ソードアートオンライン Noah -鉄人と弓兵-   作:羽猫-梟-

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これは鉄人がまだ、ひとりで戦っていた時の話。

この世界の主人公の前語り。


プロローグⅠ〜剣士と閃光と鉄人〜

 

 

 

ーーこれはゲームであっても遊びではない。

 

 

 

2022年。

 

世界は完全なる仮想世界を創り出した。

 

それはたった一人の天才と呼ばれた量子力学者兼ゲームデザイナーが生み出した、彼のためだけに存在する世界だったのだ。

 

 

彼の科学者は完全なる仮想世界を構築するゲームハード《ナーヴギア》を開発。そしてその性能を生かした、世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》という一本のソフトを産んだ。

 

 

浮遊城・アインクラッドを舞台とし、その名の通り、剣だけで構築されたこの世界を生きていく。まさに夢のような世界になるーーはずだった。

 

 

 

 

2022年11月6日。

 

 

 

 

天才科学者・茅場晶彦によってこの《ソードアート・オンライン》は突如、デスゲームと化してしまった。ログアウトが不可能となり、HPがゼロになった瞬間、ナーヴギアから発せられる高出力の電磁波が脳を焼き切り、生命活動を停止させるーーー。その宣言は、閉じ込められた約一万人のプレイヤーを凍り付かせた。

 

 

プレイヤーに課されたクリア条件はただ一つだった。それは、唯の一度も死ぬことなく、この第一層から第百層まで駆け上がり、そこにいるボスたちを倒すこと。それが、彼らがこのゲームで生き残り、現実世界に生きて還る、唯一の方法だったのだ。

 

 

それらのチュートリアルを終えた茅場は、身に纏った真っ赤なローブごと溶けるように消えていった。そして湧き上がった悲鳴、絶叫、怒声。混沌と化した世界で、彼らは剣を手に、ただこの世界に放り出されてしまった。

 

 

そして一年以上の月日が経った。

 

 

区切りである五十層のボスが攻略された。最前線でボスに挑み、戦い続ける《攻略組》のプレイヤーたち。そんな彼らの間には《ある噂》が流れていた。それは、とある剣士にまつわる噂だった。

 

深紅のマントを羽織り、鉄塊のような大剣を振り回す、まさに破壊者そのものであり、この世界ごと破壊してしまうのではないのかというほどのパワーと、その大剣を軸にした強烈かつ柔軟な特攻。

 

《ビーター》とも呼ばれた、かの《(くろ)剣士(けんし)》。

 

攻略(こうりゃく)(おに)》とも称され、今ではその剣速から《閃光(せんこう)》と呼ばれた少女。

 

聖騎士(せいきし)》とも呼ばれ、今では攻略組最強且つ無二の存在である《神聖剣(しんせいけん)》の使い手。

 

彼らですらも、この剣士には一目を置いていた。

 

彼はその特攻性の高さから、《黒の剣士》の対になる《深紅(しんく)剣鬼(けんき)》と呼んだ。

 

しかし、その名の由来には別の意図も含まれていた。

 

彼の戦い方は余りにも狂気的だったのだ。

 

ボス戦では誰とも組まず、何の躊躇もなく、ボスに突っ込んでいく。そしてボスの体がダメージエフェクトで真っ赤に染まり切るまで攻撃をやめない。彼はこの世界の技術の一つである《ソードスキル》に頼らず、純粋な戦闘能力だけで戦っていた。そして銭湯が終わった頃には攻略組の全てに背を向けて、次の階層をただひたすら駆けていく。まさにメチャクチャな戦い方だった。

 

「今回のボス戦もキツかったなぁ・・・」

 

2024年2月。

 

現在の攻略の最前線はアインクラッド第五十三層。黒衣の装備に身を包んだ、若干女性寄りの顔立ちの少年は五十三層の迷宮区でマッピングをしていた。

 

