で、でも、週1更新はあくまで目安だから……許して……。
本州へ着くと、俺たちはそのまま産屋敷家へ向かうことになった。船を降りる頃には、すでに隠の人たちが待っていた。
「お疲れのところかとは思いますが、こちらへお願いします」
俺と小芭内君は、中から外が見えにくい駕籠へ案内された。顔を出さないよう告げられ、何度も担ぎ手を替えながら運ばれた。
小芭内君はずっと黙っていた。隣で、ときどき小さく身じろぎする気配だけがした。
俺は何度か声をかけかけて、やめた。何を言えばよいのか分からず、今はただ近くにいようと思った。
門をくぐってまず思ったのは、静かな屋敷だということだった。かなり広いのに、人の足音も木の葉擦れも、どこか控えめに聞こえた。
建物は古いが、よく磨かれた柱や白い襖、手入れの行き届いた廊下を見れば、大切に扱われているのが分かった。
小芭内君は屋敷を見回すこともなく、俺の半歩後ろで肩を硬くして歩いていた。これから自分がどうなるのか決まるのだから、無理もない。
案内された座敷は、門をくぐった時よりさらに空気が澄んでいるようだった。
槇寿郎さんが部屋の中央あたりで、腰を下ろす。
いつもより、心なしか背筋が伸びている。
鬼に向かう時とも、煉獄家での気の抜けた時とも違う。
凛としていて、手の置き方も、いつもよりずっと丁寧だ。
「お館様がそろそろいらっしゃる。気にする方ではないが、出来るだけ丁寧にな」
槇寿郎さんはこういう顔もするのか、などと、ずいぶん失礼なことを思ってしまった。
俺も槇寿郎さんの後ろへ座る。
膝を揃え、背を伸ばす。
合っているかは分からないが、とにかく槇寿郎さんの真似をしておく。
小芭内君は、俺の隣で一拍遅れて膝を折った。
俺の手元を見て、同じように膝を揃え、背を伸ばす。少しぎこちないが、目だけは真剣だった。
俺が槇寿郎さんを真似て、小芭内君が俺を真似る。
思わず口元が緩み、慌てて引き締めた。
心を落ち着けるために呼吸を深くしていると、襖の向こうから人の気配が近づいた。
槇寿郎さんが、さらに姿勢を正す。
俺も、つられて背中に力が入った。
襖が開く。
「お館様がおいでになりました」
襖を開けたのは、屋敷の澄んだ空気をそのまま纏ったような、年若い女性だった。
静かに一礼すると、脇へ控える。
その後ろから、一人の少年がゆっくりと姿を現した。
最終選別のときに、俺たちを送り出し、迎えてくれた顔だった。
こうして改めて向かい合うと、あの時よりもずっと穏やかな人に見える。
肌は透けるように白く、どこか儚げで、なにかの病を疑ってしまうほどに細い。
けれど、不思議と弱々しさは感じなかった。
座敷へ入ると、部屋の空気が一段と引き締まる。
耀哉様は槇寿郎さんの正面へ座る。
俺たちも、それに合わせて頭を下げた。
「顔を上げてください」
穏やかな声だった。聞いた途端、肩の力が少し抜けた。
「槇寿郎。大事な時期に頼ってしまって、すまなかった。今回も無事に戻ってきてくれたことを嬉しく思う」
「……ご配慮、痛み入ります」
槇寿郎さんは深く頭を下げた。
「お館様におかれましても息災にてお過ごしのご様子、何よりにございます」
一度言葉を切る。
「このたびはご心配をおかけいたしました。また、お忙しい折にもかかわらず、早々にお時間を賜りましたこと、心より御礼申し上げます」
そこでようやく顔を上げる。
「構わないよ。君たちが戻ってきてくれたこと以上に大切なことはないからね」
耀哉様はそんなことを当たり前のように言う。
槇寿郎さんは何も答えず、ただ静かに頭を下げ直した。
槇寿郎さんにならって頭を下げると、耀哉様の視線がこちらへ向く。
「宗右衛」
「は、はい」
「久しぶりだね」
「はい。最終選別のとき以来になります」
声が少し上擦った。
耀哉様はそれを気にした様子もなく、穏やかに頷く。
「あの時よりも、ずいぶん顔つきが変わったね。左近次から、君が煉獄家で学ぶことになったと聞いていたよ」
「うろっ、ち、父から、ですか」
「うん。君を槇寿郎に預けることについても、相談を受けていたからね」
鱗滝さんが耀哉様とそんな話をしていたとは知らなかった。
けれど、考えてみれば柱に稽古をつけてもらうのだから、お館様に話を通していないはずがない。
ただ鱗滝さんと耀哉様が、自分の知らないところで自分のことを話していたというのは、なにか妙な感じがする。
どういう顔をすればよいか分からず、つい俯いてしまう。
「それで、どうだったかな」
「え?」
