【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
「……、お?」
あ、あれ? なんだ……?
なんか時間が飛んだみたいな感覚がある。
知らず右側に首を傾げようとして、頭が動かないことに遅れて気づく。
ていうか何かが当たってる。
そこまでしてようやく、自分が何か石造りの部屋に、転がっていると知覚した。
「――――」*1
首だけでなく体も自由が利かない。
とはいえ首が動かないのは、動かそうとした側に床があったから。
体の右側を下にして寝っ転がっているだけで、逆側には自由に動かせる。
問題は腕だ。
転がったまま目線を下ろして――もとい重力方向とは垂直に動かしてみれば、何か荒縄のようなもので両腕をぐるぐる巻きに縛られているのが見える。
「わお」
なんて思わず呟いたのは、余裕ではなくむしろ動転の証か。
いや、え……は? どういうこと? なんか……拘束されてるん、ですけど?
「…………」
思わず俺は呆然とする。いやまさか、こんなことになっているとは。
いったい俺はなぜ見知らぬ石造りの部屋に転がされているのか?
いやそれ以前、そもそもここは果たしてどこなのか?
頭を捻って考えてみるも、答えはまったく出てこなかった。
そう。記憶にある最後の光景は、宿から出て祠とやらを探しに出たところまで。
だが
宿から出て夜道を歩き、――気づけば時間が
確か、祠はすぐに見つけたような気がするのだが――。
「っ、ぐ――!?」
刺すような頭の痛みに、記憶の想起が強制中断される。
駄目だ、何も思い出すことができない。
どういう理屈か、祠に向かってから囚われるまでの記憶を完全に失ったらしい。
俺は諦めて周囲を見回してみる。
今いるのは、六畳間くらいの窓のない狭い四角い部屋だ。奥に出入口らしきものがひとつある以外は、全面を灰色の石壁が覆っており、非常に薄暗い。
光源となるのは部屋の(俺から見て)手前側の壁際に設置された木製のテーブル、その上に置かれた燭台の蝋燭の明かりだけ。
ほかに目につくものといえば――。
「――――――――」*2
部屋の真ん中で倒れている、俺と同じぐるぐる巻きの
冒険者風の装いをした、長い黒髪の男だ。
衣装と体格から男と判断したが、そこだけ切り取れば女性にも見える。
俯せで向こうを向いているため顔が見えなかったのだ。
たぶん俺と同じように捕らえられた誰か――と見るべきだろうが。
「おい、あんた。……おい、大丈夫か。起きられるか?」
ひとまず俺は小声で彼を起こそうとしてみる。
わずかにぴくりと蠢いたため、俺は彼に近づき膝で揺らしてみた。
腕は縛られて動かせなかったが、さすがに蹴るのはどうかと思ったからだ。
「ん、……んんんぁ……?」
やがて男はわずかに呻いて、のそりと身体を起こそうとする。
だが両腕を縛られていたせいだろう。上手く起きられずペチリと床に倒れ、
「あだっ!?」
「……お、っとー……」
「あっ、つぅ――ああっ、額が割れるぅ……」
ごんっと頭を打って呻く男。
「だ、大丈夫か?」
「あか……あっかん。額が割れて……大事な中身が、漏れるぅ……」
「……いや中身て」
「ぅあガンガンする……。俺の頭から引っ越すときは暴れず出てってくれよ……天才の頭脳を傷つけんな……?」
「おい落ち着け。何言ってんだ。お前の頭の中には何も住んでねえよ」
「ぉあー?」
くるり、と。そこでようやく、男の首がこちらに向く。
だが長すぎる前髪が視界を隠しており、男は何も見えていない様子で。
「……誰かおるんのけ?」
「まずその長い前髪をどかしてから訊いてくれ……」
「ん、おお? おお、おお、おお」
