とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第116話 伊本家の食卓

 オフに入って数日後、伊本さんから連絡が来た。

 

[伊本当:翼君、よかったら家に遊びにこない? 西遊記のメンバーも呼ぼうと思って。うちの子たちも会いたがってるし]

 

 断る理由もなかった。

 当日、伊本さんの家は世田谷にある一戸建てだった。

 門を入ると、玄関前で伊本さんが待っていた。

 

「よく来てくれたね! さあさあ、上がって上がって」

 

 リビングに通されると、すでに朝香が座っていた。

 

「早いな」

「少し前に着いたの」

 

 朝香は慣れた様子でソファに腰かけている。

 ルナはというと、エプロンをつけたまま台所の方から出てきた。

 

「香奈さん、これ次どうしますー?」

「あら、ルナちゃん。そこに置いといて。あとは私がやるから」

「これくらいやらせてくださいよー」

 

 伊本さんの奥さんである女優の清良香奈さんが、苦笑しながらルナに何かを渡している。

 ルナはそのまま自然に動き続けた。

 さりげなく皿を並べ、料理を確認し、また香奈さんに声をかける。

 邪魔をしているわけでもなく、出しゃばっているわけでもない。

 ただ必要なことを先に動いてやっていた。

 

「あの子、昔からああいう子なのよ」

 

 隣に座っている朝香が小声で言った。

 

「来客側が手伝ったら気を遣うでしょうに」

「手伝うのはいいことだろ」

 

 俺がそう言うと、朝香は目を細めた。

 

「何もしないのも気遣いよ」

 

 そこへ、廊下から足音が近づいてきた。

 勢いよくリビングの扉が開く。

 

「お父さん、朝香ちゃん来た!?」

 

 飛び込んできたのは、垂れ目の女の子だった。

 朝香を見た瞬間、ぴたりと止まった。

 

「……朝香、ちゃん?」

「はじめまして。羽田朝香です。今日は伊本さんのご厚意でお邪魔させてもらっています」

 

 朝香が立ち上がって、まっすぐに視線を合わせて笑顔を浮かべる。

 仕事の笑顔とは違う、柔らかい笑顔だった。

 

「育美。固まってるよ」

 

 後ろから追いかけてきた男の子が、育美ちゃんの肩を小突く。

 

「っ、だって、だって……!」

「だってじゃないっしょ。ちゃんと挨拶しな」

 

 育美ちゃんはパタパタと服の裾を整えてから、深々と頭を下げた。

 

「は、はじめまして! 伊本育美です! 朝香ちゃんのファンです! ずっとドラマ見てます! 三蔵法師、最高でした!」

 

 一息で言い切った。

 朝香が少し目を丸くして、それから噴き出した。

 

「ありがとう。そんなに一気に言わなくても聞こえてるわ」

「すみませんっ」

「謝らなくていいの。嬉しいから」

 

 朝香はそう言って、もう一度笑った。

 育美ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。

 男の子の方はというと、朝香よりも俺の方を気にしているようだった。

 

「ほ、本物の孫悟空だ……!」

「こほん……おう、てめぇが八戒さんの倅か。話は聞いてるぜ」

 

 一次的に悟空を下して笑ってみせる。

 西遊記の撮影が終わってからも、演技の調子は毎日確認している。

 きちんと身体の反応によって感情が引き出されるようになっているため、こうしたちょっとした演技で副作用が出ることはまずなくなった。

 

「う、うわぁ……孫悟空だ……」

 

 小声で繰り返して、じりじりと近づいてくる。

 

「は、はじめまして、伊本勘助です!」

「伽須翼だ。よろしくな、勘助君」

 

 ネットの評判でわかっていたことだが、俺の演じた孫悟空は小学生男子と二十代から四十代までの女性の間でかなり人気らしい。

 カプ厨論争も巻き起こっているらしく、俺の芝居の結果が話題になって嬉しい限りだった。

 自己紹介をしていると、香奈さんが台所から顔を出した。

 

「みんな、もうすぐできるから座っておいてね。ルナちゃん、お皿お願いできる?」

「はーい」

 

 ルナが慣れた手つきで皿を運んでいく。

 それから食卓を囲んで、料理が並んだ。

 香奈さんの手料理は品数が多かった。

 煮物、焼き物、揚げ物。どれも丁寧な仕事だった。

 

『いただきます』

 

 声が揃うと、場がほぐれた。

 

「うんまっ、えっ、何これうんま!?」

「もう大袈裟よ、翼君」

 

 俺はあまりのうまさに目が開きっぱなしになっていた。

 

「完全に味覚が戻ったみたいね……いいことだけど」

 

 そんな俺を横目に朝香は何とも言えない表情をしていた。

 

「香奈さん、この唐揚げマジで最高ですー!」

「ありがと。みんなの口に合うかわからなかったから安心したわ」

「〝愛my♡エプロン〟で九十点台叩き出してた人が何言ってるんですか」

 

 香奈さんは料理番組でのメシウマ枠としても有名だった。ガチ恋も多かったようで、伊本さんが結婚した当時はかなりファン界隈が荒れたらしい。

 

「はっはっは、本当に自慢の妻だよ」

「もう当さんったら……!」

 

 豪快に笑う伊本さんに対して、香奈さんは恥ずかしそうに笑っていた。

 

「いいなぁ……」

 

 ふと、朝香がそんなことを呟いて遠い目をしているのが目に入った。

 円満な夫婦を見て羨ましがるなんて感情が朝香にあったとは意外である。

 

「ハッ!?」

 

 俺の視線に気づいた朝香は、慌てたように手をバタつかせる。

 

「ち、違うからね。一家団欒っていいなって思っただけだから!」

 

「<●> <●>」

 

 慌てて弁明をする朝香は可愛かったが、その後ろからすごい形相で俺を睨んでくるルナが怖かった。

 今日はナチュラルメイク気味だから、目つきの悪さが強調されてより一層圧がある。

 

「朝香さんのおうちは一家団欒じゃないの?」

「あっ、コラ、勘助」

 

 勘助君の疑問に、香奈さんが慌てる。

 香奈さんも芸能界で生きてきた人だ。

 子役出身の家族関係が良好じゃない可能性があることは認識しているのだろう。

 

「大丈夫です。うちはクリエイター気質というか、個人主義な人が多いってだけですから」

「そういえば、朝香って小説家とコスプレイヤーのハーフだったな」

「悪魔と人間のハーフみたいに言わないで」

「ぶふっ……ごめんなさい!」

 

 俺と朝香のやりとりがツボに入ったのか、ルナが水を拭き出していた。

 

「あらら、ルナちゃん。大丈夫?」

「す、すみません……」

 

 そんなルナに、香奈さんはタオルを持ってきて濡れたところを拭いてあげていた。

 食卓には笑い声が絶えなかった。

 誰かが喋り、誰かが笑い、誰かが相槌を打つ。

 

 当たり前すぎて気にも留めないような光景だった。

 俺にとっては、そのどれもが手の届かない場所にあったものだ。

 

「朝香。俺、芸能界に戻ってきてよかったわ」

「そ。それが聞けたのなら、十分よ」

 

 だからこそ思う。

 今この時間は、きっと何よりも幸せなのだと。

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