――あなたがいなくたって世界は続くけれど。

※作中に以下楽曲の歌詞を使用しています(作品コード掲載済みです)
Inspiration by amazarashi「そういう人になりたいぜ」
music, lyrics by 秋田ひろむ

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第1話

 久し振りにツクヨミに降り立った。今日も大勢の人たちが大通りを行き交い、あちらこちらではパフォーマンスが行われている。それぞれ足を止める人たちがいて、時折拍手が聞こえてくる。

 そんな世界が私は好きだった。お金の無かった頃は数少ない現実逃避先だった。そして、かぐやが居た時は……。

 喧騒から逃げるように裏路地に入る。足音だけが反響して、この空っぽな心を切なく鳴らす。どんなにいつも通り振る舞ったって、一度満ち足りたものはそう簡単には埋められやしなかった。

 薄暗い家屋の間を抜けて、いくつもあるツクヨミのお気に入りスポットの一つである、小さいアーチの橋の上にやってきた。街灯もあまり少なく、人通りもそんなに多くはない。そんな橋の上でひとり、ショルダーキーボードを構える。

 少ないとはいえ、こうして人前で演奏するのは、かぐやの卒業ライブ以来で妙にそわそわする。

 いつかかぐやはこのツクヨミを、「月に近い場所」だと言った。それなら、ここで歌えばかぐやの元に届くんじゃないか――そう思ったのだ。

 これから歌おうとしている曲は、私が作った曲ではない。けど、ヤチヨの曲でもない。最近知ったアーティストの曲だ。

 かぐやが居なくなってしばらく、かぐやの姿がチラついてしまってヤチヨの曲が聴けない日々が続いた。

 だけど、どうにか仮初でもこの心を埋めてくれるものを探して、ずっとショート動画を見漁っていた時に、この曲と出会った。

 何度も聴いていていくうちに、やっぱりかぐやといた日々のことを思い出してしまって、ものすごく泣いた。泣きに泣いて、泣き止んだ頃には、ふとそんな日々のことを、ほんの少しだけ前向きに捉えられるようになっていた。そんな曲のことを、いつしか私は好きになっていた。

 だから、かぐやにも聴かせてあげたかった。いつだって、好きなものは一緒にシェアし合っていたから。かぐやにも「この曲いいね!」って言って欲しかった。

 試しに鍵盤を叩いて音を鳴らしてみる。今日も綺麗なピアノの音が響いて、ふう、と心を落ち着かせる。歌詞を(そら)んじるだけで泣きそうになる。けど、歌わなきゃ。

 頭の中に流れるあの優しい前奏を弾き始める。歌詞の全てがそうというわけじゃない。だけど。

 すぅ、と息を吸う。

 

――僕はあんまり出来た人間ではないから 君が嫌になってしまうのも しょうがないと思ってるよ

 

 かぐやと出会ったあの日、とにかくお母さんに認められるために必死だった。だから、とにかく酷いことを言ったなあ、と思う。

 そう誰かに言えば、「しょうがないよ」と言ってくれるかもしれない。でも、そんな言葉で片づけたくはなかった。

 

――そんな歌を歌ってしまう僕を見ても 君は笑ってるぜ

  そうだその笑顔を好きになったんだ

 

 それでもかぐやはいつだって笑顔で、とにかく無理を押し通してきた。人の気も知らないくせに――なんて思った事もあったけど、そんなかぐやがいなかったら、きっと私はいつまでもずっとあのままだった。人の温もりすら知らずに、大人になっていたかもしれない。

 

――涙こらえて立ちつくす 人の背中をそっと押してやる

  どんな時だって優しい顔 そういう人になりたいぜ

 

 かぐやの無理と、日ごろのストレスがたたって風邪を引いた時も、いつもなら無理にバイトに行ってたところを引き止めて、あったかいおじやを作ってくれた。

 あの時もどうにかこうにか元気にさせようとしてくれたっけ。今思えば、あの言葉は飲み込んで正解だったな。

 

 歌は静かに続く。言葉を積み重ねていく度、しまい込んでいたかぐやとの思い出が色鮮やかに蘇っていく。

 ひとつひとつ紐解いていく度、足を止めて聞いてくれる人も増えていった。それほど大声で歌ってるつもりじゃなかったけど、次々と大通りの方から人が流れてきていた。やってきた誰もが静かに聴いてくれていて、中にはすすり泣いてくれている人もいた。そんな姿につられてとうとう涙が滲んできてしまった。