このゲームが始まって一ヶ月が経った頃に行われた第一層ボス戦にて、ベータテスターの汚名を背負い、チーターならぬ《ビーター》の名を与えられて以来、キリトは正式にペアを組んだことはない。常に最前線を征くソロプレイヤーとして、彼は今日も今日とてソロでの攻略を続けていた。

 

黒衣の少年ーーキリトが迷宮区の深層部に辿り着いた時だった。

 

いくつかある別れ道の一つから、一人のプレイヤーとほぼ同時に足を踏み入れてしまった。

 

「「あ」」

 

被る声。

 

全く同じ言葉。

 

二人同じく驚きとも、呆れとも言えぬ顔をしていることだろう。

 

その鏡写しのような顔色が意味するのは、間違いなく同じ心情。

 

ーーーーマジかよ。

 

今この時、失礼ながらもキリトはそう思ってしまった。

 

白い鎧に白い戦闘服、赤のライン。赤と白を基調としたその服と、腰の鞘に納められた、恐らくプレイヤーメイドであろう細剣(レイピア)を携え現れた腰まである栗色髪をハーフアップにした少女は、キリトがあまり顔を合わせたくないプレイヤーの第三位以内に内定している、最前線《攻略組》の《攻略の鬼》だった。

 

ーーー《閃光》のアスナ・・・。

 

 

そう彼女は呼ばれている。

まさに光のような剣速で技を繰り出すことから付けられたその名は、このアインクラッドで知らない人はいないほどと言われており、その名は中層にいるプレイヤーたちにまで知られているらしい。

しかし、攻略会議で彼女と幾度となく揉めてきたキリトには、彼女の《閃光》と言う異名よりももう一つの呼び名の印象が近い。

その印象も相まって、キリトは彼女のことが少し苦手だった。

 

だが恐らく、それは彼女も同じだろう。

 

キリトはこの世界では一人のプレイヤーとして、ゲーム自体は楽しんでいるつもりだ。

しかしながら彼女は違う。

《攻略の鬼》とも言われる通り、とにかく寝ても覚めれも攻略のことしか考えてなどいないのだ。口を開けばマッピング情報に関する話、ボスやモンスターへの戦略、迷宮攻略の進捗状況など。まるで『攻略しなければ生きている意味などない』とでも言わんばかりのその気迫は、ソロプレイヤーとして活動しているキリトにはひどく、押し付けがましいものがあったのだ。そして彼女も、攻略組のプレイヤー達が必死な中、効率よりも安全性やら、攻略性やらと非効率なことを気にしているキリトの考えに苛立っているように見えた。

 

つまり、お互いに印象は最悪。顔を合わせれば口喧嘩、時々物理的抗論。これが現在の二人の、二人揃ってしまった時のルーティーンだった。

 

 

 

ーーーー第一層の頃は、こんなことなかったんだけどなぁ・・・。

 

 

キリトがそう思いながら、どう返すべきか迷っていると、先に少女の方から口が開かれた。

 

「あなたか・・・」

 

睨まれながら言われたその一言に、キリトはあぁ、とだけ返す。正直内心、「それだけかよ・・・」と思いながらもこの迷宮区で口論になる事態を避けるため、キリトは珍しく空気を読みつつ、次なる言葉を選んだ。

しかし、それもまた彼女の言葉で中断されてしまう。

 

「あなたみたいな人でも、ちゃんと攻略やってるのね」

 

と、若干の嫌味が入ったような一言がキリトに発せられた。

 

「別にマッピングぐらいやるだろ、最前線で戦ってるんだから」

 

「へぇ、ちゃんと攻略組としての自覚はあったのね、《黒の剣士》さん」

 

「そっちこそ、ソロで最前線に出ることもあるんだな、《閃光》のアスナサマ」

 

お互い、何気ないことを言っているようで、その本質は嫌味の返し合いだった。この返し合いのやるせなさに、思わず二人してため息を吐く。しかし、ハモったところで仲が良くなるわけでもなければ、今までのことを水に流せるわけでもない。仕方なしに、折角安全エリアまで辿り着いたので休憩を取るべく、キリトはどかり、と岩場の近くに座り込む。アスナも、逡巡した末に休憩する選択をしたらしく、キリトと一定の距離を置いて座った。

