モルガン陛下が最初のバーサーカーになったマスターの末路 作:湿度100モルパーセント
あの人にもう一度だけ会いたい、と。
跳ねた雨粒の音で消されるくらいの、掠れた声で願う。
そんなこと、叶うわけがないのに。
最初に覚えている記憶は、彼に助けてもらったことだった。
当時の私は反乱を起こして民を救う『救世主』として予言され、そして傍目から見ても明らかな殺意が向けられた。
それを退治して、舞い上がって、本当に反乱できちゃうんじゃないかと期待して。村から出て、都会で同じことをやり続けて。
そして、それ以上の悪意で踏みにじられた。
大好きな人達は皆殺されて、奴隷としてオークションに出品される日だった。あの日も確か、何も考えられなかったんだっけ。
ガチャガチャと鎖のなる音で引きずられていることに気づき、血に染まった手足の感覚が戻ってくる。
『さあさあさあ、ご覧ください!こちらが昨日まで世間を騒がせた予言の少女!我らが繁栄を邪魔された仕返しを思う存分するもよし、女として使い潰して媚びさせるのも一興!』
下卑た笑い声が反響して、薄汚い欲望が私の目へと跳ね返る。
『皆様のようなご貴族様ならば今挙げた内容よりも素晴らしい発想の数々が浮かんでいることでしょう!最初は一億から!』
桁だけが大きく上がる音。殺されるのか、慰め者ににされるのか。
いずれにしても、私は碌な運命にはならないんだろうな、なんて考えていた。
「…なんで、お前が」
後ろから驚かれたような声。単なる用心棒なのか、それとも他の人に気づかれていないだけなのか。もう、どうでもよかった。
ホールの声は益々怒号と悲鳴まがいの阿鼻叫喚の地獄絵図となってきている。眼の前の人がどくのも時間の問題だろう。
「…速く逃げろよ。こんくらい、簡単だろ?」
知ったような口ぶりでイライラしてくる。私ができることを知っている口調。
疲れた、と小さく呟く。助けてほしいわけじゃないし、私には希望がなかった。
「…はぁ。随分な言い分だな」
言い返す前に、カンカンカンとけたたましい鐘の音が耳元に届く。もう売られるのだ。
「…少し目を瞑ってろ。逃がしてやる」
音が止まった。目を瞑ったあと、小さな湖に沈んでいるような気がした。
静かな水色に浸されてぼーっとしていると、小さく揺らされて現実に引き戻される。
「起きろ。終わったぞ」
引き起こされて見た彼は、私の知らない人間だった。
硬くなった黒髪に防具として守ることすらできないボロボロの服装。手に持った鎌が血塗れなのは後ろに広がる惨状を見れば明らかだった。
私を見つめる瞳だけが違う。どこか柔らかく、暖かくて─それでいて、どこに分類するべきなのかわからない。
「理不尽からは俺が守る。テメェは自分のことだけ考えてろ」
ぶっきらほうに投げられたのは綺麗になった私の服だ。強く掴まれたのを外したときのシワすら治っているし、もしかしたら彼が一から作ったのかもしれない。
いそいそと袖を通し、彼のほうに向きなおる。律儀に顔をそらしていたのだろうか、反応が少し遅れている。
「救世主に対しての依頼だが……合流しようとしたら手間が増えた」
どうしたいの、とは聞けない。知らない魔術を使いこなす彼に逆らう術なんて私には思いつきもしなかった。
「……俺は名前なんて問われても答えるつもりはない。目的はテメェを外に連れ出すことだけだ」
反抗することもなく、彼に引き上げられる。見ている時から思ったが、とんでもなく逞しい。
「……十二歳のガキがあーだこーだと遠慮すんじゃねぇよ」
そう言ってまた音が吸い込まれるような感覚がする。今度はさっきの場所より小さく、深い。
(ありがとう、って言わなきゃ)
声が出ないけど、そう思っておくことにした。泡が弾けるように現実へと引き戻され、彼の背中が遠ざかる。
「ついて来い。救世主の雛が」
私は彼の後ろを歩いて外に出た。攫われた場所まで彼に連れられると、全滅していることが理解できてしまった。
むせかえる血の匂いと共に即席で作られた石の墓。ソレラを振り払うように彼は焚き火を作ると、私へと話しかけた。
「勘違いすんなよ。俺は依頼を受けたからには必ずやり遂げるだけだ」
安全な場所だけを選ぶための地図は、何度も何度も赤い線と注釈らしき小さな文字が綴られていた。
「行きたい場所を示せ。それくらいの知識はあるんだろう?」
これなに、と私は指で示す。
「この塔……いや、文字のほうか……?」
彼は一瞬だけ悩んで、それから教えてくれた。
「この際だ、一般的な教養もお前に教える。もしお前が全てできるようになったらそこに連れていってやる」
甘いのか厳しいのかわからない言葉。それは私が知ることもできないし、疑う必要がない。
ありがとう、と感謝を伝える。
「るせぇ。こんな一銭にもならねえ行動なんだから好き勝手やるに決まってんだろ」
忌々しそうに吐き捨て、彼はフードを強くかぶる。手に強く力が入っている─顔を隠すつもりが強いのだろうか。
「救世主、ねぇ」
どうでもよさそうに呟くと、持っていた鎌を手のなかに消して私を抱きとめる。
「否定はしないが先に俺の依頼をこなす。文句を言うなよ」
ゆっくりと彼は歩き出す。彼に揺らされるのが心地よくて、私はゆっくりと眠りについた。
……旅の途中、『私』は彼にたくさんのことを教えてもらった。
