ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
ヒューはそれから三日後に退院した。
ハティたちが見舞った翌日には足の骨が生え、残りの入院期間はヒューいわく「トロールのしょんべんみたいな味」の骨の増強剤を服用しつつ、リハビリをしなければならなかった。ハティは毎日、甲斐甲斐しく医務室に通ってはクリスマス休暇前に教授たちが山のように課題を手伝った。
「スネイプの忘却薬のレポートはこの魔法生物学の図鑑と、”古典ギリシア神話に学ぶ薬草図鑑”を見るといいわよ。忘却薬で重要な材料の一つがネペンテスの花なの。この薬草図鑑は、ネペンテスの花のことが詳しく書いてあるから……」
「課題多すぎない? 俺、これからマクゴナガルの罰則があるんだぜ。勘弁してくれよ」
うんざりしたように、ヒューは呪文学のぶ厚い茶色い本をシーツの上に投げ出した。
呪文学のフリットウィック教授はレイブンクローの寮監なので、療養中のヒューに対してレポートの提出は遅れてもよい。と寛容を示したが、他の教授はそうでもなかった。特にスネイプは他の
マクゴナガルはまず一年生のヒューに大人数で呪いを浴びせたスリザリンの上級生に怒り狂い、そして拳で応戦したヒューに対しても「野蛮極まりない」と難色を示した。勿論、スリザリンの上級生に対してはすぐさま罰則が下されたが、ヒューに対しても措置は同様であった。
「罰則って、何をするわけ?」
「それこそ、ネペンテスの花を摘みにいくんだって。スプラウト教授と真夜中に黒い湖に行かなきゃいけないらしい。なんでだよ」
「この本によれば、夜明け前のわずかな時間だけ花弁が透明になるんですって。その瞬間の花じゃないと、薬の材料としては薬効がないみたい」
「げっ! じゃあ、早起き決定じゃん! 最悪だわ」
ハティは渋い顔で唸るヒューをじっと眺めて思案した。
元はと言えば、ヤックスリーを殴る原因となったのはハティを襲った犯人を調べるためだ。相手が実力の拮抗する魔法使いならば、ヒューとて暴力で訴える必要などなかった。もっと言えば、ハティ自身がヤックスリーに立ち向かうべきだったのだ。
「ネペンテスの花には興味あるけど、ヒューが罰則を食らうのは正直納得いかない。わたし、マクゴナガルに罰則を取り消すよう頼んでくる」
ヒューは眉宇を顰めてハティを見た。
「お前が? やめとけよ。あいつ、取りつく島もないよ。俺が何を言ったって、殴った俺にも非があるって一歩も譲らなかったんだぜ」
「わたしは一応グリフィンドールの生徒なんだよ。
「あの石頭がはいそうですかって納得してくれると思えないけどな」
ヒューの呟きは後に現実となった。
事と次第を話したハティに対して、マクゴナガルはきゅっと唇を引き結ぶと眦を吊り上げてこう言い放った。
「罰則を取り下げることはしません。わたくしは入学時に暴力行為はもっての他だと説明した筈です。どんな理由があったにせよ、それを破った者に示す寛容さはありませんよ」
「でも、ヒューがヤックスリーを殴ったのはわたしのせいなんです! ヤックスリーがわたしに呪いをかけた挙句、マートラップを仕掛けたから!」
「なんですって? あなたに呪いをかけた?」
マクゴナガルは怪訝に眉宇を顰め、鸚鵡返しに訊ねた。「それはどういうことです、ポッター。何故、ヤックスリーが貴方を害する必要があるのです?」
鋭い問いにハティは沈黙した。事の始まりはパンジーとの決闘事件にあるが、そのことをマクゴナガルに話せばハティがグリフィンドールにあるまじき卑劣な生徒だとマクゴナガルに知られてしまう。それは何故だかすごく嫌だった。暫くの間、頭を働かせ別の理由を探したハティは意を決して打ち明けた。
「それは、ヤックスリーがデスイーターの息子だからです。わたしは、彼等にとって例のあの人の仇ですし。現にスリザリン戦でも箒が暴走して、振り落とされそうになりました! 図書館でマートラップに襲われたのも、わたしだけです。あのマートラップはデスイーターが使っていたものだって言うじゃないですか」
「ポッター」
ハティの訴えにマクゴナガルは深々と溜息をついた。
こちらを見下ろす眼鏡の向こうの瞳には、いつの間にか失望の色が浮かんでいた。
「わたくしは確かにダイアゴン横丁で貴方に警戒するようにと言いました。ですが、そのような被害妄想を抱かせる為に申したのではありません。貴方が誰かに雑音を吹き込まれて軽率な行動を起こしてほしくないから、教えたのです。それにヤックスリーはデスイーターの息子ではありません。彼のお父さまの無罪は、ウィゼンガモット法廷で証明されています」
「でも、みんなはヤックスリーの親がデスイーターだって……」
「噂に過ぎません。そう言った雑音に惑わされない判断力を貴方は身に着けなければなりませんよ、ポッター。それと、あまり自分を特別な人間だと思わぬことです。貴方の年頃にはよくあることですが」
迂遠にヒロイン症候群に陥っていると指摘され、ハティは羞恥で顔が熱くなった。
まるで、頬を叩かれたかのような衝撃だった。マクゴナガルならば、ハティのことを信じてくれると思ったのに。そんな失望と落胆がハティの中に浮かんだ。
