「なんだ、ここ」
そこにいるのは、五条との戦闘で敗北し左半身の大部分を失ったはずの男___甚爾。
あの戦闘がなかったものかのように甚爾の受けた損傷はさっぱりなく、なくなったはずの左腕が戻っていた。
その強面には似つかわしくないほど平和で間延びした空間が広がっていた。
ふと、視界の端で鮮やかなピンク玉が動いた。甚爾がついさっき前に戦った呪骸もどき。
ぼくカービィ。きみのなまえは?
なんて言って笑うので、思わず口から流れるように返答が出てきた。
「…伏黒、甚爾」
とーじ。よろしくね!
「ここは…いいところだな」
ね。おひさまはぽかぽかで、ごはんはおいしくて、おひるねにぴったりだよ。
「俺、死んだよな」
己の何故か存在している左手を見つめて呟いた。
脳裏をちらつくのは五条の放った茈による死の記憶。朧げな頭を動かして五条に遺言を伝えたはず。
しかしながら今、この呆れ返るほど平和な空間で穏やかに息をして、能天気そうなピンク玉と会話をした。
あ、そうだ。おなかすいてない?これどーぞ。
カービィがそう言ってどこから取り出したのかわからないが、みょうちくりんなM印の大きなトマトを差し出した。
「これ直に食うのか。なんかついてるし」
すっごくおいしいよ。りょうりするのもいいけどね。そのままがいちばんおいしいよ。
「ふうん」
甚爾初めての体験、デカいトマト直食い。
プチトマトや切られたトマトは食べたことがあるが、そのままなのは初めてだ。
リンゴを丸齧りするように大きく口を開け、大胆にも半分ほどを口の中に入れていく。
顎を閉じて口に広がる果汁の味を楽しんだ。
甚爾は想像以上に美味しかったので思わず眉を上げた。
一方カービィは、元々用意していたM印トマトを一口で食べた。
ほど良い酸味を噛み締めながら、残したもう半分を口に放り込んで咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
元気が湧いてくるような感覚。
「…うまいな」
珍妙な見た目の割になかなかどうして、うまい。そのギャップも相まって満足感が高い。
にっこりと笑ってこくこく頷くカービィ。
でしょ。ぼくのだいこうぶつなんだ。
「ここはお前の生得領域か?」
知らない言葉だったのでこてんと首___はないので頭を傾げてキョトンとした。
生得領域。術師も非術師も、誰もが持つとされるいわば心の中の世界。心象風景を具現化した空間。
この空間もそれに近しいものだ。
無限の力を持つカービィは
「あー、心の中みたいなもんか?」
高専側にいるにしては呪術の知識が乏しいんだな、と思いつつ甚爾は分かりやすく言い直した。
たぶん。そんなきがするよ。
カービィは言い淀むこともなく平然と言ってのけた。分からないから適当に言っているだけなのか、感覚で理解しているのかはよく分からない。
「随分適当だな」
えへへ。
「褒めてねぇよ」
なぜか照れくさそうに頭をぽりぽり掻くので甚爾は一蹴した。
優しい春の風が吹いて、太陽を隠していた雲がゆっくりと動いていく。
甚爾の目線はピンク玉から、先程から遠くで日向ぼっこして遊んでいるセーラー服の少女とメイド服の女性に移った。
楽しそうに笑い合って何かを話している。
「…あの星漿体とメイドはなんでここにいる。メイドはともかく星漿体は殺したはずだ」
ふたりともとーじにやられちゃってふっかつちゅう。
とーじもさとるにたおされたからね。ぼくのこころのなかでやすんでるんだ。
このピンク玉が言うことはよくわからない。
やられるとか倒されるってなんだ。
甚爾は訝しんだ。
カービィの中での生き死にというのはどうにも曖昧だ。
死ぬ殺すという概念を知らないのか。
もうぼくのともだちをきずつけたりしない?
表情は変わらないものの、その吸い込まれるような青い瞳が甚爾を掴んで離さない。
「さあな……今は何もする気が起きねぇ」
甚爾はカービィの視線から目を逸らして青の空をぼんやりと見つめた。
じゃあ、ともだちだね!
