その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
それは、ファラキア・エルフの私室。
ムクロをもてなすための、寝台以外のすべてが揃った居室とは異なる、ムクロ・スパルダを
部屋に置かれたある機器が、反応を示した。
それは、四五〇年の時点ですでに完成していた機器。
ダンジョンの『端末』と化した者と、そして『ダンジョン核』の位置を補足するための電波探知機であった。
電話連絡はあった。ギーデインが霧に包まれ、街で虐殺が発生していると。その上で、規定に従い連絡者たるギルド職員は施設を爆砕した。
複合して。ひとつの事象が確定する。
「ついに、来たのね……」
ファラキア・エルフはその偽銀の髪と目を煌めかせる。
ダンジョンの『端末』は、脳内に魔法によって生成された、純生理学的な器官を擁する。これが、優先順位の書き換えを行い、ダンジョンの望みを何よりも優先する個体へと変貌させてしまう。
これが魔法効果でないところが厄介だった。同時に——魔法効果でないゆえに、ダンジョンと、或いは別の端末との連絡は純物理に頼ってもいた。これが『端末』の脆弱性であることは——五〇〇年前時点で、すでに判明していた。
『端末』同士は、高度に暗号化されているものの、電波による相互通信を行っていたのだ。
あまりにも、お粗末だった。
自然発生したものではあり得ない特定周波数帯の電波使用は、他にそれを使うものがいない世界において白紙に垂らした墨汁の様に目立ちに過ぎる。
ダンジョンはそれが容易に観測され、一定の技術力を有した存在に、世界を支配する逸脱存在がいることが明らかになってしまうことを恐れないのか?
恐れないのだろう。それが、ダンジョン核の意志が結局は機械知性に過ぎない限界を予想されたし、次いで、ダンジョンによる世界の破壊の鍵となる閾値の推測も叶えた。
つまり『端末』同士の通信を観測し得るだけの、逆に言えば地上世界の電波発信量の増大に対して、文明破壊の引き金は引かれる。論理的推論の結果、そうなる。
極論、そこさえ押さえれば、ダンジョンの中へとどんな技術的利器を持ち込もうと、文明崩壊は発生しないとすら推察された。
これが、五〇〇年前時点。ダンジョンの『端末』とダンジョン核を求めてさまよう、ムクロ・スパルダに知らされなかった事実。
四五〇年前。こちらからは電波を発さず、『端末』同士の電波通信を観測する観測網が完成した。——その装置の設置は、ムクロには電話回線の敷設と説明された。電話回線など、ムクロの目を欺くためのおまけに過ぎなかった。
大陸世界中に設置された電波の観測装置は、『端末』同士の通信内容までは知り得なかったが。各位置における電波の減衰度合いを測定することで、三角測量の要領で『端末』の位置を明らかにした。そう、四五〇年前の時点で、である。
もっと言えば。その長年の観測数値の蓄積により、電波発信強度の差を推察することで、どの『端末』がどこにいるのかという類推すらもファラキアは可能としていた。
(思えば、全ての失敗はムクロのアルノー行きを止められなかったこと)
その時点で、ファラキア・エルフは知っていた。『端末』のひとつ。最古の三端末の一角、グラウ・ウル・ウルケがアルノーのダンジョン近辺に存在することを。
どうにかファラキアは。自身が「アルノーに行って欲しくない」とバレぬように、ムクロを説得しようとした。
だが、ギルド戦力は少なかった。ムクロとレイテの二人しかいなかった。他にもいたが殺してしまった。ファラキア自身が殺してしまった。ムクロと仲を深める
次善の作として、ムクロへと残業を押し付けた。ならず者の殺害。ダンジョンからの魔具横流し。それへの対策として。——ファラキアは、魔具横流しの真相を大凡掴んでいたし、目こぼしすらしていた。些事だと捉えていた。
ムクロ・スパルダのダンジョン行きを、少しでも遅らせるための行い。結果、発生した時差によって。ムクロはルナ・リングハートと接触してしまった。
ルナ・リングハート。その名前はファラキアを焦らせた。正確にはその姓が。
同時に、彼女の試しのために、ムクロが地上滞在の時間を伸ばしたことはファラキアにとって朗報だった。好きにしなさい。はやく帰ってきてね。グラウとムクロの接触確率が減ったことを、その時点のファラキアを安堵させた。
