オラリオの北西、墓地の端にその場所はある。
人々はそこを、忌むべき廃墟として蔑むものもいれば、最後の希望として縋るものもいる。
『
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問――
「え、あれ実在すんのか?てっきり俺らをビビらせたいクソどもが流した噂だと…」
「実在するとして店主が死体探しにダンジョン潜ってる時点でヤベェやつ確定じゃん」
「葬儀屋だろ? 知ってる。ボロい廃教会が店だって聞いたことあるぜ」
「聞いたことあっても、どこにあるかわかってねぇじゃんお前。あそこは『呼ばれた奴』しか辿り着けねぇんだよ」
「ばっかテメぇそんな噂どこで聞いたんだよ!あれは紹介制だ!前うちの団長が世話になってた!」
「酒ばっか飲んでたから早死にしたか?」
「いやしてねーし!!!生きてるわ!!!!」
問――『
「なんだか常に鴉みたいなマスクつけてるよね。顔見たことないや」
「
「死人にばっかり執着するから、
「彼の事かい?もちろん知ってるとも。彼には感謝してもしきれない。僕たちの先人も、彼には世話になった」
「…死体を専門に扱うとは、どんな同胞だと最初は思ったものだが…今では、彼に敬意を示しているよ」
「葬儀屋?あ~あれか。深層であの死体好きの
「こわぁ…化け物じゃん。え、そんなに強いの?」
「さぁ…」
問――彼に、何を依頼したのですか?
「ダンジョンで…死んだ仲間の回収さ」
「遺体が残ってることなんてほぼないけど…それでも、きちんと遺品を見つけて、弔ってくれるの。」
「最期にそいつがどんなことを思ったのかも、教えてくれるんだ。……」
問――彼は、何のために『死者』を追うのだと思いますか?
「さあな。金にも名誉にも興味がなさそうだ」
「あそこまで執着してるんだし、何かありそうなものなんニャけどニャ〜」
「ハッ…もしかたら死んだ恋人の死体に思いを馳せたりなんたりとかがあったからなのでは…?」
「黙れよ恋愛脳」
「……昔は、あのような奴ではなかった」
「あんなことがありゃぁね。あの時代を生き残った連中でも、まともな精神を保てるわけがないだろうさね」
問――彼が「連れ戻した」ものとは、何だったのでしょう。
「…あいつらの生きた証だ」
「英雄になれなかった私たちがいたことを、残してくれるためのもの」
「私の
「あの人がいる限り、僕たちは終わりじゃない」
「あいつは――迎えにいって、見送ってくれるんだ」
「帰ってこれなくなった人たちを……」
―――――――――――――――――――
黄昏が茜色にそめた活気あふれる街を通り抜け、北西へ。いつものように帰路を辿る。だんだんと街の喧騒が遠くなり、私の足音が響くようになってきた。
買い出しついでに私たちの評判を聞いてみたはいいけれど、ますます葬儀屋…ネティについての謎が増えただけだった。
(私の
あの子を眷属に迎え入れてから随分と経った。私にとってはとっても短いものだけど、下界の子供達にとっては相当な年月。そう。そのはずなの。
なのに、私はあの子についていまだに知らないことが多い。ほかの神や人間に対してよりかは心を開いてくれているのだけど…。
そんなことを考えていたら、気づかぬうちにぶすくれていたのだろうか。通行人に笑われてしまい、はっと我に返った。
いけない。私は冥府の女主人、エレシュキガル。これでも一応は神なんだよ?しゃんとしなさい、私!
