藤原佐為の碁 ~転生したら神童ヒカルになってた件~   作:梅酒24

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第十局:VS塔矢アキラ

盤の上に、静寂が落ちる。

 

 けれどそれは、空白ではない。

 

 張り詰めた糸のように、

 わずかな振動すら伝えてしまうほどの緊張が、そこには満ちている。

 

 向かいに座る塔矢アキラ。

 

 その手が――震えている。

 

 ほんの僅かに。

 だが、確かに。

 

 彼はその震えを、もう片方の手で押さえ込んだ。

 

 

 私は、その様子を静かに見つめる。

 

 

 ――ああ。

 

 

 この者もまた。

 

 同じなのですね。

 

 

 恐れているのではない。

 

 これは――歓び。

 

 この一局に、すべてを懸けている証。

 

 

 そして。

 

 

 石が置かれる。

 

 パチン。

 

 

 迷いのない一手。

 

 ノータイム。

 

 

 ならば――

 

 

 私も。

 

 

 パチン。

 

 

 応じる。

 

 

 序盤。

 

 

 速い。

 

 鋭い。

 

 

 石が、盤上を駆け抜ける。

 

 

 だが。

 

 

 私は、すぐに気付いていた。

 

 

 ――これは。

 

 

 同じ。

 

 

 前回と。

 

 

 あの時と、同じ道。

 

 

 けれど。

 

 

 だからこそ。

 

 

 私は、静かに微笑む。

 

 

 あの敗北を経てなお。

 

 同じ道を選ぶというのなら。

 

 

 それは。

 

 

 ――越えるため。

 

 

 ならば。

 

 

 進みましょう。

 

 

 その先へ。

 

 

 私は、そっと打ち筋を整える。

 

 

 霧のように。

 

 散らし。

 

 ぼかし。

 

 しかし、すべてが繋がっている。

 

 

 ――『夕霧』

 

 

 形なきものが、やがて形を成す。

 

 後半に、その真価を現す布石。

 

 

 序盤は、同じ。

 

 

 ならば。

 

 

 ――さあ。

 

 

 あなたは、どう応じるのですか。

 

 

 

(僕は、この対局を何度も復習した)

 

 アキラの思考が、透き通るように感じられる。

 

(どうすれば勝てたのか)

(どこに打つべきだったのか)

 

 その一手一手を。

 

 噛みしめるように。

 

 

(あのときは――ここを間違えた)

 

 

 指が、石に触れる。

 

 

(だから、今回は――)

 

 

 パチン。

 

 

 その音が、空気を裂く。

 

 

 ――いい手です。

 

 

 思わず、心の奥でそう呟く。

 

 

 苦しい。

 

 鋭い。

 

 

 だが。

 

 

 美しい。

 

 

(夕霧の弱点は、後半に追い上げる型)

 

(ならば――)

 

 

 間髪入れず。

 

 

 攻める。

 

 

(序盤から、差をつける)

 

 

 石が、食い込む。

 

 

 ――そう。

 

 

 それでいい。

 

 

 かつて。

 

 私は、確かに伝えました。

 

 

 恐れず、踏み込めと。

 

 

 あなたは、それを実行している。

 

 

 ――いい子ですね。

 

 

 盤上が、激しく揺れる。

 

 

 攻防。

 

 応酬。

 

 

 一手も、緩みがない。

 

 

 最善。

 

 また最善。

 

 

 互いに、譲らぬ。

 

 

 

 やがて。

 

 

 中盤へと差し掛かる。

 

 

 その時。

 

 

 わずかな傾きが、生まれる。

 

 

 じわり。

 

 じわりと。

 

 

 差が、開いていく。

 

 

 アキラの石が、盤を制し始める。

 

 

 六目。

 

 

 明確な差。

 

 

 ヒカルの内側に、微かな動揺が走る。

 

 

 だが。

 

 

 私は、静かに盤を見つめる。

 

 

 ――想定内。

 

 

 これは。

 

 

 この形は。

 

 

 すべて。

 

 

 “ここから”のためにある。

 

 

 夕霧は。

 

 

 序盤では、霞む。

 

 

 だが。

 

 

 やがて。

 

 

 霧が晴れる時。

 

 

 すべてが繋がる。

 

 

 その瞬間に。

 

 

 盤は――反転する。

 

 

 私は、そっと次の一手を構える。

 

 

 ヒカル。

 

 

 感じていますか。

 

 

 この流れを。

 

 

 この、静かな逆流を。

 

 

 ――まだ、終わりではありません。

 

