爆豪勝己に爆破された『将来のためのヒーロー分析 No.13』。
それを探しているはずが、緑谷出久は何故か死神のノートを拾ってしまう。

母に、幼馴染に、トップヒーローに、夢を諦めた方がいいと諭されてそれでも諦めきれなかった結果、ゆがんだ方向に夢を追いかけてしまった彼の話。

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1話

 中学3年の春。

 緑谷出久は校庭で探し物をしていた。

 焼け焦げたノートだ。

 

 ほんの少し前までそうではなかったキャンポスノートは、幼馴染の逆鱗に触れて【爆破】されてしまった。

 そこで夢を諦められたら、楽だったかもしれない。

 だが、彼は捨てられなかった。

 だから必死こいて、校庭に捨てられたボロボロになった夢の欠片を探している。

 

 探す場所は自分たちのクラスの真下。

 鯉を飼育しているコンクリート製の水槽の付近だ。

 

「こんな見た目になって……」

 

 ようやく彼が見つけたノートは、元の面影もないほどに真っ黒になっていた。まるで黒革のノートだ。

 

「あれ?」

 

 違和感。

 

「これ僕のノートじゃないぞ」

 

 表紙が黒革で出来ている。『将来のためのヒーロー分析 No.13』と題されたキャンポスノートではない。

 そこに記されていた題は――、

 

「DEATH NOTE?」

 

 直訳して、死のノートである。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 餌と間違えた鯉の群がる水槽から本来の遺失物である『将来のためのヒーロー分析 No.13』を拾い上げたのち、彼は帰路についていた。

 もう一つの遺失物、『DEATH NOTE』と記されたノートの扱いに困りながらだ。

 

 落とした人は困っているだろう。

 だから、落とし主を特定する手掛かりがあればと思い、ごめんなさい、と内心で謝りながら中を確認してみたのだ。

 

『これは死神のノートです』

『このノートに名前を書かれた人間は死ぬ』

 

 そのほかにも、使用に際したさまざまな注意事項が英語で羅列されている。

 作った人はそうとう病んでいたに違いない。

 

 一瞬だけ、嫌なことを考えてしまった。

 ――名前を書いたら、本当に死ぬのだろうか。

 

(バカ。本当に人が死んだら殺人だぞ。僕は、なんてことを考えてるんだ)

 

 自殺教唆した幼馴染と変わらない。

 いや、殺人を考える方がよっぽど罪が重い。

 人を殺したいと思うなんて間違っている。

 

(そうさ、僕の憧れたヒーローたちなら、そんな真似絶対にしない!)

 

 抱いた悪逆の心を振り切って、胸を張って上を見て、もう一度歩き出そうとした。

 そのとき。

 

「Mサイズの……隠れミノ……」

 

 驚き、振り返った。

 そこに、毒々しい緑色の異形がいた。

 

(ヴィラン)⁉)

 

 驚きが声になることはなかった。

 声を上げる間もなく呑み込まれ、口を封じられてしまったからだ。

 

「大丈ー夫。身体を乗っ取るだけさ、落ち着いて。苦しいのは約45秒。すぐ楽になるさ」

 

 ぎょろりと眼球を動かして、獲物をのぞき込むヘドロヴィラン。獰猛な牙をむき出しにして悦楽の笑みを浮かべる異形。

 そのすべてがおぞましかった。

 

 殺される。

 

 本能でそう感じた。

 頭が真っ白になる。

 苦しい。必死に助けを呼ぶ。

 口を塞がれた状態では声も響かない。

 

 ヘドロをかき出そうと手を動かす。腕は押さえつけられていたから、辛うじて動くのは手首から先だけ。だけど、流動的なヘドロを掴むことはできない。息のできない、苦しい状態が終わらない。体に力が入らない。

 

(死ぬ)

 

 死ぬのか?