ハティはマクゴナガルの顔が見れなくなり、俯いて拳を強く握りしめた。どうして信じてくれないの、そんな思いが強く込み上げてきてマクゴナガルに憤りすら覚える。マクゴナガルへの反抗心からハティが黙り込んでいると、やんわりと諭すようにマクゴナガルは続けた。
「ダンブルドアが総長を務めるホグワーツで貴方が危険な目に遭うことはありえません。貴方はもう少し、現実に目を向けるべきです。今の話は一応、生徒の相談として受け止めておきます。マートラップの件は深刻な問題ですから、魔法省の魔法生物規制管理部の方針で当面の間、生徒の郵便物も検査が入ります。余計なことは考えず、もっと友人と遊んで、勉学に励みなさい」
マクゴナガルのその言葉に、頭のどこかでぶちっと何かが千切れる音がした。それはハティの忍耐だったり、良い子であろうという願望だったのかもしれない。いずれにせよ、気付いた時には憤然と顔をあげてハティはマクゴナガルを睨みつけていた。
「わたしは、友達と遊んで、勉強だって頑張ってます! ちゃんと勉強だってしています! なのに、わたしが悲劇のヒロインのようにふるまっているかのような物言いはやめてください!」
「ポッター!」
マクゴナガルは瞠目し、思わずと言った様子で叫んだ。
ハティが反抗するとは思いもしなかったに違いない。この瞬間、マクゴナガルの中でのハティが良い子だというイメージは崩れ去ったのだろうという確信があったが構わなかった。ハティは毅然と顔を上げて言い募った。
「わたし、自分のことを特別だと思ったことなんて一度もありません。本当にわたしが特別な子だったら、みんなわたしを好きになるはずだし、ホグワーツの勉強だってこんなに苦労する筈がないもの! だけど、この学校に入って、全然楽しくないことばっかり。スリザリンの女の子には陰口を叩かれるし、散々呪いだってかけられた! 挙句の果てにはデスイーターが使っていたマートラップに襲われるなんて、これでも悲劇のヒロインぶってるって思うんですか!? もういいです、教授と話すことなんて何もありません!」
「ポッター!」
今度はハティを叱責するようにマクゴナガルが声をあげた。しかし、教授が二の句を継ぐ前にハティは踵を返してマクゴナガルのもとから走り去った。
マクゴナガルの宣言通り、生徒の郵便物に検査が入る様になりハティは暫くかりそめの平和を味わっていた。あれ以来、マクゴナガルとは話をしていない。マクゴナガルが物言いたげな視線をハティに投げかけることはあるが、声をかけられる前にマクゴナガルの視界から逃げているし、講義でも積極的に発言をしなくなった。
教授に反抗をした時は、あれほど恐れを知らぬ物言いをしたというのに今になってハティは子どものように喚きたてたことを後悔していた。きっと、感情的で扱いにくい子どもだと思われたに違いない。ハティがマクゴナガルの立場ならば、そのような生徒、寮監でなければ関わり合いになりたくない。
失望されただろうな、と思いながらハティはぽっかりと胸にあいた喪失感を埋めるように勉強とヤックスリーにかける呪いを調べることに没頭した。
そのヤックスリーはハティの周辺に強力な呪い返しの使い手がいることを恐れてか、ヤックスリーは金輪際、呪いという手段をとることは辞めたようだ。その代わりが、魔法生物という手段だったので、それさえ持ち込みを禁止されてからは図書館で危険な魔法生物に襲われることもなくなった。
ところが、クリスマスも目前に迫りハティの元に届いたプレゼントはぬるま湯に長い間つかっていたかのようにぼんやりしていたハティに冷や水を浴びせることとなった。
朝食の席でハティの元に届いた郵便物は茶色の包みに覆われていた。見慣れぬ二匹の梟に運ばれてきた包みは、恭しくハティの手元にごとっと重々しい音をたてて落とされた。
「また、ふくろう通販で頼んだ商品?」
スクランブルエッグから顔をあげて、眠気眼のロニーがぼんやりと包みを見た。
クリスマス前なので、友人たちに送るプレゼントを少しずつふくろう通人で購入していた。先日はハーミスやプリシラに贈る本が届いたし、まだヒューにフィルやロニー宛てのプレゼントが届く予定である。
そのどれかだろう。と思いながら、ハティは「たぶんね」とロニーに告げてびりびりと包装をといた。中身は小さな鉢植えだった。リエルは植物が好きなので、彼女宛てにハティは”キュテレイアの薔薇”を贈るつもりだった。その薔薇が届いたのだろう、とハティが鉢植えを検分しているとテーブルを挟んでトーストを食べていたネヴィルと目が合った。
ネヴィルはなぜかハティの手元にある鉢植えを凝視していた。そして、みるみるうちにその顔は恐怖で凍り付いた。
「どうしたの、ネヴィル」
「悪魔の罠だ!」
「えっ?」
「その鉢植えだよ。この前、スプラウト教授が授業で話してたでしょ? 一年生が扱うには危険な魔法植物だって。僕、先生に特別に見せてもらったからわかるんだ。ひらひら花に似てるけど、悪魔の罠は蔓が黒いのが特徴なんだよ!」
「いや、これはクリスマスプレゼント用に買った薔薇の筈なんだけど……」
