2話 5話 12話 15話に、拙くはありますが艦船の設定画を載せました。
興味のある方はどうぞ。
時刻は丁度昼だった。
まさか判事連中は昼飯の為に休会を宣言したんじゃないだろうな…
だが、冷静に考えてそれはない。
別に昼休みを取った所で午後から再開すれば良いだけの話だ。
たまには外で飯でも食って見るかと思い、荷物をまとめて外に出たのだが、サンタレン市内での
昼食などあり得ない事を思い知らされる。
行きに世話になった黒塗りのセダン型エレカ2台が、俺たちを外で待っていたからだ。
コックウェル伍長は初めから知っていたようだ。
彼はワッケイン大佐と同じ車に乗ると言うので、遺された俺は行きに世話になった軍警の少尉と
二人きりでの乗車となる。
行き同様カーテンで外は見せて貰えなかったが、恐らくは朝来たルートを戻ったのだろう。
第16警務事務所に着いたのは2時半を過ぎた頃だった。
宛がわれた部屋に戻ると、持ち帰った荷物を机の上に放り出して椅子に腰掛ける。
もう出掛けるのも面倒だ。
買い置きした物で遅い昼食を取ろうと立ち上がった時、携行端末が振動を始めた。
音声通話を掛けて来たのはブッフェハーゲン大佐だった。
「初日は無事に終わった様だな、中々それらしいやり取りだったとアルサレマ中佐から聞いてい
るぞ。」
「とんでもありません、経験もなしでいきなり本番の法廷は冷や汗物でした。」
「で、通話の用件なのだが明後日となった2回目の会議についてだ。実は追加の証拠物件が間に
合ったので今日の会議はこちらで中断させた。複製した物を裁判所で君の書類に混ぜておいたの
だが恐らく未見だろう? 出来たら卓上端末の使える環境で内容を確認して貰いたい。」
何か新しい資料が混ぜられていたのか… 全く気付かなかったのだが。
「済みません、気付きませんでした。これから確認して見ます。それで、明後日にそれが提出さ
れる段取りだと言う事ですか?」
「そうだ、但しこの証拠品は司法士官側からではなく弁護側から提出して貰いたい。今日の公判
ねじ込む事は可能だったのだが、中々な内容なので、司法士官役との打ち合わせが必要と判断し
て公判を敢えて中断させたのだ。打ち合わせは明日午後に行なう予定だ。」
判りましたと返して通話を切り、持ち帰った資料の束を引っ掻き回すと、見覚えのない封筒の中
が出て来た。
中にはピンメモリーを収めたケース。
ケースに貼られているタイトルはサイド4、ムーア21バンチ、内部状況となっている。
これが例の証拠品らしい、メモリーを卓上端末に差すと勝手に画面の再生が始まった。
船外服姿の人物がコロニー内を歩く姿から始まったその映像には音声がなく、未編集の物なのか
テロップも入らないので状況は今一つ掴みずらかったが、船外服を着用しているので恐らく辺り
は大気が抜けているのか、もしくは何らかの有害なガス類への対策なのだろう。
その人物と撮影者はシェルターと思われる入り口に近づき、ドアを開こうとするが開く様子は微
塵もない。
彼らは諦めたのか其処を離れると、近くのマンホールから地下へと降り、恐らくは先程のシェル
ターの裏口と思われる場所に辿り着くと、エアロック化されている扉を開ける。
エアロックが作動している事から大気圧が減少していたのだと判る。
そして、中に入り込んだカメラが捉えたのは累々たる死体の山だった。
吐しゃ物にまみれたそれらの死因が大気の喪失による窒息などではなく、何らかの毒物による物
である事は想像に難くない。
その後も、これに類する映像が計12本、時間にして90分位続いており、全て同じコロニーで
撮影された物だと確認も出来たが、これが証拠品として公開される物だと言う事を思い出す。
正視を憚られるこの映像を無修正のまま会議に提出して良いのか?