 死ぬ。

 

 嫌っ……。

 

 誰か。

 

「もう大丈夫だ、少年‼」

 

 鉄製のずっしり重量のあるマンホールのふたをぶち抜いて、大男が現れる。

 

「私が来た!」

 

 TEXAS SMASH‼の声とともに、すさまじい爆風が突き抜けた。

 

 風圧。

 

 それが男の技のカラクリだった。

 緑谷出久が手も足も出なかったヘドロヴィランの『掴めない』という特性を、吹き飛ばすという荒業で解決してみせた規格外。

 

 No.1ヒーロー、オールマイト。

 

 憧れのヒーローの雄姿を目に焼き付けながら、緑谷出久の意識は一度、闇の底へと転がり落ちていった。

 

 だが、意識の暗転は長くは続かなかった。

 

(ん……)

 

 誰かが呼んでいる。

 すぐそばで、頬をぺちぺちと叩きながら「ヘイ!」、「ヘイ‼」と声をかける誰かがいる。

 

(あれ? ここは? 僕はなにをして……)

 

 まどろみの淵から意識を拾い上げて、ぱちりと目を開く。

 

 同時に、呼び声と目覚ましのビンタが止む。

 

「トぁあああ⁉」

 

 変な叫び声が出た。変な叫び声が出て、自分が意識を失う直前、駆けつけてくれたオールマイトの雄姿を見て、「オールマイ……」まで思考を巡らせられていたことを思い出した。

 つまり絶叫の「ト」は「オールマイト」の「ト」だったわけである。

 

 元気そうで何よりだ、(ヴィラン)退治に巻き込んで悪かった、普段ならしないミスだがオフだったのと慣れない土地だったせいかなと告げる憧れのヒーローを、緑谷出久は感動のフィルター越しに網膜へ焼き付けていた。

 

 アメリカンな効果音とともに、緑色の粘液が詰め込まれたペットボトルを突き出すNo.1ヒーロー。その手に握られているのが、先ほどまで緑谷出久を苦しめていたヘドロヴィランだと彼はすぐに気付いた。

 

 本物は生で見ると画風が違う、というトランスからハッと我に返った緑谷出久は、気が動転したままサインを書いてもらえるものを探した。

 すると、幼馴染に【爆破】され黒焦げになったノートがすぐそばに転がっていることに気付く。

 

 このノートにサインをください、と白紙のページを開いて仰天する。どういうわけか、既にでかでかとALL MIGHT!とサインが書かれていたからだ。

 これは家宝だ。家の宝にしよう。ブンブンとデスメタルバンドのヘッドバンドのごとく頭を下げる。

 

 夢のような時間だった。

 そして、夢のような時間は、一瞬で過ぎるからこそ儚い。

 

 オールマイトは屈伸し、立ち去ろうと、足に力を込めている。

 

(待って――!)

 

 聞きたいことがある。

 

 と、彼は思った。

 少なくとも表層では。

 だが、本心は? 彼すら自覚できない、心の奥底で思っていたことは?

 

 夢が終わる音が忍び寄っている。

 

 夢とはすなわち、ヒーローになること。

 恐れ知らずの笑顔で窮地から人々を救出して見せたオールマイトのようなヒーローになること。

 

 中学3年の春。

 将来を決める大事な時期。

 分不相応に夢を追いかけるか、身の程を知り夢を諦めるか。

 その重大なターニングポイントに立っていて、しかもどうするべきが賢い選択なのか、薄ら分かってしまっている。

 

 嫌だ。

 夢を終わらせたくない。

 追い続ける権利を失いたくない。

 

 だからとっさに、立ち去ろうとするオールマイトに手を伸ばして――、

 

「ってコラコラー‼」

 

 飛び去る彼の足に縋り付いた。

 熱狂が過ぎる、放しなさいと叱られて、いま放すと死んじゃうと反抗する。

 

「僕……! あなたに直接っ……‼ 色ろ色々……ぼっ! あなっ……」

 

 空気抵抗を直に受け、口や目蓋がびろんとめくれるようにしながら叫ぶ。

 

 オールマイトは適当なビルの屋上に不時着し、緑谷出久はパージされた。

 時間に追われているかの如く、足早に立ち去ろうとする大きな背中に、問いかける。

 

「『個性』がなくても、ヒーローはできますか⁉」

 

 個性。

 人類が得た先天性の超常変異。

 緑谷出久は人類の約8割が固有の力を得た世界で、珍しくなんの『個性』も持たない旧式の人間だった。

 

 無個性は彼のコンプレックスだった。

 

 個性が無いから馬鹿にされてきた。

 幼馴染にノートを【爆破】されたのも、特別な力もないのにヒーローを目指したことに起因していた。

 

 人を助けるオールマイトに憧れた。

 あなたのようになれますか。

 

 そう問いかける彼が本当に聞きたかったのは、夢は、諦めないといけないのか、だった。

 

「『個性(ちから)』がなくとも成り立つとは、とてもじゃないがあ……口にできないね」

 

