「ううっ・・・冬治・・・俺・・・俺は・・・」
「阿呆が。潰れるまで飲みおって。まあ良い。巡回任務など俺一人で事足りる」
とある藤の花の家紋の家の客間にて、現役最古参の柱二名が晩酌を終えた。炎柱の煉獄槇寿郎は日に日に衰弱する最愛の妻の容体に相当の不安を抱えているのか、戦友の制止も聞かずに酒を煽ってとうとう意識を手放した。
その介抱をして屋敷を発つ一人の岩柱。彼の名は素山冬治と言った。彼は痣者でありながら三十を過ぎても未だ健在であり、第三の例外とも呼ばれる稀有な隊士である。とは言え初代例外と比べれば立つ瀬などないのだが。
「嫌な風だな。上弦でも出そうな雰囲気だ。今日は適当に切り上げるか」
巡回任務先で数匹鬼を瞬殺し男はそう呟く。その日は赤い月の夜だった。奇しくもこの時より四百年近く前の日も同じ夜だった。即ち継国の兄弟が最期の死別を迎えたあの日と同じ・・・
「漸く見つけた・・・探したぞ・・・今代の岩柱よ・・・」
秋の七草の代名詞、ススキの生い茂る開けた土地だった。冬治の前にいつの前にか六つ目の鬼が現れる。その者は上背六尺を優に超す長身の侍姿であったが、甲殻類を彷彿とさせる異形の突起があちこちで見受けられる悍ましい姿の鬼だった。
「まいったな。こんなことなら俺も酒をしこたま飲んで槇寿郎と共に潰れて居れば良かった」
冬治は乾いた笑い声を漏らす。二人は十間離れた位置で立ち止まり互いに正対する。夜風が周囲の草木を揺らす。
「その顔立ち・・・まるで生き写しそのものだ・・・そうかお前が奴の・・・道理で私が寝返らせ上弦の席へと座らせた柱達が次々と敗れる訳だ・・・納得した」
「本当に良い迷惑だ。おかげで何人の育手達が責任を取らされ腹を切ったと思っている。加えて俺にかつての同胞殺しを無理強いするなど正しく鬼畜の所業だな。黒死牟とやらよ」
「あの男と一切劣らぬ実力と聞く・・・加えて痣まで・・・どう見ても今のお前はとうに二十五を超えているはずだ・・・なぜ・・・なぜいつもお前達ばかりが特別なのか・・・!!」
「親父に言われなかったか? 俺達は心身ともに強者だったから死ななかったとな。お前のような命惜しさに鬼へと下り主君を裏切った軟弱者と一緒にしてくれるな」
「っ!! 黙れっ!!」
その瞬間空気が震える。凄まじい怒気が冬治へとぶつけられる。しかし冬治はどこ吹く風だ。
「図星をつかれ勘に障ったか。本当に滑稽だ。お前は親父から聞いたとおりの生き恥を晒すだけの侍擬き。そもそもその姿は一体何だ? まるで
「黙れっ・・・!! 黙れ黙れっ・・・!!!」
「そんな醜い姿を晒してまでよく今日まで恥も外聞もなく生きてこれたものだ。俺ならとうに恥の上塗りに耐えられず切腹しておるわ。これが笑わずにいられるか」
「黙れっと言っているっ!! 私は勝ち続けることを選んだのだっ!! このような・・・醜い姿になってでも・・・!!」
歯ぎしりし憤怒に燃える黒死牟は腰の刀を怒りに震えながら引き抜く。余りの憤りに筋肉は強張り刀身は震えていた。
「誇りをかなぐり捨てて生き永らえて尚侍のような立ち振舞いに拘るか。お前のような道化者は刀など捨て血鬼術でもまき散らして戦うのがよっぽどお似合いだ。今更体裁を気にするか。愚か者が」
「楽に死ねると思うなっ・・・!! 奴とそっくりなその面を・・・今すぐ苦痛と苦渋で歪めてやるっ・・・!!」
それから半刻程、想像を絶する激しい戦闘が繰り広げられた。上弦最強の鬼と現鬼殺隊最強の柱。その勝負の行く末は熾烈を極めた。だがやがてその戦いも終焉を迎える。
「ハア・・・ハア・・・」
「ぐっ・・・まさか・・・この私が頸を二度も打ち砕かれるなど・・・酒気を帯びたままの男相手に何たる不覚・・・!!」
「ハハッ、ハハハ!!」
冬治は血塗れで四肢を欠損し膝を着いた状態でありながらも最期まで高笑いを止めることはなかった。
「上弦の壱が聞いて呆れるなァ!! 俺一人相手に何たる体たらく!! 鬼に堕ちて何百年も修行しておきながら武芸の程はこの程度か!? 余程才に恵まれなかったと見える!!!」
「ぐっ・・・己・・・!!」
「やはりお前は親父の足元にも及ばない!!! 所詮お前は俺達鬼殺隊相手に尻尾を巻いて逃げ出しただけの無様な負け犬だっ!!! 親父がまた俺以上の逸材を育て上げ、いつか必ずお前に引導を渡す!! それまで頸を洗って待っていろっ!!!!!」
「この・・・言わせておけば・・・!!」
すると冬治は気が済んだのか目を閉じて項垂れる。そのまま血濡れの状態で動かなくなった。
黒死牟は漸く頭部を再生させ、指先からどす黒い血を染み出させて冬治にゆっくりと歩み寄る。
「なんとでも言うがいい・・・貴様はもう自害する余力すら残っておらんのだ・・・このまま鬼にする・・・新たな上弦の参へと加わり・・・鬼狩り共を殲滅する我らの手駒と成れ・・・貴様にとってこれ程の屈辱はなかろう・・・」
黒死牟はそのまま指先を冬治の頭蓋へと打ち込もうとする。しかし直前で呆気に取られる。黒死牟はわなわなと震え始める。
