彼女が[日本ウマ娘トレーニングセンター学園]に入学し、走り抜ける。
そんなありふれた話である。
『あっ、ウマ娘だこれ』
とある社畜の二度目の生誕わずか3.2秒。
社畜……いや赤子は世界について悟る。
馬の耳がついた母が赤子の名前を呼ぶ。
「生まれてきてくれてありがとう……あなたの名前は『
赤子はこの世にただ願うしかなかった。
自分がレジワロスwなどと語られた伝説に関係がないことを…………
数年後
あった。めちゃくちゃあった。
ハイハイはできた。立つこともできた。歩くこともできる。
ただ走るのが難しい。急に重りがついたように脚が重くなる。
走ることが出来なくはないのだ。とても遅いだけである。
小走りならできる。レースに出るには遅過ぎるだけだ。
普通なら生活に大きな問題はなかった。
──普通ならだが。
全力で走れないというのはウマ娘として重大な欠陥だった。
本能は体に走れという。
理性も体に走れという。
体がそれを理解することができなかった。
走りたいという激しい欲求に耐え続けるしかなかった。
幼女が走れないと分かった時、両親は深く悲しみ謝罪を繰り返した。
『普通の子に産んであげることができなくてごめん』
まぁ、謝り続けたところで走れるようになったりはしないわけだが。
それでも走れる方法がないか藁にもすがる思いで病院へ向かう。
「筋肉量は同年代の子と比べてとても高いです。ですが、なぜか走る時だけ筋肉の収縮がとても遅いのだと思います。理由は申し訳ありませんがわかりません。神経系には問題がありませんでしたし、栄養不足というわけでもありませんでした。例えるなら、脚にロックがかかっているような状態です。脚のマッサージを毎日してみて、筋肉をほぐしてみると良いかもしれません」
それを聞き、幼女に衝撃が走る。
『どうやら自分は筋肉量は多いらしい』
そういえばものを持つのに困ったことなどなかった。
幼女は自分の脚の遅さに気を取られ、自分の筋肉量に気づいていなかったのだ。
そしてそれは、少女にとって良い知らせだった。ロックをはずせば走れるのだから。
横で両親は涙を流しているが、幼女には見えていない。
ところで話は変わるが、ポケモンのレジギガスには[スロースタート]という特性がある。
簡潔にいえば5ターンの間、動けない雑魚になる。5ターン耐えれば素晴らしい力を手にする。この5ターンとはこのウマの世界でなにに置き換わるのだろうか。
この5ターンの謎を解決することが出来たのなら自分本来のパワーを出すことができるかもしれない。普通のウマ娘と同じように走れるかもしれない。
幼女は自分についての探究を始める。
数日後、時間の問題ではなかった。
近所のちびっこレース大会で何回も試した。ずっと圧倒的にビリだった。
5秒では何も変わらない、5分経ったらレースなんて終わっている。
事前に5時間ほど体を動かしてから、レースに行ったこともある。始まるまでは脚が軽く感じていたが、レースのホイッスルがなったら元に戻った。もちろん負けた。
数週間後、脚のロックはかかったままだが、少し速くなった気がする。
ウマ娘の走りとしては到底遅いが、ジョギングぐらいのペースにはなった気がする。
なお、体力はほぼ全力で走っているように消費する。もちろん負けた。
数ヶ月後、もはや5ターンなんてものはないのではないか。
幼女は毎日脚のマッサージをした。変わらなかった。
幼女は毎日走り続けた。少し速くなったが脚の重さは変わらない。
幼女は病院にも通い続けた。原因はなにもわからない。
それでも、幼女は走り続けた。
レースで勝利した景色が見てみたかったから。
トレセン学園に入って、ウマ娘たちと交流がしてみたかったから。
たったそれだけだった。
……景色は変わらなかった。
数年後
小学生になった。学校に行けばバカにされる。当たり前だ。
ウマ娘なのに走りで人と同じくらいのスピードなのだ。
周りのウマ娘がトレセンに通いたい、G1を勝ちたいと夢を語る中、幼女は夢を語ることを許されなかった。