 衝撃の連続だった。

 オールマイトが笑顔を絶やさない理由も、隠していた弱体化も、3時間ほどしか満足にヒーロー活動できないことも。

 どれ一つとっても、目の前が真っ暗になりそうな話だった。

 

 だけど、何より。

 

 

 

 個性がなくたって、ヒーローになれる。

 

 その一言が、欲しかった。それだけだった。

 夢は諦めなくていいんだと、追いかけていいんだと、励ましてほしかった。

 その一言で頑張れる気がした。

 

 だけど、打ち砕かれた。

 

 夢が、終わる。潰える。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 そこから先のことは、あまり覚えていない。

 階下の人に事情を話せば下ろしてもらえるとアドバイスしてくれたのはオールマイトだったはずだが、どのようにビルを降り、どんな道を歩いてきたのかは、彼自身何も思い出せなかった。

 深いため息だけがこぼれる。

 

 ――夢を見るのは悪い事じゃない。

 ――だが、相応に現実も見なくてはな、少年。

 

 熱い衝動が胸の奥からこみ上げる。

 

 トップのプロが教えてくれた。

 夢の終わりを、理不尽な現実を。

 

 ヒーローにはなれない。

 

 その事実が重く圧し掛かる。

 わかっていたことだ。

 

「……」

 

 気づけば人通りの多い商店街に来ていた。

 先ほどから爆発音がひっきりなしに響いている。

 ヒーローが活動しているのかもしれない。

 

 灯りに誘き寄せられる蛾のように、ヒーローというまばゆい存在に吸い寄せられるように、彼の足はふらふらとそこに向かっていった。

 

 その先で、彼は目撃した。

 

 緑色の粘液でできた(ヴィラン)の姿を。

 

「ヒーロー何で棒立ちィ?」

「中学生が捕まってんだと」

 

 人質がいるから炎は使えない。

 体が流動的だから捕縛系の能力は聞かない。

 周囲に燃え広がる火災の対応もしなければいけない。

 

 この状況を打開できるヒーローはいない。

 

(あんな苦しいのを耐えているのか⁉)

 

 ヘドロヴィランならオールマイトが捕縛したはずだった。だが、現実には、目の前で暴れている。中学生の人質を取りながら暴れている。

 考えられる理由は一つしかない。ヘドロを詰め込んだペットボトルを落としたのだ。

 彼ほどの人物が、何故?

 

(僕のせいだ……‼)

 

 緑谷出久は聞いていた。オールマイトの活動限界を。

 緑谷出久は知っていた。そのヘドロに取り憑かれる苦しさを。

 

 必然、至る、自罰的な思考に。

 

 自分がオールマイトの時間を奪わなければ、いやそもそも無理に飛びつかなければ。

 こうして、人質が苦しむ必要はなかった。

 

 ヒーローにはなれない。

 

 笑顔で人を助けるのがヒーローだというのなら、浮かない顔で被害を拡大させるのは真逆の行いと言えた。

 ますます、自らの、夢に対する傲慢さが浮き彫りになる。

 

 ――中三になってもまだ彼は現実が見えてないのです。

 ――本格的に将来を考えていく時期だ。

 

「……‼」

 

 爆破の衝撃で、ヘドロの一部が緑谷出久の足元に転がり込んだ。

 免許証だった。誰の? 推察するに、中学生を人質にしているヘドロヴィランのそれだ。

 

 シナプスが弾けた。

 

 おおよそ、普段であれば、到達しえない論理的な跳躍の先にある選択肢。

 

「このノートに」

 

 学生時代から逸話を残してきたトップヒーローたちの多くは話をこう結ぶ。

 考えるより先に体が動いていた。

 

 だが、緑谷出久は考えてしまった。

 考えずに行動していれば、その無謀さが、あるいは勇気が、状況を打開するきっかけを呼び込んだかもしれない。

 しかしそうはならなかった。

 考え無しな特攻の他に選択肢があったから、それを検討候補に含めてしまった。

 ヒーローらしからぬ行動だった。

 

 もし、このノートが本物だったら。

 

 ある。

 人質を助ける手段が確かに存在する。

 

 ヒーローなら絶対に取らない選択だ。

 選択肢にすら入らないお話だ。

 

 だが、緑谷出久は、ヒーローになれない。

 幼馴染が、トッププロが。

 母が、それを保証してくれた。

 周りのすべてが夢を否定した。

 

 それでも捨てきれなかったんだ。

 

「名前を書かれた人間は」

 

