校門を出て街の中心へ進む二人。
戦場ヶ原ひたぎは阿良々木暦の半歩前で歩く。
冷たい風が、彼女の丁寧に手入れされた紫色の髪を揺らした。
その後ろを、自分の失態を悔やむように俯いて歩く「親友の恋人」の気配を感じながら、戦場ヶ原ひたぎは自分の胸の内に澱のように溜まった感情を、冷徹な論理で仕分けし続けていた。
「……バブ、ね。本当に、救いようがないわ。阿良々木くん」
言葉とは裏腹に、戦場ヶ原ひたぎの心臓は、彼が隣にいるというだけで不規則なビートを刻んでいる。
それは戦場ヶ原ひたぎにとって、最大の「計算違い」であり、「屈辱」でもあった。
-閑話休題-
私は、彼に振られた日のことを忘れない。
正確には、私が差し出した精一杯の独占欲を、彼が「羽川翼」という名の絶対的正解を選び取ることで、優しく、しかし残酷に拒絶したあの瞬間を。
(嫉妬? いいえ、そんな低俗な言葉で片付けられるほど、私の感情は安っぽくないわ。……これは、私の存在という物語が、彼という読者に否定されたという、ただの事実の確認よ)
そう自分に言い聞かせても、羽川翼の名を呼ぶ彼の声を聞くたび、指先はカッターの刃を求めるように微かに震える。
羽川翼。
自分を地獄から引き上げてくれた恩人であり、親友。
彼女の「全知」は、私の「欠落」をすべて包み込み、そして彼をも包み込んだ。
勝てるはずがない。
神に挑む人間のような無謀さを、私は冷めた目で自覚していた。
なぜ、こんな男がいいのか。
戦場ヶ原ひたぎは、歩調を緩めることなく自問する。
(お人好しで、偽善者で、自分の命の価値を端数のように扱う。……私の毒舌に怯えながらも、最後には必ず、私の重荷を半分背負おうとする。……あの、救いようのない『お節介』。……あれが、私の凍りついた時間を溶かしてしまった)
彼が自分に向けてくれる「優しさ」は、いつも平等で、それゆえに特別ではなかった。
それが耐え難かった。
私は、彼にとっての「唯一」になりたかった。
彼の正義の味方としての献身ではなく、一人の男としての、醜い独占欲の対象になりたかったのだ。
「ねえ、阿良々木くん。そんなに項垂れないで。あなたの後頭部を見ていると、そこに新しいバブでも貼り付けてあげたくなってしまうわ」
振り返らずに放つ言葉は、いつものように鋭い。
だが、その視線の先にあるのは、夕日に染まる街並みではなく、ガラスに映る「恋に破れた自分」の、あまりにも滑稽な姿だった。
(私は、あなたのこういう『童貞臭いところ』が好きだったのよ。……バブを選んでしまうような、その愚直なまでの思慮のなさが。……羽川さんなら、きっとそのバブさえも慈しむのでしょうね。……悔しいけれど、それが彼女の強さで、私の負けた理由だわ)
羽川翼への嫉妬。
それは、彼女の持つ「正しさ」への嫉妬であり、彼がその「正しさ」を選んだことへの、やり場のない憤りだった。
「……戦場ヶ原、本当にごめんな。僕が馬鹿だったよ」
後ろから聞こえる、申し訳なさそうな声。
その声に、微かに唇を噛む。
彼に謝ってほしいのではない。
彼に、自分を嫌いになってほしいのでもない。
(……阿良々木くん。……あなたは知らないでしょうけれど。……今の私の『超暴力・絶対服従』というスローガンはね。……あなたに拒絶された私の心が、これ以上壊れないように張り巡らせた、防護柵のようなものなのよ)
不意に足を止める。
宝石店や雑貨店が並ぶ、煌びやかなショーウィンドウ。
その光の中に、自分の恋心を、誰にも見つからないようにそっと埋葬する。
「……さあ、着いたわ。ここよ。……阿良々木くん、今日中に私が納得するプレゼントを選び出せなかったら、あなたの肺の中に直接炭酸ガスを注入して、全身から泡を吹かせてあげるから。……覚悟しなさい」
私は最高に不敵な、そして最高に寂しい微笑みを浮かべて、店内の光の中へと踏み出した。
背後にかつて愛し、そして今も愛している男を引き連れて。