通りを抜けて、整然と並んだ墓石に囲まれる道をゆったりと歩く。
ここで眠っているのは、ネティ自ら見送った、この都市で散っていった多くの人たちだ。
あれは帰って来られなかった冒険者の。この墓は繁華街の、笑顔が素敵だった
木々のざわめきが、さながらここに眠る死者たちのささやきのように聞こえてくる。
彼らの葬儀を取り仕切り、残された人々を見送る毎日。それが、十年。たった十年で、この墓地も随分と手狭になった。過ぎ去った時と、露と消えていった彼らの膨大さには驚愕させられる。
ただ、還るべき場所へと。淡々と。でも丁寧に、そんな人々を送り届けてきた彼の背中を、私はすぐ隣で眺め続けてきた。
ふぅ。と息をつく。
「……少し、寒くなってきたなぁ」
墓地の最奥。廃教会の尖塔が木々の隙間から見える。
私たちの家――『
ギィィィと重たいさび付いたような音を立てながら教会の扉が開く。すると目に入るのは外観のわりに小奇麗な聖堂だ。
常に赤字だから外壁などはまだ直せていないけれども、内装やステンドグラスはきれいに作り直したのだ。色とりどりの光が聖堂内に落ちて、神秘的な空間を作り出している。
「…おかえり」
相も変わらず不愛想な、感情のこもっていない声が真正面からした。
声の主は、黒い蓬髪、そこから覗く
この男こそ、葬儀屋――ネティだ。
どうやら武器の手入れをしていたようで、玄関まで迎えに来てくれたはいいものの愛用の鎌を持ったままだ。
「ただいま。そんなに急がなくてもいいのに。ほら、突っ立ってないであっち座って。鎌そこに置きなさい?あと家では
彼は不満そう——実際には顔が見えないので憶測だが——に武器を長椅子に立てかけ、しぶしぶと
「お客さんもいないんだし、普段から外していればいいのに…」
私はため息をつきながら彼のもとへ歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
目の下のクマが濃くなっている。夜更かししたのだろうか。ついでに肌も乾燥しているようだ。私が言わないといつもこうなんだから…。
そう思いながらじぃっと彼の顔を見つめていると、居心地悪そうにこちらを見ているネティと目が合った。
「…………あまり、見ないで……」
「あっ、ごめんなさい。なんだかやつれてるような気がして、つい見入っちゃっただけ」
「それより、何回も言ってるけど家ではそれ絶対外しなさい。人目が気になるなら外だけでいいから。私が顔色見てないと、いつかあなた過労で倒れるよ!」
それを聞いて、彼はバツが悪そうな顔をしながら、そっぽを向いてうなずいた。
その様子がなんだかいじけた子犬のように見えてしまって、つい笑ってしまった。
「っふふ…じゃあそろそろ夕食時だね。準備するよ!ぼーっとしてないで! ほら、手伝いなさい!」
「…わかった」
教会の奥。布で隠された隠し扉の向こうに私たちの部屋がある。
キッチンに立ち、慣れた手つきで鍋に火をかける。横でネティが野菜を切っているのを見て、出会ったときと比べたらずいぶんと成長したものだと謎に感動してしまった。
トントン、コトコトという小気味いい調理の音が部屋の中に響く。
こんなにいい子なのに。
そんなことを考えているうちに、今日聞いた彼の町での評価が頭をよぎった。
外で鴉だの死体漁りだの死体愛好家だの、あられもない偏見で好き勝手なうわさを流されていると思うと胸の奥がもやっとする。
むろんきちんと評価してくれる子もいるのだが、大衆のほとんどが「不気味だ」、「気持ち悪い」、などという意見を持っていることを知ってしまった今、何も思うところがないということはない。
私の眷属になってから、彼はずっと死というものと孤独に向き合い続けてきた。顔色一つ変えずに。
そう。あの子は、感謝されても、罵倒されても、何一つ相手にしないのだ。ずっと、何かに取り憑かれたかのように、死者を見送ることしか考えていない…。
何かできることがあればいいのだけれど…そもそも、この子は今の状況をどう思っているのだろう。
「……様。エレシュキガル様」
唐突に、思考の海に沈んでいた意識が現実に戻される。
「うぇぁ!!?な、なにかあった!?」
「…スープが吹きこぼれてる」
…またやってしまった。慌てて火を止め、あふれたスープを布でふく。
「うぅぅ…」思わずうめき声が漏れる。情けない。神である私がこれでは、どちらが保護者なのか分かったものじゃない。
ネティの困惑する視線に射抜かれる。今度は私が居心地悪くなってしまった。