「そうだよ。ネヴィルの見間違いじゃない? ハティが悪魔の罠なんて買うわけないじゃん。ところで悪魔の罠って何?」
ロニーは胡乱な目でネヴィルを見やり、そしてハティを擁護した。
ネヴィルはグリフィンドールの同窓生の中で、もっぱら劣等生の称号を欲しいままにしている。ゆっくりと各自のペースで授業がすすめられる薬草学に関しては、ネヴィルは肩の力を抜いて受講できているが、それ以外では魔法を暴発させたり、鍋に穴を開けたりと惨憺たる有様である。そんなわけだから、ロニーの中でネヴィルへの信用は底辺であった。
ネヴィルはロニーの言葉に気圧されたように肩をすくめて、口を噤んだ。ハティは彼が可哀想になって、鉢植えの観察をしながら「確かに、蔓が黒いな」と呟いた。
「悪魔の罠はエロ漫画で出て来そうな触手だよ。殺傷力が高くて、ヒラヒラ花と間違えて持って帰った魔法使いが絞殺される事案があるってこの前、スプラウト教授が言ってたかな? 暗いところと湿気が好きなの……」
「そ、そうでしょ? ひらひら花と似てるでしょ?」
「うん、確かに……スプラウト教授に見せた方がいいかな」
丁度、スプラウト教授が朝食を終えて席をたったのでハティは教授を呼び寄せた。
スプラウト教授は首を傾げながら教授席のある壇上から降りてきてグリフィンドールのテーブルにやってきた。「どうしたの、ポッター」
「ふくろう通信の商品が届いたんですけど、ネヴィルがこの鉢植えを悪魔の罠だって言うんです。わたしが頼んだのはキュテレイアの薔薇なんですけど」
「悪魔の罠?」
スプラウト教授はネヴィルを一瞥した。ネヴィルは怯えたように肩を揺らしたが、教授はロニーのようにネヴィルの意見を一蹴しなかった。
鋭い眼差しでハティの鉢植えに視線を走らせ、何かに気付いたように目を眇めるとおもむろに鉢植えを手にとった。そして暫く、蔓の形状や色、全体を観察してスプラウト教授は青ざめた顔で言った。
「よく気付いたわね、ロングボトム。これは確かに悪魔の罠よ」
「そうですよね」
ネヴィルは安堵の溜息をつき、笑みを浮かべた。「短く剪定してありますけど、蔓の色や形状が悪魔の罠と似てると思ったんです!」
「そうね、ロングボトムの言う通り素人じゃあ、ひらひら花にしか見えないように剪定されてるわね。ポッター、これをどこで?」
「さっき、ふくろう便で送られてきたんです。差出人は……ありませんね。てっきり、ふくろう通信からの商品かと思っていたのに」
包装紙の中からは差出人を示すカードも手紙も入っていなかった。ハティは全身から血の気がひくのを感じた。
郵便物に検査が入ったからと油断していた。まさか、魔法生物の次は魔法植物が送られてくるとは思わないではないか。ハティの内顔色を見て、スプラウト教授は何か言おうとして開きかけた口を閉ざした。
スプラウト教授は口を閉じて悪魔の罠をじっと見た。彼女の脳内で思考が凄まじい勢いで巡っているのを察し、三人は黙り込んで教授の言葉を待った。
「ミス・ポッター、この件については魔法省の検閲に問い合わせるわね。仕事に漏れがあったようだわ――もうわかっているとは思うけど、つまり、これは危険な魔法植物です」
「しかも、今度はわたし宛てに送られてきた?」
迂遠に、マートラップ事件の続きではないか。とハティは訊ねた。「わたしの被害妄想じゃなければ、いいんですけど」
「今後の郵便物は念のため、マクゴナガル教授にお見せなさい。私がミネルヴァにそのように伝えておきますから。それと、ロングボトムの鋭い観察眼と知識に対し、グリフィンドールに五点与えましょう。話は以上よ」
蒼白な顔をしたスプラウト教授が足早に大広間から去っていくと、ハティはロニーと額を突き合わせた。
「これでも、わたしが悲劇のヒロイン症候群に陥ってると思う?」
「まさか、これを見ても被害妄想だと思うならどうかしてるよ。マクゴナガルの言う事なんか信じるもんか。やっぱり、あんたが狙われてるんだよ。ヒューの言う通り、拳でもなんでもヤックスリーの奴を早いとこ倒さないと、命がもたないよ!」
「拳はやめておきましょう。男のヒューでさえ、脚の骨を抜かれたんですもの。どうせなら、あいつを半殺しにする強力な呪いを調べるわ」
「本気なの!?」
「本気よ。このまま何もしなかったら、呪いの人形を送りつけられるか、朝食に毒を盛られるわよ。そうなる前に、あいつを呪い殺す呪文を調べるのよ。クリスマス休暇中に」
スプラウト教授の説得が功を奏したのか、それともハティに直接悪魔の罠が送りつけられたことで被害妄想ではないと気付いたのか、マクゴナガル教授はハティの元に届くありとあらゆる荷物を警戒するようになった。クリスマスが目前に迫り、ハティの元には沢山の郵便物が届いていたのでその全てをマクゴナガルに渡すのは大変だった。一つでもハティが郵便物を忘れると、マクゴナガル教授は厳しい目つきで「ポッター、郵便物をお持ちなさい」と言うで、ハティは届いたその足でマクゴナガルのもとに向かうことが増えた。
そのような姿を他の生徒も幾度となく見かけていたからか、悪魔の罠以来、ハティの元に危険なプレゼントが届くことはなくなり平和な日々が訪れた。