俺は個人端末でブッフェハーゲン大佐を呼び出したが、大佐の端末からは会議中のガイダンス、
思い直して司法士官役のアルサレマ中佐に呼び出しを切り替えたが、こちらは呼び出しにすら応
えない。
こちらの端末は恐らく軍警に追跡されている筈なのに向こうは雲隠れか…
人工衛星が全滅しようが関係ない、此処は元々地下なので独自の回線と監視網により端末が結ば
れているからだ。
気を取り直してもう一人の司法士官役であるワトレー少佐を呼び出す事にする。
連絡先はアルサレマ中佐と共に前回の打ち合わせで登録してあるのだ。
「ワトレー少佐ですか? ファーベ、オーベルです。通話宜しいでしょうか?」
「問題ないが、何か緊急の用か? 明日の打ち合わせ予定は連絡したと聞いているが?」
「はい、それについては伺っております。今日連絡を入れたのは、明日の議題の一つになると思
われる追加の証拠品について幾つか質問がありまして、アルサレマ中佐が捕まらなかった物です
から…」
「ああ、例の映像の事だな、中身は確認したのか?」
「はい、先程見ました。ですが証拠品として提出するとなると当然公開が前提になります。あの
内容を無修正でマスコミに公開しても良い物かと…」
ワトレー少佐は迷う素振りもなく即答した。
「そのまま公表すると上から聞いている。報道に使用する映像の修正は彼らの仕事の筈だ。」
「では、あの映像の無修正版をマスコミが持つ事は了承済みだと言う事で宜しいですね?」
「その資料は君の方から提出する事になっている筈だ。もし仮にこちらで修正を加えると言うの
であればそれは君の仕事になる。この会議にこれ以上の人員は割けないからな。余計な仕事が増
えるのは君も望むまい?」
確かにそうではあるが、あの内容を見てしまうとどうしても不安に駆られるのだ。
「詳しい事は明日話そう。他には何かあるか?」
「いえ、では明日の打ち合わせで改めて詳細な摺り合わせをお願い致します。」
通話を切ると、疲れがどっと押し寄せて来た。
身体は大して動かしてないのにな…
まあ、仕事が増えなかっただけでも良しとするか…
翌日は午前中にワッケイン大佐との面会に臨む。
司法士官役との打ち合わせは午後からなので時間が空いていたからだ。
次回での結審が濃厚なので、恐らくこれが最後の面会になるだろう。
基本プロパガンダが目的なので、軍警側からすればシナリオ通りに進行して、可能な限り早く結
審させたいと思っている筈だ。
前回同様コックウェル伍長と共に大佐の拘束されている部屋を訪れる。
独房代わりに使われているこの部屋は過分に贅沢過ぎて、とても営倉と呼ぶ気にはなれない。
会議から一夜明けた大佐の表情には、心なしか以前より肝が据わった様な印象を受けた。
「今日は何の用だ? 戦闘詳報を幾ら叩いても埃など落ちては来ないぞ。」
これ以上話す事はないと言いたげな大佐の台詞をやんわりいなすと、俺は核心に触れる。
「大佐は処分に逆らわないと発言しましたが、私には大佐に落ち度があると思えません。この件
は必ず無罪を勝ち取れます。ですので大佐には私を信じて頂きたいのです。」
何故大佐にだけこの会議の真実を話さないのだろう… 全てを芝居仕立てにすればもっと楽に出
来るだろうに…
「無罪? 非戦闘員を真空中に放り出して無罪とは… それが通用するなら我が軍も敵と大して
変わらないではないか。」
「それは厳しい意見ですが、新たにオーラフスビーク住民がコロニー解体以前にほぼ命を奪われ
ていた事実を補強しうる証拠を新たに入手出来ました。これは私個人の話ですが、オーラフスビ
ークシリンダーが地上へと向かわなかった事で救われた命は、コロニー住民の数を遙かに凌駕す
る筈です。大佐は地上で何が起こったのかご存じないのですか?」
だが、彼は俺の言葉を否定する事なく言葉を返して来る。
「君の言う通りだ。現場は未見の上、拘束されているので情報にも触れられず知り得なかった。