何について聞かれているのか分からないので顔を上げると、耀哉様は俺ではなく槇寿郎さんの方を見ていた。
「宗右衛を預かってみて」
俺じゃなかった。
顔が少し熱くなり、槇寿郎さんを見る。
槇寿郎さんは、すぐには答えなかった。
少しだけ考えるように目を伏せ、それから口を開く。
「煉獄家で教えられることは、ひと通り教えました」
「えっ」
小さく呟いてしまった。
槇寿郎さんの視線が一瞬だけこちらへ向く。
「なんだ」
「い、いえ」
まだ、教わっていないことは山ほどあると思っていた。
槇寿郎さんの動きを見ていれば、自分には足りないものばかりだと分かるのだから。
「宗右衛は、自分に足りないものを探すことだけは、教えるまでもなく熱心です」
褒められているのだろうが、声の端には少し呆れた響きもあった。
「技術そのものは、これからも磨く必要があります。しかし、さすがは左近次殿の愛弟子と言うべきでしょう。俺の動きを真似る段階は、もう終わっています」
俺は黙って槇寿郎さんの横顔を見る。
それは初めて聞く評価だ。
「今回の任務では、教えたものをどう使うかを見極めるつもりでした」
「そうだったんですか?」
思わず声に出た。
「お前には言っていなかったからな」
「い、言ってくださいよ」
「言えば意識するだろう」
「それは、まあ……しますけど」
「ならば言わなくて正解だったな」
さらりと言われて、返す言葉がなくなった。
ちらと耀哉様を見ると小さく笑っている。
「今回は急を要しましたので、剣の腕を見定める暇はありませんでした。ですが、剣を見ずとも十分に分かりました。こいつは、自分がどこに立ち、何をするべきかを現場で決められる」
槇寿郎さんの声から、先ほどまでの少し軽い調子が消える。
「剣士として未熟なところは、まだあります。しかし、俺が教えられることは、もう教えました。この先は他の者からも学びながら、自分で進む道を決める段階かと」
俺は、そんな段階にいるのだろうか。
自分では、まだ槇寿郎さんに教わるつもりでいた。明日になればまた、足りないところを指摘され、ついでにからかわれるのだと思っていた。
学ぶことがなくなったわけではない。ただ、槇寿郎さんのもとでの修業には、ここで一区切りついたらしい。
「そうかい」
耀哉様は、嬉しそうに頷いた。
「良い時間を過ごせたようだね」
「はい」
槇寿郎さんもどこか満足したように頷く。
耀哉様が、再びこちらへ目を向ける。
「宗右衛は、どうだったかな」
「ええと……」
今度こそ俺への質問だった。
槇寿郎さんが前にいる。
小芭内君も、隣で聞いている。
背中がさらに伸びる。
きちんと答えなければいけないと思った。
「煉獄家では、たくさんのことを教えていただきました」
口から出た言葉が思ったよりも堅い。
「槇寿郎さんには、技術や身体の使い方だけでなく、鬼殺隊士としての心構えまで教えていただきました。杏寿郎君や千寿郎君と過ごして、俺自身の考え方も変わりました」
耀哉様は、静かに耳を澄ますように聞いている。
それだけでなぜか口の中が渇く。
「それから、今回の任務で……鬼を斬れば、それで終わりというわけではないのだと、強く感じました」
頭の中がぐるぐるするのを抑えながら、次の言葉を探した。
「鬼がいることで、人の暮らしが変わってしまうこともあるのだと。島で起きたことにも、俺はほとんど何も出来ませんでした」
隣で小芭内君の身体が少し揺れたのを感じる。
自分でも少し格好をつけすぎている気がした。それでも、ここで止める方がよほど恥ずかしい。
「だから、俺も鬼殺隊の一員として、恥ずかしくない剣士になりたいと思いました」
言い終えると、顔が熱くなった。
耀哉様は、しばらく俺を見ていた。
「そうだね」
その声は、先ほどまでと変わらず穏やかだった。
「君がそのようなことまで考えられるようになったことを、私は嬉しく思う」
そこで言葉が一度途切れて、きっぱりと告げられた。
「だからこそ、鬼を斬った後のことには、できるだけ私たちが力になりたいと思っている」
その言葉に思わず顔を上げた。
耀哉様は、先ほどと変わらず静かに微笑んでいる。
そうだ。皮鬼の時にお世話になった隠の人と、藤の宿の女将さんにも、似たことを言われた。
『役目だから』と。
『私たちは、それぞれに出来ることをやるのだ』と。
あの時は、慰めの言葉にしか聞こえなかった。けれど今は、その言葉が前より近く胸に落ちた。
耀哉様は、俺とそれほど歳の離れていない少年だ。それなのに、ずっと昔から見守られていたようで、少し落ち着かない。さっきまでの背伸びまで見透かされた気がした。