呻きながら、ようやく男はふらつきながらのっそり上体を起こす。
そして改めて俺の姿を確認して、それからゆっくりと自分の状態も確認すると。
「お? ああ……アロルドの
「あ……?」
まるで旧知の知人であるかのように、気さくに声をかけてきた。
見覚えはない。だが元のアロルドにこんな友人がいたとも俺には思えない。
「……あんた誰だ?」
思わず訊ねた俺に、長髪の男は怪訝な表情を見せる。
「誰って、何言ってんだよ兄ちゃん。さっき挨拶したろーが。え、忘れたん……?」
「……、いや……」
「だとするとちょっとショック。オレってそんなにキャラ薄いかねえ。……や、まあ勢いよく殴られてたもんな、兄ちゃん。俺もさっきから、頭蓋ん中で小人が暴れてんのかってくらいガンガンして仕方ねえ*3し……。お互い無事とはまだわからねえか」
どうやら彼は、この状況をある程度は理解しているようだ。
俺のことも知っているし、話し振りからしてすでに挨拶は済ませている。
ならコイツから聞けばいいだろう、と俺は口を開いた。
「悪い。宿を出てからの記憶がまったくない。気づけばこんな風に縛られてる状態で目が覚めたんだが、わかることがあるなら教えてくれないか?」
「なんじゃそりゃ、記憶がねえだ?」
俺の言葉に、長髪は呆けたような顔を見せた。
いや……まあ無理もないか。
俺もこんな短期間に、二度も記憶を失くすとは思わなかった。
「そうか、……そりゃ不安だわな、アロルドの兄ちゃんも。いいだろう! 同じ歴史好きにして被害者同士のよしみってヤツだ。オレが説明してやんよ」
長髪の男は、そう言ってニカッと人好きのする笑みを見せた。
胡散臭いロン毛に細い糸目。一見して不審者だし、二度見してもたぶん不審者ではあるだろう男だったが、その割にはだいぶ気のいい性格をしているらしい。
よく見れば割と若い男だった。今の俺よりは少し上といったくらいに思われる。
そう考えれば、俺を《
「つっても説明するこたぁ、実はあんまねえんだよな。オレがアロルドの兄ちゃんと会ったのはついさっき……いや、気絶してたからさっきかどうかもわかんねえけど、とにかくこんな風に取っ捕まる直前のことでよ」
「……そうか。まあ、そうだよな」
「いつも通りリリトの祠に行ったら兄ちゃんがいたってだけの話でな。話してみたら気が合ったからしばらく同行してたんだが、そこで妙な連中に襲われたんだよ」
「妙な連中……?」
「ま、……あの黒尽くめの格好見りゃ察しもつくがな。伊達や酔狂であの格好をするバカはいねえだろ? この世界でいちばんコエーところに目ぇつけられる*4」
黒を纏う。この世界で、それが意味する所属はひとつしかない。
「爻印教徒……。俺たちは爻印教の連中に襲われて、捕らえられたってことか?」
「ま、そうなんだろうなあ。……やべ、オレも自分で言っててなんか絶望的な気分になってきたわ。このままじゃどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねえ」
長髪の男は身震いしながら心底から嫌そうな表情になった。
まったくもって同感だ。ロクでもない混術の実験材料にされるなど勘弁だろう。
「いきなり後ろから兄ちゃんが殴られてよ。俺も驚いてる間に同じようにやられて、目が覚めたのが今ってわけだ。共有するようなことは、実はそんくらいだわな」
「……あんた、名前は?」
軽く肩を竦める男に、俺は訊ねた。
一度もう聞いたのだろうが、次は忘れたくないところだ。
「っと、そっか、忘れてんだったな。んじゃ改めて」
コホンと男は咳払いをひとつ。
もっとも、ぐるぐる巻きの状態ではまったく決まっていなかったけれど。