十二月も終盤となり、大広間に羽毛のような雪が降りしきる日が続いた。壁には、柊や宿り木が精緻に編みこまれて装飾され、その下で口づけを交わす上級生を目にしてはロニーが「あの中のうちの兄たちがいたら、あたし、ぶん殴ってるよ」と顔を顰めた。ハティとロニーは色気よりも食い気だったので、宿り木の下のロマンスに憧憬を抱くどころか、もっぱら興味を持ったのはディナーのメニューであった。
クリスマスツリーもハティたちの目を楽しませた。ハグリッドが運び込んだ十二本ものもみの木には、教授たちが手ずから魔法をかけて飾り付けが施された。
一年に一度のこのイベントでは、教授たちが美的感覚と魔法の腕を競い、張り切って魔法の杖を振った。大広間に教授たちの華やかな魔法の燐光が舞う瞬間は壮観であり、生徒たちは――特に女子生徒がわくわくしながら、食い入るように魔法を見ていた。
ハティはフィルやプリスと一緒にそれぞれ飾り付けの異なるツリーを見て回り、どれが最も美しいか言い合った。
ファッションだけでなく魔法に対しても華やかさを求めるフィルは、宝石のようなオーナメントボールに真紅と黄金のリボンで飾り付けられたマクゴナガル教授のツリーを最もクリスマスらしいと主張したし、プリスはフリットウィック教授のツリーが気に入り「流石、呪文学の教授なだけあるわ」と目を輝かせていた。
妖精の羽が織り込まれた半透明のリボンはオパールのような遊色を帯びてツリーを飾り、水晶の花――リエルが満月の夜に咲く月光花だと教えてくれた――がとじ込まれた虹色のオーナメントは夜になると花が淡い光を放ち、大層美しかった。
ハティは本物の氷柱と雪の結晶が彩るツリーを気に入った。他のツリーに比べれば華やかさに欠けるが、その分、優美さ
と繊細さがあり大広間の蝋燭に照らされたツリーはさながらローズカットのダイヤモンドのように煌めきを帯びて白銀に輝いていた。
「ロマンチックなツリーだと思うわ。融けない本物の氷ってこんなに綺麗なのね」
「確かにね……シンプルだからこそ、美しいわね」
プリスの返答に、ツリーを鑑賞していた他の女子生徒たちも「そうね」と同意の声をあげる。フィルは「華やかさに欠けるわ」と唇を尖らせていたが「確かにセンスはいいと思うけど」と最後にはツリーの美しさを認めていた。
ところが次の日、氷のツリーがスネイプの作品だと分かると、手のひらを返したように他の生徒たちは「よく見ると別にそんなに綺麗じゃないよね」と批判を始めた。
「だってほら、地味じゃん。いかにも陰気なスネイプが作りそう」
ソーセージを齧りながらツリーを睨みつけたのは、ロニーであった。彼女の弁にラベンダーとパールバティも「確かにね」と同調する。このテーブルがスリザリンであれば、素直にスネイプの魔法の腕が賞賛されただろうに。と思いながら、ハティは苦笑いを浮かべてスクランブルエッグをすくった。
近くの席ではレイチェル・チャーチが友人らしき上級生とお喋りに花を咲かせていた。それぞれのクリスマスの予定や、クリスマスプレゼントで両親にネックレスを強請った。クリスマス休暇はパーティのホストファミリーを務める予定だから、家に帰りたくない。などそれぞれ思い思いに語っている。皆、休暇が楽しみで仕方がないのだ。
ハティは頭の中でクリスマスプレゼントを数えながら、ロニーやフィルやプリス、ヒューは何をくれるのだろう。自分が贈るプレゼントを喜んでくれるのだろうか。とパンをかじりながら考えていると、ツリーの葉の隙間から顔を出して小さな妖精がハティに向かってウインクをした。
クリスマスはすぐそこまで迫っていた。
クリスマス休暇に入ると城内は閑散とした。耳を澄ませても、建物の中はいつも以上にしんと静まり返っている。クリスマス休暇ともなると、大抵の生徒は里帰りするので、みんな昨日の午前中に城を出てホグワーツ急行に乗車しているはずだ。そういうハティも、本来ならとっくにフィルたちとホグワーツ急行に乗っている筈だが、これから六年はそのつもりがなかった。
「クリスマス休暇明けに会いましょうね。必ず、プリスとともに任務を果たしてくる。ヤックスリーの尻尾を掴んでみせるわ」
そう言って満面の笑みを浮かべてトランクを手に城を出て言ったフィルを思い出す。
ハティはベッドの天蓋を開き、カーテンから差し込む光に目を細めた。普段は賑わっているドミトリーも、ルームメイトが一斉に帰省したせいか静かだった。眠い目をこすりながらベッドから降りて時計を見ると、七時半をさしていた。
ハティは杖を手にのそのそとストーブに近づくと「インセンディオ」と唱え、火をつけた。
まだ、ロニーは起きていないだろう。折角の長期休暇の筈なのに、何故か鬱々とした気持ちが胸に押し寄せてくる。休暇前に送りつけられた悪魔の罠がハティの中で尾を引いていた。
ドミトリーにひとりきりで過ごすのは気が滅入ってきたので、ハティはガウンを纏って階段を降りた。重たい足取りで談話室に入ると、談話室はがらんとしていた。普段、ライトで煌々と照らされている室内は朝の光が差し込み、薄っすらとしている。暖炉だけが轟々と燃え盛っており、恐る恐る近づくと談話の前の長椅子に寝そべる人影が見えた。