「はい」
返事は、先ほどよりも小さくなった。
耀哉様の視線が、俺の隣へ移る。
小芭内君の肩が、目に見えてこわばる。
「伊黒小芭内」
「は、はい」
張り詰めた弦のように細い声だった。
「まずは、ここまで来てくれて、ありがとう」
小芭内君が瞬きをした。
何を言われたのか、すぐには飲み込めなかったようだった。
「八丈島での話は聞いたよ。長いあいだ、怖かっただろう。それでも君は、諦めずに生きようとしてくれた。こうして生き残ってくれた」
小芭内君の指先にわずかに力がこもる。
「槇寿郎と宗右衛が君のところへ辿り着けたことを、私は本当に嬉しく思っている」
小芭内君は膝の上を見つめたまま、何も答えなかった。宿でも船でも、眠るたびにうなされていた姿を思い出す。血に染まった伊黒家の者たちが、恨むように自分を見るのだと、かすれた声で話していた。
「もっと早く見つけてあげたかった。それが叶わなかったことを、私は悔しく思っている。あの家で失われた命も、そこで起きたことも、君が背負うものではない」
小芭内君の肩が小さく揺れた。膝の上に落ちた雫が、着物に黒い点を作る。
俺は船の中で何度も言葉を探して、結局何も言えなかった。耀哉様の声は、穏やかなまま続いた。
「君は足掻いて、頑張って、そうしてここまで来てくれた子だ。だから、自分を責めてはいけないよ」
言葉が途切れた後も、座敷の中は静かなままだった。小芭内君の着物に、黒い点だけがぽつりぽつりと増えていく。
しばらくして、庭のどこかで、鳥が一度鳴いた。
小芭内君は、やがて、ほんの少しだけ頭を下げる。
「……はい」
聞き取るのがやっとの声だった。
先ほどまで張り詰めていた肩が、少しだけ下がっていた。
耀哉様は、それ以上は言葉を重ねなかった。
「それでは、これからのことを話そうか」
小芭内君の背中が、再び伸びる。
「伊黒家に残されていた財については、こちらで確認を進めている。八十江とヒロからは、三人で分けることについて、すでに同意を得ているよ」
「三人」
「君と、八十江と、ヒロの三人だね」
小芭内君は「財」と聞いてわずかに首を傾けたが、そのまま頷く。
「すべての整理には、まだ少し時間がかかるだろうけれど、三人それぞれがこの先暮らしていくには十分なものになると思う」
耀哉様は、小芭内君が言葉を飲み込むのを待ってから続ける。
「産屋敷家からも支援をする。だから君は、あの島から離れた場所で、穏やかに暮らしていくことができる」
それを聞いて、胸の奥が少し軽くなった。
一生暮らしていけるほどの金があるなら、小芭内君はもう誰かの顔色を見て生きる必要もない。好きなものを食べ、夜が来ても怯えず、暖かい布団で眠れる。
何も起きない日を、当たり前に過ごせる。これまでの分まで、そんな日がいくつも続いてほしいと思った。
けれど、小芭内君は返事をしなかった。膝の上の手はいつのまにか拳になり、指が白くなるほど握り込まれている。肩も小さく震えている。
怯えているのかと思ったが、唇がわずかに動いている。何かを言おうとしているらしい。
その肩のあたりを、夕焼けのような紅がかすめた。
夕暮れの狭霧山を思い出す。櫛那姉ちゃんが、自分の家族を鬼に殺され、この山へ来たのだと話してくれた日のことを。
話のすべては覚えていない。ただ、鱗滝さんが「これからどうしたい?」と聞いてくれたことだけは覚えていると、櫛那姉ちゃんは言っていた。
俺は小芭内君の拳へ手を伸ばし、握り込まれた指の上にそっと重ねた。
触れた瞬間、小芭内君の指がさらに固くなった。襟元から顔を出していた鏑丸へ、一度だけ目をやる。鏑丸が小さく舌を出した。
俺は動かずに待った。
やがて、小芭内君の指が一本ずつ緩んでいく。俯いていた顔が、恐る恐る上がった。
左右で色の違う瞳が、こちらを見る。迷うように揺れるその奥に、あの日の櫛那姉ちゃんと同じ、まっすぐな赤が見えた。
船の上で、小芭内君は遠ざかっていく八丈島をずっと見ていた。
あの時も、何を考えているのかは聞かなかった。まだ、聞けなかった。
「小芭内君は、どうしたい?」
小芭内君の目が、わずかに見開かれた。前に同じことを聞いた時、答えは言葉にならなかった。
今も唇が何度か動いた後、ようやく声が出た。
「僕は……」
声は震えていたが、続きははっきりと言葉にした。
「宗右衛お兄様のように、なりたいです」
胸の奥を強く掴まれたようで、息を飲んだ。
「俺のように?」
「はい」