正直地上の惨劇には実感が湧かない。それと、今の話はあくまでオーラフスビークシリンダーが
落ちたと仮定した物で現実の話ではない。それと、この会議ではまだ触れられていない事実があ
る。オーラフスビークの太陽側ハブブロックを取り囲んで配置されていた農工業プラントの小シ
リンダー群に付いてだ。当然、此処にもある程度の人員が居た筈だが、彼らにまで敵の攻撃が及
んでいたのか私は確認していないのだ。少なくともシリンダーへの物理攻撃はなかったと記憶し
ている。大気循環を本体と共有しているそれらに敵のガスが到達している可能性もはあったが、
私の推測では恐らく未達だったと見ている。それならば彼らは生きたまま宇宙に放り出された事
になり、巻き込んだのは間違いなく私だ。」
やはり気付いていたか… 実はこの話は前回の打ち合わせでも取り上げられたが、被告に不利な
情報を増やすとして言及しないと決められていたのだ。
「農工業プラントシリンダーは平時の大気供給こそ本体依存ですが、構造そのものは独立した気
密施設で緊急時には大気循環も遮断されます。核起爆時、本体から離れて配置されたプラントシ
リンダー群はその位置関係から大きな損傷を免れました。本体との連絡構造体にいた者には気の
毒ですが、シリンダー内の者はその時点で生存していた可能性はあります。しかしながら少なく
とも核の起爆が彼らの直接の死因ではない筈です。」
「だが、最終的に生存者は皆無の筈だ。サイドが片端から破壊されていく中で救助の手など届く
筈もない。本体から切り離された時点で彼らは実質殺された、いや、私が殺したのだ。」
本当はこう言う話をしに来たのではないのだが、こうなれば強引に押し通すしかない。
「ですが行政区庁筒以外のコロ二ーは住民ごと敵に問答無用で破壊されました。戦闘中に出来る
事には限りがあります。大佐自ら核の起爆タイミングはあの時点しかなったと主張されているで
はありませんか。今焦点になっているのは越権指揮についてであり、住民の殺害については敵の
ガス兵器に拠る鎮圧が先行していたとの見方が大勢を占めつつあります。農工業プラントシリン
ダー関係者の被害は核爆発が直接の原因ではなく、あくまでその後に行なわれたの敵のコロニー
破壊作戦に拠る物として、明確に分けて考えるべきです。」
俺の長台詞に大佐は沈黙する。
恐らくは、こいつにこの話をしても無駄だなどと思っているのだろう。
こちらも元々何の話をしに来たのか頭から飛んでしまった。
「因みに少尉は都市筒の落着現場の情報に詳しいのか?」
引き上げようかと思い始めた俺に、大佐から予想外の逆質問が投げかけられた。
無関心を装う台詞を吐いた大佐ではあったが、やはり地上の事が気にならぬ筈はない。
「私も残念ながら詳細まで知っている訳ではありません。私の両親と兄家族は全員旧カナダで暮
らしていたのですが、空からザーン東政府庁筒のハンメルフェストシリンダーが降ってきて消息
不明となりました。直ぐにでも救援に飛んで行きたい所でしたが、救助活動は陸軍が主体ですし
、私に捜索任務が与えられる筈もなく、代わりに今の任務を与えらたので現地の状況は報道で知
るのみです。ですが、仮に行った所であるのは大きなクレーターのみで、蒸発したのか消し炭に
なったのか判りませんが現地には何も残ってはいないでしょう。実家はウィニペグで、今は周囲
の湖も消し飛び、ハドソン湾からの海水がクレーターに流れ込んでいると聞いています。」
「そうか、君はコロニー落着の遺族だったのか、気の毒な事を聞いてしまったな…」
実の所、余りにも綺麗に消し飛んでしまったので今やそれらが暫く過去の出来事の様に感じられ
る、ある意味大佐の発した実感が湧かないと言う言葉と同じ事だ。
「いえ、いずれにせよどうする事も出来ないのです。私はこれで失礼しますが、一時の感情に飲
まれる事なく、この会議を乗り切る事を諦めない様願います。」