「は?」
甚爾はぽかんとして、思わずカービィに逸らした目を向けた。またもや意味のわからないことを言う。
「カービィ!…そっちのは…」
天内がこちらに気付いて走ってくるが、甚爾を認識した途端足を止めた。
黒井も天内を追ってくるが警戒を強めて甚爾を睨む。
襲撃してきた術師殺し。
天内も黒井も直接危害を加えられた時の記憶はないが、襲撃してきた時のことは覚えている。
ぼくのともだち。とーじだよ。
カービィはあっけらかんとそう言った。
「えっ、友達?」
「五条様を刺した術師では…」
もうわるいことしないって。まあ、わるいことしようとしたらぼくが
二人とも間の抜けた表情でカービィと甚爾を交互に見た。甚爾はどこか気まずそうにしている。
けれどもカービィはそんなのお構いなし。
そうだ、みんなでごはんにしよう。
カービィが思いついたように言うと、どこから出てきたのか分からないリンゴみたいに赤いベレー帽を身につけて、いつの間にかキャンパスの目の前に立っていた。
コピー能力「アーティスト」
筆と絵の具を扱い、彫刻をも行う芸術家の能力。筆や彫刻で物理的攻撃をする他、キャンパスに描いたものを具現化する。アドレーヌの能力から着想を得て一発系コピー能力「ペイント」を進化させた能力である。
なぜコピー元無しでアーティストの能力を顕現させたか?
……カービィの心の中なのだから、なんでもアリなのだろう。
カービィは絵を描き始めた。
迷いはなく大胆。そして凄まじい速度で絵の全体像が浮き上がっていく。そして細部の描き込み。
一つ目の絵は、木でできた机。
二つ目の絵は、ピンク色を大きく使い、四角い輪郭が特徴的。
そうそれはまさしく___冷蔵庫のカービィ。
コピー能力ミックスのアイススパークの姿である。
二つの絵は具現化し、ぽすんと地に着いた。
アイススパークの性能とは、ズバリ。食料をぶちまけることだ。
パカっとピンクの扉が開いて中から食べ物が弾かれるように出てくる。
カレーやらステーキやら親子丼やらポトフやら……何故か冷蔵庫に入っていたはずなのにホカホカの状態で出てくるのである。謎である。
いくつか食べ物を吐き出した後、すぐさまアイススパークはぽんと煙を立ててその姿を消した。
みんな、好きなものどーぞ!
「すごい…!おいしそう…私ポトフ!」
「私は親子丼を…」
「俺はステーキ」
ぼくはかれーにしよっかな
各々が料理に手を伸ばして卓についた。
いただきます。と声を揃えて早速料理を食べ始めた。
やはり美味しくて、何より元気になる。
食べるのでほぼ無言。
カービィが友人だと言うものの天内を殺しにきていた殺し屋相手に気を許すなんてことも出来ず、天内も黒井もどこか身体を固まらせている。
けれども暖かな料理のおかげでほんのすこし、余裕が生まれる。
「あの、カービィ様」
黒井の声に、カービィはぱくりぱくりと忙しなく銀色のスプーンを動かして食べる手を止めて、顔を上げた。
どうしたの?
「私達はこれからどうなってしまうのでしょうか」
それは不安の声だった。
異常な事態に黒井は不安を感じていたのだ。
天内も黒井も、そして甚爾も。肉体は死に至り、魂だけが独立した状態にある。
普通であれば肉体が死ねば魂は輪廻の輪に入る。
だが、そこにフレンズハート___もといカービィという異物が介入したことでその理は歪められ、三人の魂はカービィの生得領域もどきに留まっている。
いずれカービィがフレンズヘルパーとして現世で呼び出すことも可能になるだろう。今はまだ不安定なのだ。
いつかここからでるときがくるよ。
いまはやすんで、そのときにそなえよう。
ふわっとしていて具体性に欠ける言葉。
だけれどもどこか安心して身を任せられるような、頼れる声色だ。
「…はい!」
黒井は頷いてお米をかきこんだ。
わ、もうそろそろむこうにいかないと。
カービィがカレーを食べ終わったそのとき、時間は来ていた。天内のときと同じようにカービィの身体は薄くなっていた。
「もういっちまうのか?」
うん。でもすぐにまたくるよ。
「カービィ、またね」
光の粒子となって消えゆくカービィに天内は軽く手を振って、送った。
うん、またね!
カービィはそれに笑顔で応えて、三人に大きく手を振った。