金の扱い方。人を見抜く方法。適切な言葉の使い方。効率的な逃げ方。万が一の護身術。文字の読み方と書き方。ありとあらゆる武器の使い方。
全てが私の知らないもので、教わる時にたくさんの迷惑をかけた。ミスを笑うことはせず、全部真剣に向き合ってくれた彼。
「なぜ間違えたを大切にしろ。思考の癖を明確にしろ」
自らの過去について多くは語らない彼のことを、もっと知りたかった。彼の知らないことを私が教えてみたかった。
はっきり言えば……、私はその人に恋をしていたのだ。
そんな悶々とした思いを抱えながらも、彼と旅をして半年が経ったある日。
「……お前が行きたかったところに行こうか」
鎌の手入れが終わった彼の言葉は、少しだけ柔らかい。自分のやることがわかっているかのような、覚悟を決めた人特有の声。
私はあなたについていくだけ、と彼に囁く。
「最近そうやって近づくよな。絡みつく近づき方はやめとけ、勘違いして余計なトラブルを招く」
むぅ、と口を尖らせて抗議する。あからさまに庇護対象であることは事実だった。
「家に帰るわけじゃないんだからそんなに期待すんじゃねぇ……」
彼に背負われることのなくなった以上、このままいると説教になるだろうと思う。
名残惜しいけど絡みついた手を離していく─でも、今ならある程度はなんでもできそうな気分だ。
「寝ろ。寝てる間に終わらせてやる」
そう言って彼の指から魔力が広がり、私を深い湖へと落としていく。普段から慣れた感覚に驚くことはなく、私は静かに意識まで落とした。
「……起きろ」
声を出そうとして、その前に眼の前の光景に心が踊らされる。煌めく綺麗な線が浮かんでは消え、浮かんではまた消える。何度も何度も繰り返す軌跡には同じものがどこにもない。
「ここは流星群の見れる場所だ。昔に作った塔だからボロくて悪かったな」
地面には私が横たえられても痛くないように上等なベッドがそのまま置かれていて、彼の優しさが詰まっていた。
ふふ、と思わず笑みが零れる。暗い夜空に虹がかかる。
「……これで契約は終わりだ。好きに生きろ、救世主」
彼の悲しい一言がなければ最高だったのに。私は完全に信頼しきった彼に背中を預ける。
私を雇ってください、と。
「うるせえ。ここを拠点にしていいのは俺一人だけだ。ガキのお守りなんかこれ以上する意味はねえ」
最後のワガママだからいいでしょ、とぶっきらぼうに言い切る。私にとっては彼の隣が唯一の居場所に等しかった。
(ずっと一緒にいてほしい、なんて重いことは言えないから)
私の思いが伝わったのかどうなのかはわからないけど、彼が強いため息をついた。
そしてその後、彼はあり得ない一言を吐いた。唐突な言葉過ぎた。
「流石に無理か……お前だけ逃げろ」
と、彼に言われた気がする。
吐き捨てるように放った言葉に、ひどく傷ついた気がして。
何か返事をした。子供がするような、事実の見えていない反発。
「……うるさい。黙って従え」
彼は静かに苦笑して、頭をポンと撫でてくれた。どこもおかしなことはない単なるスキンシップ。
それなのに私は、酷く満たされたような気分になる。
例えば、地獄が終わって安らかに眠れるときのような。
例えば、誰よりも望んでいたものを手に入れたような。
その感覚が不思議で、うれしくて、また問いかける。この不釣り合いな真実から目をそらすようにして。
「…聴いて後悔しないって約束してくれるなら、な」
迷わずに首を縦に振る。その時の私はどんなことよりも彼と一緒にいる時間を大切にしていた。
声を聴く。頷く。
理解せずともできることで、彼の言葉と混ざる矢の音を聞いていく。
「…だから、本当は逃げてほしい」
どこが、と端正な横顔に問いかける。彼の話を聴いて尚も私にはおかしいところがわからなかった。
この時、止まっていれば知らなくてすんだのに。
私には、止まれることができなかった。
「とりあえずここで死なせてもらう」
そう言った彼の言葉を飲み込むことができず、息を吐き出す。慌てて吸い戻した息もまた吐き出してしまう。
嘘。彼が、彼が死ににいく?認められない真実から目を背けるために、壊れた声を投げかけた。
今ここにあなたはいる、と。わざわざ死ぬ必要はない、と。
「それは違う」
柔らかな声で、はっきりとした拒絶の声。
「俺は契約に従う傭兵だ。俺が殺される出来事に巻き込まれた以上、関係のない人間を逃がす義務がある」
嘘だ。そう叫びたくなった瞬間に向かってきた矢を彼は弾き飛ばす。
旅をしていて彼が狙われることなんてなかった。そんな出来事になるなら、私のせいでしかない。
「速く逃げろ。この塔の上から三つ目の窓から俺の家に……いや、そんな猶予はないか」
慌てることのない彼が、命令だけを飛ばす。混じってくるガチャガチャと不快な音。
「……投げるぞ」
途端に抱きしめられ、そのまま投げられる。力のあまりに激突する─なんてことはなく、彼が優しく投げてくれた。
「さぁ、どこへでも行け!」
突き放され、世界から乖離されるあの湖の中に沈んでいく。彼の微笑みが離れていく。
待って、とも言えなかった。
一緒に死なせて、も言えなかった。
世界は理不尽だ。
……私から、大切なものだけを奪っていく。
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