しかし。結果として。ムクロは魔具の横流し事件に関わり、ルナ・リングハートをギルド戦力候補として迎え入れ、律儀にも事後確認のためにダンジョン深層に赴き、そうして、発生してしまった。
哀切に満ちた旧友との再会が。それが、終わりの始まりだった。
更には普通は関わらない魔具横流し事件などに関わったばかりに、マルグリテ・セヴェリナなる女との縁すら生んでしまった。
五〇〇年間、留めようとした事態が、アルノーを起点に一気に動き出してしまった。
(終わらせる。でも終わらせない。絶対に終わらせない)
終わりの始まりはとっくに過ぎ去った。だが、終わりの終わりは認められない。ファラキア・エルフには認められない。ずっとムクロと隣り合って、ずっとずっとダンジョンと戦い続けるのだ。いや。もっと良い手すらあるかもしれない。実験は成功している。ファラキアは考える。最適解を考える。『人類教導個体』となるべく、製造された偽銀の女。
まず、間違えようのない、絶対にやっておくべきことから済ませようとファラキアは考えた。ある『個体』を呼び出す。それはすぐにやってきた。
「二十八号。都市国家ギーデインへ。訓練済みの『複製体』を——そうね。一割。五〇名連れて行きなさい。赤外線探知装置を忘れずに。アルノーは霧に包まれているそうよ。おそらく——私達の策に対する、目くらまし」
「承知しました。しかし、全力出撃ではないのですか?」
ファラキアの命令に、二十八号——最も安定性の高い『複製体』が。ギルド第二戦力の中心個体が疑問を口にした。
「残りには仕事をしてもらうことにしたわ。そろそろ、
「意図を汲めずに申し訳ありません」
「良いのよ。汲み過ぎてもロクなことにならないわ」
そして。いくつか簡単な確認事項を済ませて。二十八号らは先発した。
そう。先発である。話している間にファラキア・エルフは決めていた。
(ムクロには、ギーデインに行ってもらう。——アルギッタ・ギーデインをムクロに殺させる)
自分の考えたその光景を想像した瞬間に、ファラキア・エルフは胸が締めつけされるような、陶酔を覚えた。
数歩、進み。
敷布のひとつを手に取ろうとして、ファラキアは我に返った。まだ、陶酔に身を委ねるわけにはいかない。『人類教導個体』としての機能が、ファラキアの冷徹を取り戻す。
何か、考え漏らしていることはないか。
第二戦力の精鋭は送り出した。万が一にもムクロが敗れるような展開があったとしても、アルギッタ・ギーデインを仕留められるだけの装備と練度を誇る部隊。これは良い。
第二戦力の残置部隊はどううか? 全員を始末できるか? 可能。充分に可能。レイテ・レノへの対策はあるし、ルナ・リングハートは取るに足らない。マルグリテ・セヴェリナは傑出しているが。——或いは、策が成功してくれれば楽しいことになる。
成功は間違いないように思えた。
なにせ、『複製体』は全て——ファラキア・エルフを基に作られている。つまりは、優れた個体だ。
否。戦力としての『複製体』だけではない。
冒険者ギルドの受付や一般業務を行う者たち。その多くに、ファラキア・エルフの『複製体』が混じっている。
足りなかったのだ。冒険者ギルドを成立させるための人材が。『複製体』でも配さねば。
人材流動の結果として。冒険者になるほうが、よほど簡単に儲かる。ギルドで真面目に官僚的技能を培って出世するよりも。何も考えずに剣を振るって魔法を撃って。モンスターを倒して金を得る。そのほうがよほどに楽で。農業従事者の減少と同様に、ギルド職員への成り手もまた、少なかった。
だから、『複製体』でかさ増しした。世界における人材倉庫に偽物を詰めた。
だが。ファラキア・エルフを筆頭として。『複製体』には二つの機能が欠けている。
それは『魔法』が使えないこと。そして、生殖能力を持たぬこと。
冒険者ギルドを存続させ、ダンジョン依存社会を安定させ、そしてムクロとの
冒険者ギルド。ギルド憲章、第六条。これはファラキアによって用意された、本来の条文とは異なる条文。
