、フィッセルが首を傾げる。
「ああ」
エミヤは頷く。
「簡単に言えば、その英霊を象徴する武器、逸話、伝承などが形となったものだ」
「武器……ということですか?」
「そういうものが多い、というだけだ。必ずしも剣や槍とは限らん」
ファウステスが興味深そうに身を乗り出す。
「具体的には?」
「そうだな」
エミヤは少し考える。
「生前に愛用した剣。竜を討った槍。神から授けられた武具。その英雄が乗っていた戦車や船。
あるいは、その者が成し遂げた偉業そのものが能力として昇華される場合もある」
「偉業そのものが?」
「ああ」
「……随分と幅が広いのぉ」
ルーシーが呟く。
「だから一概には説明できん」
エミヤは肩を竦めた。
「単純に強力な武器である場合もあれば、一軍を相手取ることを前提としたものもある。
城塞を破壊するもの、広範囲を焼き払うもの、物理的な強度とは別の法則で作用するものまで様々だ」
沈黙。
「……失礼、確認させていただきたい」
たまらずヘンブリッツが手を上げた。
「何かね」
「先ほどの発言……聞き間違いでなければ、軍や城塞を相手にした威力があると聞こえましたが……」
「言ったな」
「一人で?」
「一人で」
「…………」
ヘンブリッツはたまらず頭に手を当てる。
見れば、この場に集った者たちの多くが顔色を変えていた。
皆立場は違えど国を護る立場にいる以上、言ってしまえば具体的な戦力の話になると、より深刻に受け取るしかないのだろう。
真っ先に復帰したのもヘンブリッツだった。
彼は真剣な表情で再び尋ねる。
「つまり、英霊とは一人の武人でありながら、場合によっては軍隊にも匹敵する戦力を有する、と?」
「英霊によるがな」
「では、強力な英霊ならば?」
「一軍どころか、一国の存亡に関わる者もいる」
今度こそ。
誰も言葉を発さなかった。
ベリルですら、僅かに頬を引きつらせる。
「……それ、君たちの世界は大丈夫なの?」
「だから日常的に歩いている存在ではないと言っただろう」
「いや、召喚出来る時点で十分怖いよ」
「その点については同意するしかないな」
あっさり返される。
ファウステスは少し考え込んでいた。
「なるほど……だからこそ、先ほどの儀式では英霊同士を戦わせる必要があるわけか」
「そうだ」
「普通の魔術師では相手にならない?」
「多くの場合はな。もっとも、魔術師に限らず、生身で英霊と渡り合う例外は存在する」
「例外はあるんだねえ」
「君が良い例ではないか」
彼らのやり取りに思わず呟いたベリルだったが、予想しない形で返されて思わずむせる。
しかし、まさに今まで話していた化け物級の強者を相手にして、生き延びるだけでなく打倒したのは生身の彼だったのだ。
常人離れの偉業に注目が集まり、たまらず身を縮めるベリル。
もっとも、大柄な身体を少し丸めたところで、集まった視線から逃れられるはずもない。
「君たちの戦闘の話を聞くに、ベリルが打倒したアーチャーは戦力低下はあったにせよ、一騎の英霊だ。
まさに、例外の説明をするにはいいサンプルになったわけだ。
もっとも、私自身は英霊の中でも突出した戦闘力を持つ側ではない」
「エミヤさんそのお言葉、何度聞いても信じられませんが……」
「アリューシア、君は影との戦闘中、何度も危険な兵器と対峙したと言っていた。
私は見た武器を投影出来る。だが、宝具まで再現した場合、基本的には原典より一段劣る――言いたいことは伝わったかね」
「少なくとも、エミヤさんが再現したものより本来の持ち主が振るう方が、十全な力を発揮する――そういう理解でよろしいでしょうか」
「相違ない」
エミヤの返答に、再び言葉が途切れた。
あの地下では、一つ判断を違えていれば全滅していてもおかしくなかった。
その相手が振るっていた武具さえ、本来の力には及んでいなかったというのだ。
まさに、悪夢。
それでも、剣士たちの目から戦意まで消えたわけではない。
