呪術廻戦υ(ユプシロン)   作:ホシカワ

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第十二話【脱サラ呪術師】

 『労働はクソ』

 呪術界から逃げ、ただ生きる為に労働をしていた一人の男。

 呪術界という生き死にが常に存在する世界が嫌になり、平凡に生きようとした。

 しかし、生き甲斐が一切ない。

 ただ食うために働き、ただ生きる為に働く。

 虚無であった。

 だが、救いもあった。

 生きづらい人生で、何のために生きているのか分からない人生に差し込む馴染のパン屋。

 そのパン屋の女性には毎日癒しを貰っていた。

 好意を伝えるでも特別な言葉を交わすわけでもない。

 ただそのパン屋でパンを買うだけ。

 そんな小さな救いだった。

 しかし、そのパン屋の女性に低級ながらも呪霊が憑いていた。

 女性は『肩が重い』と話していて、明らかに体調が悪そうであった。

 普段なら低級呪霊を見かけても何もしない。

 自分は呪術師ではないから。

 しかし、自分のテリトリーで、更に自分の癒しの場所を奪おうとする行為は許せなかった。

 だから男は一瞬で呪霊を祓う。

 その瞬間女性はふと表情が明るくなり、元気を取り戻した。

 そして飛んできた言葉――「ありがとう」

 ただ自分の為に呪霊を祓っただけだった。

 しかし、その言葉が男の胸に沁みる。

 『やりがい』

 そんなものどうでも良いと思っていた。

 だが感謝の言葉を笑顔で貰った事で男の心中は大きく変わる。

 『人の為に』

 一級呪術師・七海建人、高専所属呪術師に復帰する――。

 

 

 

 

 「ナナミン……」

 虎杖悠仁は一級呪霊の群れを祓う単独任務を終えて高専に戻って来た。

 そして廊下で五条と会話をしている七海を発見した。

 ボソッと呟いた虎杖だったが、七海は聞こえていたのかは不明だが、虎杖を見る。

 何と声を掛けようか迷っていた虎杖だったが、五条が小さく『シッ』とジェスチャーをしたことで、理解する。

 「虎杖悠仁です」

 七海とは初対面。

 そして虎杖の事実、未来の事は伝えないという事。

 少なくとも今は――。

 五条の意図を理解し、七海へ自己紹介をする。

 「君が――。七海建人です。よろしくお願いします」

 七海の自己紹介に七海との初対面を思い出した虎杖は笑みを浮かべる。

 何故笑っているのか理解できない七海は一瞬固まるも、すぐに五条へ向き直る。

 「それで五条さん、禪院家の誰が来ると言いました?」

 去ろうとした虎杖だったが、『禪院家』というフレーズを聞き、立ち止まる。

 総監部とズブズブであり、禪院真希の生家でありながら彼女の妨害や嫌がらせなど多々行っている。

 未来では真希が禪院家を滅ぼしたことで禪院家は無くなったが、今回虎杖と五条、夜蛾の計画には五条家を除く御三家すべての救済も入っている。

 救済とは言っても全員を残すという訳ではない。

 少なくとも禪院直哉、扇、甚壱の三名は絶対粛清が必要だというのは虎杖五条の両名共に共通認識だった。

 理由は至ってシンプル。

 『害しかない』

 である。

 しかし、すべてを虎杖や五条が行うわけではない。

 それをしてしまうと真希の成長を奪ってしまう可能性があった。

 過去では真希の双子の妹、真依の死によって覚醒した真希だったが、今回は真依を死なせる事無く、修行によって何とか出来ないかと考えている虎杖と五条。

 その為にある程度の修羅場をくぐってもらう為に禪院家を利用するという事。

 しかし、禪院家の誰かが来るという事で虎杖は気になったのだ。

 

 「禪院直哉だよ。大して速くもない速さしか取り柄の無い当主の息子」

 五条は明らかにイラついていた。

 それは七海と虎杖両名が感じ取れるほどの。

 当然である。

 虎杖からしたら親しい先輩以上のものはないが、五条からしたら真希は大事な教え子である。

 虎杖も自分の教え子が真希のような扱いを受けていたらブチ切れている。

 虎杖が未来の禪院家を伝えた時も同じような怒りを見せていた。

 その結果、禪院家トップ層の粛正に思い至ったのだ。

 五条は呪詛師以外の人間を殺すことは今まで無かった。

 しかし、虎杖から未来の出来事を聞いた事で自分の甘さ、覚悟の無さを実感し、自分よりも年上、経験豊富のであるものの、本人の過去では五条の教え子だったという虎杖悠仁だけに手を汚させるわけにはいかないと覚悟を決めたのだ。

 「そして、何故私が直哉さんに対応しなければならないのですか?」

 これは偽らざる七海の本音だ。

 まさに『何で?』である。

 接点は一切ない。

 「ん? 何か高専に用があるっていうんで向こうから対応よろしくって言ってきたんだけど、僕は任務に出なきゃいけないし、あいつは学長すら見下すでしょ? でも七海は大人な対応できるだろうしって事で。あ、悠仁も一緒に対応するから大丈夫」

