伊本さんの家を出たのは、夜の八時を過ぎた頃だった。
住宅街の静かな夜気の中、三人で並んで歩き出した。
街灯が等間隔に並んで、足元を照らしている。
「三人でこうして歩いてて大丈夫なのか。目立つだろ」
俺がそう言うと、朝香は少し考えてから答えた。
「むしろ、プラスよ。西遊記のキャスト三人が仲良く歩いてる。それだけで話題になるわ。隠れてこそこそするより、堂々としてた方が印象がいいの」
「……計算してんな」
「当然でしょ。芸能人が三人いれば、どこを歩いても仕事になるの」
どこまでも思考が芸能人な朝香に、ルナが隣で苦笑する。
「朝ちゃんは本当にそういうとこ抜かりないよねー」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
しばらく、三人で歩いた。
夜風が思ったより冷たくて、朝香がカーディガンの前を合わせる。
「ルナ、最近どうなんだ」
俺が聞くと、ルナは少し間を置いた。
「んー、まあ、大変だよー」
「グループのこと?」
「朱代が抜けてからメンバーの士気を保つのがねー。ライブツアーも控えてるし、走り回ってる感じー」
飄々とした口調だったが、疲れが溜まっていることは明白だった。
「ファンは離れてないのか」
「コアなファンは残ってくれてるよー。新規が取りにくくなってて、そこが課題かなー」
「今度のライブ、いつなんだ」
「年末くらいかなー。ドーム公演」
ルナはスマホを取り出して日程を確認する。
「忙しいのに今日来てくれたんだな」
「伊本さんに誘われたら断れないじゃんー。あと、みんなの顔見たかったしー」
さらっと言ったが、本音だろう。
ルナが先を歩き始めたタイミングで、朝香が少しだけ声を落とした。
「今日みたいなのが、普通なのかしら」
問いかけというより、独り言に近い声だった。
「今日みたいなのって、どういう意味だ?」
「伊本さんの家……家族団欒、みたいな?」
朝香は前を向いたまま、言葉を選ぶように続ける。
「食卓に全員が揃って、誰かが笑ったら全員が笑って。話が途切れても気まずくならなくて……ああいうのが、普通なの?」
「そういう家庭は多いと思うけどな」
俺は、そういう普通の家庭とは程遠くなってしまったけどな。
「あたしの家はそうじゃなかった。食卓に全員が揃うこと自体が少なかったし、揃ったとしても話題はだいたい仕事の話だったわ」
「ご両親は仕事以外の話はしないのか?」
「そうね。基本的にあたしの仕事の話をよく聞いてくれたわ」
「仕事の話してたのお前かよ」
授業参観の話を聞いたときも思ったが、朝香のご両親は割と不憫だな……。
「普通って何なのかしらね」
ルナが少し先で振り返った。
「二人とも、なんの話してるのー?」
「なんでもない」
さらりと誤魔化そうとする朝香をじっと見てから、ルナは何も言わずに前へ向き直った。
「そうだ、ルナ。ライブ、みんなで行っていい?」
「えっ、ライブ?」
「伊本さんも誘って。西遊記メンバーで行くのはどう?」
朝香の言葉に、ルナが目を丸くした。
「朝ちゃんが自分から言い出すなんて珍しー」
「悪い?」
「悪くないよー。むしろ、嬉しいよー」
「じゃあ、決まりね」
「関係者席に呼べるかマネさんに聞いてみるねー」
ルナが苦笑しながらも、どこか嬉しそうにスマホを操作し始める。
その様子を見て、朝香は満足そうに前を向いた。
さっきまでの疲れた顔が、どこかに消えていた。
「翼も来るわよね」
「もちろん」
「決まりね」
朝香が小さく頷く。
街灯の下で、三人の影が並んで伸びていた。