本来、神秘を用いた殴り合いは────衛宮士郎の土俵ではない。
士郎は魔術師としては未熟であり、それでいて異質である。サーヴァントを単独で撃破した事例はあれど、条件付きの勝利。魔術界に蔓延る『化け物』と比べれば、せいぜいその足元に到達した頃合いである、と。本人も認識している通りであった。
対し、相手が身に宿すのは『小鳥遊ホシノ』の神秘。神代の神秘を纏った機械人である。士郎が身を持って知った通り、『殴り合い』や『力比べ』では敵わない。……同じような存在を自ら戦場から遠ざけた事実は一旦横に置いておいて、だ。
魔術師としてはからっきし。扱える魔力の量も、このキヴォトスの中では底辺に位置する男。
────しかし、この世界でも戦える様な才能があった。
「なんだ────!? 何をした!!」
眩いまでの赤い光が辺りを埋め尽くし、士郎と対面した機械人……カイザーPMC理事が、驚愕の声を上げた。
その光は魔力の奔流。
衛宮士郎が
形に違わず、姿に違わず────未来の自分から魔力・運命力を
一ヶ月先の自分から借り受けた数日分の魔力と運命力が集合し、士郎の左手の甲に『
あの日の戦いと同じ形の、魔力の結晶を。
「────
令呪は士郎の声に呼応し、その一画が痕を残して消失する。瞬間、魔力が士郎の身体を駆け巡り、彼の中に埋め込まれた────今は縁を失い、強い効果を発揮しないはずの聖遺物が、士郎の身体を修復していく。
「ホシノの神秘は確かに凄まじいよ。正直、敵わないって思った」
「────、────ッ!」
「けど、そんな膨大な神秘に
折れた肋骨。へしゃげた腕。破裂しかけた内臓は逆再生されたビデオのように『正常』を取り戻し、変わらずその瞳には『戦意』が宿っている。
「俺の身体が悲鳴をあげてるのがわかる、と言ったな。PMC理事」
────神秘の貯蔵量も出力も敵わず、この世界では最底辺。
「俺にも聞こえるぞ? アンタの身体が悲鳴をあげてるのが」
────その中でも唯一、士郎が勝ち得るだけの土俵。
「さあ、我慢比べといくか。トコトン付き合ってやる」
────先に倒れた方が負け、というルールの元行われる戦いであれば、衛宮士郎はこの世界で最上位にも匹敵する。
◇◆◇
焼き切れた魔術回路が修復されていく。身体の至る所から軋む音が響き、身体が『正常』へと強制的に戻されていく気配がある。
シャツには血の赤色だけを残して。俺の身体はすっかり、綺麗に元通りに修復された。
「
干将・莫耶が両手に握られる。投影速度にも異常は特に見られない。柄を握りしめた掌も、しっかりと捉えて離さない。
目の前の男の身体はしきりに軋む音を立てて、砂の地面へと青色の電気を放流している。その態度は一見余裕に見えて、それでも身体は限界が来始めているようだった。ほんの少しの焦りが滲み始めているのがわかる。
「あとどれくらい耐えられる? 五分か? 十分? ……いずれにせよ、最後まで付き合ってやるよ」
「この────、!」
俺の言葉に答える余裕すらない。振るわれた拳は依然、視認することは叶わないし躱せない。咄嗟に眼前で交差させた両腕へと強い衝撃が走り、俺の身体を大きく後方に吹き飛ばす。
「何でそこまで、ホシノの神秘に固執する?」
「ッ、」
「苦しいんだろう。辞めちまえばいい。それとも……それがアンタの思う『大人の仕事』なのか?」
瞬間、砂の地面が大きく抉れるほどの跳躍。凄まじい速度で視界から消えたPMC理事は、瞬きの間に俺の眼前へ現れた。既に、両腕を振り上げた状態で。
「
魔術回路が唸りをあげる。五枚の花弁の盾が現れて、振り下ろされた両腕を受け止めた。
強い衝撃波。辺りには花弁の壁が砕かれていく音が響き、最後の一枚がその勢いを堰き止める。
「────っ、づ、」
足の筋肉が断裂していく音が聞こえる。骨が軋む。噛み締めた奥歯がひび割れ、呼吸がままならない。盾が耐えられたとしても、俺の身体が耐えられるかどうかはまた別問題だった。
「ご、ぶ────」
太い腕が俺の皮膚を破り、内臓が掻き回されるのがわかる。背骨が鈍い音を立て、背中の皮膚が裂けるような痛みが走り、たたらを踏むように咄嗟に後退する。
傷口は見ない。口の中まで迫り上がってきた血反吐を吐き出し、
「
身体が痛みを置き去りに『正常』へと戻っていく。三途の川に片手の指先をかけた意識を引きずり戻す────。
「……なるほど。その超回復をかなり勿体ぶる辺り、無限に繰り返せるものではないな」
「さ、て。どうだろうな」
意識が明滅を繰り返している。それでも俺の身体は健康体だ。まだ剣は握れるし、両足はしっかりと砂を踏み締めている。
それでも痛みの残滓が吐き気を生み、意識にヤスリをかけて────諦めてしまえ、と。強く主張を繰り返すものだから鬱陶しかった。
「手の内を明かすわけがない、か。いやしかし……そうさな。本当におまえの気色悪い回復力が有限だというのなら、殺し続ければ良いだけだ」
「────、────」
「おまえが愛する生徒たちの手によって、その命を何度でも折ろう」
PMC理事の右手が掲げられる。この場にいない誰かに、指示を飛ばすように。
「ヘルメット団のカード────その傀儡の連中の主導権は、私の手の中にある。戦場で朽ち、カードに戻った傀儡たちをこの場に投入し続ければ良いだけの話だ」
不愉快な笑い声。肩を揺らし、腹を抱えるほどに勝ち誇った笑いを上げながら、
「戦いは数が正義。昔からそう決まっているからな────おまえのその根性がいつまで保てるか、」
『ああ、ごめんね。悪いけど、誰ひとりカードには戻ってないよ』
高らかな宣言は、通信機越しの鬼方の声によって遮られた。
『カードの中に、強制的に
「────ッ、おまえ、」
『……怒りを向ける先は私でも先生でも無いでしょ。あの子たちを使い捨ての道具としか見てなかった、貴方自身』
────援軍は無い。PMC理事の身体から迸る電撃の強さが増し、大きな音を立てて身体が軋むのが見える。
まるで、内側から何かが食い破っているかのように……彼の外骨格がひび割れて、弾けた。
「
俺の声に呼応する形で最後の令呪が手の甲から消え、両手に握った干将・莫耶に膨大な魔力が流れ込む。
白と黒を基調とした夫妻剣はその奔流を受けて、刀身を更に長く、太く、強靭に変化させていく────。
「終わりにしよう、PMC理事。おまえの負けだ」
鈍い音を立ててひび割れていく外殻。それでも最後まで抵抗の意思は消えず、俺を迎え撃とうと右腕を振り上げる。
亀裂が入り込んだ右腕の付け根に刃を滑り込ませ、腕を叩き斬る────。
「この、」
限界が近いその身体は、神秘を受け止めきれていない。傷口からは絶えずホシノの神秘が粒子となって流れ出て、懐のカードへと帰っていく。
「やめ、やめろ!! 私は────」
次は左腕。鈍い金属音を立てて斬り離された左腕が宙を舞い、バランスを崩した身体が背中から倒れ込んだ。
「私は────!!」
「……そうやって、いくら生徒たちが助けを求めても、声を上げても聞かなかったのはおまえの方だろ。ちゃんと大人としての責任を取ってもらうからな」