それでもなぜか、精いっぱい格好をつけるように。
「オレはルッツ。ルッツ=ベッカー。――天才歴史研究家だぜ!」
縛られたままの両の手で、ぐっと親指を立てて見せた。
「……いや、それはダセェよ」
「言うなよ兄ちゃん。最初んときと同じ台詞をよ」
※
「鍵かかってんな。開きゃしねえ。ま、そりゃそうだろって話だけどな」
ごんごん、と唯一の出入口を軽く蹴ってルッツが呟く。
もちろん当然ではあった。問題は、ここからどうやって逃げ出すかである。
「たぶん祠の地下だ、ここは。逃げ出すとなると少しばかり骨だぜ」
自称
「祠の地下?」
「ああ。もともと《リリトの祠》は狭い石室に壁画があるだけの小さなトコなんだがな? 天才のオレは、以前から祠に続きがあるんじゃねえかと踏んでたワケよ」
「そう……なのか?」
「ま、つっても術で調べただけだから単純な話だけどな。祠に地下の空間があるってことはわかってたんだ。しかもかなり広い。……問題は、祠全体を覆う結界だった」
滔々と、ルッツは己の見解を俺に語り聞かせてくれる。
これもすでに聞いていたのかもしれないが、彼は嫌な顔ひとつせず。
「なんせ八百年以上前の結界だ。もうほとんど神話の世界よ。三大術は歴史とともに技術的にゃ発展してきたが、規模で言うとむしろ落ちてる。
「要するに、結界を突破しない限り地下に入れない状態だった?」
「さすが話が早いね、兄ちゃん。そう、まさしく《ダンジョン》の一種さ」
この世界におけるダンジョンとは、多くの場合で《古代の術師が遺した結界》だ。
たとえば研究室。
あるいは宝物庫。
もしくは儀式場。
そういった場所に張られ、他者の侵入を拒み続けてきた結界が、年月を経ることで成長、異空間化したモノを《ダンジョン》と呼ぶ。
遥かな月日により、とうに術者の喪われた結界空間。
本来であれば消滅するはずのそれは、けれどこの星そのものと――マナと結びつくことで、通常空間とは隔絶された《別の世界》として確立するのだ。
侵入者を拒むトラップや、それを乗り越えた先で手に入る目も眩むような宝。
それらは、もともとが古代の術者の聖域であり、その場所が星のエネルギーを受け育ってしまったために成立している。
「オレの見立てじゃ、祠の地上部分にある何かの謎を解き明かすことで、結界の中に入れるはずだったが……この状況ってこたぁ、誰かが仕掛けを解いたんだろう」
「それでダンジョンの中に放置されてる、ってか? この場合、殺されずに済んでることを感謝すべきなのかね……」
「それはどうだろうな? 爻印教の連中相手じゃそうとも言い切れんぜ、実際」
「……なんでこんなことになるかね、本当」
「かかか、まったくだ! 兄ちゃんは結構強いんだろ? 油断しちまったな」
「……油断、ね……」
そう言われると思うところもあった。
いや実際、油断はしている。こうして捕まっている以上、否定できた余地はない。
でも大前提、そもそも気を張らなきゃいけなかったような
言ってみれば夜の散歩に出かけたに過ぎない。
それも旅先でだ。
確かに今の自分に敵が多く、場合によってはとんでもない修羅場に巻き込まれ得ることなら自覚している。そういう意味では警戒すべき立場だったろう。
だが、この事件は本当に
答えは否だとしか思えなかった。
俺がこのリリトの村へやって来た理由は、ミリアから王都へ招待された旅路の中継地点だったからだ。
つまりこの村で張っておくためには、俺たちが王都へ行くことと、その移動手段に獣車を用いて、ここで一泊することの両方を知っていなければいけない。
もっと言えば俺が祠にひとりで向かう――という偶然まで必要条件に入る。
いくらなんでもそんなワケあるか?