ただ、国を守る立場としての危機感が、それとは別に重く残る。
重い空気が残る中、立て直したスレナは、別のところが気になったらしい。
「それなら」
その視線がエミヤへ向く。
「エミヤの宝具は、その武器を複製する力、になるのか?」
「あ」
ベリルも顔を上げた。
当然の疑問だった。
これほどまでに英霊の戦力を左右するものならば。
目の前にいる英霊が何を持っているのか、気になるのは当然だろう。
「武器の複製、投影は私の魔術だ。宝具ではない」
「では、エミヤにも切り札はあるのか?」
「ある。もっとも、それも厳密には宝具とは少々違うがね」
その言葉を聞いてベリルが思い出したのは、錆色の荒野。剣の丘だった。
ベリルは一瞬、口を閉じた。
本人が伏せていることを、自分から話していいものか迷ったのだ。
だが。
「構わん。君が見たものを話したまえ」
エミヤの方から促された。
「アーチャーと戦った時に飛ばされた場所、確か結界だったっけ。
あの場所やあの力が、君の切り札、なんだね」
同意するエミヤを目の前に、ベリルは記憶を辿る。
「ずっと遠くまで何もなくて。地面に、数え切れないくらい剣が刺さってた」
その光景を聞いて、ルーシーとファウステスの表情が変わった。
魔術師として、何かを察したらしい。
ベリルは続ける。
「最初は変な場所に飛ばされたと思ってた。でも、今の話を聞くと、あそこにあった剣って……」
「ああ」
エミヤは否定しなかった。
「私が記録してきた武器だ」
静寂。
フィッセルが尋ねる。
「何本くらい?」
「数えたことはないな」
「それは、数えられないくらい?」
「恐らくは」
「君は先ほど、見た武器を記録すると言った」
「その通りだ」
ファウステスの問いに、エミヤは「見せた方が早い」と言わんばかりに片手を上げた。
魔力が走る。
次の瞬間。
机上へ、一本。また一本と剣が現れた。
アリューシア、ヘンブリッツ、クルニたちが使う剣。
そして、特別討伐指定個体の素材から作られたスレナとベリルの剣まで。
「私が解析可能な武装であれば、それが宝具であっても記録自体は可能だ」
再び、室内が静かになった。
「……待って」
ベリルが口を挟む。
「じゃあ、あの世界に刺さってた剣の中には」
「ああ」
エミヤは何でもないことのように答える。
「英霊たちが所有していた宝具も含まれている」
「…………」
「ただし、先ほども言った通り完全な再現ではない。基本的には原典より一段劣り、私では再現出来ないものもある」
「それでも十分おかしいと思うよ?」
「…………」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
軍を薙ぐ武具。
城塞を砕く宝具。
それらを、完全ではないとはいえ記録し、必要に応じて再現する。
しかも。
ベリルが見たという荒野には、それが数え切れないほど存在していた。
一つの絶対的な力を持つのではない。
相手を見て。
状況を読み。
無数の記録から、その場に必要な一手を選び出す。
それこそが、エミヤという英霊の厄介さなのだろう。
そしてなお本人は、自分より上の英霊などいくらでもいると言う。
その事実に。
誰も、素直に安心など出来なかった。
アリューシアは、一度時間を空けて情報を飲み込んだ後、静かな声でエミヤに問いかけた。
「地下で私たちが対峙した影も、最終的にはエミヤさんの力を宿していたと考えて良いのでしょうか?」
室内の空気が変わる。
先ほどまでの、英霊という存在への純粋な驚きではない。
実際に自分たちを殺しかけた敵。
その正体へ話が戻った。
「恐らくは」
エミヤが答える。
「最初から全てを扱えたかは分からん。アンブロシアが私のどこまでを模倣出来ていたか、こちらには判断する材料がない」
「ですが、最後には」
「ああ、私の奥の手を使用した以上、その影は私という英霊にまで至ったのだろうな」
無限の剣製。
彼だけの心象世界、英霊エミヤの切り札を使用したのであれば。