 困っている人を助けたい。

 あの日、オールマイトに憧れた無邪気な少年の心は、今日に至るまで連綿と受け継がれている。

 

「死ぬ」

 

 気が付けば、ノートには拾った身分証と同じ名前が記載されていた。身分証には顔写真がついていた。

 

 異変が起こったのは、名前を書き終えてからピッタリ40秒が経過した時だ。

 

「な、なんだ?」

「急に苦しみだしたぞ……⁉」

 

 ヘドロへの異形化も保てなくなった(ヴィラン)が、人間体で心臓を抑え込むようにしてその場に倒れ込む。

 (ヴィラン)の突然の奇行を前に、ヒーローたちは立ち尽くすことしかできなかった。

 否、ヒーローだけでなく、人質にされていたはずの中学生本人にすら、状況が理解できていなかった。

 外野は、地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない(ヴィラン)に視線を集中させている。

 ただ一人、緑谷出久を除いて。

 

「ひっ」

 

 いまさらになって、事の重大さが彼に圧し掛かった。

 

(し、死んだ……⁉ 本当に……⁉)

 

 ノートに視線を落とす。

 記載された名前の横に挟まれた免許証と、わけもわからず苦しむ表情で倒れ伏す(ヴィラン)の顔は同じに見えた。

 

「デク……?」

 

 呼ばれて、気が付いた。

 ずっと人質にされていたのは彼の幼馴染、爆豪勝己だったのだと。

 

 爆豪がデクと呼んだのは、「どうしてここに」とか、「余計なこと吹聴して回るんじゃねえぞ」という意味だった。

 

 だが、この場でただ一人、ただ一人だけ何が起きたかをほぼ正確に把握している緑谷出久にだけは、全く異なるニュアンスの詰問に聞こえた。

 

「違う……」

 

 すなわち、お前が殺したのか、と。

 

「違う‼」

 

 気が付けば彼は走り出していた。

 

(そんな、そんなことあるはずない……!)

 

 名前を書かれた人間が死ぬノート?

 そんなの、誰が信じるというのだろう。

 

(偶然だ、偶然に違いない!)

 

 歯を食いしばり、全力で駆ける。

 

 現実逃避。

 

 現場に居合わせたからこそ、肌で痛感した。

 このノートは本物だ。

 ヘドロヴィランの死の因果の紐は、ノートに名前を書かれたことに結びついている。

 

 だが、その事実を緑谷出久は受け入れられなかった。

 

 幼少期に無個性の判決を言い渡されてから今日に至るまで、ヒーローになれない現実から目をそらし続けてきた緑谷出久だ。

 現実から目を背けることには、他の追随を許さないほどの経験があった。

 

 だが、それでも――。

 

「うっ……」

 

 人を、殺した。

 その実感は重く圧し掛かった。

 

 息が苦しい。浅くしか呼吸ができない。

 視線を落としてのぞき込んだ手のひらは頼りなく細動し、汚く黒く染まって見えた。

 

「――ッ‼」

 

 緑谷出久は叫んだ、声にならない声で。

 

 かつてない程の暗闇の中に彼はいた。

 当然だ。

 彼が奪ったのは人の命。軽いはずがない。

 

 普通の人間は、他人の死を操る能力を前に精神が持たない。

 

 まして、今日まさに、憧れていた夢の終着点を、憧れの象徴から言い渡された多感な時期の中学生ならなおさらだ。

 

 ――そんなにヒーローに就きてんなら効率良い方法あるぜ。

 

 緑谷出久は耳を塞いだ。

 得体の知れない恐怖の怪物が、すぐそこまで忍び寄ってきている気がしたからだ。

 

 しかし、耳の奥反響する声は鳴りを潜めてくれない。

 理由は簡単。

 これが、記憶だからだ。

 

 この日、緑谷出久の通う折寺中学校では進路調査があった。そこで学年トップの爆豪と同じ、雄英高志望だと暴露された。

 思えばそれがターニングポイントだったのだろう。

 

 折寺中唯一の雄英進学者という肩書にこだわった幼馴染と衝突した。無個性のてめェがどうして俺と同じ土俵に立てるんだと激昂された。

 その果てに、言われたのだ。

 

 ――来世は『個性』が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ‼

 

「バカヤロー……」

 

 無我夢中で走った。

 どこを、どう駆けたのかも覚えていない。

 ただ、気が付けば緑谷出久は母校に足を運んでいた。

 そうすべきだと思ったからだ。

 