小芭内君は、自分の拳に重なった俺の手を見た。
「鬼を、倒せるように、なりたいです」
小さな声だった。それでも、迷いなく言い切る。
「誰かを、助けられるように……なりたいです」
俺は、小芭内君の顔を見る。
「鬼殺隊になりたいの?」
小芭内君は、確かに首を縦に振った。
やめた方がいい。
その言葉が真っ先に浮かんだ。普通に暮らせるなら、その方がいい。これからは鬼など気にせず、刀など持たず、静かに幸せに生きていてほしい。
けれど、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
小芭内君の震える肩を見て、かつての自分を思い出した。
櫛那姉ちゃんに置いていかれたくなくて、鱗滝さんに「俺も剣士になりたい」と言った日。何も知らないまま裏長屋で暮らし、名前さえ自分のものではないと思っていた俺が、家を得て、家族を得て、初めて何かになりたいと思った日だった。
あの時、鱗滝さんは俺の言葉を止めなかった。
俺も小芭内君の手を離さず、黙っていた。
座敷の中に、長い沈黙が落ちる。
「そうか」
やがて、耀哉様が口を開いた。
「君の望みは、確かに聞いたよ」
小芭内君が、耀哉様を見る。
「今ここで、すべてを決める必要はない。けれど、君がそう望んだことは、決して忘れない」
「……はい」
「これからのことは、少し話し合う必要があるね」
耀哉様は、槇寿郎さんへ視線を向けた。
槇寿郎さんは静かに頷く。
「二人とも、長い旅の後で疲れただろう。今日はもう、休むといい」
「はい。お気遣いありがとうございます」
俺は返事をして、頭を下げた。
小芭内君も、少し遅れて同じように頭を下げる。
「宗右衛」
「はい」
「小芭内をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「俺だけではありません」
咄嗟に言葉が出た。
「槇寿郎さんや、八十江さんや、隠の人たちがいたからです。それに鏑丸も」
「うん。そうだね。鏑丸も小芭内を守ってくれてありがとう」
耀哉様は、少し嬉しそうに笑った。
「皆が繋いでくれた命だ。これからも、皆で大切にしていこうね」
俺はもう一度、頭を下げた。
座敷を下がると、先ほどの女性が廊下で待っていた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、俺たちが待っていた座敷よりも少し小さな部屋だった。
それでも、十分すぎるほど広い。
部屋の奥には、すでに二組の布団が敷かれている。
見るからに柔らかそうで、掛け布団にも厚みがあった。
女性が一礼して部屋を出ていった。
襖が閉じた途端、全身から力が抜けた。
「はあ……」
思わず、大きく息を吐く。
槇寿郎さんを真似て座っていただけなのに、ずいぶん疲れた。
隣では、小芭内君も先ほどまで伸ばしていた背中を丸めていた。どうにも呼吸が少し荒い。
「大丈夫?」
「はい」
返事が異様に早い。顔も少し赤いが、伊黒家から宿へ連れていった時もそうだった。疲れすぎて、かえって目が冴えているのかもしれない。
布団を見て、部屋を見て、俺を見る。それからまた布団へ視線を戻したので、これ以上聞くのはやめた。
「疲れたね」
「はい」
小芭内君は頷いた。
しばらくしてから、膝の上に置いた手を見つめる。
「僕、言えました」
「うん」
俺は、小さく頷いた。
「ちゃんと言えてたね」
小芭内君の肩が、ほんの少しだけ上がった。そのまま膝の上の手を見つめている。
鬼殺隊を目指せば、苦しいことも怖いこともきっとある。小芭内君は、まだそれをほとんど知らない。
それでも、小芭内君が自分で言葉にした願いを、俺は否定したくなかった。
どんな道を進むことになっても、その先で、どうか幸せに生きてほしい。
これまで知らなかった分まで、たくさん。
そう願わずにはいられなかった。
普通に私生活忙しかったのもあるんですけど、耀哉様の描写がくっそ難しくて、書いては消し書いては消ししてた話聞いてくれます?
設定的には、耀哉様今時点これで13歳ですからね
こんな13歳おりゅ~~~?って思うけど、悲鳴嶼さんと会ってるのはこれより前の11歳とか12歳の時っていうね
このころからもうお館様なんですよ、というか耀哉様兄弟とかいないの?って改めて疑問が湧いてみたり
あまね様、身体大丈夫なのかなと心配してみたり、なんかもう色々大変
パッションだけで書き切りたいけど設定守りたい病気のせいで自分の首絞めてる感じありますねぇ!