待機エリアに転送されたオレの思考は、【
デスゲームと化したSAOでPK行為は御法度とされ、プレイヤー同士で戦う《デュエル》も、初撃決着かHP半減決着のどちらかのみ。HP全損の完全決着は暗黙の禁止事項となっていた。
だが、その状況にも関わらず積極的にPKを推し進めていた奴らがいた。それが【ラフコフ】のリーダーである『PoH』と、サブリーダーの立場に就いていた『CB』だ。
PoHはポンチョを深く被って顔を晒さず、CBは道化師のような仮面を着けて顔を隠していたが、その行動は最悪そのものだった。
煽動、誘惑してPKプレイヤーに仕立てるのは当たり前。システムの穴を突いて合法的にPKを実行するのも朝飯前。誤った情報を流して意図的に対立させてPKを誘発させたり、中にはダンジョンやフィールドのトラップを利用した殺害もあった。
彼等の拠点も分からず、誰もが対応に手を焼いていた頃、匿名で【ラフコフ】の拠点の情報が《攻略組》にもたらされた。オレとキリトも含めた《攻略組》はその情報を元に、ラフコフ討伐作戦を組んだ。あくまで連中を無力化、捕縛して監獄エリアに投げ込む為であり、誰も殺しをしようとは考えていなかった。
だが……【ラフコフ】はどういう訳か討伐作戦を知っていた。奇襲を仕掛けるつもりが、逆に奇襲を受けてしまった。そこから敵味方が入り乱れる混戦へと縺れ込み、双方に犠牲者を生み出す結果となった。幹部勢は全員捕らえたが、PoHとCBはその混乱に乗じて行方を眩ませていた。その足取りは、最後まで掴むことはできなかった。
その犠牲者の内の一人……【ラフコフ】のメンバーの一人を、オレはこの手で殺してしまった。次々と迫り来る躊躇いのない殺意、奥底から沸き上がる自分の死の恐怖から。仲間が殺される恐怖に駆られるまま。
その事実からオレは逃げずに向き合っていると思っていたが……
殺した相手の名前も知らず……いや、知ろうともせず、その重責から逃れる為に半端な考え方をして……逃げていた。
「ッ!」
急な強い光を視界に感じ、オレは反射的に飛び下がってしまう。見える景色が不規則な緩急で歪み、オレはその場に蹲ってしまう。
「ハァ……ハァ……!」
集中力の乱れで視覚と聴覚、触覚の感覚が狂っている。体感速度も狂い、このままだとマトモに動けないまま予選敗退となる。そうなれば
オレは目を閉じ、深く深呼吸をする。今はとにかく予選を勝ち抜いて本選へと上がる……奴が元【ラフコフ】なら、ゼクシードと薄塩たらこの死は偶然じゃない。何かしらの方法で殺害を実行している。あの場にいたのなら、奴もBoBに出場している筈。犠牲者をこれ以上出さない為にも、何としても本選に上がらないといけない。
……今はそれ以外を、考えるな。予選敗退で終わらない為にも……
またしても逃げの思考だと嫌悪しつつ、何とか意識のリズムを整えていく。何とか整えた直後、オレの耳に銃声が届く。
「ッ!」
オレは咄嗟に横へ転がりつつ、不完全な《ゾーン》を使う。視界に捉えた相手はサブマシンガンらしき銃を構え、オレに向かって撃ち続けている。
「―――ォォォォオオオオオオオオオオオオ……」
オレは声を上げ、光剣を手首を軽く動かす程度で振るう。何もかもがゆっくりとなった世界で、マトモな回避行動を取らず、相手へと突撃していく。