「ロニー!」
ロニーは燃える様な赤毛を長椅子に垂らし、パジャマ姿で横たわっていた。ウトウトしていたようで、絨毯の上に杖が転がっている。彼女はハティの声に「んあ?」と間の抜けた声をあげて目を開くと、欠伸をした。
「ハティ……なんだか早くに目が醒めちゃって。普段はパールバティやラベンダーがいるでしょう? なのにみんな帰省したもんだから、なんだか落ち着かなくて」
「わたしも一緒。一人でドミトリーにいるのって、変な感じ」
「チェスでもする? ハティと一緒にしたいと思って、ラベンダーに駒を借りておいたの」
ロニーは気恥ずかしそうにテーブルに置いたチェス盤を手にとった。ハティとチェスをするつもりで準備していたらしい。
ハティは嬉しくなって、大きく頷いた。「やった! わたしはお菓子を持ってくるね。シュガープラムのお菓子の詰め合わせを買っておいたの!」
それからは、ロニーと二人で暖炉の前に陣取り、シュガープラム菓子店の焼き菓子をつまみながらチェスに興じた。意外なことにロニーはチェスの腕に優れていた。恥ずかしそうに頬を染めながら「実は兄妹の中で一番強いって言われてるの。パーシーは負けず嫌いだから、認めないけど」と彼女は教えてくれた。
魔法界のチェスはマグルのチェスと異なり、魔法使いが指示をして駒が動く。ロニーのチェスは祖父のお古のようで、ところどころ欠欠けているし色も剥がれていたが、ロニーの命令をよく聞き、素直に動いた。一方、ハティの駒である白のクイーンはたびたびハティの命令を無視した。
「やめてちょうだい、前に進まないで! ポーンがそこにあるのが見えないの? このままじゃあ、あたくしはポーンにやられてしまうわよ! ポーンごときに負けたくないの。どうせ負けるなら、あっちのキングにしてちょうだい!」
駒の声はハティを混乱させたが、ロニーは一切、躊躇しなかった。駒の特性を熟知していたのだ。ハティはロニーに教えてもらって初めてポーンに「プロモーション」という機能があることを知ったほどだ。敵のナイトに剣で砕け散ったキングを見下ろし、ハティはまるで本物の戦争をしているかのような気分を味わい、空恐ろしい気持ちだった。
お昼を過ぎるとお菓子を食べることにも飽きてしまい、ハティはロニーと二人で温室へと忍び込んだ。
ホグワーツの温室では、魔法薬学で使用する薬草だけでなく野菜も栽培している。ハティはハニーバジャークラブの慈善活動で温室内のことには熟知していたので、鉢植えの下に隠された鍵で三号の温室に忍び込むと、いくつか野菜をくすねた。マントの下に隠して城内に戻った頃には、ロニーと二人で笑いがとまらなかった。
小さな泥棒ごっこはまるで冒険のようだった。あとは、魔法薬学で使用している巨釜にまな板、ナイフを引っ張ってきて、ふくろう通信で注文した冷凍の魚介類をいくつか処理をする。手作業で行われるその全てをロニーは不思議そうに見ていた。
「あたしのママは杖をふって、すごく上手にご飯やお菓子を作るんだ。ママのオニオングラタンスープは絶品なんだよ」
「そうなんだ……クリスマス休暇に帰省できないのが残念ね」
「いいんだ。かわりにお城の豪華なご飯が食べられるんだもの」
巨釜でぐつぐつと煮込んでいたブイヤベースが出来上がった頃、談話室の扉がぱっと開いた。一瞬、遠くの方で爆発音が響くのが聞こえたと同時に慌ただしくウィーズリー家の双子が飛び込んできた。
「フィルチの奴、やっべ~!」
「花火のトラップでも食い止められなかったの、初めてじゃね!?」
「あいつも、俺たちの手口に慣れてきたな!」
「二人とも、何事!?」
ブイヤベースをよそっていたハティが突然のことに固まる一方で、ロニーはくるりと振り向いて叫んだ。双子はけらけらと機嫌よく笑いながら「フィルチに花火ぶっぱなしてきた!」「特大のやつをね!」とウインクをした。
「なんでフィルチに花火をぶっ放したわけ?」
わけがわからなくてハティが顔を顰めると、双子の片割れがにやっと笑った。
「クィレルを雪玉で揶揄ってたら、フィルチに見つかったってわけ」
「雪玉?」
ロニーが小首を傾げた。
「そうだとも。あいつ、ニンニク臭いのなんのって。多分、あのターバン、何か月も洗ってないんだよ。だから、あいつのターバンに向かって雪玉を投げてやったのさ」
「しかも、エンドレスで跳ねるやつ」
「二人ともどうかしてるよ。クィレルなんか揶揄って、何が楽しいのさ」
ロニーは理解できないと頭を振る。
ハティはふざけていると思い、ブイヤベースを一口啜った。おいしい。ロニーに一皿渡すと、双子も「俺たちも」「ちょうだい」と暖炉の周囲にある肘掛け椅子にどさっと座る。無言で二人にも手渡すと、双子のひとりが長い脚を組んで「だってさあ」と口火を切った。
「あのターバンの中に何が詰まっているのか気にならない?」
「君たちも知的好奇心がうずかないか?」
「わたしの知的好奇心によると、あのターバンに詰まってるのは香辛料とニンニクだと思うの。ヴァンパイア避けの」
海老の皮むきに苦戦しているロニーを横目に答える。