「一時の感情ではないのだがな…」
小声で呟く大佐の言葉を聞こえなかった事にして、俺は部屋を後にする。
コックウェル伍長が大佐の部屋に鍵を掛けるのを確認すると、僅かだが感慨に似た物を感じた。
もう彼との面会もないだろう。
明日を乗り切ればこの任務も終わりだ…
午後から組まれた打ち合わせでは、前回の様なフローチャートを組み立て、なぞる形式を取る事
はせず、主題は専ら敵の残虐行為を強調する方策の検討に終始した。
「始めに説明は受けたと思うが、これはプロパガンダ作戦の一部なのだ、サイド群はほぼ全滅、
地上はコロニー落着で大混乱、戦争どころではないとの民意も根強い。敵側がプロパガンダで流
した脱走将軍の捏造発言が逆に功を奏し継戦派が増えてはいるが、この会議の価値はまだ十分に
残っている。非戦派を一掃する為にも、敵の非人道行為を前面に押し出す必要がるのだ。」
「ですが、被告の言動いかんではこちらの予想通りに会議が運ばぬ事も考慮に入れませんと…」
「それについて貴官が心配する必要はない。その為に会議の流れを我々が全てコントロール出来
る布陣に整えた筈だ。」
何となれば、ワッケイン大佐の発言の如何に係わらず力業で結審に持って行く算段なのだ。
「だが、強引さを表に見せてはならない、そこで例の新たな証拠品の内容を最大限活用したい。
上からの説明ではかなり際どい物も含まれているそうだな。」
なんだ、この二人はまだ未見だったのか…
「はい、それで昨日修正の可否をお聞きしました。無修正での提出は理解しましたが、90分は
些か長くはないですか?」
「確かにな、では20分程度の編集版を制作するか、任せられるか?」
結局俺が編集するのか… 自分で仕事を増やしてしまったな。
「今直ぐ作業に入れば何とか出来そうです。そのためにはこれで打ち合わせを終了して頂けると
助かるのですが…」
「良いだろう、被告の言動についてはこちらで対応する。一昨日の貴官を見るにフローチャート
無しでも十分に行けるだろう。迫真の演技だったぞ。」
「お褒め頂き光栄です。で、短縮版の内容に注文はありますか?」
「何はともあれ第一に必要なのは敵の残虐行為の強調だ、それ以外は時間も無いのでそれらしく
出来ていれば良い。話を聞くに十数本の短編映像をまとめた物との事なので、何なら目的に合う
短編を数本まとめ直すだけでも良い。」
「判りました、では出来上がった映像はいつ頃までにそちらに送信すれば宜しいでしょうか?」
「いや、本編も含め我々は本番で見る。それなら編集時間を長く取れるだろうし、そもそも本編
が我々に送られて来なかった事からして、上は臨場感を演出したいのだろう。良い出来を期待し
ている。」
部屋に戻ると早速編集作業に取りかかる。
詳細は端末に任せ、最終的な選択は俺が行なう。
ショッキングな映像をさらえと命じても微妙に人間の感覚とズレはあるし、細切れにして繋ぎ直
した映像には、正直前後で内容が繋がらない物も多々あった。
27~28本程造らせた映像から選んだのは、結局細切れにして編集された物ではなく、基本的
に短編3本を繋ぎ合わせた物になった。
アルサレマ中佐の言う通りになったな…
時計は9時を回った所、死体の群れを5時間近く見続けたので、食欲など湧かない。
画像を複製すると、シャワーを浴び、ベッドに潜り込む。
明日はコックウェル伍長のモーニングコールに起こされない様にしないとな…
自分では分らなかったが疲れていたのだろう、幸い悪夢を見る事もなく、直ぐに深い眠りに包ま
れた。
開廷は一昨日と同じ午前10時、10分前には主要な役者はほぼ出揃った。
マスコミの数は一昨日より幾らか増えている様な気がする。
今朝は順調な滑り出しで始まった。
車も一昨日と同じ、走行時間からして道も恐らく同じだ。
もう、カーテンなど要らないのに…
そんな関係無い事を考えている内に軍法会議の2日目は開廷した。