相手に近づく程に射撃の密度が増すも、オレは光剣の先端で相手の銃弾を弾いて近づいていく。振るうのではなく、添える形で銃弾を弾き、幾つかの銃弾が身体を掠める事にも気にも止めずに近づいていく。
そのまま相手との距離を詰め―――刀単発ソードスキル【辻風】の動きで力任せに光剣を振るい、相手の身体を両断する。勝利の音楽が流れるが、その余韻に浸る余裕はない。
とにかく今は最後まで勝ち上がる。今は、それ以外を考えるな。
オレは額のゴーグルを目元へと降ろし、次の試合に備える。勝って、勝って、勝っ……
「レーヴェ!」
プレイヤーネームを呼ばれ、オレは心臓が飛び跳ねそうになる。恐る恐る声がした方へ振り返ると……そこに立っていたのは、男の娘アバターのキリトだった。
「キリト……お前も勝ち抜いているんだな」
オレは内心を隠すように差し当りのない言葉を並べるも、キリトの心配げな表情は変わらない。その表情のまま、キリトが口を開く。
「……レーヴェ、何があったんだ?さっきの戦い方……明らかに普通じゃないぞ」
「…………」
キリトの問い掛けに対し、オレは答えることが出来ない。
「……予選が終わったら、ちゃんと教える。後……赤目の骸骨マスクのプレイヤーと、絶対に接触すんな」
「接触するな……?レーヴェ、今のは―――」
キリトの言葉は無情にも次の対戦相手が決まったことで、最後まで紡がれることなく本人共々消えてしまう。オレは申し訳のなさを感じつつも……次の対戦へと意識を集中させるのだった。
予選大会の決勝の相手は、私が予想した通りレオンハルトだった。一度負けた相手にリベンジできる……何時もなら戦意が昂って、勝利に飢える筈なのに、今は困惑の方が強い。
その理由はレオンハルトの戦いぶり……初戦の時とは明らかに違う、荒々しく余裕が一切ない、まるで追い詰められたかのような何ふり構わない戦い方。光剣の先端で銃弾を弾くという離れ技をやってのけていたが、それが何故か無謀な突撃にしか感じられない。本当に同一人物なのかと疑いたくなる程だ。
それに、あの時のレオンハルトは思い詰めたかのような表情をしていた。まるで何かに怯えていたかのように。偶然捕まえたキリトに聞いてみたけど、分からないようで首を横に振るだけだった。
……今はレオンハルトに勝つ事に注力すべきだ。アイツの事情なんて、私には関係ないのだから。
転送されたフィールドは《大陸間高速道》。幅100メートルのハイウェイが事実上のバトルフィールドで、私は壊れた二階建ての大型バスの中で狙撃の体勢に入る。
このエリアであれば、正面からでしか近づく事が出来ない。そして、物陰から出てきた瞬間を予測線のない一撃で仕留める。
勝ち筋も組み立て、後はレオンハルトが現れるのを待つだけ……レオンハルトに勝って、私は強くなる。過去に怯える私に……彼の“強さ”に嫉妬した弱い私と決別する為に。
私はレオンハルトが姿を現す瞬間をじっと待つ。そろそろ影が見えてきてもいい筈なのに、一向に姿を現さない。
その時だった。
スコープで見つめる先に、徐々にレオンハルトの姿が鮮明に捉える。漸く姿を現したレオンハルトは光剣を構えて走っているが……道路上の壊れた自動車やヘリコプターの陰に隠れることなく、真っ直ぐ走ってきている。
一体どういうつもり……?まさか……何時でも私の狙撃は避けられるとでも言いたいの!?