すると、双子の一人が「それがさあ」と前かがみになってにやりと笑った。
「あのターバンに薄っすらと顔が浮かび上がってるのを見た奴がいるんだよ」
「しかも、後頭部に」
ハティは怪訝に眉宇を顰めた。
「そういう呪いにかかってるとか? 体に人面が浮かぶ呪い」
「そんな呪い聞いたことないなあ」
「あるとしたら、とんでもない闇の魔術だろうな」
「闇の魔術に対する防衛術を教える教授が、そんな呪いにかかると思う?」
ロニーが小首をかしげる。しかし、少しして「クィレルならあり得るか」と発言を翻した。
「あいつの授業、つまんないんだもん。もっとすごい魔法を教えてもらえると思ったのに」
「おまけに性格もつまらない」
双子のひとりがにやりと笑って言った。そして、もうひとりが言葉を綴下る。
「からかい甲斐もない」
「だから、念入りに狙ってやった」
「後頭部を。そうしたら、あいつも反応するかなあって思ったんだよな」
『そしたら、フィルチに目撃されていて追われたってわけ』
双子が息ぴったりに言った。
ロニーはブイヤベースを食べるたびに口を綻ばせていた。咀嚼しながら彼女は訊ねた。
「それで、ターバンの中身はわかったの?」
「わからなかった。あいつのターバン、全然外れなくてさあ」
「永久粘着呪文がかけられてんじゃね? って我々は結論を出したのさ。それで、遊びの対象をフィルチに変えた。最新式の花火がバッチバチに火を噴いたぜ」
「やっぱ、こういう時くらいしか城の中で花火はできねえよなあ」
ウィーズリー兄弟と早めの夕食をとった後は、どこからともなく双子が大量に仕入れたお菓子で真夜中までパーティをした。双子は意外なことに魔法の腕はピカイチでジョージが輝く魔法の雪を降らせ、フレッドが用意したクラッカーからはトナカイとそりにのったサンタ帽の兎がそこら中を走り回った。
ハティは双子が用意したバタービールを片手に、四人で何度もトランプをした。二十一時前になるとフレッドがラジオを引っ張ってきて、四人は並んでラジオの前に座り込みウィーズリー兄弟の好きな”ウィアードシスターズ”のライブを待った。
ウィアードシスターズは英国魔法界の国際的なロックバンドである。メンバーは全員、英国人で勿論ホグワーツ魔法魔術学校の出身だ。この学び舎で結成されたのは有名な話で、ウィーズリー家の長兄のビル、そして次兄のチャーリーは彼等のアマチュア時代学内ライブも行っていたという。
「ベースのドナハンはマグル生まれのグリフィンドール出身でチャーリーのルームメイトだったんだ。サインもらったの? って聞いたら、友達にサインなんかもらうわけないだろって言うの。そういうところ、気が付かないと言うか……本当に勿体ないよ」
「しっ!」
「始まるから!」
双子に注意を促されて、ロニーは慌てて口を噤んだ。ハティもラジオに耳を澄ませると、ライブは始まった。
ウィアードシスターズの音楽はマグルのロックバンドとさほど変わりないように思えた。むしろ、メロディは伝統的なUKバンドという趣きでローリングストーンやピストルズを思わせた。
ライブは二時間ほど続き、あの騒がしいウィーズリー家の双子でさえ一言も喋らずにライブに集中していた。そして、ライブが終了し四人で余韻に浸っているところ、ガウン姿のマクゴナガルが談話室へと現れ真夜中のパーティは終了となった。
ハティはライブ後の高揚も冷めやらぬままシャワーを浴びてベッドへと入った。今頃、ハティが慌てて送ったクリスマスプレゼントが友人たちの家に運ばれているに違いない。梟便で送ったので、クリスマスの朝に彼等の食卓にプレゼントが届くのかしら。とハティはうつらうつらしながら考えていた。
ひとりきりのドミトリーでは、暖炉の炎が爆ぜるぱちぱちとした音がやけに大きく聞こえる。けれども、物置部屋で聞いていたリビングのテレビの音や、ヴァーノンの階段を上る大きな足音を思うと何て穏やかな夜なのだろう。と思う。こんなにも幸せな気持ちで眠りに落ちたクリスマスはその日が初めてだった。
鳥の鳴き声で目を覚ますと、外は吹雪だった。ねむけまなこを擦り、よろめきながらベッドから降りるとハティは何かにつまずいてそのまま床に膝をついた。怪訝に思って振り向くと、ベッドの足元にはこんもりと大きな山が出来上がっていた。全て、美しい包装紙で包まれたプレゼントだった。こんなプレゼントの山はダドリーの誕生日プレゼントでしか見たことがなかった。プレゼントの一番上には『検閲済 ミネルヴァ・マクゴナガル』とメモが貼り付けられていた。
ハティは「わあ」と歓声をあげた。これほど沢山のプレゼントを人生で貰うのは初めてだったので、暫くぼうっと眺めていると「メリークリスマス!」と勢いよくドミトリーのドアが開いた。ロニーだった。燃える様な赤毛は寝ぐせで猫の毛のようにうねっている。トップスは栗色のセーターを着ているのに、ボトムスはパジャマのズボンなので何だかちぐはぐだった。
「メリークリスマス! そのセーター、素敵ね」
「そう? 本当は着たくなかったの。あたし、栗色は嫌いだし。でもジョージが朝から着ろって五月蠅いの」
