【11月11日 午前1時過ぎ】
「美甘井燈二の情報を出せ」
八幡の低くしゃがれた声が、ひどく静まり返った旧市民会館のホールに落ちた。その声には、自分自身の疲労や痛みすらも焼き尽くすほどの、冷たく固い殺意が込められていた。
牧野は傍らで息を呑み、ランタンの灯りに照らされた八幡の横顔を硬い表情で見つめている。
『りょーかいっしょ!』
この血みどろで陰惨な地獄にはおよそ似つかわしくない、空気を読まないコガネの軽薄な電子音が虚空に響く。
直後、八幡の目の前に半透明のディスプレイがパッと浮かび上がり、無機質な明朝体のテキストが冷ややかに羅列された。
美甘井燈二
得点 127点
ルール追加回数 0回
滞留結界 愛知コロニー
その表示を見た瞬間、八幡の呼吸がピタリと止まった。
薄暗い空間に、ランタンの燃料が微かに爆ぜる音だけが響く。八幡は、目の前に突きつけられたその数字の羅列から、一切目を離すことができなかった。
最初に視界に飛び込んできたのは、当然のごとく『127』という三桁の数字である。
つい数分前、八幡は自分の名前の横に表示された『35』という数字を見て、ひどい吐き気と自己嫌悪に苛まれていた。人を七人殺して得た三十五点。他人の命を奪った事実がゲームのスコアのように換算されることへの恐怖と、それを冷静に受け止めてしまっている自分自身の人間性の欠落に対する恐怖。
だが、その目の前に、今度は『127』という暴力的なまでの質量を持った数字が平然と置かれている。
「……百、二十七?」
八幡の口から、乾ききった呟きが漏れた。いつもの皮肉や自虐的な軽口すら、今の彼の脳髄からは一文字も湧き出てこない。ただ、その巨大な数字の圧に思考が押し潰されそうになっていた。
牧野もまた、ディスプレイを見つめたまま顔を険しく強張らせ、沈黙を守っている。
その沈黙の中、八幡のひねくれた、しかし状況を論理的に分析する脳の領域が、ゆっくりと稼働し始めた。
死滅回游のルールの説明を思い出す。他泳者の命を絶つことで得られるポイント。
術師を殺せば五点。非術師――つまり一般人を殺せば一点だ。
「……待て」
八幡は、ディスプレイの数字を射抜くように目を細め、低い声で言った。
「どうしました?」
「こいつの点、五で割れねえ」
牧野がハッとして息を吸い込む音が聞こえた。
百二十七という数字は、術師を殺害した際に得られる五点だけでは絶対に構成できない数字だ。つまり、美甘井燈二は術師の泳者だけを相手に戦ってこのポイントを稼いだわけではない。一般人、すなわち非術師の泳者を一方的に殺害した得点が、この百二十七点の中には確実に、そして濃密に混ざっているのだ。
しかも、現時点の死滅回游において「ポイントを譲渡する」という総則(ルール)はまだ追加されていない。ということは、この百二十七点という数字は、紛れもなく美甘井燈二自身がこの結界内で直接手を下した殺戮の記録そのものだ。
「……最低でも、二十七人か」
八幡は、吐き気を堪えるように奥歯を噛み締めながら計算した。一人から取れる最大得点は術師の五点だ。百二十七点を最も少ない殺害人数で構成しようとすれば、術師二十五人を殺して百二十五点。そこに非術師二人を殺して二点。合計で二十七人の命を奪っていることになる。
「ええ。得点の内訳まではこの情報からは分かりませんから、実際には……ただの一般人をもっと多く、無差別に殺している可能性があります」
牧野の声もまた、底知れぬ悪意を前にして重く沈んでいた。
八幡は、自分の手のひらを見つめた。三十五点。これでも俺は、人間を辞め始めていると本気で恐怖したのだ。だが、あの気色悪い男は、その何倍もの人間を、一般人を含めて虫けらのように殺している。
こんな理不尽な数字を見せつけられて、「俺より悪い奴がいるんだから、俺はまだ人間だ」などという都合の良い自己正当化ができるほど、八幡の精神は甘くはできていない。むしろ、その数字の暴力性が、八幡の心にさらなる暗い疑問を突き立てていた。