クリスマスデートから帰宅して、風呂も済ませ、そろそろ寝ようかというタイミングだった。
スマホが鳴った。
画面には斎藤ルナと表示されていた。
こんな時間に、しかも電話とは珍しい。
「もしもし」
通話ボタンを押すと、ビデオ通話の画面になっている。
次の瞬間、視界いっぱいにルナの目が広がった。
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「うおっ」
スマホをカメラに極限まで近づけたまま、ルナが真顔でガンを飛ばしてくる。
あまりの圧に、俺は思わずスマホを放り投げてしまった。
床に落ちたスマホから、ルナの声が聞こえてくる。
『……人のドームライブにかこつけてクリスマスデートとはいい御身分だねー』
「……それは、なんというか、すまん」
拾い上げると、画面の中のルナはようやく通常の距離感に戻っていた。
背景から察するに、自宅の部屋らしい。
「てか、天下のトップアイドル様が男にすっぴん見せていいのかよ」
『まー、翼君は仲間だからねー』
「いろいろな意味でな」
西遊記としての仲間、同じ芝居の道を行く仲間、同じ人を好きになった仲間。
仲間であり、負けたくない相手でもあるわけだ。
「心臓に悪いから、ガンギマリの目を見せるのは勘弁してくれ」
『あっははー、人の晴れ舞台をデートの踏み台にした罰だよー』
悪びれもせず笑うルナに、俺はため息をついた。
「で、何の用だ。まさか文句を言うためだけに電話してきたわけじゃないだろ」
俺の言葉に、ルナの表情がふっと落ち着いたものに変わった。
『うん。ちょっと、萌絵ちゃんのことが気になっててさー』
「萌絵が?」
対談収録後の打ち上げのときのことを思い出す。
朝香が謝った瞬間、妙な呻き声をあげて固まっていた萌絵の姿が脳裏をよぎる。
『あの子、私たちと同じで劇団クロッカスで特にしごかれた組でしょー?』
「しごかれたってか、自分から追い込んでただけだと思うけど」
『そうとも言うねー……いや、別に私が気にすることでもないんだけどさー』
ルナは前置きするように、言葉を濁した。
『前にやった番組の収録のときとか、あの子がやってるラジオの声とか聞いたら、ちょっと元気なさそうだったからさー。まー、表向きには取り繕えていたけどねー』
萌絵はラジオ番組を持っていて、毎週浜松町にあるスタジオで収録している。
ラジオのときはコアなファンように、いつものオタク口調でやっているようだ。
『だから、何かあったんだろうなーとは思ってて』
ルナはそこで一度言葉を切った。
画面の中で、ベッドに寝転がったのか、天井らしきものが映り込む。
「……昔から演技には人一倍こだわってた子だった気はするんだよねー。稽古場でも、翼君によく稽古つけてもらってたじゃーん?」
言われて、記憶の奥から何かが引っかかった。
「……そういえば、あったな。朝香を打倒するための練習台として相手になっててくれたわ」
『あの子にとって朝ちゃんがどういう存在だったのかは、たぶん翼君の方が近くで見てたんじゃなーい』
思い返せば、あの頃の俺は朝香を超えるために必死だった。
そして、いつも隅っこで稽古していた萌絵は、星井鳴だった頃のルナと同様、共に稽古をした仲だ。
ルナが割と早めに芝居の道からいなくなってしまっため、萌絵と稽古する頻度も上がっていった。
「よくよく考えてみれば、仮想敵としての朝香みたいな芝居ができるってヤバイよな……」
『言っとくけど、純粋な演技力で言えば萌絵ちゃんって、当時は私や翼君より上だったかんねー……仕事の量となると話は別だけど』
「俺は歌で当たっちゃったからなぁ……」
その点、萌絵はそういうイロモノ系の仕事はあまりやっていなかったように思える。
『今の萌絵ちゃんは声優になって本領発揮してるよねー』
現在、声優として活動している萌絵の芝居は、少年の声も、大人びた女性の声も、あどけない少女も、自在に演じ分けていた。
「体を持たない分、性別も体格も種族も関係なく、純粋に演技力だけで勝負できる場所を見つけたってとこか」
『純粋ねー……』
俺の言葉に、ルナは眉間にシワを寄せる。
『翼君はあの子の気持ちを一番わかってあげられるはずだから、たまには気にかけてあげてねー』
「なんだよ、急に」
『私は疎遠になりすぎて関わろうとしても、心のATフィールド張られそうだからさー』
画面の向こうで、ルナが小さく笑った。
『じゃ、おやすみー。メリークリスマシタ!』
通話が切れると、時刻は既に零時を回っていた。
萌絵の気持ちを俺が一番わかってあげられる、か。
あいつは一体、何に苦しんでいるのだろうか?