「冒険者ギルドは独自の戦力を保有しないものとする」ここまでは正しい。当初のローゼンクロイツ・パラケルススが想定した、冒険者ギルドのあり方として。だが、続く補助条文が異なった。「ギルドは軍備を持たず、いかなる軍事行動も行わない。しかして、ギルドの中立を守るための最低限度の
これが、ローゼンクロイツ・パラケルススが仕込む
最終的に彼が目指したのは、ギルド独裁。世界支配である。国家を騙して不可欠存在と成りつつ、自衛力という名の武力を以って全てを黙らせる。
個人に対する組織の完全優越状態を生み出そうとしていた。それが、生き残るのに必要だと。
だが、ファラキアが歪めた。自衛力——それは即ち、魔法が使えるかどうか。ギルド職員にそれを認めてしまえば、魔法が使えない『複製体』たちの奇妙さが浮き上がる。故に、戦力の完全不保持と条文を書き換えた。
ギルドの腐敗を防ぐための配置換えもまた、『複製体』による人員補填の結果として生じている。ギルドの可愛い受付嬢。男であれば交わりたいと望むし、結婚も視野に入れるだろう。結婚されては困る。「好きな受付嬢がいたけれども。配置転換で遠くに行ってしまった」。それを不自然にしないために。実際にはそう。実際にもそう。彼女たちは遠い場所へと行くのだが。
『複製体』たちは問題を抱えてはいたが、よくやってくれた。彼女たちの脳構造は基本的にファアキア・エルフと同一である。ファラキアのように考え、ファラキアのようになした。——それもまた問題だった。
記憶は存在しないか、偽りのものを流し込まれているはずなのに、どうしてか、大量の「ムクロ・スパルダを強烈に愛してしまう個体」が発生するのだった。
たとえば——ファラキア自身の手で毒殺した『ギルドの黒子』の少女。アルサ・サルシオネのような。
生殖能力は与えられずとも、あまりに不自然に成らないように、『複製体』たちには生殖行為が可能な局部構造が与えられている。子は作れずとも子作りが出来る『複製体』が、ムクロを愛し、その手に触れられ、あるいは深いところまで挿し込まれるを、ファラキア・エルフは許せなかった。自分の複製をファラキアは嫉妬し、そして殺した。大量にである。大量に。
(アルサ・サルシオネでの実験は、成功した)
アルサ・サルシオネは。破瓜を覚えることもなく、破瓜を知り得ない、はかなき
実験に使われた。脳の載せ替えという、実験に。
現在、アルサ・サルシオネという名前で動き回っている肉体の内側にある脳は、別の『複製体』である。ファラキア・エルフのある目的を達成するためにそれは動き回り、ファラキア・エルフの別の目的がために試金石としてそれは観察されている。
(条件は全て解消されている。コレで殺せる、アルギッタを。コレで叶う、私の望みが——!)
アルギッタ・ギーデイン。
その女のことを考えた瞬間に、ファラキア・エルフの胸の内が荒れ狂った。心臓に相当する器官が強く作動する。
ファラキアは奥歯を噛みしめる。人間であれば、歯を欠けさせるほどに強く。しばしして、一瞬の憎悪は収まっていた。——憎悪の総量は、増えていた。
ファラキア・エルフは大鍋だった。
中で煮立つものが、沸騰するたびに。冷たいものを注ぎ入れて沸騰を収め。しかしてその鍋は常に火にかけられている。沸騰。注ぎ足す。沸騰。注ぎ足す。沸騰。また、注ぎ足す。
五〇〇年間。沸騰と増量を繰り返した結果、煮え立つものの総量は甚大なものとなっていた。
ムクロの安全を願うのであらば。アルギッタの所在など知らせるべきではない。ギルド第二戦力の総力をもって撃滅し。ムクロとアルギッタを出会わせないのが最良である。
だが。ファラキア・エルフの内にある甚大なるものが、その行動を選ばせない。
ムクロに、アルギッタを殺させる。ムクロに、殺されるアルギッタ。
あまりにも、ファラキア・エルフが熱望する光景に過ぎた。
望んだ光景へと収束する未来演算を済ませて。そしてムクロへの「ギーデインでのスタンピード発生」の連絡を済ませて。ようやっと、ファラキア・エルフは寛ぐことにした。
寝台の。眠るためではなく、寝転がり、悶えまわるために用意された寝台に身を横たえる。敷布をひとつ掴む。
敷布は、ギルドの男性用事務員服である。
ファラキア・エルフがその意匠を考えた。ムクロに最も似合う様にと。
ファラキア・エルフはその衣装を回収した。汚れているでしょ? ほつれているわよ?