ミリア側に――つまり編纂書院に内通者でもいない限りあり得ないし、編纂書院の人間が爻印教と通じるなんて、それこそ前提条件があり得ない。
仮に俺が祠へ向かったことが好都合な偶然だとしても、その場合は宿にいる俺を、あのミリアやクラウたちの警戒を掻い潜って攫わなければならないのだ。
さすがに無理だろ。よっぽどじゃなきゃ、それは。
つまり結論。
俺たちの動向を未来予知していたとか、そういうレベルのファンタジーが介在していない限り、俺はたまたま無関係な事件に巻き込まれただけということ。
狙われていたのは俺ではなくルッツのほうだったか。
もしくは俺もルッツも、ここへ来てしまった結果論での巻き込まれ事故だったか。
なんであれ最低の不運――いや、悪運だとしか言いようがない。
「終わってらー……」
この世界の治安か、もしくは俺の運が。なんならその両方か?
まあ、どっちにしろ嘆いている時間はただの無駄だ。
油断だと認めるのは癪だったが、結果論だろうがなんだろうが窮地なのは事実。
たまたま立ち寄っただけの祠にたまたま爻印教徒がいるかもしれない。
そのバカみたいな
「オーケー、ルッツ。どうあれ話の焦点は《ここをどう脱出するか》だ。ちなみに、外からの救助とかは期待できないか?」
訊ねた俺に、ルッツは肩を竦めて。
「オレのほうは望み薄だな。ツレはいねえから誰も気づかねえよ。兄ちゃんは、確か旅の同行者がいるようなことを言ってたっけか?《ref》無論、覚えちゃいない。《ref》」
「どうだろうな……。俺が帰ってこないことに気づけば探してくれるとは思うけど、問題は場所だ。俺はリリトの祠に行くことを、誰にも伝えてこなかったから。興味があるって話はしたし、そこから想像はしてくれるかもだけど……」
「……厳しいな。結界の外から内側を探るのは難易度が高すぎる。助けを待つ場合、まず祠に結界があることに気づけるかでひとつ。気づけたとして、そこに兄ちゃんがいると思えるかでふたつ。さらに加えて、入る方法を探し出せるかで計三つ。漫然と助けを待つにゃあ、ちょいハードルが多すぎるだろ」
「そう聞くと絶望的だな……」
「最悪を考えれば、って話だけどな。望み薄だが、一度開けば開きっ放しってコトもあり得る。昨日まではなかった地下への入口が急に祠にできてたら、見た奴が異常に気づく可能性もゼロじゃないさ」
「……まあ、俺の仲間はみんな優秀だ。外でも動いてくれるとは思うけど」
やはりこちらからも脱出の方法は探るべきだろう。
俺は言った。
「どう思う? 実際、こんな縄は解こうと思えば簡単だし、扉だって、鍵なんか気にせず突き破れば済む話ではある。少なくとも、扉の外に見張りはいないっぽいしな」
「荒事に自信アリなのか、兄ちゃん? 言っとくがオレは戦闘力はねえぞ」
「心配するな。それを言うなら俺だってそんなにない」
「いや、ないのかよ。いかにもありそうな話の流れだったろい」
「ちなみに、ルッツは何ができる?」
「オレか? 言ったろ、オレは天才歴史研究家だぜ。つまり考古学者だ。古い遺跡やダンジョンの知識はそれなりにある。ただし戦闘力はねえ。――兄ちゃんは?」
「そうだな。回復術ならそれなりに得意だけど」
「……それが役に立つような事態にゃなってほしくねえな……」
「まったくだ」
かぶりを振る。どうやら現在、俺はこの世界に来て以来、最弱のパーティを組んでいるようだ。
だが、このままここに居座っているのも馬鹿らしい。となれば方針は、
「……こっそり抜け出して見つからないように最速で地上に出る。それしかない」
「結局そうなるか。いや、ほかにねえけど、賭けだよな……」
ぞっとしない様子で顔を顰めるルッツ。
気持ちはわかる。選択肢なんてこれしかないが、失敗のフォローが利かない。
見つかった時点でだいぶアウト。俺が戦うしかなくなる。
どっちに進めば出口かもわからない空間で、この条件は厳しいが……。
「ま、こうなったら一蓮托生だ。行こうぜルッツ」
「お……おう、よし。こうなったらオレも兄ちゃんに乗るぜ!」
かくして。
俺とルッツによるダンジョン脱出が始まった。