 何が大丈夫なんだろうか――。

 七海は心の底からそう思ったが、口には出さない。

 七海は五条を信用、信頼しているが、尊敬はしていない。

 つまり、尊敬に足る人物ではないが、絶対的に信用できる男だと思っている。

 即ち――

 「分かりました」

 諦めた。

 そして五条から直哉がやってくるのは数時間後と伝えられ、言い返したい七海だったが、飲み込んでそそくさと去っていく。

 「悠仁、まだ殺しちゃだめだからね」

 七海が去るのを見てから五条が言う。

 「うん。分かってる。それより先生、調伏の件どうだった?」

 虎杖の言葉に五条は顔を背けた。

 「やっちゃったんだ」

 虎杖は分かってたと言わんばかりの表情で言う。

 「あんなに弱いとは思ってなくて……。次は上手くやるからさ」

 五条の言葉に虎杖は頷き、挨拶を交わして七海の後を追う。

 

 

 

 「さて、虎杖君。禪院家がどういう所かご存じですか?」

 学内の休憩所に座る虎杖と七海。

 七海は唐突に聞く。

 「クソったれ」

 虎杖の即答に思わず笑みをこぼしてしまう七海だったが、それを悟らせぬように崩れてもいない眼鏡を右手で直す。

 「間違ってはいませんが、そう言った事は絶対に直哉さんの前では言わないように」

 七海の言葉に虎杖は七海の目を真っすぐに見ながら頷く。

 七海のスマホが鳴る。

 「もしもし。伊地知くんどうしました?」

 七海の電話が終わるまでその場を離れようと席を立とうとした瞬間何かが切れるような音が聞こえたような気がした。

 七海の顔はマジギレとなっていた。

 虎杖はすぐに周辺を感知しようとするが、止めた。

 感知するまでもなく『分かった』

 血の匂いだ。

 「先に行ってるよ」

 虎杖はまだ電話中の七海に一声かけて走る。

 七海は虎杖を止めようとしたが、間に合わず、伊地知からの報告を受け続ける。

 

 

 

 東京校の入り口近く、一人の女性が倒れていた。

 高専協力者の【窓】の一人だ。

 虎杖はその女性を見た事があり、先日の真人による改造人間の任務の際にも彼女の情報提供から発覚した物だった。

 そして傍らに電話をしている男性。伊地知。

 更に外側には偉そうな態度で立つ和服姿の男。

 虎杖はすぐに分かった。

 過去に一度会っていて、伏黒を殺そうとしていた男であり、虎杖の兄、脹相に破れた男。

 そして極度の男尊女卑精神を持ち、弱者には生きる価値すらないと思っていそうな男。

 禪院直哉である。

 「伊地知さん、何があったの?」

 伊地知は突然声を掛けられ、驚き、振り向くが、虎杖だと分かり、安心する。

 そして報告を受ける。

 報告を受ける間虎杖は反転術式のアウトプットによって女性を治癒する。

 伊地知からの報告によると、数時間後と思っていた直哉の訪問が前倒しになるという連絡を受けた伊地知がここ、入り口前で待っていたところ、定期報告に来ていた窓の女性の帰り際に偶然直哉もやって来た。

 そして車に乗っていた女性と送迎者に乗っている直哉でバッティングしてしまい、この出入口は狭い為にどちらかが譲らないと出られない。

 そして高専側よりも出口先である道幅の方が大きい為、直哉側の送迎者が譲ってくれると女性は思っていたようで、待っていた。

 しかし、そこで直哉が車を降り、女性を車から引きずり下ろす。

 「女は黙って男の道を譲らんかボケェ!」

 と怒鳴り散らす。

 女性は当然怒る。

 結果として女性は殴られた。

 何発も。

 伊地知が止めようにも伊地知では不可能であり、七海に助けを求めたのだ。

 「いつまでちんたらしとんねん。はよどけぇや」

 直哉は腕を胸前で組み、偉そうにそしてイライラした表情で虎杖と伊地知を見る。

 ちょうど虎杖は女性の治療を終えて伊地知に託していた。

 「女は男に道を譲れ? 何でだ?」

 虎杖は苛立ち交じりに聞く。

 「決まっとるやろ。女は男の為に存在しとんねん。男は女を守ってやっとるんや。それぐらい当然やろ? 弱者は強者に従えばええんや」

 虎杖はもう目の前の男を人間とは思えなかった。

 

「もういい。黙れ」

「は――」

 虎杖の言葉に反応する直哉だったが、反応する間もなく視界が揺れる。

 いつの間にか虎杖の右手から赤い何かが飛んできて直哉の右腕を貫いたのだ。

 そして脳が揺れ、強烈な吐き気を催す。

 「な、何や――。赤血操術……?」

 そして猛烈な吐き気に負け、盛大に吐しゃをする。

 両膝を付き、無様な姿になっている直哉の前に行く虎杖は呟く。

 「弱者は強者に従え――だっけ?」

 虎杖の言葉と見下しているような眼つきに途方もない怒りが湧く直哉だが、思考が纏まらない。

 

 

 何やこれ――。

 赤血操術を使う奴が東京におったんか?

 だが赤血操術にこんな効果が――。

 しかもこいつ呪力の起こりが全く分からんかった。

 「弱者は強者に従え――だっけ?」

 何やこいつ……。

 見下すなや!

 

 直哉は目の前の男が新たな特級であり、自分が会って『教育』してやると言っていた虎杖悠仁だとはまだ知らない……。

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