ゼーゲン中将に促され、アルサレマ中佐が論告と求刑に進む。
「本件は、開戦時にサイド1、ザーンで発生した友軍に拠る都市筒破壊の責任を追及する物であ
り、破壊されたザーン西行政府庁筒オーラフスビークシリンダーを本来防衛する責務を負ったザ
ーン西警護艦隊に於いてその任務を放棄し、更には自らの手で住民の避難を行なう事なく当該都
市筒の破壊を下令した艦隊指揮官の命令の正当性と、係る重大な結果に対して同指揮官が責任を
担保出来うる階級並びに状況にあったのかを問う物であり、これを我々は非戦闘員に対する殺害
行為並びに当該指揮官の作戦指導範囲を超越する越権指揮行為であると認め、ザーン西警護艦隊
を当時指揮していたライナス、ワッケイン宇宙軍大佐に対し、官位の剥奪と禁固13年を求刑す
る物である。」
「これに対し、被告側からの意見はあるか?」
ゼーゲン中将がこちらに話を振って来た。
さあ、昨日の努力の成果を試させて貰おう。
「前回行なわれた証拠品の見聞により、住民は敵に拠り既に殺害されていた事が濃厚である事。
更には当時の状況では都市筒破壊の可否を判断しうる高位の指揮官が被告を置いて他には事実上
いなかった事は明らかであり、その後に敵が行なった地上に対する都市筒の質量弾化攻撃を鑑み
、これを未然に防いだ被告の行動は連邦軍人として正当な判断に基づく物であると確信します。
敵は各サイドの都市筒の内、4区庁筒のみを質量弾化する目的で住民の制圧を行なっており、他
の都市筒に対しては住民を未制圧のままに都市筒本体の直接破壊を行なっている事から、オーラ
フスビークシリンダーが質量弾化の標的にされた事は明白であります。以下に追加資料として、
サイド4、21バンチ、ムーア東区庁筒タリンシリンダーの内部状況を記録した映像を証拠品と
して新たに提出いたします。本都市筒も又、質量弾化の為住民の制圧が行なわれ、本映像はその
状況を我が軍が記録として残した物であります。」
ゼーゲン中将の、証拠品を受理すると言う言葉に続いて、20分バージョンの例の映像が裁判所
内に流される。
図った様なタイミングでの映像公開は流石にどうかと思ったが、本編が流れ始めると居並ぶマス
コミ連中の関心は映像の内容に釘付けとなり、最早その様な事を気にする者などいない。
「本映像には音声がありませんが、これは敵の電波妨害に拠る物であり、トラブルではない事を
付け加えておきます。」
放映開始に注釈が間に合わず、映像が流れ始めてから俺は断りを入れたが、誰も俺の
言葉など聞いていない様だ。
寧ろ音声のない方が映像の中身を際立たせている感すらあり、暫くして幾人かが席を立つ。
恐らくこれ程大量の死体、それも吐しゃ物にまみれ、或いは自らの喉を皮が剥ける程爪を立てて
かきむしり、苦悶の表情を浮かべたまま折り重なる亡骸の群れなど見たこともなかった人達なの
だろう。
大凡23分間に渡る地獄絵図は、傍聴席のマスコミ関係者に狙い通りのインパクトを与えた様だ
った。
映像が終了し、静まり返る法廷内を一瞥すると俺は更に注釈を加える。
「証拠品としての有用性に鑑み、映像に修正は施しませんでした。この映像は、約90分あるオ
リジナルより要所を抜粋した物で、オリジナルも裁判所内の端末で公開しています。外部からの
アクセスは当然出来ませんが、ご要望であればこの映像はお譲りする用意があります。但し、報
道に使用される際は各社の責任で必ず修正版を制作し、そちらをご使用下さい。」
ゼーゲン中将は映像の譲渡は公判後に行なう様促した後、映像に関して幾つか質問をしてきた。
「撮影者一同は全員船外服を着用していたが、これはガスに対する防護を意図したものか?」
このタイミングでの判事側からの質問は異例の筈だが、気に留める者はいない様だ。
マスコミ連中はこの程度なのか…
「私も最初はその可能性を考えましたが、結論は筒内の大気圧が下がっていたからです。敵はオ