 

「ーーーで?」

 

アスナがひと段落したであろうタイミングで、キリトは彼女に声をかけた。向けられた彼女の表情はやはり厳しく、眉を寄せている。しかし、怯むことなくキリトは彼女にその黒い瞳を向けた。

 

「あんたはなんでソロでこの迷宮区に来たんだ?」

 

「どういう意味よ」

 

「そのまんまの意味だよ。だって、攻略組最大ギルドの一つ《血盟騎士団(KoB)》の副団長様だぜ?ギルドがあんたのこと放ってなんかおかないだろ。それ以前に、あんたは攻略組の指揮をほとんど一人で担ってる。あんたがいなくなったら、今の攻略組はまた中途半端になるぞ」

 

「それがわかってて、いつも私の戦略に口を出すのね、キミは」

 

そう言ってキリトを人睨みすると、アスナは続けて答えた。

 

「別に、私だってギルド関係なく攻略することぐらいあるわよ。ソロプレイはキミだって一緒でしょ」

 

それに、と続けてアスナは言葉を紡いだ。キリトを見据えるその髪色と同じ、栗色の瞳は凛として強く光っていた。

 

「最近、この最前線であの噂(・・・)をよく聞くしね」

 

彼女が言った噂。キリトはほんの少し記憶を逡巡し、ああ、と呟いた。

 

「あの噂か。確かに、五十層を超えたあたりからよく聞くようになったよな。やっぱり、ヤツは最前線にいるのか・・・」

 

キリトの言葉にアスナは頷いた。

それはあるプレイヤーに関する噂だった。

 

真っ赤なマントを纏い、誰も見たことのない異形な形をした大剣を持って、常に最前線で戦い続けている男。

容姿は少年。自分たちと歳は変わらないだろうという身長。

しかし、それに見合わないほど大剣は大きく、その身長をほんの少し上回っている。

特徴的なそのマントと鉄刃から、周囲からは《深紅の剣鬼》と呼ばれている。

 

噂になったのは第五十層を超えたあたりからだった。

クォーターポイントである第五十層が攻略され、ほんの少しの間にその噂は津波の如く、攻略組から情報屋、中層、そしてアインクラッド中に広まっていった。

そして、そのプレイヤーの細かな情報について(と言っても容姿程度の情報だが)明らかになったのは、つい最近に行われた、第五十二層ボス攻略でだった。

今までは全線で《壁役(タンク)》同様に敵のヘイトを集め、その大剣で大きなダメージを与える、という戦い方だった。しかし、どういう訳か最近では真っ赤なマントを羽織り、まさに《異形》としか言いようのない剣を使って、攻略組の方針も聞かず、常の最前線で戦い続けている。ヘイトを異常なまでに稼ぎ、常にダメージを与え続けている。ボスモンスターの身体が、ダメージエフェクトで真っ赤に染まりきるまで、だ。

 

しかし、彼の詳細についてはわからない。

仮面や甲冑をしているわけではないので、容姿で男性か女性か、年端はわかるが、どんなスキルを持っていて、なぜそういう戦い方をしているのか。レベルやアビリティも一切が不明なのだ。

理由は、攻略が終われば、彼が勝手に姿を消すからだ。なので話したことがある者は愚か、声をしっかり聞いたことがある者すら、攻略組にはいないだろう。

 

「じゃあ、アンタがここにいるのは、その《鉄人(てつじん)》サマを見つけて、あわよくば《血盟騎士団(アンタのとこ)》に引き入れるためか・・・。随分仕事熱心だな。アンタのとこの団長さんが考えそうなことだ」

 

「キミと違ってね。まぁ、団長がそこまで考えているかはともかく、彼を見つけて、彼のことについて聞き出すのが私の仕事。だから邪魔しないで貰えると助かるわ」

 

「しないよ。俺はソロなんだから、彼とは関係ないしな」

 

ーーーそれに。

 