最後に現れたアーチャーは、少なくともエミヤという存在の深い部分にまで到達していたことになる。
「……なるほどのぉ」
ルーシーが低く呟いた。
「随分と危ないものを引き当てたものじゃ」
「全くだ」
エミヤも否定しない。
「そして、それと戦って生き残った者が目の前にいる」
ファウステスの言葉に、再び視線が一斉にベリルへ集まった。
「……いや」
ベリルが困る。
「何で皆こっちを見るのさ」
「先生」
アリューシアが真剣な顔をしていた。
「先ほどの話を聞いた後ですと、改めて信じ難いのですが……」
「俺も今そう思ってるところだよ」
「本人が言うっすか!?」
「だって、今初めてちゃんと説明されたんだから仕方ないだろう?」
思わず突っ込むクルニの言葉に、ベリルは苦笑する。
「あの時は、勝つことしか考えてなかったからねえ」
「それで勝ってしまうのだから、君も大概だがな」
エミヤがぼそりと呟く。
「君にだけは言われたくないよ」
即答だった。
ルーシーが大きく頷く。
「そこはわしも同意じゃ」
「何故君まで加わる」
「お主ら二人とも、自分の尺度がおかしいんじゃ」
「心外だな」
「俺は普通だよ?」
「ベリル、お主もじゃ」
「えぇ……」
小さな笑いが起こる。
その笑いが収まるのを待ってから、ファウステスは机上の資料へ視線を戻した。
英霊、その恐るべき戦闘力。
今回の事件で自分たちが何を相手にしていたのか。
その輪郭が、ようやく少しずつ見え始めていた。
◇ ◇ ◇
しばらくしてファウステスが、机の上に広げていた資料を一つにまとめた。
「ここまでの話で、今回起きた現象については大まかに整理できたと思う」
誰も異論は挟まない。
ロノ・アンブロシア。
本来であれば、対峙した相手の姿と能力を模倣する訓練用の魔生物。
それが何らかの理由で、その場にいなかったエミヤの情報を読み取り。
最終的には、英霊としてのエミヤと極めて近い存在――アーチャーを宿すに至った。
何故そんな現象が起きたのか。
そこについては、まだ推測の域を出ていない。
だが。
何が起きたのか。
そして、どれほど危険なことが起きていたのか。
それについては、先ほどまでより、遥かに鮮明になった。
「改めて考えると、よく生きて帰ってこれましたね……」
「そうだな、模倣した影と言えど、通常英霊を相手にして全員生還など、信じられない奇跡のような結果だろう」
キネラの言葉にエミヤが応える。
すると、剣士たちは皆、各々渋い表情を浮かべた。
予想外の反応に困惑するキネラとファウステスに、ルーシーは呆れながら説明する。
「お主ら……ここまで聞いてなお、次に戦うなら勝ちたいと考えておるのじゃろ」
誰も答えない。
だが、その沈黙こそ答えだった。
「全く。剣士という生き物は、理解出来んほど勝利に貪欲じゃのぉ」
「同感だな、普通であれば今の説明を行ったうえで、最後には避難を推奨すべき話だろう。
それを、あろうことか自分の手で打倒したいと考えるなど……こちらの魔術師が聞いても信じないだろうな」
肩を竦めるエミヤだったが、その声音には先ほどまでとは僅かに違う柔らかさがあった。
そして、先ほどまでの口調とは打って変わり、穏やかに告げる。
「……とはいえ、だ。
幸運も含まれていたとしても、それは君たちの実力や意思があって成し得た結果だ。
脅威度を理解している私から、改めて皆の実力を評価する」
「そうじゃの、そこは皆悔しがる顔をするのでなく、誇るべきじゃ。
なんせ、異世界の英雄からのお墨付きじゃからの」
「思ってもいないのに、過剰な表現はやめていただきたいがね」
「事実だろうに、お主がどんな思想であれ、成果があったから至ったのじゃろ」
エミヤとルーシーの応酬を横目に、ベリルも同意する。
「一応、俺も皆の剣の師範をしている身だから伝えたい。
本当に、みんな頑張ったね。
彼らの言う通り、生還できたのは皆が積み重ねてきた努力と鍛錬の成果だよ。だから――皆が無事で、本当に嬉しい」