ーラフスビークとほぼ同じ作戦行動を全てのサイドの行政府庁筒に対して行なっていた事が判明
しています。」
「では、致死性ガスもオーラフスビーク同様シェルター内への使用を前提としていたと言う事で
合っているか?」
「その通りです。ガスの搬入方法については都市筒ごとに様々な方法が執られた様ですが、その
量ははいずれも筒内大気全体に拡散するには全く足りません。更には住民がシェルターに避難す
れば筒内大気と遮断され、効果も期待出来ないのでその逆を衝いた様です。筒内大気を抜けば、
住民をシェルター内に閉じ込める事が出来、少ないガス量での制圧と、更には大気放出の反作用
を利用した地上への予備減速が可能となります。敵はこの作戦の為に相当な訓練と機材の開発を
行っていたと見られます。」
「良く判った。では、これについて司法士官側から意見はあるか?」
ゼーゲン中将に水を向けられたアルサレマ中佐だったが、特に新しい事実はなかったとして意見
を述べる事はなかった。
今の所シナリオ通りに進んでいるので、余計な事は言わないと言う事だろう。
「では、最後に被告弁論補佐官より司法士官の求刑に対する意見があれば述べよ。」
判決前の、いや、この会議で俺が話す恐らく最後の機会だ。
結果は判っているとは言え、締めくくりに見合う言葉を残そう。
「現在、東南アジア東部と北米に落ちた2本のコロニーと、太平洋上に落ちた物から発した津波
による被害は、余りに広範囲に及ぶ為未だにその全容を掴み切れておりませんが、これは旧世紀
の世界大戦の犠牲者総数を遙かに超える人類史上最悪の非戦闘員殺害です。これに加え4サイド
への攻撃で犠牲となった者を加えると大凡人類は半減したと思われます。この内質量弾として地
上に送られた都市筒は総数9本、この内3本が地上に到達し、残る6本は軌道上で阻止さました
が、サイドの置かれた高度で阻止されたのはこのオーラフスビークシリンダー只一つです。都市
筒落着時の被害を鑑みるに、よしんば住民の中に生存者がいたとしても都市筒の落着を防ぐ為の
破壊工作を非難する理由になどなりません。人口密集地へと突っ込むハイジャック機又は船を乗
客ごと撃墜するのにためらう時間などないのと同じ事です。当時、指揮系統が寸断され、判断を
下せる者が被告を於いて他にはいなかった事は既に明らかとなっており、地球低軌道に到達する
以前に都市筒を解体し得た事は寧ろ賞賛に値し、被告が無実であると確信する物であります。以
上の事を踏まえた上での判決が成される事を期待します。」
俺の絞り出した渾身の長台詞が終わると、ゼーゲン中将は法廷内に向かい宣言する。
「此処で一度休会とし、2時間後の午後1時半に会議を再開する。入廷時間は厳守の事、では、
解散。」
今度は市内で食事出来そうだ。いや、時間が限られているから裁判所内で済ませるか…
ワッケイン大佐の方を見やると、コックウェル伍長に引かれて退廷する所だった。
裁判所で会議の再開待ちか… 警務事務所とは違い専用の部屋はないから今度は本当に檻の中に
入るのだろうか… まあ、言っても2時間の間だけだが。
取り敢えず自分の昼飯が優先だ。
裁判所に併設された食堂にはマスコミ連中を含めて、判事達と被告の他はほぼ全員集まっており
やや出遅れた俺は昼飯にありつくまで30分ほど待たなければならなかった。
メニューも貧相な一汁一菜が一種のみで、選ぶ事も出来ない。
これでは、ジャブローの方がましに思えて来る。
いや、ジャブローは連邦陸、宇宙軍の最高司令部施設であり、恵まれているのは当然の事、中に
いるとつい忘れそうになる。
それにしても俺がジャブローに潜っていた数日で、これ程状況が悪化したのか…
予定時刻に寸分の遅れもなく公判は再開された。
一応、2時間の休会中に判事達に拠る判決内容の検討が行なわれた事になっているが様だが、結
果の決まっている会議には不要の物、勿論これはポーズに過ぎない。