キリトは内心で呟いた。彼に関しては、もう一つの印象の方が強く、目の前に座す彼女同様、あまり好きではない方だと思っている。

今までも、安全マージンを欠いて突っ込むプレイヤーは五万と見てきた。その彼らのほとんどは返り討ちに遭い、命を落とした者さえもいた。

彼は恐らく、自分よりも他人を優先できる、謂わば『善人』の括りにいる者だろう。元ベータテスターだからと周りと勝手に距離を置き、沢山のものを手放して、置いていったキリトとは違うのだろう。

誰かを率いる力のある、このアスナと同種の人間なのだ、きっと。

 

だからこそ。

その狂気的なまでの最前線への執着はキリトの中でいい印象を与えてはいなかった。

彼は意図的に、自分の安全マージンへの配慮を外している。しかしながら、その配慮を捨てて尚、彼はボスを倒し続け、この最前線の攻略を生き残っている。

つまり彼には、そのくらいの強さと胆力がある。そして反対に、その強さがありながら、安全性皆無の特攻を続けている。これがどれだけ危険極まりないことか。

もう一年以上をソロで活動してきたキリトにとっては、安全マージンは欠かせない。そうでなければ、一つの間違いで命を落としてしまうだろう。それだけ大事なものを捨ててまで、ボスを倒すことに執着する彼に、キリトは恐怖すらも覚えている。それが、彼が苦手な理由の一つだった。

 

そんな思いを胸の内で吐露しつつ、キリトは足に力を入れて立ち上がった。

 

「まぁでも、折角ここまできたからな。邪魔はしないけど、マッピングは続けるよ。まだレベリングもあるしな」

 

「あっそ。まぁ、私もあなたが邪魔しないなら問題ないから、そろそろ行こうかしらね。マッピングは私もしなきゃだし、アイテム探索もーーー」

 

そう言って、アスナが腰を上げた時だった。

 

 

 

「その必要はないぞ」

 

 

 

その声に、二人は自身の剣の柄に手をかける。声がした方ーーー迷宮区の深層部へと続く道の門に、その人物は立っていた。

 

真っ赤なマント。

真っ白な髪色。

その背中には彼の背中よりも大きく、複雑な形をした、文字通りの異形の大剣。

 

「だれ!?」

 

アスナの警戒の色が滲んだ声が発せられる。

しかし、件のプレイヤーはその声を聞いても顔色ひとつ変えず、平然とした声で答えた。

 

「さっきお前らが話してただろうが」

 

「あなたは迷宮区から来た。わたしたちは安全エリアにいたわ。普通違うエリアにいる、もしくは個室にいるプレイヤーの会話は盗み聞きできないはずだけど」

 

「お二人さんがオレの《索敵》にひっかかったから、念の為使ったんだよ、スキルを」

 

アスナは訝しめているが、キリトは心当たりがあるのか、顔を引き締めた。

 

「《聞き耳》スキルか…」

 

「そういうこと」

 

そう言うと、謎のプレイヤーはドカリっと、キリトとアスナの目の前に座り込んだ。

いきなりのことで口に出していなかったその名を、二人は口にした。

 

「あなた、《深紅の剣鬼》……」

 

「《鉄人》……」

 

その名を呼んだ時、目の前の少年は苦笑いをした。キリトは思った、こんな風に笑うんだな、と。

その顔は、年相応の凜としつつも、魔の抜けた、しっかり少年の笑い方だった。

 

「オレは《剣鬼》じゃなくて《剣士》なんだけどな。なんで《鉄人》って呼ばれてるのかは知らないが、そこまで大層なプレイヤーじゃないぞ、オレは」

 

確かに、こうして話していると、ボス攻略で最前線を駆け抜けていたプレイヤーとは思えない。

ましてや、《剣鬼》や《鉄人》と呼ばれているとは、とても思えなかった。

 

「あんた、だいぶ穏やかなヤツだな…」

 

「元からこの性格だ。本当に、この世界のプレイヤーはオレのことをなんだと……」

 