 

 ここからです。

 

 

 この一局の、本当の姿は。

 

盤上に、熱が宿っている。

 

 それは炎のように荒ぶるものではない。

 むしろ、深く、静かに――水底で燃えるような熱。

 

 その中心にいるのは、塔矢アキラ。

 

(……6目リード……ただ進藤相手に6目じゃ足りない……最低でも10目……)

 

 迷いはない。

 だが、安心もない。

 

 その均衡こそが、彼をここまで押し上げてきた。

 

 バチッ。

 バチッ。

 

 石の音が、わずかに鋭さを増す。

 

 

 ――なるほど。

 

 私は、静かに盤を見つめる。

 

 悪手に見せかけ、後に好手へと変える手。

 確かに存在する。

 

 だが。

 

 この局面では――

 

 それは、命取りになり得る。

 

 

 ならば。

 

 ここは、素直に耐えましょう。

 

 

 中盤の中盤。

 

 流れは、確実に傾いている。

 

(11目差……このリードで安心せずにさらに広げる……夕霧は配置がバラバラゆえに中盤ではその石がまだ腐っている状態。芽がでていない……ここでさらに叩く……夕方になる前に昼で断ち切る)

 

 鋭い。

 

 かつての彼であれば。

 ここで緩んでいたかもしれない。

 

 だが今は違う。

 

 徹底している。

 

 バチッ。

 

(15目差……一般的に安全と言われる差だ……ただなんだ。まだ安心できないこの妙な感じは)

 

 

 ――ええ。

 

 それで正しい。

 

 

 安心など、してはなりません。

 

 

 私は、静かに微笑む。

 

 

 ――成長していますね。

 

 

 隙が、ない。

 

 ただ美しく打つだけではない。

 

 相手の呼吸を奪う。

 

 まるで――

 

 水中で、息を求める者の口元を塞ぐように。

 

 

 苦しい場所へ、正確に打ち込んでくる。

 

 

 ……見事です。

 

 

 終盤。

 

 15目差。

 

 

(あれ以上……差を広げられなかった……あとはこの差を守り切る番だ……えっ)

 

 

 その瞬間。

 

 

 石が、息を吹き返す。

 

 

 かつて好手として置かれた一石。

 

 それが、再び――

 

 牙を剥く。

 

 

 ――警戒されない布石を、いくつか仕込んでおりました。

 

 

 静かに、手を運ぶ。

 

 

 ――ここからです。

 

 

 ――13目差。

 

 

 わずかに。

 

 だが確実に。

 

 流れが、揺らぐ。

 

 

 

 やがて。

 

 

 日は沈み。

 

 盤上に、赤い影が差す。

 

 

 そして。

 

 

 冷たい霧が、ゆっくりと満ちていく。

 

 

 ――『夕霧』

 

 

(ついに来るか……夕霧)

 

 

 バチン。

 

 

 バチン。

 

 

 その中で。

 

 

 “何か”が動く。

 

 

 霧の奥。

 

 見えぬはずの場所から。

 

 

 ――現れる。

 

 

 『霧蛇』

 

 

 一直線に伸びた石が。

 

 音もなく。

 

 しかし確実に――塔矢を呑み込もうとする。

 

 

(しまった……ここにも隠れていたのか)

 

 

 ――いえ。

 

 

 私は、静かに告げる。

 

 

 ――そこだけではありません。

 

 

 もう一手。

 

 

 ――そして、その石。飛ばさせていただきます。

 

 

 跳ねる。

 

 

 霧の中から。

 

 

 『脱兎』

 

 

 軽やかに。

 

 しかし鋭く。

 

 

 隠れていた石が、一気に躍り出る。

 

 

 霧は、もはや霧ではない。

 

 すべてが繋がり。

 

 形を持つ。

 

 

 ――3目差。

 

 

(……一度好手として活躍した石が、さらに今一度牙を向くとは……)

 

 

 驚き。

 

 だが同時に。

 

 歓び。

 

 

 その感情が、盤上を満たしていく。

 

 

 

 終盤の攻防。

 

 

 そして――

 

 ヨセ。

 

 

 一手。

 

 また一手。

 

 

 静かに、しかし確実に。

 

 

 盤が閉じていく。

 

 

 

 やがて。

 

 

 すべてが、定まる。

 

 

 

 ――終局。

 

 

 十目差。

 

 

 進藤ヒカルの、勝利。

 

 

「前よりも差をつけられた……くそっ……僕は成長していないのか」

 

 アキラの声。

 