「まあ、ジョージのプレゼントなの?」
「まさか! ジョージは編み物なんかしないよ。これはママのプレゼントなの。毎年恒例、ウィーズリー夫人の子どもたちへのプレゼントは手編みのセーターなんだ」
「愛情がこもってて、素敵じゃない!」
ハティは心底からそう言った。
ロニーは気恥ずかしそうに頬を赤くしていたが、ハティの心のこもった言葉に「そうかな」と少しだけ嬉しそうに笑った。
「わたしもそんなプレゼントがあればいいけど……ねえ、一緒にプレゼントの開封しましょうよ。わたし、こんなにたくさんのプレゼントをもらったのは人生で初めてなの! わくわくするわ!」
「そうなの? まってて、あたしの分もとってくる」
ロニーは踵を返して慌ててドミトリーを出ていった。
その間にハティはストーブの火を燃やし、薬缶に魔法で水を入れるとストーブの上に置いた。食器棚からティーポットと一対のティーカップ、茶葉を取り出している間にロニーは何とかプレゼントの運搬を終えた。
「持ってきたよ!」
二人は窓際の長椅子に腰掛けると足元にプレゼントを置いて、うきうきと開封にとりかかった。
プレゼントの一番上にあった茶色い包みはハグリッドからのプレゼントで、荒削りな木の横笛が入っていた。一目でハグリッドの手作りだとわかった。吹いてみると梟のような穏やかな音色が響いて、ハティはじんわりと胸が暖かくなった。
次のプレゼントは小さな小包だった。中にはクリスマスカードと簡素なケースにごつごつとした拳半分の石が収められている。カードには見覚えのある美しい筆跡で『毒殺には気をつけるように。よいクリスマスを ヒュー・フィールディング』と綴られていた。鑑定書も一緒に入っており、そこには『モンゴル産 ベアゾール石』と書かれていた。
「それって、プレゼントなの?」
ロニーは顔を顰めていた。
「一応、プレゼントらしいわよ」
ハティもロニーと同じような顔で頷いた。
貴重な魔法薬の材料の筈なのに、何故か複雑な気分だった。フィルからはプレゼントは咲く直前の薔薇の蕾だけで作ったローズウォーターに、アメジストのかけらを入れたバスソルト、それに白色と紫色のレースのハンカチだった。薔薇とカスミソウの繊細な刺繍が施されており、クリスマスカードには『メリークリスマス 有意義なクリスマス休暇をお過ごしかしら? 母と一緒にレースを編んで刺繍も刺してみました。ハティ、使ってくれると嬉しいわ。 あなたの腹心の友フィリパより』と綴られていた。ハティは既製品かと思っていたので、ポップルウェル親子の手作りと知って吃驚した。
プリスからのプレゼントはピンクエナメルとゴールドで出来た日記帳だった。添えられていたカードには、フィルと自分にも違う色のものを御揃いで買ったと綴られていた。エナメルの表紙にはカラーストーンで鈴蘭と蝶と真珠がちりばめられており、最早、日記帳の名をした芸術品のようだ。ハティはあまりの美しさにうっとりと溜息をついた。きっと、一生使えずに眺めるだけで終わるだろうとハティは思った。
ハーミスからはカエルチョコレートの詰め合わせ。そして意外にも、アクラムからもプレゼントがあった。ティーカップ、それに牡丹や蝶とオリエンタルな模様の缶――中身は中国茶のようだった。カードには、ハティが茶葉とティーカップを集めていることをヒューに聞いたのだろう。驚いたのは、そのヒューの名前でもう一つプレゼントがあったことだ。明るい水色の箱には仕掛けオルゴールが入っていて、螺子をまくと、劇場のバレリーナがくるくると踊りだすのだ。マグルの製品のようだが、ロマンチックで素敵だった。
リエルからは花蜜コップという小さな黄金のカップ。花弁から零れ落ちた雫を集めると、蜜に変わるという魔法のアイテムだ。花とつる草の装飾が美しく、普通にコップとして使えそうだ。リエルに続いてハニーバジャークラブやグリフィンドールの同窓生からもプレゼントはあった。マリーンはクリスタルの花が揺れるブックマーカー、キャスリーンは七色に輝くインク、可愛らしい羽ペンケースや、爪が伸びるマニキュア、スイートな声に変わるスイートボイルキャンディ、ホネホネガムと様々だった。
あのセドリック・ディゴリーからもプレゼントはあった。プレゼントを贈り合う関係ではないが、ハティが図書館でマートラップに襲われたことを大層心配し体調を案ずる内容のクリスマスカードが同封されていた。プレゼントは乳白色の硝子にシクラメンが描かれたクラシカルなキャンディボックスで、中にはカボションカットの宝石のように艶めくキャンディが入っていた。
ハティは自尊心を大いに傷つけられたセドリック・ディゴリーの告白以降、彼とは挨拶どころか目を合わせることもなかったし、当然クリスマスプレゼントを贈っていなかったので途方に暮れた。どうしようと途方に暮れていたが、ロニーに「何か手作りのものでもいいから贈ったら」と助言を貰ったので、エロイーズに贈ったネロリの石鹸と安眠用のジャスミンのバスオイルを余った瓶に詰めて贈ることにした。
残るは大きな包みだった。もっこりとしたエメラルドグリーンの包装のプレゼントを持ち上げると、ロニーが「あー」と呻くように声をあげた。