判事役を務める将軍連中は、ジャブローから届けられた昼飯でも食っていたのだろう。
「この後判決を言い渡すが、司法士官、被告双方から最後に意見があれば此処で発言を許す。」
司法士官側からの発言は今回もなかったが、俺の中では本当の裁判を戦っている様な感覚に囚わ
れていたのも確かだ。
先程の発言では長すぎると思い控えていた言葉を吐き出す。
芝居なのは判っている、が、今まで気持ちに蓋をしていた家族を失ったと言う事実が、ワッケイ
ン大佐の行動の正しさを世論に訴えろと俺の背中を押すのだ。
「オーラフスビークシリンダーにおいて敵の作戦行動を遅らせたの最大の要因が、被告の戦闘指
揮に拠る物である事は全ての状況証拠より明らかです。住民の殺害を画策したのはあくまで敵側
であり、更には短時間でコロニー全住民を避難させる方策など現実的には皆無であります。オー
ラフスビークシリンダーが地上に落ちた場合の被害を予想する事は困難ですが、低軌道で迎撃さ
れた各都市筒は、結果的に核攻撃に拠り住民の避難活動をする事なく破壊され、その撃ち漏らし
は地上に到達し、今日の結果となりました。私は被告の行動が質量弾化した都市筒に対して十分
な対策を取り得る時間敵猶予を獲得出来る唯一の方法であり、拠って被告の無実を確信する物で
あります。」
言いたい事はこれで粗方言い尽くした。
横にいるワッケイン大佐を見る事は出来なかったが、そう言えば大佐は今日一言も言葉を発しな
かったな… 会議の進行には助かったが。
判事長であるゼーゲン中将が、判決文の朗読に入る。
その判決文は短く、内容は勿論無罪、再開した公判は都合40分程であっけなく終了した。
マスコミ連中は最早判決への興味よりも追加の証拠映像の方にご執心で、映像の取得申請に忙し
そうだ。
それは軍の狙い通りに事が運んだ結果だったが、もう俺には関係のない話だ。
取りこぼしのない様荷物をまとめる、この資料類はマスコミリーク用とも言える映像を除くと、
一応軍機相当の扱いになっているのだろう。
民生裁判所を借りていた軍の撤収作業は迅速だった。
俺は都合4度目となる黒塗りセダンに送られて、第16警務事務所に辿り着いた。
俺に与えられていた部屋に荷物を置くと、少ない私物をかき集め、入り口で荷物のチェックを受
ける。
それが終わると外で待っている今度は普通の基地内用エレカに案内され、走る事40分程、低層
建築とは言え警務事務所とは桁違いに広い建物の車寄せに車は止まると、既に連絡が付いていた
のだろう案内役の少尉が現れた。
階級的に同格とは言え、彼にも又軍警の匂いを感じる。
彼の案内で建物の中を暫く連れ回されると、辿り着いた部屋にはブッフェハーゲン大佐が待って
いた。
直接顔を見るのはジャブロー入構以来になるだろうか。
「良くこなしてくれた。まず最初にこれを熟読の上、サインをして貰いたい。」
差し出されたのは今回の任務の秘匿宣誓書だった。
「この件に関して部下、同僚、上司、縁者に至るまで真相を話してはならない。違反があった場
合、相応のペナルティーが科せられる物である事を理解して貰いたい。」
「それは軍法会議その物に対してでしょうか?」
「いや、会議その物は一般に公開された物であり、紛う事無き正式な軍法会議だ。少尉はマスコ
ミに顔を知られているしな。秘匿対象はこの会議が仕込みであった部分だ。つまり少尉は本物の
軍法会議に係わった者として扱われる事になる。確か、少尉に縁者はいなかった筈だな?」
「あ、いえ… はい、そうですね。」
「それとこの話はワッケイン大佐に対してもだ。彼は我々の計画には関与していないし、上がそ
う決めた。」
何故ワッケイン大佐の話が此処で出て来るのだろう… 彼の俺との係わりは恐らくこれで切れる
のに…
書面にサインをすると、ブッフェハーゲン大佐は続ける。
「それで少尉の今後に付いてだが、明日午前0時をもって中央司令部付き広報官から少尉は解任