 悔しさが、滲む。

 

 

「いや、成長していた」

 

 ヒカルが、静かに言う。

 

 

「ならなぜ……前よりも差がついたんだ」

 

 

 一瞬の沈黙。

 

 

「俺の方が――より強くなっただけだ」

 

 

 その言葉に。

 

 私は、静かに目を細める。

 

 

 誇らしい。

 

 そして――

 

 少しだけ、寂しい。

 

 

 ふと。

 

 ヒカルが視線を巡らせる。

 

 

 そこに。

 

 

 和谷。

 

 

 席に座ったまま、下を向いている。

 

 

 そして。

 

 

 観客の中。

 

 和服に扇子。

 

 

 加賀。

 

 

 静かに、こちらを見ている。

 

 

 

 ――結果が、告げられる。

 

 

 今年のプロ試験、合格者。

 

 

 塔矢アキラ 十九勝一敗。

 進藤ヒカル 十九勝一敗。

 加賀鉄男 十九勝一敗。

 

 

 全員が、一敗。

 

 

 これほどまでに拮抗した年は、稀だろう。

 

 

 だがそれは。

 

 

 この時代が。

 

 どれほど豊かであるかの証でもある。

 

 

 その後。

 

 三人は、並んで歩いていた。

 

 

 戦いの空気は消え。

 

 どこか、穏やかな時間。

 

 

「お好み焼き、行こうぜ」

 

 加賀が言う。

 

「俺、作んの得意なんだよ」

 

 

「お好み焼き屋……?」

 

 アキラが首をかしげる。

 

 

「行ったことねぇのか?」

 

 

「ない」

 

 

 間。

 

 

「お前、とんだぼんぼんかよ」

 

 

「回転ずしにも行ったことない口か?」

 

 

「回転ずしとは?」

 

 

「……マジかよ」

 

 

 ヒカルが吹き出す。

 

 

 笑いが、こぼれる。

 

 

 碁とは関係のない、他愛もない会話。

 

 

 だが。

 

 それが、どこか新鮮で。

 

 眩しい。

 

 

 

「でさ」

 

 ヒカルが言う。

 

「プロになったら、何したい?」

 

 

 加賀が肩をすくめる。

 

「俺は強い奴と打てりゃそれでいい」

 

 

 アキラは、少し考え。

 

 

「……世界を見たい」

 

 

 静かに言う。

 

「もっと、強い碁を」

 

 

 そして。

 

 

 ヒカル。

 

 

「俺は――」

 

 一瞬。

 

 言葉を選ぶ。

 

 

「全部だ」

 

 

 笑う。

 

 

「全部、強くなりてぇ」

 

 

 

 その言葉に。

 

 

 私は、静かに目を閉じる。

 

 

 この先。

 

 彼らは、どこまで行くのだろう。

 

 

 もう。

 

 私の知らぬ場所へ。

 

 

 それでも。

 

 

 ――それでいい。

 

 

 ヒカル。

 

 

 あなたは、もう。

 

 

 一人で歩いていける。

 

 

 

 夜の街に、笑い声が溶けていく。

 

 

 そして私は。

 

 

 その背中を、静かに見送っていた。

 

 




院生編終了 

続きは需要があれば書こうと思います。

感想などお待ちしております。

アンケートの結果と解答になります。


質問文 佐為VS塔矢行洋 勝つのは?
回答 (1) 佐為の圧勝
(5) 佐為ギリギリ勝ち
(1) 引き分け
(1) 行洋の圧勝
(2) 行洋ギリギリ勝ち
(2) トラブルで試合終了


正解は、(2) 行洋ギリギリ勝ち。2名の方おめでとうございます。


次号 ヒカルVSアキラ リベンジ戦 勝つのは
回答 (4) ヒカル
(0) アキラ
(0) 引き分け

正解は、ヒカル!全員正解おめでとうございます。


質問文 次号 ヒカルVS倉田 勝つのは?
回答 (3) ヒカル
(0) 倉田
(1) 引き分け

正解は、ヒカル。これも簡単でしたね。


質問文 次号 アキラVS門脇 勝つのは
回答 (6) アキラ
(0) 門脇
(1) 引き分け

正解は、アキラ。これも簡単でしたね。

次号 加賀VSアキラ、 ヒカルVS加賀 勝つのは?
回答 (3) アキラ、ヒカル
(3) 加賀、ヒカル
(0) アキラ、加賀
(0) 加賀、加賀

正解は、(0) アキラ、加賀です。
正解者0!残念!

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