ファラキア・エルフは顔を埋めた。ムクロの、ムクロの残り香が、ファラキア・エルフの脳を慰撫して、心臓相当器官をときめきと稼働させる。
ファラキア・エルフは口に含んだ。ムクロの肌と触れ合っていたその布を。唾液相当の分泌液がしとどに漏れて、服を湿らす。
ファラキア・エルフは時折返した。人間の唾液と違って、匂いの残らぬ唾液相当分泌液が、染みに染みつき、そうして乾いた。そんな、事務員服をムクロに返した。
ムクロ・スパルダは気づかなかった。ファラキアを構成していた液体の残留物に、自分が常に包まれているとは。
絶対に、あの趣味の悪い黒地に銀の近衛装束は脱がせようと。ファラキア・エルフは決めていた。だって私が考えた、事務員服のが、格好いいもの。
◆ ◆ ◆
そうして、当然、男は来た。
結末への道をたどるために。
「ギーデイン。間違いないのか」
「ええ、そうよ。——ひとつの可能性があるわ」
マルグリテ・セヴェリナとの蜜月に溺れているかのように衆目に見えた男は、ギーデインでの変事を聞くと同時に、すべてを投げ出した。脇目もふらずにファラキアの元へとやってきた。
帰ってきたわね私のムクロ。そうわたし。あなたの隣にいるのは私。ファラキア・エルフは当然とする。
「アルギッタ……」
その名を、口の端から漏らすムクロ。その目は、血走っている。極度の興奮。ああ、労しい、ああ、愛おしい。そして彼にそんな顔をさせる女が、厭わしい、厭わしい。ファラキア・エルフは決然思う。殺させて、あげないと。
「アルギッタ・ギーデイン相手には、これが必要になると思うわ」
ゴトリと。重い音を立てて。その『武器』が机の上に置かれた。
思考熱量が毛細血管にまで至っていた、ムクロの興奮に困惑が交じる。
「ファラキア。これを使うと——」
「分かってるわ。ダンジョンの文明進歩段階の観測によって、もしかしたら——」
深刻な顔で、ファラキアは憂いを演出する。こういう行為を何度もしてきた。例えばそう、グラウの死を伝えられたときだとか。
ファラキア・エルフは確信している。その『武器』を使ったとして。ダンジョン核、機械知性は反応しないと。
それは秘匿名称『チェーホフ』の名前を冠された、大陸世界に存在しないはずの、武器。
ただ一人を生かし、ただ一人を殺すために、ファラキア・エルフが用意した武器。
賢者ローゼンクロイツ・パラケルススがやってきた。火薬の庭がごとき苛烈世界で。猛威を振るったその兵器。
「それでも——。貴方の望みを叶えるために。終わらせるために。必要になると私は思うわ」
「——そうだな。持っておく」
安全装置が厳重にかけられ、腰の後ろに隠し持つ専用の革帯に包まれた、それをムクロ・スパルダは身につける。
「その、近衛装束では目立つわね。——事務員服を着ていくのはどうかしら。着慣れた服のほうが、最適動作を取りやすいわ」
合理性を押し出して、ファラキア・エルフはムクロに己の服を着せた。着替えを手伝う。近くあるムクロ・スパルダの肉体。今は、心でしか彼と絶頂することはできないが、すぐに——! ファラキアは夢想する。
そうして。
ムクロ・スパルダは向かった。途上はファラキアの手配した魔導列車を使うことにした。時間配分は完璧だった。ギーデインに向かう途上での、疲労を考慮したとされたその道行きは。先行させたギルド第二戦力に追いつかぬように、巧妙に調整されていた。見た目若く、心を歳経たムクロ・スパルダは、ファラキアが配し延ばした魔路を往く。
ファラキア・エルフは夢想する。全ての終わり。完璧なる調和。自分の望む、未来。
アルギッタが死んで。ムクロの戦いは終わって。
余計な女どもが死んで。ムクロはしがらみを捨てて。
私の身体は完全になり。ムクロと私は愛しあって。
そうして、二人で小さな丘の上で暮らすのだ。
大きな犬を飼うのもよい。猫も欲しい。あれはかわいい。
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