少々トラブルはあったものの、あたたかな湯気が立つ夕食を前に席に着く。質素な野菜のスープとパン。本当はもう少し豪華にしたいところだけれど、この子はまったく利益にこだわらないから……。
「「いただきます」」
いつも通り、二人きりの食事が始まる。カチャカチャと、小さく食器の触れる音が鳴る。
口数の少ない食卓。変わらない日常。
でも、いつもなら心地いいはずの静寂が、今日は私を苛んでいた。胸の奥につっかえていた言葉を、どうしても飲み込むことができなかった。
「……ねぇ、ネティ。貴方は本当にこのままでいいの?」
「……なぜ、いきなり?」
スープを口に運ぶ手を止めて彼が言った。
困惑するのも無理はない。私だって唐突にこんなことを言われたら相手の正気を疑う。でも、これだけは言わないといけない気がした。
「今日、街で貴方の…葬儀屋の評判を耳にしたの」
「知っての通り、貴方のことを気味が悪いって言ったり、死体漁りだとかって馬鹿にしてる人もいた。でもそれだけじゃなくて、救われた、貴方のおかげで帰って来られる人がいるって感謝してる子もいた」
彼はこちらを見つめたまま何も言わない。その底の見えないペリドットの瞳は、こちらの心の内を見透かそうとしているようだった。
「……貴方は、そういう評判を聞いても眉ひとつ動かさない。何も言わない。届く前に、消え去っている……私には、あなたが幸せとか、そういうものを受け取ることを拒否してるように見えるの」
「ただずっと、死者の人生を拾い集めて、つなぎ合わせて。残したものや、最後の言葉を遺族に伝えて。そのすべてを、生き様を記録し続けてる」
「遺族の人たちは、貴方が覚えていてくれるから、貴方が送り出してくれたから、光のほうへ……前を向いて歩いて行っている」
私は彼の目を覗き込む。
「でも、貴方はどうなの?」
ネティは何も答えない。
「貴方は誰かの人生の『終わり』を見送ってばかりで…貴方の自身の、貴方の人生の『今』を見失っているんじゃないの?」
「…僕は…」
わずかに唇が動く。しかし、すぐに口をつぐんでしまった。
「貴方は、私と出会ったあの時から、本当は一歩も進めていないんじゃないの?」
沈黙が互いの間に広がる。言ってしまった。
「…この仕事を否定しているわけじゃないの。でも、貴方自身の物語が、貴方のために作られていないのが、少し悲しくて。」
「だからと言っては何だけど、貴方にやってみてほしいことがあるの」
「……なにを?」
私は食卓の隅に置いていた一冊の本——日記帳を彼の前に差し出した。
まだ何も書かれていない、始まっていない、穢れを知らない白紙が広がる本。
彼はいつもと変わらない表情のままそれを受け取る。
私には、それがまるで、何も知らない無垢な子供のように見えてしょうがなかった。
「今日から毎日、その日あったこと、話したこと、印象に残ったことすべて。それに書き出してみて。」
それを受けて、彼は怪訝そうに——表情は変わっていないが——こちらを見て言った。
「……僕が見送った人のことは、全部覚えてる。……記録は、いらないはず」
「違う」
私は彼の返答を力強く否定した。彼は話の意図が理解できないとでも言いたいかのようにこちらを見つめ続けている。
「記録するのは、
「貴方がその日、誰とかかわって、何を思い、何をしたのか。何に心動かされて、何をしたいと考えたのか。それを、書き留めていてほしい」
「きっと、いつの日かその意味が分かるようになる」
彼のぼさぼさの黒い髪をやさしく撫でる。彼がぎゅっと、日記を抱きしめるのが見えた。
今後、この子はどのように変わっていくのだろう。
彼の行く先がどうか幸せであるように。と、私は祈るのだった。
春 〇月〇日 (△)曜日 天気 曇り
エレシュキガル様の命により、日記を書くことになった。
書くべきことはその日起きた出来事、会話内容、自分が思ったこと、感じたことだ。
これに従い、本日起きたことについて記録していく。
朝 墓地の掃除。ロキ様との会話。
以前送り出した団員について。
特筆すべきことはなし。
昼 エレシュキガル様が買い出しに行った。ギルドへの定期報告。
ロイマンが以前よりも太っていた。
ダンジョン上層で遺体探索。探索の成果はなし。
途中で駆け出しらしき白髪の少年と接触。あの調子ではすぐに死ぬだろう。
夜 教会内の掃除。武器の手入れ。エレシュキガル様が帰宅。覆面についての小言。
夕食の調理時にスープを吹きこぼしていた。
夕食時のエレシュキガル様との会話。自分の評判について。
彼女によると、自分は今を見失っているらしい。
日記を渡された。
総括 変わりない日常だった。