銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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43 停戦

 

 

 ヤン艦隊は戦闘を停止した。

 

 だが、停戦に納得していない者も少なくない。ついさきほどまで激戦の中に身を置かれていた同盟軍兵士のほとんどが納得していないといっても、決して間違いではない。

 

 そう、今まさに敵総旗艦ブリュンヒルトのブリッジに砲口をつきつけているパイロット、エリザベートもそのひとりだ。

 

 

 

 

 

「い、いやです! わたしはやめません! 撃ちます!」

 

 いま、彼女はたった独りだ。暗黒のコックピットの中、エリザはさけぶ。

 

「おねがいです! 撃たせてください!」

 

 なにを叫んでいるのか、自分でもわからない。この期に及んでいったい誰に対して訴えているのか、自分でもわかっていない。ただただ感情の爆発がとまらない。

 

「いったいなんのために、いままで戦ってきたんですか!」

 

 ……ヴェスターラント。シュナイダー少佐との逃避行。死。メルカッツ提督。イゼルローン要塞の人々。相棒スーパースパルタニアン。コーネフ中佐。……頭の中、脈絡のない記憶のフラッシュバックがとまらない。

 

「こ、これ以上人が死なないために、戦ってきたんじゃないんですか!」

 

 ポプラン中佐。ヤン提督。キャゼルヌ家とアッテンボロー家の人々。そして、……アッテンボロー提督!

 

「わ、私が撃てば、戦争はおわります! これ以上、人が死ななくて済むんです!」

 

 コックピット正面のモニタ。愛機の照準は敵総旗艦のブリッジを指し示している。ここを撃てば全てが終わると教えてくれている。操縦桿、トリガーに掛けた指が震える。

 

「このトリガを引くだけで、みんなまもることができるんです! アッテンボロー提督をまもれるんです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 同盟軍戦艦トリグラフ。

 

 停戦命令を確認した瞬間。分艦隊司令官であるアッテンボローは、文字通りの最前線にいた。ミュラーの艦をひきづったまま、まさにブリュンヒルトを指呼のあいだに望む位置にいた。エリザがラインハルトに主砲を突きつける様を、直接視認できる距離に迫っていた。

 

「狂ったのか、同盟政府は!」

 

 アッテンボローはさけぶ。

 

 勝利は目前だ。なのに、司令部は戦闘を停止しろという。こちらから停戦を請えという。怒りのあまり、アッテンボローはブリッジの床に帽子を叩きつけた。

 

 エリザの絶叫が通信機の向こうからきこえたのは、まさにその時だった。

 

「わたしはやめません! 撃ちます!」

 

 それは、ついさきほどのアッテンボローの叫びと同じ。爆発するにまかせただけの感情。

 

 それを聞いたアッテンボローの呼吸がとまった。我に返る。

 

 俺が冷静さを失ってどうする!

 

 アッテンボローは、自分自身の頬を叩く。思い切りひっぱたく。無理矢理に、ちからづくで自分の血液の温度を下げる。

 

 

 

 

 

「撃ちます! 撃たせてください」

 

 エリザの絶叫はつづく。

 

「ここで彼を殺せば、戦争はおわります。これ以上、人が死ななくて済むんです。……なぜ撃っちゃいけないんですか!!」

 

 通信回線は開きっぱなしだ。両軍問わず、エリザの叫びを聞いている者は多い。だが、みな反応できない。誰も答えられない。

 

……否。

 

 彼女の問いに答える者がひとりだけいた。いまだに突進をつづけている戦艦トリグラフ。そのブリッジに仁王立ちする男。アッテンボロー中将。彼は、その資格があるのは銀河系で自分だけだと、覚悟を決めたのだ。

 

「だめだ、やめろエリザ。オレ達は同盟軍だ。民主主義の軍隊だ!」

 

「アッテンボロー提督? で、でも、わたしが撃てば、民主主義を護ることができるんです!」

 

 くっ。

 

 アッテンボローも一瞬こたえに詰まる。エリザの言うことは、少なくとも間違ってはいない。そもそもどうすれば民主主義を守れるのかの問いに、正解などない。だれが捜しても、決して正解など見つからないのだ。

 

 だが、本能的にこれだけはわかる。

 

 この状況でエリザに撃たせるわけにはいかない。目の前の戦いは終わったとしても、エリザの居場所がなくなってしまう。ヤン艦隊はもちろん、同盟にさえも。銀河系のどこにも。エリザの帰る場所は永遠になくなってしまうのだ。

 

 それでは彼女が幸せになることはできない。

 

 ……アッテンボローにとっては、それがもっとも重要な点に思えた。

 

 おれがエリザをとめる!