すると、ずっと黙っていた栗色の髪の少女が、 《鉄人》と呼ばれた少年の目の前まで迫った。光が逆光になった少女の体に影が落ちる。

 

「《深紅の剣鬼》、話を聞いていたのなら話が早いわ。なぜあなたは最前線であんな危険な、しかも攻略の均衡を崩すような戦い方をするの?」

 

アスナは眉間に皺が寄り切り、歯を食いしばっていた。その顔は、ボス戦攻略の時の彼女の顔に似ているな、とキリトは思った。

そのアスナの質問に、鉄人の少年は静かに口を開いた。

 

「別に、あの戦いでオレにできるだろう最善を尽くしてるつもりなんだが、アンタにはそう思われてたんだな」

 

そう呟いた少年の顔は、ひどく穏やかだった。アスナも、その笑顔に当てられたのか、その端正な顔にほんの少し驚きを写した。

少年は続けて、言葉を紡いだ。

 

「オレの目的は、この世界に囚われたプレイヤーたちの解放と、オレ自身が現実世界に帰ること。攻略組の指針と何も変わらない」

 

「なら、なんでボスに、あなたの安全を顧みずに突っ込むの?それが、本当に攻略の役に立っていると?」

 

「アンタらが折角考えてくれた攻略法を荒らしていたのはすまなかった。正直な話、オレもボス戦終わってから毎度、やり過ぎたなとは思ってたんだ。オレの身勝手な行動で、アンタらの邪魔をして、悪かった」

 

そう言うと、彼は胡座になり、両膝に手を乗せて頭を下げる。まさか、《鉄人》と恐れられた少年に頭を下げられ、さすがのキリトもアスナも驚き、キリトはイヤイヤ、と手を振って否定する。

 

「確かに無茶苦茶な戦い方だとは思ったけど、そのお陰で救われたプレイヤーだっているわけだし…。まあ、もう少し人の話は聞いた方がいいとは思うけどな」

 

「悪かったな」

 

キリトの言葉に、アスナは『あなたが言う?』とでも言いたそうな顔をするが、キリトは目を逸らして、スルーを決め込んでいる。

その言葉に素直な謝罪を口にした鉄人を見て、キリトは思ったことを口にした。

 

「あんた、本当に《鉄人》なんだよな?なんか、聞いてた話と違うというか…」

 

「だから、どんなイメージだったんだよ。そりゃ、戦闘になると一気に周りが見えなくはなるが…」

 

「それは俺も似たようなモンなんだけどさ…。もっとこう、恐ろしさを体現したようなヤツだと思ってたよ。そんな変なデカイ剣振るうくらいだし…」

 

「まあ、この世界じゃ、武器がプレイヤーを作る、みたいなところあるからな。そのせいもあるのか…」

 

実際、キリトの知り合いには両手剣使いはいない。一番近い位置では、エギルという、気前のいいぼったくり商人の両手斧使いがいるが、あくまで斧なので、剣ではない。それでも頼もしい男なのに変わりはないが。おまけにゴツい褐色肌の外国人なので、頼り甲斐がありすぎる。おそらく日本人しかいないであろうこの世界で、あまりにも忘れられない容姿だ。

そんなキリトの思考が一人の巨漢外国人の姿を思い出している外で、鉄人の少年は顔を俯け、それに、と続けた。その顔は、寂しそうであり、やるせなさそうでもあり、それでも少年らしい笑顔を絶やすことのはなかった。

 

「まあ、あと理由があるとすれば、現実に帰って、やりたいこと…、会いたい人がいるからだな。その子のためにも、早く現実に帰りたい。今すぐにでも。もしかしたら、それがオレの戦い方に出ちゃってたのかもな」

 

そう言って、顔を上げた少年には、先ほどの哀愁も静寂も感じなかった。そこには、決意を固めたかのような、眩しいくらいの強い笑みがあった。端正な顔のせいで、余計にその笑みは眩しく見えた。

 

 

「だから、悪いけど副団長さん。あんたの指示に従え、ということはオレにはできない。オレは、幽霊になってでも、現実に帰らなきゃいけないんだ」

 