舐められている。
私はレオンハルトの舐め腐ったかのような行動に激昂し、怒りのままに引き金を引こうとする―――その直前で、レオンハルトは急に立ち止まる。光剣を居合のように構え、その場から動かなくなる。
スコープ越しに写るレオンハルトは息が荒く、顔から汗が滲んでいる。ゴーグルのせいでその目を確認することは叶わないが、纏っている雰囲気は真剣そのものだ。
そのレオンハルトの姿を見て、私は自分の勘違いに気付いた。レオンハルトは私のことを舐めていたわけではない。本気で私と戦おうとしていると。
「……上等よ」
私はそう呟き、スコープ越しにレオンハルトを再び見据える。距離は凡そ200メートル……ヘカートの放つ弾速なら、ほぼ一瞬で撃ち抜くことができる。
私はレオンハルトの頭部を狙う
予測線のない必殺の一射はレオンハルトに飛翔し―――
背後の車両二つが、衝撃を受けたように吹き飛んだ。
「なっ!?」
私は思わず驚愕してしまう。レオンハルトは躱すのではなく、光剣の一閃で今の銃撃を斬り飛ばした。初めて会った時の回避よりあり得ない、不可能な絶技の筈だ。
私が驚愕している間に、レオンハルトは地面を蹴って突き進んでいく。今の一射でこちらの居場所がバレた以上、このまま距離を詰められれば敗北は必須だ。
もちろん、負けてやるつもりはない。
私はボルトハンドルを引いて空となった薬莢を排出。次弾が装填されたヘカートを再びレオンハルトに……いえ、その進行上にある車両に向けて放つ。
車両やドラム缶などの人工オブジェクトには、一定以上の被弾で爆発するものもある。ヘカートの威力であれば一撃で爆発させる事ができる。その賭けに対し―――
「ッ!」
レオンハルトはギリギリで対処し、ヘカートの銃弾を明後日の方向へと弾き飛ばした。強引に対処したせいか、体勢が悪くなっている。
―――ここ!
私は既に次弾を装填していたヘカートの引き金を引く。あの姿勢からでは光剣は間に合わない。仮に間に合ったとしても確実に大きくバランスを崩す。そこを四発目の弾丸で撃ち抜―――
「―――え?」
私は思わず目が点となった。何故なら―――いつの間にか左手に握られていたレオンハルトのサブウェポンである《シリウス》の銃身が光となって砕け散るとほぼ同時に、背後にある廃墟と化したビルの一角が土煙を上げたからだ。
レオンハルトは無傷……背後にある車両にも異常がない。まさか……ヘカートの銃弾をサブウェポンで逸らしたとでもいうの!?あまりにもあり得ない!!ヘカートの……
私の驚きを他所に、レオンハルトは再び走り出して距離を詰めていく。光剣を左手に持ち替え……空いた右手で起動状態にしたプラズマ・グレネードを握り締めている。
「ッ!」
それを見た瞬間、私は直ぐに立ち上がってバスから飛び降りる。その直後、私が先程までいた二階建ての大型バスが爆発を起こす。
爆風に煽られた私はそのまま地面を転がり、起き上がるより先に光剣が首のすぐ横に突き立てられる。仰向けとなった私の視界に写るのは……私に跨がるかのような姿勢で光剣を逆手で握るレオンハルトの姿だった。
……完全な敗北。腰の拳銃を抜くよりも早く、光剣が私の首を撥ね飛ばすだろう。最初に戦った時以上の、どうしようもない敗北。単純な技術の差だけで負けたとは思えない程に、私はこの敗北を噛み締める。
けど、それ以上に私には理解できないことがあった。
……シノンの喉元に突き刺そうとした光剣が外れた。
いや、外してしまった。シノンが詩乃と重なってしまい、躊躇して攻撃をずらしてしまった。最初は降参しようとして……それがオレへのリベンジを望むシノンに失礼すぎると考え直したってのに。
なのに、こうして対面するとシノンと詩乃が重なってしまう。単に見た目が似ているだけの筈なのに……それ自体が二人に対する侮辱だと、理解している筈なのに。
そんなオレの心情を知ってか知らずか、シノンが徐に口を開く。
「そ、それほどの強さを持っているのに……貴方は何で、怯えていたの……?」
その言葉に、オレは複雑な気持ちになる。確かに技術や経験で言えば、オレは“強い”部類に入るだろう。
けど……それらがあるから何に対しても強いのかと問われたら、否としか答えられない。
「強さ……か。単純な力や技術なら確かに強い部類に入るだろうが……それが強さと同義になるとは限らねぇ。力があるから怯えずに済む……なんて、悪いがオレには思えねぇよ」