「どこまで私を侮辱すれば気が済むのだっ!! 貴様までもが寿命で勝ち逃げするなどっ!!!!」
その時既に、冬治は膝を着いたまま、痣で寿命が尽きて死んでいた。黒死牟は激高し冬治の肉体を小間切れになるまで切り刻む。
「貴様までもが縁壱と同じ特別な存在であると示したつもりかっ!! ふざけるなっ!!!!!」
やがてその上空を旋回して居た一匹の鎹鴉が、その一部始終を全て記憶した上で、産屋敷邸へと報告に飛んでいった。
「そうか。冬治が」
「うっ・・・うっ・・・冬治・・・どうして貴方が・・・!! こんなのあんまりですっ!! 狛治さん・・・!!」
翌朝。息子の遺した鎹鴉から報告を受け、狛治と恋雪はその死を悼んだ。その様子を当代の産屋敷当主、輝哉は静かに見つめていた。
「お悔み申し上げます・・・冬治は・・・とても強い子でした」
「当り前だ。俺が一から鍛えたのだからな」
狛治は杖をついてそのまま立ち上がる。妻の恋雪が涙を流しながらそれを見上げる。
「狛治さん・・・」
「恋雪。あいつは充分過ぎる程に戦った。冬治は痣を発現したのち、無理矢理鬼にされ上弦の月に加えられた元柱達を何人も喰止めてその呪縛から解放した。本来であれば黒死牟を逃がした俺が背負うべき役目だった」
「・・・・・・」
狛治はそっと恋雪の頭に手を乗せる。
「よく頑張ったと、あいつの父母である俺達が褒めてやらないでどうする。あいつは最期まで同胞の尊厳と大勢の人の命を守る為に戦った。冬治は俺達の自慢の息子だった。葬儀では胸を張って送り出してやらねばな」
「ううっ・・・はい・・・狛治さん・・・!!」
それから恋雪は狛治に縋る様に泣き出した。狛治は最愛の妻が泣き止むまで彼女を宥め続けた。
一方煉獄邸では・・・
「冬治っ!!! どうしてあれ程の才を持ったお前が・・・!! そもそも俺はお前が死の間際に立たされている時!! おめおめと酔いつぶれて近くの民家で一人眠っていたと言うのかっ!!!! 何が炎柱だっ!!!! 炎柱のすることか!? これが!!?? ふざけるな!!! 馬鹿野郎!! 馬鹿野郎っ!!!! うっ、うっ、うぁあああああああ!!!!!」
「ち・・・父上・・・」
煉獄邸の道場で一人慟哭を上げてうずくまる槇寿郎。その様子を幼い杏寿郎が道場の戸の間から不安げに顔を出し見つめていた。
「杏寿郎」
「っ!! 母上っ!? 立ち歩いて平気なのですか!?」
するとそのすぐ後ろに彼の母親、瑠火が静かに佇み声を掛ける。
「杏寿郎。こちらに来るのです。話があります」
すると瑠火は杏寿郎の手を引いて自身の病床の間まで連れて行く。
「良いのですか母上。父上に声を掛けなくて」
「今あの人に余計な慰めの言葉は無用です。却って傷つけることになりかねません。今はそっとしておいてあげましょう」
すると瑠火は病床に座り、傍で寝ている赤子の千寿郎を抱き上げる。
「杏寿郎。これから母が言う事を良く聞くのです。私は恐らく数年のうちにこの世を去るでしょう」
「っ!!」
「私の状態は日に日に悪化するばかり。薬による快方も期待できないと思われます。私が亡くなれば、その時こそあの人の心は完全に折れてしまう。そうなれば炎柱の継承も絶たれるでしょう」
「は、母上・・・」
すると瑠火は不安げに杏寿郎に向き直る。
「杏寿郎。貴方には将来、酷い苦労を掛けることになると思います。私たちが不甲斐ないばかりに・・・本当に心苦しく思います」
暫く沈黙が続くが、それを先に破ったのは杏寿郎だった。
「母上!! そもそも父上はそんな芯の弱い人ではありません!! なにせ煉獄家の使命をその双肩に背負い!! 数多の鬼を斬り払い大勢の人を守ってきた人なんですから!!
俺もそんな父上を尊敬しております!! そして父上に倣いこれからも精進します!! だから母上!! どうかお気を確かに!! 母上だってまだ病が治り切らないと決まった訳ではありません!!
俺は必ず炎柱になってみせます!! 母上を不安がらせるような醜態は一度も晒さないと誓います ですからどうか・・・どうかご安心を!!!」
「杏寿郎・・・」
瑠火は幼いながらも気丈に振舞う自身の息子の姿を見つめ、まるで憑き物が落ちたかのように息を吐く。
「そう・・・安心しました・・・母として貴方のように強き子を持てて私は幸せ者です・・・」
終始憂いの色を浮かべる瑠火であったが、彼女は杏寿郎の言葉を聞いてまるでもう心残りはないと言わんばかりに頬を緩めた。
それから月日は流れ、時代が大正へと移り変わる頃には、歴代最強の柱達が頭角を現すようになっていた。
続く
大正時代編に突入する前に冬治が死ぬことは確定事項でした。これを契機に、狛治は次の岩柱の後継を探し始めます。結果、悲鳴嶼さんが御眼鏡に叶い、素流を叩き込まれ歴代最強の岩柱へと大成することになります。
この流れで大正時代編へ突入しても良いんですが、折角なので次回は上弦パワハラ会議を描写します。鬼側の動向がわかった方が本編に入りやすいと思ったのでもう少々お付き合いください。