 

そう真っ直ぐにアスナを見つめて伝えられた言葉は、キリトの心にエコーのように残って、少しずつ染み渡るようにキリトの心に溶けていった。

 

キリトはこの言葉を聞いた、真正面から聞かされたアスナが、どんな顔をしているのか気になり、アスナの方へと目をやった。キリトからは、その横顔は栗色の長い横髪のお陰で伺うことはできない。沈黙が約三秒。突然、アスナは、元来た迷宮区の方へと体を向けて歩き出した。キリトも白髪の少年も、目をパチクリとさせる。

数歩歩き、アスナは立ち止まって振り返らず、しかし首をほんの少し動かして言った。

 

「あなたにも事情があることは理解しました。でも、あんな無茶苦茶な戦い方で前線を掻き乱すことは、攻略組をまとめる立場として見過ごすことはできません。ボス戦への参加は認めますが、今後はその行動は慎むように。命を削って戦っているのは、あなただけではありません」

 

「あ、はい、気をつけます…。だが、オレの攻撃は絶対に攻略には有効だから、できるだけ使って欲しいーーー」

 

「それも問題ありません」

 

鉄人の少年の言葉を遮るように、アスナは続けた。

 

「あなたの戦い方やあなたの強さは、既に十分知っているので。今後は、それも視野に入れた攻略法を考えます。なので、もしイレギュラーな事態が起こった時の対処は、任せます」

 

威厳のあるその声色とは裏腹に、その言葉は《攻略の鬼》と呼ばれた少女からはかけ離れたものだった。いつも言い争っているだけに、キリトはその言葉に余計に驚いたが、同時に彼女らしいとも思った。第一層に共にコンビを組んだことはあるが、その時にも似たような優しさを、彼女には感じた。きっと根は優しい子なのだろう。ならせめて、その態度をキリトにも分けて欲しいし、それが考えられる余裕があるくらいなら、いつものとんでも攻略法はやめて欲しいのだが…。と思っていると、少年は既に立って迷宮区の方を向いていた。

 

「いや〜、流石に『もう攻略に参加するな』とでも言われるかと思ったけど、よかったよかった」

 

「言われる自覚はあったのか?」

 

「無意識だったのは本当だが、思い返してみると色々やっちまってたなー、とは思ったんだ。でも、ワケを話してよかったよ。ちゃんとわかってくれたみたいだし」

 

ーーーなら、今回のことはちょうどよかったのかもしれない。

 

キリトは思いながら、そうか、と呟いた。しかし、あの《鉄人》とまで呼ばれた少年がそんな理由で戦っていたとは、と、どこか好奇心にも似た感情がキリトには湧いたが、流石に現実世界の話を持ち込むのはマナー違反なので、黙ってアスナについていくことを選んだ。心なしか、足が軽いような気がする。

 

「じゃあ行こうか。深層部の迷宮区から戻ってきてたってことは、もうマッピングは済んでるんだろ?」

 

「ああ。早朝から潜ってたから、大体六時間くらい居たのか」

 

「結構居たな。じゃあ、帰ってボスの攻略について話し合おう。こりゃうまくいけば、今日中にボス攻略が開始されるかもな」

 

「ああ、腕が鳴るぜ」

 

「まだ戦うつもりかよ…」

 

そう会話しつつ、二人はアスナの背を追って元来た迷宮区の中へと入っていった。相変わらずな別れ道で迷路になっているが、最初に迷いまくったお陰で、ほとんどはマッピングが済んでいる。あとは帰るだけだ。

 

目的も、戦い方も、戦う理由も違う彼らは、それでもこの世界を進んでいく。

 

しかしまだ物語は始まっていない。

 

なぜならこれは、《鉄人》と呼ばれた剣士の少年と、彼が想い続ける、とある孤独な少女の話なのだから。

 




初めまして。
羽猫の一族の執筆者「梟」です。
初めての投稿する小説になります。
暖かい目で見守ってください。
まあ、本編はだいぶ冷めているかもですが!
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