突然辺りに響く勝気な声。その声の主は、俺とアビドスの面々の間に、割って入るように現れた。
肩あたりで切り揃えた金髪を靡かせ、青い瞳を俺に向けてくるその子。頭部に羊の様な角を生やしたその子は、
「キミ、ヘルメット団の────」
「お、メットなくてもわかるモンだな。トーゼンか、色々世話してくれたみたいだし。ありがとよ」
ああ、間違いない。カタカタヘルメット団のリーダー。ヘルメットを通さない、曇りのない声を聞いたのは初めてではあるけども────。
「何でキミがここに、」
「おっと。その辺の質問は今はナシだろ。……今はあっちをどうにかすんのが先じゃね?」
迫り上がった問いかけが言葉に遮られ、ゆっくりと飲み下す。視線を前に向ければ、淡い光に包まれたPMC理事がしきりに辺りへと電気を迸らせ、それを守る様に前に立つ、ヘルメット団の生徒の傀儡が二人。
……状況は変わらない。むしろ始まったばかりだ。
「わかった。じゃあキミも、シロコたちと一緒に部屋の中のヘルメット団の子達の救出と、ホシノの保護を頼む」
「なーに甘えたこと言ってんだよ。ンなのアビドスの三人だけで十分だろうが」
背中を鳴らす、小気味の良い音が辺りに響く。それから、深く長いため息の音も。
「地獄に一緒に落ちることはしねェ。でも引き上げるために手は差し伸べる。そう言ったのはアンタだろ?」
「────、────」
「自分のケツは自分で拭く。
視線は再び俺に向くことは無い。銃を構えたその背中だけが見えて、その姿は『もう語ることは何も無い』と主張している様だった。
視界の隅には、躊躇いがちに得物を構えるシロコたちが見える。浅い呼吸が数度繰り返され、その場の全員が息を吐くタイミングが、重なった。
「わかった。終わらせよう」
駆け出す。脇目もふらず、一直線に。迎撃の構えを取ったPMC理事の懐に飛び込んだその瞬間、
「づ、ぁ────!」
強い衝撃が肉体にぶつかる。神秘で増大した、腕力にモノを言わせたような凄まじい右フックだった。
俺の身体は壁に激突し、それでも勢いが止まらず突き破る形で砂漠へと転がっていく。数度、砂の上を投げ飛ばされたボールの様に跳ねて、それでようやく勢いが止まった。
……鉄の味がする。赤色が混ざった唾液を砂の上に吐き出して、それでもゆっくりと立ち上がった。
「……理解できんな」
「────何が、だよ」
「何故そこまで生徒のために身を削る。何故そこまで身を挺す? そこまでする責任は、おまえには何も無いだろうに」
拳が振るわれる。ぐら、と視界が揺れて、遅れて痛みがやってきて。震える足で砂を踏み締め、決して倒れることはない。
「逃げ出したいだろうに。おまえの身体が悲鳴をあげてるのがわかるぞ? 自覚しているだろう。このままでは、おまえの命の炎は消える」
『────、い!』
意識が暗転する。必死に手繰り寄せる。気がつけば俺の身体は倒れていて、青い空を仰ぎ見ていた。
それでも、もう一度────、
『────んせい!』
───√ ̄ ̄Interlude 20
……意識が、引きずり戻される。身体の中にある、大切な『何か』────それが何処かに吸収され、止まって、補填されればまた吸収される。私の命を弄ぶ様な気持ち悪い感覚に慣れつつある自分がいて。
────吸い出される。止まる。吸い出される。また止まる。
僅かに開いた口から苦悶の声が漏れ出て、霞む視線を擡げた、その中に。
「ホシノ先輩!!」
ここには居ないはずの────。居てほしくない顔が、目の前にあった。
「……シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん……? どうして、ここに」
「助けに来たに決まってるでしょ!? アヤネだって、今外で頑張って────ああもう、何よこの機械!? 見るからにヤバそうじゃない!!」
「……壊す?」
「壊すのはまずいですよぉ〜……先生のタブレットが置いてありますし、解析中なのでは?」
私の困惑を他所に話は進んでいく。慌ただしくやり取りする後輩たちの、その後ろで、
「────!?」
凄まじい轟音。煙を伴って壁に穴が開き、何かが砂漠へと転がっていくのが見える。
「ッ、……先生!!」
声が出ない。必死に声を振り絞っても、か細い声しか出てくれない。
私の呼び声は、彼には────先生には届かなくて。白かったはずのシャツを自分の血で真っ赤に汚して、虚ろで……焦点が合わない目をしていても。それでも、立ち上がる。立ち上がってしまう。
「だ、誰か通信機貸して、お願い!!」
◇Interlude out◇
『先生!!』
「────ホシノ?」
ホシノだ。ホシノの声だった。耳に当てがったAR機器から、苦しそうな呼び声が聞こえてくる。
『もうやめて、立たなくて良いから。やめよう? もう……』
「そういうワケにいくか」
『意地張らなくて良いからさ……もうやめようよ。今ならまだ、話せば理事もわかってくれるから。きっと────』
音が漏れていたのかもしれない。声が聞こえてきたのかもしれない。目の前でPMC理事は拳を下ろすと、また押し堪えた様な笑いを────不快で不快で仕方ない笑い声をあげる。
「そうだな。今ならまだ、穏便に済ませる余地はある。小鳥遊ホシノを諦めろ、シャーレの先生。そうすれば我々も手を引くと約束する」
「……断る」
『何で────何でそんな、』
ホシノの悲痛な叫びが耳に痛い。胸に痛い。頭の中でガンガンと響いて、意識を保つ手を揺さぶっている様な錯覚すらあった。
────そもそもさあ。それ、オマエが全部首を突っ込まなきゃいけない問題なワケ?
────何故そこまで生徒のために身を削る。何故そこまで身を挺す? そこまでする責任は、おまえには何も無いだろうに
────何でそんな、
みんな口を揃えて俺に問いかける。同じ疑問を投げかけてくる。
何故俺はまだ立ち上がるのか。首を突っ込むのか。
何故そこまで、自分自身の身を削るのか。
別にそんなに不思議なコトじゃないと思う。変なコトでもないだろう。
目の前に困っている人がいる。助けを求めてる人がいる。そこに手を差し伸べるコトの、何が不思議なのか。
「────決まってるだろ。俺が
『は……?』
「先に生まれて、後を続く者の道を示す。それが俺の役目で……『
その答えは昔から変わらない。ずっと、切嗣から夢を継いだあの日から。
「……それに、ホシノ。アビドスは多数決じゃなくて全員可決制なんだろ? ここに来て、一番最初にキミから教わったコトだ」
『────、────』
「だからまだ、退学届は受理してない。むしろ破り捨てた。あんな一方的な別れ、許してやるワケないだろう」
剣を握る手を緩め、干将・莫耶が足元の砂に突き刺さる。
「一緒に帰るぞ、ホシノ」
ポケットに手を入れる。指先に硬い感覚が触れて、徐に『ソレ』を取り出した。
「────そうか、なら交渉決裂だな。甘い夢を抱いて、そのまま死ね」
いつか、何処かの誰かに言われたような言葉。
悪いな。その話は、とうの昔に乗り越えたんだ。俺の夢は決して間違いなんかじゃない。
誰かを救いたいという気持ちも。誰も彼もを救いたいという気持ちも、決して────。
「
懐から取り出し、掲げた真っ黒い一枚のカード。
ソレが、眩い光を放つ。
短い、詠唱でも何でもない言葉に従う様に────契約の執行が始まった。