しかし、体育ではウマ娘として扱われる。模擬レースもあるし、ウマ娘としてかけっこで期待もされる。もちろんいきなり変わるわけがない。諦められることにもなれてしまった。教師に自分をただの人間として扱った方がいいのか問われたこともあった。
だが、それでも、走り続けた。
まだまだ遅い。
いまだに5ターンはなにかわからない。
それが諦める理由にはならかった。
とある日、初めて
今までは100mや200m、長くてもトラック一周の400mだった。
走る距離はトラック一周半、600m。
まだまだちびっ子のウマ娘たちにとって、未知の領域である。
体力は足りるだろう。コースの形が曲がりくねっているわけでもない。
たかが200m増えただけ。
謎の期待感と初めてへの好奇心を胸に、ウマ娘たちは並ぶ。
……そしてレースが始まる。
幼女は見向きもされていなかった。
幼女がようやく一周する時、もう他のウマ娘たちはゴールまで後少し。
誰からみても勝敗は明らかだ。幼女は負ける。圧倒的に負ける。
誰もがまだ走っているのかと、興味もなくす。教師すら期待していない。
そうして、幼女は
ビリッ
そうして、脚で何かがほどけた。
結論から言おう。幼女は負けた。特に惜しくもなくいつも通り負けた。
[スロースタート]の5ターンは理解することが出来た。
500mを超えた瞬間に脚のロックははずれた。はずすことができた。
まぁ脚のロックをはずせたところで本格化すらしていない中では、爆発的な速度などはなかった。もし、最初から全力で走ることが出来たのなら600mでも大差を広げて勝利していただろう。そのぐらいには速く走れた。
だが、500mを越えないと全力は出せない。そして今回、幼女が500mを越えた時他の子供はすでにゴールしている。幼女が速くなったところで仕方がないのだ。
そのうえ、100mなんてものはウマ娘ならあっという間だ。
専門的なトレーナーでない限り、細かい動きなんて考えながら追えるわけがない。
この場には、特別目の良い人などいるわけもなく誰にも子供たちの中に怪物が混ざっていたなど気づいていなかった。
ただいつものように、とある幼女が負けただけである。
幼女にとって今回負けたことなどどうでも良かった。
むしろ幸福感さえあった。
ついに自分の特性について分かったのである。
少し、景色が変わった気がした。
それから時間は経ち幼女は少女になるが、一度もレースで勝てたことはなかった。
どう足掻いても距離が足りなかったのだ。
小学生のレースで一番長かったのは800m。少女を抜いたレースに参加するウマ娘の中で最後尾に位置するウマ娘には追いつきかけた。まぁ追いつけなかったのだが。
ただし、500mの壁を超えて走る続ける方法はある。
ただ本番のレースのように近所の道路を走り続けるだけだ。
道路に制限などはない。永遠ともいえるほど、長く長く続いている。
少女は自分の体に対する負荷が大きいことなど気に留めることもなく、自分に出せる全力を出し続ける。そんな生活をしていながら、大きな怪我をすることがなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
そして、少女は気づく。自分の距離適正が
脚のロックが解除されてから、追加で800mほど走った時。
つまり合計で1300mほど走った時、少女は急激に呼吸が荒くなる。
直感で感じた。自分の限界はここだと。
……まぁ、少女が
近所の坂路を雨の日だろうと、風の日だろうと毎日全力で走り続け、その年に見合わない負荷をかけ続ける。いつしか少女の体には美しい筋肉がついてきた。
『前世でもミホノブルボンがやっていた。なら自分にできない道理はない』
そんな空想論を掲げて走り続けた結果、少女は自分の適性の壁を越えることに成功した。
そうして、少女はトレセン学園の試験を受けることになる。
自分の人生の集大成を試験での模擬レースにぶつけるのだ。
走るウマ娘の人数は9人。デビュー戦と同じである。