 

 そして命令をくだす。

 

「全艦前進をやめろ、戦闘停止、停戦だ! 艦長、トリグラフだけはこのまま前進! つっこめ!」

 

「し、しかし、敵艦が……」

 

「いいから行け! 敵艦をひきづったままでいい、エリザと敵旗艦の間に割り込むんだ!」

 

 

 

 

 

 

 戦艦ヘルテンのミュラーも同じだ。

 

 彼も同盟軍による突然の停戦にはおおいに驚愕している。しかし、同時に安堵した。敵がなぜそのようなことをしたのか、彼はまだ詳細を知らない。だが、ヤン・ウェンリーならば信頼できる。停戦は確実だ。これで、とりあえず主君の命はまもることができたのだ。

 

 だが、一息つこうとして、……我に返る。

 

 ヤン・ウェンリーは信頼できるだろう。しかし、あの戦闘艇は? 文字通り勝利を目前にしているアレは、……引き金を引くだけで自らの手で勝利をつかみ取れる位置にいるあのパイロットは、こんな理不尽な命令に従うのか?

 

 そして、ミュラーは聞いたのだ。開きっぱなしの回線から流れる、パイロットの叫びを。

 

「わたしはやめません! 撃ちます! 撃たせてください!!」

 

 ……やらせるか!

 

「機関全開! 焼き切れても構わん。なんとしても総旗艦を守るのだ!」

 

「て、提督、めり込んでいる敵戦艦から通信です。同盟軍のアッテンボロー中将と名乗っています」

 

 オペレーターの声にミュラーは黙って頷く。彼は、話をする前から理解できたのだ。敵の分艦隊司令官の意図が。

 

「突き刺さっている敵艦と進路制御を同調せよ。戦闘艇の前に割り込め、そしてブリュンヒルトの盾になるのだ!」

 

 トリグラフとヘルテン。二艦は絡み合いながら、お互いの推力を全開。ラインハルトの直衛艦隊のど真ん中へ向け、おどり込む。

 

 

 

 

 

 

 スーパースパルタニアンパイロットの絶叫、そして分艦隊司令官との会話は、開きっぱなしの直通回線からブリュンヒルトにも聞こえていた。

 

 ラインハルトは何も言わない。正面をみすえたままだ。戦艦並みの出力を誇る大口径ビーム砲を突きつけられたブリッジが、沈黙に静まりかえる。

 

 

 

 

 

 二隻の戦艦は絡み合ったままブリュンヒルトに肉薄する。スーパースパルタニアンの主砲の前に割り込むため、戦場を疾走する。

 

「俺がぜったい君を護る。だから、俺が行くまで撃たないでくれ! ……船外服を用意しろ。俺が外に出て直接エリザを回収する!」

 

「無茶です、提督! 敵艦隊のど真ん中ですよ」

 

「うるさい。エリザを止められるのはオレだけだ! 機体から引きずり出してつれてくるから、艦載機デッキのハッチ全開でまってろ!」

 

 

 

 

 

 

「撃たせてください!」

 

 通信機の向こう、今ごろになって多くの人の声が何かわめいているが、彼女の耳にははいってこない。聞こえるのは、自分の鼓動と呼吸音だけ。主砲のトリガーに指をかけたまま、ただただ同じ言葉を繰り返すだけ。

 

「う、撃たせてください!」

 

 真っ暗なコックピットの中、モニタパネルには目の前の敵を撃破するために必要な数字と幾何学模様だけが踊っている。

 

「おねがい、……撃たせて!」

 

 いまや銀河系全体がエリザの敵になった。エリザの味方は相棒、愛機スーパースパルタニアンだけだ。

 

「撃たせて……」

 

 モニタの中、照準は敵総旗艦のブリッジから微動だにしない。彼女の愛機は、引き金が引かれる瞬間をまっている。彼女がほんの少し指に力をいれるだけで、ブリュンヒルトを火球に変えてくれるだろう。

 

 そう、引き金を引きさえすれば、まもれるのだ。あの人の命を。

 

「わ、私が、撃たないと……」

 

 撃たないと、あの人が死んでしまう。帝国軍に殺されてしまう……。

 

 ……えっ?