「ごめん、かっちゃん」

 

 緑谷出久に、爆豪の内申にケチをつけるつもりはなかった。自殺教唆だというつもりもない。

 だが、結果としてそんな悪評が立つかもしれない、とは少しだけ思った。

 

 屋上には鍵が掛かっていて立ち入れなかった。

 けれど3階校舎なら入れた。

 だから、その窓を開き、半身を乗り出し。

 

「……!」

 

 目をぎゅっと瞑った。

 情けない話でありながら、人の命を奪っておいて、自分で死ぬのは怖かった。

 ためらいが、ほんの数秒、彼の足をくぎ付けにした。

 その数秒が、その後の人生を大きく変えた。

 

「飛び降りか? オススメはしないぞ。おまえはここでは死ねない。寿命じゃないからな」

「え⁉」

 

 声のするはずのない窓の向こうから声がして、緑谷出久は驚いて目を開けた。そして更なる驚愕に襲われた。

 

「う、うわっ……」

 

 半身を乗り出していた窓の淵から転がり落ちる。もちろん、教室側に向かって、尻もちを着く形でだ。

 

「何故そんなに驚く。デス(その)ノートの落とし主、死神のリュークだ」

 

 まさしくだった。

 黒ずくめのパンクロッカーのようないでたちに、口裂け女のように頬まで裂けた分厚い唇。魚のような黄色のギョロ目に、カラスを思わせる黒い翼。

 死神という言葉がこれほど似合う人物はそういない。

 

「し、死神……⁉ それが君の『個性』なの?」

「確かに死神というのは個性的だろうが、お前らが使う『個性』とは違うな」

 

 人が『個性』で死神になっているのではない。

 死神という個性なのだと、リュークは言った。

 

「僕は、どうなりますか? こ、殺されるんですか?」

「ん? なんだそれ? 人間の作った勝手な空想(イメージ)か?」

 

 俺は、おまえに何もしない。

 死神リュークはそう言った。

 

「人間界の地に着いた時点でノートは人間界の物になる。もうおまえの物だ」

 

 リュークが爪の長く伸びた指を一本立てて、緑谷出久の右手を指した。

 そこには黒革の、一冊のノートがぎゅっと握りしめられている。

 

 緑谷出久は驚いた。

 

(こんな恐ろしいノートを、僕は大事そうに握りしめていたのか⁉)

 

 自覚するとたまらなく恐ろしくなって、つい、手放した。

 重力に従って、ノートが教室の床に背表紙からこつりと落ちる。

 

「いらなきゃ他の人間に回せ。その時は、おまえのデスノートに関する記憶だけ消させてもらう」

「そ、そんなこともできるの?」

「ああ。おまえが望むならな」

 

 緑谷出久は俯きがちに、下唇を噛んだ。

 

 ……ずっと、『個性』が欲しかった。

 

 幼馴染の爆豪勝己のような【爆破】があれば、オールマイトのような恐れ知らずの笑顔で人助けできる力があれば。

 いや、父の『火を吹く個性』か、母の『ちょっとした物を引き付ける個性』さえあれば。

 

 ヒーローを目指していると、胸を張って言えた。

 そのためのヒーロー分析ノートはもう13冊目。

 どんな個性があれば、どんな活躍ができるか。

 数えきれないくらい思いを巡らせた。

 

 ――その機会が、期せずして転がり込んできた。

 

 葛藤と懊悩で、彼の表情はくしゃくしゃに歪んでいた。

 手を伸ばせば掴めるのは人の死を操る力。

 おおよそ、ヒーローが持つにふさわしくない力。

 

 だが、手を離したとしてヒーローを目指す資格を得られるかと言えばまた別の話。

 

 夢はとっくに潰えたのだ。

 

 オールマイトのお墨付きだ。

 

 緑谷出久はヒーローになれない。

 

 夢の続きは見られない。

 

 緑谷出久に選べるのは、せいぜい、夢の終わらせ方。

 

「僕は……」

 

 死神の力を借りてヒーローの道を諦めるか、無個性として無力な一般人に埋没するか。

 道は、二つに、一つだ。

 

「僕は……っ‼」

 

 その手に、掴んだ。燃え尽きた隕石のような夢の欠片を。

 

 この日から、デスノートが絆になった。

 緑谷出久とリューク。

 両者をつなぐ、絆に。

 

 夢は、朽ち、

 悪夢が始まりを告げた。

 




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