「私たちは、より先生が偉大な剣士だと実感しましたよ」
スレナの言葉に、皆が同意する。
見れば、剣士以外の魔術師側も口をそろえるのだから、照れ隠しに顔を背ける。
……もっとも、ベリルにとっても今回の結果は、完全勝利だと考えていない。
最終的にアーチャーを降したことは誇らしく考えているが、自分の闘い方も改善点が多い。
――剣士として、自分はまだ高められる。
そんな誰よりも貪欲な願望を持つ彼の考えを見透かしたエミヤは、遠くから呆れながら見ていた。
◇ ◇ ◇
「もう一つ確認したい」
ファウステスが言った。
「最後に君たちを助けた、二人の女性についてだ」
エミヤは僅かに目を細める。
「一人は遠坂凛。私の元いた世界の魔術師で、旧知の人物だ」
「では、もう一人は?」
「君たちから聞いた彼女、岸波白野。こちらについては事情が複雑でね。少なくとも、今の私が直接面識を持つ人物ではない」
「何故、その二人がこちらへ干渉出来た?」
「それが分かれば、私も苦労はしない」
ルーシーが鼻を鳴らす。
「結局そこも分からんのか」
「残念ながらな」
エミヤの言葉にファウステスは、一度息を吐いた。
「他にも話したいことは多いが、時間が限られている。
この場で最後に話したいこと、ロノ・アンブロシアの扱いについてだ」
空気が変わる。
「現在、アンブロシアは再封印している」
キネラが説明を引き継ぐ。
「地下の封印区画を一部改修し、以前よりも強度を上げています。魔力供給も最低限に制限しました」
「意識は?」
アリューシアが尋ねる。
「現在、確認出来る活動反応はありません」
一度、キネラは言葉を切った。
「ですが――」
その先は、聞かずとも分かる。
「安全とは言えない」
アリューシアが言った。
「……はい」
今回。
一度はただの影だった。
それが、戦闘の中で変化した。
学習したのか。成長したのか。
それとも、別の何かが入り込んだのか。
明確な答えは、誰にも分からない。
ならば、同じ封印へ戻したからといって、同じ状態のまま眠り続ける保証は、どこにもない。
「学院としては、可能であればロノ・アンブロシアを、廃棄する方向で考えている」
ファウステスは言った。
ベリルが訊く。
「倒すってこと、ですか?」
「ああ」
簡潔な返答。
「完全に活動を停止させる。
ただし……」
ファウステスが続ける。
「問題もある」
「討伐方法か」
スレナの言葉に頷くファウステス。
そしてルーシーが引き継ぐ。
「そうじゃのぉ、まずはあやつの核を砕く方法がわしらには無いのじゃ。
言ってしまえば、封印という形は訓練にも使えるが、同時に結界の定期的な維持も担っておる。
……だが、その問題なら、解決してるのぉ」
「そうなのかい?」
「うむ、ベリル。魔術的な方法では核を壊せん。じゃが――」
ルーシーの視線がベリルへ向く。
「理屈の外から斬れる者が、一人おる。
お主、あれを見て、斬れると思ったのではないかの。
魔術なんて考えないで、直感で答えてよい」
「――そうだね、それなら、斬れる、と思うよ」
「なら、その問題はクリアじゃ。
そして次の問題は、斬るためには封印を解除する必要があるのじゃ」
単純に壊せばいい。
そういう話ではない。
ロノ・アンブロシアが異常行動の末、エミヤの姿を取った。
次、封印を解いた時、もし同じ形になったら、その可能性が一番危険だ。
「無論、同じ形になる決まりはない、普通は目前の相手に合わせる性質じゃからの。
じゃが、今回のイレギュラーが次も続いた時、あやつがもう一度エミヤになると、厄介じゃ」
「なるほど、破魔の紅薔薇、魔殺しの性質か」
「その通りじゃ、他の形になるのなら、わし自ら十全に備えるが、あの槍は魔術師の天敵じゃ。
そもそも、こやつになると手の内を変えてくるから対処が難しくてのぉ……なんて面倒なのじゃ」
「手数こそを売りにしている器用貧乏型でね」
ぬかせ、と話すルーシーだが、皆に厄介さの共有は十分できた。