 

 その瞬間、エリザの正面を巨大な影が覆った。

 

 目の前に割り込んできた戦艦。ミュラーのヘルテンだ。小さな戦闘艇からは、それはまるで総旗艦をまもる巨大な壁にみえた。

 

「こ、こわれかけた戦艦一隻くらい、このスーパースパルタニアンの主砲で……」

 

 だが、壁は一隻ではなかった。もう一艦、別の艦が視界の中に滑り込む。見覚えのある、とても身近な艦。母艦。味方であるはずの異形の大型艦が、敵の盾になる。壁になる。エリザの邪魔をする。

 

「トリグラフ? ど、どうして、どうして私の邪魔を!!!」

 

 エリザがさけぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 後世の戦史家の多くは、バーミリオン星域の会戦が終わったのはこの瞬間だと論じている。

 

 ヤン艦隊からの停戦の申し入れを帝国軍が受け入れ、さらにブリュンヒルトとスーパースパルタニアンの間にミュラーとアッテンボローの艦が割り込み、帝国軍総旗艦の安全が確保された瞬間。

 

 実質的に戦闘がおわったこの時をもって、バーミリオン会戦は終わったのだ。

 

 だが、一部の者にとっては、戦いは終わらない。この瞬間から人生における本当の戦いが始まる者も、数多くいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリザは声を振り絞る。目の前で壁となっているトリグラフにむけて。そのブリッジにいるはずの、あの人にむけて。

 

「ど、ど、どいてください、アッテンボロー提督!」

 

 だが、返事は思いよらない方向からきた。

 

「どかないよ。……エリザ、ハッチを開けてくれ」

 

 え?

 

 エリザは、ついに自分が狂ってしまったと思った。

 

 暗黒のコックピットの中。多数の声が入り混じる回線の中。聞こえるはずのない声が聞こえたのだ。

 

 艦隊との通信用の回線ではない。トリグラフのブリッジからでもない。すぐ近くから。その声は、コックピット直通の機外からの整備用回線から聞こえたのだ。

 

「エリザ、オレだ。アッテンボローだ。頼む、ハッチをあけてくれ」

 

 アッテンボロー提督! ……まさか、機体のすぐ外にいる? なぜ? どうして?

 

 いまこの瞬間、彼女がもっとも会いたかった人が来てくれた。まもりたかった人が手の届くところにいる。これで彼を護ることができる。……だが、だからこそ、エリザはハッチを開かない。

 

「だ、だめです、提督。ハッチを開けてしまったら、……あなたの顔を見てしまったら、私はきっと撃てなくなります。そこを、どいて、ください」

 

「だめだ、撃ってはだめだエリザ。停戦はオレ達の政府の判断だ。政府を選んだオレ達自身の責任なんだ」

 

「でも、でも、敵は銀河帝国です。専制国家に負けるということはお世話になった人達、……ヤン艦隊の人々や、キャゼルヌ家、アッテンボロー家の人達の生殺与奪を、帝国貴族達の自由にさせるということなんですよ!」

 

 いつの間にか、エリザは本機で腹をたてていた。

 

 どうしてこの人は……。自分がこれほど必死に思っているのに、どうしてわかってくれないのか。

 

 

 

 

 

 

 スーパースパルタニアンの通信回線は、いまだに開放されている。

 

 ブリュンヒルトだけではなく、それはヒューベリオンのブリッジも同じだ。自分が死地にむけ送り出した部下の会話を、ヤンとその幕僚達は何も言わずに聞いている。

 

 

 

 

 

 

「オレが、まもる!」

 

 アッテンボローは言い切った。

 

「軍人が政府の命令に従うのは仕方が無いが、停戦後に大事な人々が理不尽な扱いを受けるようなことがあれば、オレがまもる。絶対に、まもる!」

 

 それは、ただの言葉ではなかった。

 

 通信を通してさえ、アッテンボローの強い意志と堅い決意、そして不退転の覚悟を感じさせるものだった。

 

 ダスティ・アッテンボローというひとりの人間として、

 

 軍人として、

 

 男として、

 

 意地と誇りと尊厳のすべてをかけた言葉だった。

 

 聴く者すべてにとって、確かに信用に足ると感じさせる言葉だった。

 

「あ、あ、あ、アッテンボロー、提督……」

 

 エリザはなにもいえない。アッテンボローにここまで言われては、エリザにはそれを否定することなどできない。全身のちからが抜けていく。

 

「だから、ここをあけてくれ、エリザ。たのむ」

 

 

 

 

 

 

(ふん。若造が、……なかなか格好いいじゃないか)

 

 ヒューベリオンのブリッジ。開きっぱなしの回線の向こうからエリザとアッテンボローの会話を聞きながら、シェーンコップはおもわずつぶやいた。

 

