食事会を終えた帰り道。
俺は朝香を送るため駅までの道を歩いていた。
「それにしても、川越さんはどうしたのかしら?」
「なんか嫌なことでも思い出したんじゃないのか」
「うぐっ……」
どうやら心当たりがあったらしい。
「思いをないがしろにしたとか言ってたけど、何があったんだ」
俺の記憶では、朝香と萌絵はそこまで会話をしていた記憶はない。
朝香が忙しいということもあったが、萌絵自身が俺たちのように朝香が稽古場にいるときに絡みに行っていた印象がないのだ。
「そのぉ……」
非常にバツが悪そうな様子で、朝香は両手の人差し指をつんつんと突き合わせる。
「川越さんって、どうやら、あたしに憧れて劇団に入ったみたいでね。初めて会ったときにいろいろ、ほら、ね?」
「まあ、大体予想はつくけども」
あの当時の朝香は既に冷血無慈悲の演技マシーンだった。
初手告白というイカレムーブをした俺と違って、萌絵は普通にその憧れを口にしたのだろう。
だが、羽田朝香という女優は自分を超えようとしない者に対して優しく接したりなどはしない。
「ちなみに、どんな初対面だったんだ?」
「えっと――」
『私、朝香ちゃんに憧れて……朝香ちゃんみたいに……なりたくて』
『無理よ。憧れてる時点で超えられないもの。浮ついた気持ちで芝居をするなら邪魔よ』
「――みたいな感じ……」
「人の心ぉ」
そういうところが好きになった俺も、あまり人のことは言えないが。
「いや、だからこそ謝ろうと思ったんじゃない!」
「それで、あの蟹状態か……過去のトラウマでも呼び起こされたのか?」
だとしたら、相当ショックだったのだろう。
「……過去の自分をぶん殴りたい」
「反省はするとして、別に気にしすぎなくていいんじゃないか?」
朝香は厳しい弱肉強食の世界へ一足先に足を踏み入れた。
その経験を元に出た言葉であって、内容も間違っているわけではない。
事実。生半可な覚悟で足を踏み入れた子役はすぐに去っていく。
「萌絵には覚悟があった。そして、研鑽を怠らなかったからこうして声優って道で花開いた。それに朝香の言葉が無関係だったとは思えない」
「だと、いいけど……」
「初手のコミュニケーションとして最悪だっただけなんだ。芝居以外のことは最近マシになってきたとこなんだし、そんなに気に病むなって」
「うぅ……最近、翼が容赦ない」
俺の言葉に朝香は涙目になっていた。
なんというか、新鮮なリアクションである。
あんまり普通の女の子っぽいリアクションをされると、可愛くて反応に困るのだが。
「まあ、謝るのがダメなら芝居で返せばいいんじゃないか」
「芝居で?」
「萌絵はお前のこと、ずっと目標にしてきたんだ。演技でのぶつかり合いなら大歓迎だろ」
朝香は考え込むような顔をしてから、小さく頷いた。
「翼がそう言うなら、そうなんでしょうね」
「なんだよそれ、俺への信頼度高すぎだろ」
「事実を言ってるだけよ」
澄まし顔でそう返してくる朝香に、俺はまた笑ってしまう。
「その、まあ……ありがと」
「どういたしまして」
街灯の下を通り過ぎるたびに、朝香の耳が赤くなっているのが見えた気がしたが、確かめる前に本人がすたすたと先へ進んでしまう。
「待てって、そんな急がなくても電車まだあるだろ」
「うるさいわね! 寒いから早歩きしてるだけよ!」
だから、そういう可愛いリアクションされると反応に困るんだって。