「なに、どうしたの」
「そのプレゼント、見覚えあるなと思って。それ、ママからのプレゼントだよ。あんたがおじさんとおばさんからはプレゼントがないって言ってたでしょ? それで、ママがプレゼントを用意したんだと思う。まさか、ウィーズリー家特製のセーターを贈るなんて」
ロニーは苦虫をかみつぶしたような顔で頭を振った。
慌てて包み紙を破ると、中からはロニーの予言通りエメラルドグリーンの手編みのセーターと大きな箱にぎっしりとファッジが詰められていた。さっそく、食べてみると口の中でとろけるように甘さが広がる。とてもおいしかった。
「ロニーのママって優しい人ね」
ファッジを口に放り込みながら次の包みを開ける。
贈り物は一冊の本だった。『マグルの御伽噺や神話に学ぶ魔法使いの卵のための魔法』と言う題名で、クリスマスカードには「マグルの御伽噺は、魔法使いの御伽噺同様、実際の出来事を子供向けに伝聞しているものもあります。これは、魔法史家デクスター・フォーテスキューが研究によって発見した実際にあったとされる御伽噺です。変身術に関しても興味深い内容が書かれています。貴方は聡明な魔女です。色んな角度から学び、きっとこの本を役立ててくれると思います。 貴方を陰ながら見守るフェアリーゴットマザーより」と端整な文字で綴られていた。差出人の名前はなかったが、誰がプレゼントしてくれたかはすぐにわかった。
ハティは宝物のように本を抱きしめた。自分を否定したマクゴナガルに対して、反抗心や失望を覚えなかったわけがない。むしろ、自分の言葉を信じてくれなかったことがショックでマクゴナガルへの信頼を失いかけてもいた。けれどこの瞬間、ハティは全ての負の感情を忘れるくらい嬉しかった。
「誰からのプレゼントなの?」
「わたしを見守る妖精からよ」
ロニーは小首を傾げた。「あんたのファンってこと?」
「そういうことにしとく」
そう言って、最後の包みを開けると破いた包装紙より水銀のように煌めく布がするすると滑り落ちて、絨毯の上に折り重なった。ロニーは気のない様子でそれを見ていたが、少ししてはっと息を呑んだ。
「あたし、これ知ってる! 聞いたことあるよ!」
ロニーは吃驚したようにラベンダーが贈ったハニーデュークスの詰め合わせを床に投げ出し、周囲を警戒するように声をひそめた。「もし、あたしが想像する物だったら、これってすごく貴重で珍しいものだよ」
「そんなに?」
ハティは怪訝に眉宇を顰めて、マントを拾った。まるで水を織物にしたような不思議な手触りで、白銀に煌めいていた。確かに、身に纏えば淡い光を宿してさぞかし幻想的な魔女の衣装となるだろう。
「勿論だよ! あたしの推測があたってるなら、それってきっと、透明マントだよ」
ロニーの白銀のマントを見る目は、まるで神様からの宝物を見るかのような畏れ敬うような眼差しだった。透明マントなんて神話や物語でよく出てくるアイテムの一つだったので、ハティにはロニーほどマントの価値が理解できなかった。透明になる魔法なら存在するし、わざわざマントにそんな魔法を付与する意味があるのだろうか? 不思議にさえ思った。
しかし、ロニーがしきりに「マントを羽織ってみて」と期待で目をきらきらさせるので、ハティは渋々マントを肩からかけた。瞬間、ロニーは歓声をあげて立ち上がった。「やっぱりそうだ! あたしの予想はあたってた!」
「自分の体を見てみなよ、透明になってる!」
ロニーに促され、見下ろすと確かに首から下には最初から何もないかのようにハティの胴体が綺麗さっぱり消えていた。鏡の前まで行きよく見ると、ハティの体で見える筈がなかった室内の景色まで見えるので、ハティも流石に驚きを禁じ得なかった。
「確かに、透明マントって凄いかも」
自身を透過させる魔法は存在するものの、魔法使いの腕によっては魔法の綻びが現れる。空間が歪んで見えたり、ヴェールが揺れるようにたわむこともある。だが、透明マントに至っては風でマントが翻らない限り、完璧にハティの姿を隠した。このマントに加えて、消音魔法を施せば完璧に気配を消すことができる。
まるで暗殺者御用達のようなアイテムだ。一体、誰がハティにこんな代物を送ってきたのか。と疑問に思っていると、ロニーが包装紙の中からクリスマスカードを発見した。差出人の名前はなかったが、細長い風変りな文字で短く記されていたのはこの透明マントが亡父の遺品であり、差出人は長年これを保管してきたという内容だった。ハティがホグワーツに入学したことを知って、漸く返却できると思ったようだ。
一体誰がこのマントを預かっていたのだろう。その人は、父とどのような関係だったのだろうか。ハティが思案していると「おーい」とくぐもった双子の声がどこからともなく聞こえ、ドミトリーの窓をけたたましく叩く音が響き渡った。
ロニーと二人して驚きながらハティが顔を上げると、窓の向こう側で燃えるような赤が目に入った。その瞬間、ロニーが悲鳴を上げた。ゴーグルにマントをしっかり着込んだ双子が、一本の箒にまたがり、吹雪で飛ばされそうになりながらもハティのドミトリーを拳で叩きつけていたのだ。