距離は2000m。本来であれば少女が走れない距離である。
少女は鍛え続けたバカであるため、走行は可能となっているのだが。
何か特別な出会いがあったわけでもない。粛々とレースは近づいてくる。
少女はなんの抵抗もなく、ゲートに入り自分のコンディションを整える。
……ガシャンッとゲートが開き、レースが始まる。
出だしは誰も遅れることなく進んでいく。だが一人みるみるバ群から離れていく。
もちろん、少女である。
少女は[スロースタート]をなくすことが出来たわけではない。
いまだに、彼女の脚を引っ張り続けている。
少女が300mをようやく過ぎた頃、戦闘集団は500mをとっくに過ぎている。
逃げの脚質を持つウマ娘がいなかったことで、少し遅いくらいだ。
少女の筋肉は側から見ても素晴らしいものだったので、試験官である教官たちからは落胆の声が上がる。「あそこからは流石に無理だ。見せかけだったのだろう」と。
視線は前を走るウマ娘に移る。勝てないウマ娘など見ていても仕方がないのだから。
──そして最前のウマ娘が1200mを通り過ぎたた時、5ターンが過ぎる。
ちなみに、1バ身は約2.5mとされており、約700mのこの距離は約280バ身である。
いうまでもなく超大差となる。
熱心に追いかけてなければ、観客の目には映らないだろう。
やっとロックが解除された少女はまるで飛翔するかのように、加速を始める。
まだ誰の目にも届いていない。
前は団子になって競い合っている。まるで最初から8人だったように。
お互いがお互いを牽制しあって、少しペースが遅くなっているようだ。
これは僥倖と少女は加速を続ける。少女はすでに500mをほぼ全力で走っていたわけだが、何事もなかったかのように進み続けている。
一人が気づいている。
前のウマ娘がようやく一人抜け出した。その少し小柄なウマ娘は上手く隙間を縫って、抜け出したらしい。必死な顔をして全力でゴールへ向かう。
ようやく試験官たちは全員気がついた。走るウマ娘は気づかない。
あと500mだ。このまま先頭を走り続けるだけ!
すぐ後ろにいるウマ娘が前に出なければ私の勝ちだ!
前争いに負け、消耗して下がってきていたウマ娘たちが気づく。
あと少し!もうゴールは目の前だ!
小柄なウマ娘はさらに力を込め、歯を食いしばり、ゴールへかける。
──そして、2000mを走り切った。
……そして、そのウマ娘も気づいた。
「ハァ……ハァッ……一番になれなかった……!あともう少しだったのに……」
最後誰が抜けたのか。ギリギリ過ぎて見えなかった彼女は掲示板を見る。
「…………は?」
「コヒュー……コヒュー……」
一番はレジクニヒキだった。
レース場は静まり返る。
観ていた試験官たちも、レースを走り切ったウマ娘たちも。
聴こえるのは息を整えているレジクニヒキの呼吸だけ。
誰も理解できなかった。
『なぜ、はるか後ろにいたウマ娘がレースの勝者になっている』
『なぜ、私たちはこのウマ娘に負けている』
一応レジクニヒキのことも気にかけていた教官がいた。
彼は故障をしていないか観ていただけだったのだが、訳がわからなくなってしまった。
とある地点から爆発的に上がっていく速度。今までの走りはなんだったのかと思うほどの爆発的なスピード。それは、G3程度なら余裕で取れてしまうような暴力的なスピード。
本格化などしていない少女が生み出したスピード。
到底信じられる訳がないものを見てしまった。見せつけられてしまった。
ただ一人勝利した少女は自分を見る周りに目を向けることもなく、レース場から離れていった。その少女に誰もが目を奪われていた。
文句なしの合格。それが少女宛に届いた封筒の中身である。
しかし、少女にとってそれは通過点である。
初めての勝利すら通過点である。
少女は手紙を確認次第、トレーニングに戻る。
走れる力を身につけるために。
続かないったら続かない
続きが読みいとおもってくれたなら
高評価押してそのあと自分で書いてくれ