される、船が準備されているので少尉には明日それでルナⅡへ上がって貰う事になった。」
ルナⅡ? 今軌道上への定期連絡便は止まっていると聞かされているが…
「アルクマールの装備研究所に原隊復帰ではないのですか? それと、ハンメルフェスト落着に
巻き込まれた親兄弟の事もありますし…」
「肉親に付いてはもう何も出て来ないだろう。コロニー落着で出来たクレーターへのハドソン湾
からの海水流入を止める事は出来ず、落下中心地付近は今や新たに出来た湾の底だ。ルナⅡでは
今、新たに編成される艦隊の人員が不足しており、少尉はルナⅡに引き抜かれたと言う事だ。臨
時の連絡船が明11時に打ち上げ予定、任官はルナⅡ到着以後となる。無事に辿り着くか判らん
からだろう。もし途中で落とされれば君は根無しの少尉で終わる事になる。」
中々気に障る事を平気で話に混ぜて来る人だ。
「判りました。で、打ち上げまで私は何処にいれば良いのでしょうか?」
「打ち上げ施設で部屋を用意しているそうだ。後は外で待っている案内の者に聞いてくれ、以上
だ。」
謝辞を述べ、部屋を出ると兵が1名立っていた。
後ろに付いて歩くと又エレカだ。
今度は2時間以上走ると比較的新しく造成されたと見られるエリアに入る。
更に30分程進んでようやく車は建物の前で止まった。
「此処になります。部屋は203号、食事は中の食堂でどうぞ、直ぐに判ると思います。打ち上
げ出発予定は明けて1100、2時間前に迎えを行かせますのでその指示に従って下さい。因み
に手荷物は2キログラム迄です。今手持ちの物だけでしたら問題ありません。それでは宜しくお
願い致します。」
部屋は小さいが一応整っており、食堂も言われた通り直ぐに判った。
取り敢えずやる事もないのでシャワーを浴びて寝る事にする。
目覚めたのは6時過ぎ、例の食堂で朝食を摂ると一応打ち上げ要員専用のメニューらしき物が出
された。
迎えの車が来たのは8時半頃、来た時の話では11時打ち上げ予定と聞いていたので聞き間違え
たのかと思い案内の兵に尋ねると、敵艦が予定する打ち上げコースに近い軌道に進入して来たの
で、打ち上げ時間が流動的になったと言う事だった。
偶然なのだろうが、何処かから情報が漏れているのを疑いたくなって来る。
ライムンド基地に向かうげエレカは、途中で巨大な横穴の端を幾度も通過する。
それは人の手で掘られた物で、中では新鋭のサラミス級と思わしい船体が形を成し始めていた。
俺の知るサラミス級とは少し形が違う様だが…
徐々に昇り坂になっていく道が、地上施設であるライムンド打ち上げ基地に近づいている事を教
えてくれる。
「そろそろ外に出るのか?」俺の問い掛けに案内の兵が答える。
「はい、ライムンド打ち上げ基地の地上施設はもうすぐです。既にこの車はジャブロー総司令部
基地群の外にいます。ライムンド基地自体は長大な滑走路を必要としますし、一般の地図にも記
載されており、頻繁に外との出入りもありますので秘匿基地ではありませんが、昨夜の宿泊施設
や先程通過した地下施設もライムンド基地の一部扱いになっています。あの一帯は近年整備が終
わったばかりの地区で、ジャブロー同様地下に設けられていますが、流石に地上にもそれと判る
構造が露出していて、工事中に出た大量の土砂の搬出を隠しきれる訳もなく、衛星軌道上からも
施設の全容が丸見えなので秘匿が信条のジャブロー基地ではなくライムンド基地の一部として扱
われているのです。」
そんな話を聞いている内に目の前が明るくなって来た。
ようやく地上に出たかと思ったのも束の間、明るさに慣れた目が捉えたのは天井のない大きな縦
穴に建つビルだった。
エレカは地上に出る事はなく、半地下とでも言えば良いのか、7階立ての上2階分位だけ地上に
出ている様に見えるビルの前で止まる。
「私は此処までです。中へお進み下さい、道中の御無事を。」
俺は礼を言うと車を降り、正面の入り口へと向かった。