アリューシアが意図を察して、前に出て静かに言う。
「討伐時には、最悪を想定した戦力を用意すべきでしょう。
それは、騎士団側も立ち会うべきだと感じました」
「学院側も同意見だ」
「騎士団に、正式な協力要請を?」
「出来るならば、お願いしたい」
ファウステスが頭を下げる。
アリューシアは即答しなかった。
一度、隣にいるヘンブリッツへ視線を向ける。
彼も僅かに頷く。
「協力そのものに異存はありません」
「助かる」
「ただ」
アリューシアが続ける。
「すぐに、というのは難しいかもしれません」
「何か予定が?」
「はい」
ベリルが首を傾げる。
「予定?」
その反応に。
アリューシアが少しだけ目を丸くした。
「先生には、まだお伝えしていませんでしたね」
「何かあるの?」
「数日後より、騎士団は通常訓練とは別の準備期間に入ります」
「へえ」
ベリルは気の抜けた返事をする。
「結構大きな行事かい?」
「はい」
アリューシアは頷いた。
「近く、交友祭が行われます」
「交友祭?」
聞き覚えがない。
ベリルが横を見る。
ヘンブリッツは当然知っているらしく、表情を変えない。
クルニも「ああ」と小さく声を漏らした。
「先生、知らなかったっすね」
「俺、騎士団の行事まで全部把握してるわけじゃないからねえ」
アリューシアが説明を続ける。
「交友祭そのものは、国同士の交流を目的とした催しです」
「祭りっていうくらいだから、街でも何かやるの?」
「はい。一般向けの催しもあります」
「へえ。それは楽しそうだね」
「ですが」
アリューシアの口調が、僅かに騎士団長のものへ変わる。
「騎士団としては、祭りそのものよりも、その前後に行われる行事への対応が主になります」
「行事?」
「詳細は今は伏せますが、警護の必要があります」
スレナも続ける。
「悪いがギルドとしても先の依頼を既に受けていて、私もまだ空きそうにない。
優先度が高いことは重々理解しているが、今回負傷中にあった依頼もいくつか仲間に任せている状態だ。
依頼が落ち着くまで、時間が欲しい」
ファウステスが口を開く。
「アンブロシアの処理は、その後に回すべきか」
「我々としては、その方がありがたいです……封印は保てますか?」
「現状であれば問題ありません」
キネラが答える。
「現時点で異常の兆候は確認されていません。封印が維持されている限り、継続監視は可能です」
「なら、焦って事故を起こすよりはいい」
スレナも同意する。
「準備を整えてからやるべきだ」
「俺もそう思うよ」
ベリルが言った。
「前みたいに、何が起きるか分からない状態で開けるのは避けたいね」
「ああ」
ファウステスは頷く。
「では」
机上の資料を一枚めくる。
「ロノ・アンブロシアの討伐は、あらためて皆と調整させていただきたい。
我々も、君たち騎士団やギルドを頼りにさせていただきたい」
キネラが続ける。
「万が一異常があれば、即座に騎士団へ連絡します」
「承知しました」
アリューシアが答える。
「討伐時の人員については?」
「それについては後日改めて相談しよう」
「分かりました」
そこで、話が一度切れる。
長かった会議も、ようやく終わりが見えてきた。
張り詰めていた緊張も、ようやく、完全にほどける。
「では、本日の話はここまでにしよう」
ファウステスが改めて口を開く。
ふと、ベリルはエミヤを見た。
エミヤという男が常外の存在と聞いた。
それでも目の前にいる男が、いつもと何も変わらず、空になったカップを重ねていることの方が、何故か、妙にしっくりきていた。
「エミヤ」
ベリルが呼ぶ。
「何かね」
「結局、今までとそんなに変わらないねえ」
エミヤが手を止める。
「何がだ」
「君が」
「……そうかね」
「ああ」
ベリルは頷いた。
――特別討伐指定個体、ロノ・アンブロシア。
その処遇は決まった。
だが、それは少し先の話。
その前に騎士団には、別の騒がしい日々が待っていた。