 

――当たり前に心から笑えて 当たり前に日々を駆け抜けて

  当たり前に疲れて眠ってる そういう人になりたいぜ

 

 破天荒で、全然言うことも聞かない。あんなに「邪魔しないで」って言ったのに、事ある毎に邪魔をしてきて。

 なのに、結局最後は笑って許してしまう。許せてしまう。それだけいつも楽しくって、笑わせてくれたから。だから。だから。

 

――そういう君が好きだから そういう君が好きだから

 

 気が付けば数え切れない人が集まっていた。その中に見知った顔は居なかったけど、誰もがしんみりと私の次の歌声を待ってくれていた。見渡してみれば、静かに頭を揺らしたり、口に手を当ててくれたり。動画の中で見たハットに似た帽子を被った人もいた。

 

 間奏を静かに弾いていく。どこか懐かしげに、優しく続くコード進行に次第に涙が滲んできた。かぐやのあの底なしに楽しそうな笑顔が脳裏に蘇る。もう、見る事の出来ないあの笑顔が。

 こうしてツクヨミで演奏してる時には、いつも楽しそうに歌っていたかぐやがいた。こうして独りで弾き語りしていると、余計にかぐやの不在が心を突いてしまって。

――かぐや……。

 つい弾いていた手が止まってしまった。次の歌詞を思ったら、とうとう涙が決壊した。どんなに手を伸ばしたって、もうあの手は掴めない。掴めない場所に行ってしまった。このツクヨミが月から近いって言ったって、かぐやの温もりはもうここにはないのだ。

 それでも……それでも歌いたかった。

 この曲で、一番好きなところだから。ここからが、かぐやに伝えたいところだから。

 袖で涙を拭う。それでも溢れ出る涙はもう諦める。思いっきり息を吸い込む。もう……どうにでもなれ。

 

――君の気が狂っても待っている奴がいるぜ 君の家が無くなっても帰る場所はあるぜ

  君を守る為世界を終わらせてもいいぜ そこで僕は凍えて死んじまったっていいぜ

  夕焼け空が悲しいな 世界が終わりそうな色だから

  洗濯物は放っておこう 世界は明日も続くけれど

 

 声が震えた。ひっくり返りそうになるのを必死に堪えて叫んだ。

 ばかやろう。最後の最後まで自分勝手に、居なくなって。

 居た痕跡も失くさずに居なくなりやがって。

 ほんとに、本当にかぐやは。

 

――さよならでも涙見せず いつもと変わらない その笑顔

  自分の事より人の心配 そういう人になりたいぜ

 

 月に帰る時のあの言葉がずっと頭から離れてくれなかった。

 時折口にしていた「彩葉大好き」って言葉。素直にちゃんと返せなかったことを未だに後悔している。ちゃんと伝えられたら、帰るのやめてくれたかな、とすら思う。

 だからいつか。かぐやが帰ってきた時は、ちゃんと言おうって心に決めていた。かぐやみたいに、自分の気持ちは正直に言えるようになりたい。そんな、かぐやみたいな人に。私は。

 

――そういう人になりたいぜ そういう人になりたいぜ

 

 「そういう人になりたいぜ」と動画のあの人のように精一杯力を込めて叫ぶ。

 それとは反対に優しくキーを叩いて弾き終える。あちらこちらから鼻を啜る音が聞こえてきて、ほんの少しでもかぐやのことを思い出してくれたのかな、って――それだけでも嬉しかった。

 雨音のように静かに降り注ぐ拍手に、「ありがとうございます」と精一杯笑う。もう、限界だった。

「私の曲じゃないんですけど。……聴いてくれて、ありがとうございました」

 お辞儀をして、足早にツクヨミからログアウトした。戻ってきて、ほんのりと温くて、どうしようもない寂しさが心に満ちていた。

 カーテンを開けて空を仰ぐ。綺麗な三日月が空高く昇っていた。

――かぐやに、届いたかな。

 そんな問いかけに答えるように、かぐやから貰ったブレスレットが淡く光った。……気がした。

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