 一旦は停戦を納得したシェーンコップであるが、実のところ彼自身いまだ完全に感情の整理ができているわけではない。

 

 いまさら司令官に逆らうつもりはない。ないが、しかし、ここで戦争を終わらせるためには、やはり政府の命令など無視して構わないのではないか。民主主義の原則を尊重しすぎて民主主義を失ってしまうのは、本末転倒ではないか、と。

 

 もちろん、絶対的にただしい答えなどないことはわかっている。いやむしろ、自分のこのおもいは、民主国家の軍人としては正しくはないこともわかっている。この思いは根拠などない感情でしかないと自覚している。

 

 だからこそ、シェーンコップはアッテンボローが羨ましかった。

 

 ここまで『民主主義』を素直に、……ちがうな。より正確に言うと、『ヤン・ウェンリーという主人公が体現するヤン・ウェンリー流の民主主義』を素直に信じ、愚直に実践しようとしているソバカスの若造。

 

 『ヤン・ウェンリー流の民主主義』は、思想としてはまったく中途半端であり、同時に無責任であり、実践するには多くの欠陥と矛盾をかかえている。帝国からの亡命者であるシェーンコップにだってそれくらいわかる。もしかしたら、……いや、おそらく確実に、ヤン提督本人でさえ、彼の言う民主主義は現実の世界では決して実践できないと自覚している。

 

 しかし、この銀河系には、それを支持する者がたくさん存在するのだ。アッテンボローのように。それだけヤン・ウェンリーという矛盾の塊である人間と、彼が体現する思想が魅力的だということだ。帝国がいくら強大でも、それを無視することは出来ない。

 

 ならば、それに殉じて国がひとつ滅びても、しかたがないかもしれない。ヤン・ウェンリー流に言えば『たかが国のひとつ』だ。俺としては、最後までそれに付き合って残りの人生たのしませてもらえれば、それでいいか。

 

 

 

 

 

 

「よう、ソバカスの色男。スパルタニアンのハッチを外部からあける方法をおしえてやるよ」

 

 エリザの機体にとりついている船外服のアッテンボロー。そのすぐ横から声をかけてきたのは、ポプランだ。被弾したメインエンジンをパージした通常型のスパルタニアンで僚機を追いかけてきた彼は、ここでやっと追いついたのだ。

 

「ポ、ポプラン中佐?」

 

「いいか、あけるぞエリザ?」

 

「だ、だめです。開けないで! アッテンボロー提督の顔を見たら、わたし、撃てなくなってしまいます」

 

「もう撃たなくていいんだ。エリザ」

 

「だめです! もし、もし、このまま同盟が負けたら、家族はともかく、ヤン提督やアッテンボロー提督もどうなるかわからないんですよ」

 

「俺? 俺自身は、……軍人だからなぁ。権限と給料分の責任があるし、仕方が無いかなぁ」

 

「そ、そんなのだめです! も、も、も、もし、アッテンボロー提督が帝国軍に処刑されたりしたら……、わたしはどうすればいいんですか?」 

 

 なっ……。

 

 アッテンボローは、咄嗟に返答できない。

 

「そんなことになったら、わ、わ、わたしも、生きていけません! だから、いま撃たなきゃいけないんです!」

 

 

 

 

 

 

 ハッチを外部から開く操作をしながら、ポプランはおもわずため息をつく。

 

 エリザのやつ、自分でも気づいていないんだろうなぁ。これが戦場全体に公開されている回線で、自分がプロポーズまがいのことをしているって。

 

 ガゴンっ!

 

 愛機スーパースパルタニアンのハッチが外部から強制的に開けられた。暗黒のコックピット、まぶしいほどの銀河の光が射し込む。逆光の中、船外服のヘルメットごし、その中にアッテンボローの顔が見える。

 

 外から腕が差し伸べられる。大きくて、逞しくて、あたたかくて、優しい手。私を受け止めてくれる、私だけの腕。

 

「エリザ。無事で良かった」

 

 エリザは動けない。抵抗できない。されるがままシートベルトを外され、外に引きずり出される。そして、……パイロットスーツのまま抱きしめられた。

 

「……提督」

 

 宇宙服越しに伝わる体温。すぐ近くで聞こえる呼吸音。安心できる心音。

 

「帰ろう。トリグラフへ」

 




 
 
 
家庭の事情により次話は少し時間がかかるかもしれません。
最後までお付き合いいただけると幸いです。なにとぞよろしくお願い致します。
 
 
 
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