【11月11日 午前1時過ぎ】
百二十七点。最低でも二十七人の命。
その事実を前にして、八幡は自らの内側に渦巻く矛盾に引き裂かれそうになっていた。
自分は三十五点。燈二は百二十七点。だったら、百二十七点になったら人間は完全に怪物になるのか。それとも百点なら怪物なのか。五十点なら? 三十五点の俺はまだ人間の側にいるとでも言うのか。
そんな数字による線引きに、何の意味もないことは八幡自身が一番よく分かっている。
人の命は足し算や引き算で測れるような安いものではない。
燈二と自分の違いが「何人殺したか」という数の違いだけではないことも、理解しているつもりだった。
美甘井燈二は、人が絶望し、壊れていく姿を芸術品でも見るかのようにうっとりと鑑賞し、楽しむ男だ。
あの千葉のモールで、小町が血を吐いて倒れた時に見せたあの恍惚とした顔。あれは、人間の顔ではなかった。
対して自分は、まだ人を殺すことに安堵してしまう自分自身を恐れている。
その恐怖があるうちは人間なのだと、先ほど牧野に言われたばかりだ。
でも――。
じゃあ俺は、あと何人殺せば、あいつのような怪物になってしまう?
小町を救うまでの過程で、俺の手が血に染まることに完全に慣れきってしまった時、俺は本当に小町の元へ「兄」として帰れるのか。
『考えなくなった時が、本当に戻れなくなる時だと私は思います』
牧野の言葉が、八幡の脳裏に微かな警告として蘇る。考え続けろ。自分が何者であるかを。
「……比企谷くん」
八幡が自己嫌悪の底なし沼に沈みかけていた時、牧野がひどく強張った声で八幡を現実に引き戻した。
「なんだ」
「ルール追加回数を見てください」
言われて、八幡は再びディスプレイに視線を戻した。
ルール追加回数、0回。
その無機質な『0』という文字を見た瞬間、八幡の背筋に、百二十七点という数字を見た時よりもさらに気味の悪い、這いずるような悪寒が走った。
死滅回游において、総則を追加するためには百点が必要だ。美甘井燈二はすでに百二十七点を保有している。つまり、少なくとも一度は自分の好きなようにルールを追加できるだけのポイントを集めきっているのだ。
それなのに、あの男はただの一度もその権利を行使していない。
「ルール追加ができるってことを、知らなかったとかか?」
「……あの美甘井燈二がですか?」
牧野の反問に、八幡も小さく首を横に振った。あり得ない。あいつは受肉した過去の術師だ。この呪術のルールやシステムについて、俺なんかよりもよほど深く理解しているはずだ。
「……追加する必要が、なかったんでしょうね」
牧野が、暗い水底から石を引き上げるように、ゆっくりと結論を口にした。
「普通の泳者なら、自分が生き残りたい、ここから逃げ出したい、あるいは自分に有利な条件が欲しいと考えて、百点貯まればすぐにゲームのルールを変えようとするはずです。ですが、彼にはそれがない」
その言葉の意味を理解し、八幡の胃の腑が気持ち悪くせり上がった。
美甘井燈二にとって、この愛知コロニーという結界は、死と隣り合わせの恐ろしい牢獄などではないのだ。
弱い人間が勝手に閉じ込められ、外へ逃げることもできず、ただ自分の極上の獲物になるのを待っているだけの、都合の良い『狩場』。
だから燈二は、わざわざポイントを消費してまでこのゲームのルールを変える必要性を感じなかったのだ。
「……ここが、居心地がいいってことかよ」
「おそらく。彼にとっては、ここは自らの美意識を満たすための最高の環境なのでしょう」
「反吐が出るな」
八幡は、吐き捨てるように呟いた。
百二十七点という殺戮の数字よりも、この『0回』という不作為の数字の方が、美甘井燈二という人間の底知れぬ異常性と、他者の命を完全に玩具としてしか見ていない邪悪な人格を雄弁に物語っていた。