オレがシノンの問い掛けにそう答えると、シノンはそれを否定するように首を振り、再び口を開く。
「そ、そんなわけない!唯の技術なんかでヘカートの弾を……三発目を無傷で捌くなんて出来る筈がない!貴方は知っている筈!教えてよ!私は、その強さが欲しくて……!」
オレの強さが欲しいとシノンは口にするが……こんなものは手に入らない方がいいんだ。一生消えることのない、罪の十字架を背負っているのだから。
「……シノンが強さを求める理由は、オレには分からねぇ。だが……それでも、欲しちゃいけねぇんだ。こんな、取り返しの付かない事で得たもんをな……」
オレがこの手で奪った命だけじゃない。救えなかった命も幾つもあった。
少しでも他人の命を拾いたくて……それでも拾えず、逆に奪う側ともなった。
それでも尚、納得できない様子のシノンにオレは問い掛ける事にする。
「……仮に、この世界の死が現実での死に繋がり、自分の命や誰かの命が危険に晒された時……お前はどうする?」
オレのその問い掛けに、シノンは息を呑んだように怯む。そんなシノンに構わず、オレは自身の考えを口にする。
「正直、オレはそうなった時……どうするのか分からない。今度は恐怖で動けなくなるか、また恐怖に駆られてしまうのか……そんな自分のことすら分からない奴が、本当に強いと言えるのか?」
オレの問い掛けに、シノンは何も答えない。今にも泣きそうな表情で、オレの顔を見ている。
……本当に泣かせてばっかりだな。つくづく自分が嫌になるよ。
そんな自己嫌悪に陥っていると……いつの間にかシノンの左手がオレの頬に触れていた。
それに気付いた瞬間……意識が急速に現実に引き戻される感覚を覚える。
……そ、そういえば、これ、予選の最中だった。決勝だからこれで終わりとはいえ、あまりにも場違いじゃないか!?
オレは内心冷や汗をダラダラと流し、かなり気まずい心境でシノンに話しかける。
「あ、あの……シノン、さん?」
「な、に……?」
「ひ、非常に申し上げ難いのですが……まだ、試合中、なんです……よね」
オレがしどろもどろで言葉を紡ぐと、シノンは意味が分からずに目をぱちくりさせ……瞬間湯沸し器のように顔を真っ赤に染め上げた。
「な……あっ、ちょっ!?さ、さっさとトドメを差しなさいよ!」
「イヤイヤ!無理だって!?あの空気の後でトドメを要求するとか鬼か!?ただでさえ、知り合いの影が見え隠れしているっつうのに!!」
「それこそ知らないわよ!!」
さっきまでの空気は霧散したが、今度はグダグダした空気がオレ達の間に流れていく。
「そもそも、私とあんたの知り合いと重ねられても迷惑なんだけど!?」
「分かってるけど、不本意ながら重なってしまうんだよ!二年……いや、三年も会ってないけど!」
「何で会ってないのよ!?」
「いや、オレだって会いたいけど……向こうが拒絶しているんだよ。嫌がっているのに無理に会うわけにもいかないし……じいさん達の話で上京したくらいしか……」
オレはマジで何を言っているんだ。こんな話、シノンにとって迷惑でしかないと言うのに。
こ、こうなったら……
「リザイン!」
「あっ!?」
最初にやるつもりだった降参―――試合放棄だ!
オレは周りの空気に構うことなく降参し―――帰還して早々にログアウトするのであった。
「皆さんこんにちは。後書きコーナーの時間です」
「今回ゲストはいないけど……一応ファントム・バレット編の前編が終わったな」
「それに伴い、今回は原作との相違点について語っていきます」
「まず、キリトのPKについてだが、原作では三人だがこっちでは二人になっている」
「キリトが殺した内の一人を、レオンハルトが殺してしまったことになっているってことよ」
「後、予選決勝の方は二次創作のお約束展開だな。今更だが、キリトも普通に試合放棄すればよかったんじゃないか?」
「そこを触れるのかよ……そこは話の都合で流してくれ」
「後、キリト君はこの作品では死銃と対面せずに終わっているよ」
「それに伴って、キリトは最後まで調子を崩さずに予選を優勝で通過したわ」
「次回が俺にとって地獄だな。仕方ないことだけど」
「これ以上はネタバレになるから、今回はここまでね」
「「「「それじゃ、バイバーイ!!」」」」