「やってるかしら」
ある日の営業中に現れたのは外国人の女だった。明らかに高級そうなブランド物に身を包んで、帽子を目深に被ってサングラスまでしている怪しい女だった。しかし不思議なことにその人物が持つオーラというか存在感はうまく隠されている。
サングラスを軽く下ろせば碧の瞳が現れる。いきなり現れたらクラッとしてしまうような、チープな表現ではあるが絶世と言っても差し支えない美貌の持主だった。
それと同時に覚えのある美貌だった。クリス・ヴィンヤード。アメリカを拠点に活動するムービースターで言い方を変えればセレブという奴だ。そんな彼女が一応それなりに当たるという評判を受けてはいるが、場末といっても過言ではないこんな路上の占い師のもとに現れるのはいささか辻褄が合わないが、不思議なことに以前にも似た経験がある。
出会いは私が黒羽盗一と出会った後。ちょうど萩原君と再会したくらいの頃だ。
「やってるかしら」
そう言って私の前に現れたのはシャロン・ヴィンヤード。奇しくも今と同じようにふらっと私の前に現れたのを覚えている。当時は大変吃驚した。
その名声は落ち着きはしたが当時は今よりも影響力があった大女優だ。基本的にその分野に興味のない私までその名声が届いているという事が何よりの証左である。しかし彼女はその輝かしい名声、そして彼女から感じ取れる存在感の割に黒羽盗一の時とは若干違う迷いを感じた。
「ええ、大丈夫よ。場所を変えた方がいいかしら。隠れ家的な場所は心得ているわ」
「⋯⋯ええ、お願いするわ」
私の提案で場所を変える。彼女は大スターの割に非常にうまく日常に溶け込めているが、路上占いという若干日常のシーンから外れた場面は彼女の溶け込んでいる力が薄れる可能性もある。私も要らぬトラブルはぜひ避けたい。
「それで何を占ってほしいのかしら」
「なんでもいいわよ」
⋯⋯さてだいぶ投げやりな反応だ。高飛車な女らしいと言われればらしい。しかし投げやりな筈はない。冷やかしがゼロだとは思わないが彼女の社会的地位や私にわざわざ占わせてきたこと。浅い動機ではないことは推測される。しかし私を試している、というより期待はされてない。
つまりこのお高く留まったセレブ女は私を舐めてるわけだ。どうせ私の悩みなんかアンタ程度には理解できないでしょうと。
上等じゃない。
「何でもいいのね」
そう言ってカードを拡げながら彼女を視る。まさに売り言葉に買い言葉だろう。どうせいけ好かない煌びやかな成功の歴史なのだろうか?それともスキャンダラスにまみれた没落の未来なのだろうか。
そう思いながら覗いた未来は彼女の栄光の裏の影を強く映していた。硝煙と血。華やかな女優とは思えないようなスキャンダルどころではない未来の姿。未来、本当に未来の姿なのだろうか。現在進行形でもこの姿を持っているんじゃないだろうか。
意識は戻さない。目の前のシャロン・ヴィンヤードに今そのことを知ったことを悟らせてはならない。主導権を握られる。背筋をツーっと冷たい汗が流れる気がした。
何かないだろうか。そう思っていると彼女の中で最も鮮烈だろう未来にたどり着く。
雨が降るレンガ調の暗い路地、アメリカと考えるのが自然かしら。完全に日が落ち切った時間帯。しかしヴィジョンに彼女の姿はない。いやヴィジョンの中心にいる東洋系の汚らしい野暮ったい男。その姿から彼女を感じる。という事は彼女なのだろう。あまりにもかけ離れすぎていて疑ってしまうのも無理はないはずだ。
その野暮ったい男は日本の若者⋯⋯いやあどけなさがだいぶ残っているから未成年だろう。学生カップルと対峙している。咄嗟に襲い掛かろうとするも老朽化していた手すりが壊れて身体が投げ出される。なすすべなく落下するだろうその身体を支えたのは学生カップルで、野暮ったい男ことシャロンは命を救われる。
これが彼女の最も鮮烈な未来。呆気にとられるとはこういうことを言うんだろうと私はビジョンから浮上しながら感じていた。名声も栄華も極めたシャロン・ヴィンヤードの、悪徳と死臭のするその裏の顔でもなく、最も鮮烈な未来が落下から救われるなんてチープなものであるなんて。
「何を笑っているのかしら」
ああ、いけない。顔に出ていたようだ。緊張や恐怖を隠すのには慣れているが喜悦を隠す方が人間は苦手なのかもしれない。
「ごめんなさい。そうね、貴女の未来があまりに数奇だったからついね」
不満そうなシャロンを見ながら私はカードを選ぶ。悩んだ末に法王をめくる。意味は人生の転換、思いやり。おそらく今の彼女とは縁遠いものだろう。
「法王ね。貴女はこれまでの人生から大きく何かが変わる場面が来るわ。それが価値観や人生観それとも社会的地位なのかはわからないけど。例えば一度失墜しそうなところを助けられるとか。貴女のその輝かしくもどこか空々しい人生に光明が差すかもしれないわ」
「なにそれ。当たり障りのない事ばかり言って」
私の言葉にシャロンは鼻で笑う。まあそうだろう。成功は約束されたみたいな露骨な媚でもないし、災厄が降るだろうという煽りでもない。本当に拍子抜けするような結果。だから私が読めない、いや障りない事をいう臆病者とでも捉えていそうだ。
「雨の深夜、裏路地の廃ビル。そして東洋人の少年少女。それが貴女の運命を変えるわ」
ふんといってシャロンは私の前から去っていく。なんともはた迷惑な話だったがやはり彼女には人を引き付ける力があった。
そんなことから6年程経った。ニュースでシャロン・ヴィンヤードは死去したと聞いている。そういえばシャロンのあのヴィジョンはこれくらいの時期だった。それから程なくシャロンは死んで、そして今娘のクリスが私のもとにやってきた。
ドクンと心臓の鼓動が聞こえる。私に目を向けるクリスの姿がシャロンと重なる。母親同様凍るような美貌で私を見ている。
「何を占えばいいかしら」
ようやく絞り出した私の言葉にクリスは私を探るように見てくる。何から何まであの日のシャロンのようで私を刺激するがそれよりも珍しくおぞ気が勝っている。普通なら母娘なんだし態度は似るものだで片付く話であるがそうは問屋が卸さない。
「⋯⋯場所を変えてくれるかしら」
私はシャロンの命運が尽きていなかったことを覚えている。
未来は変わりえる。だから本当にシャロンが亡くなっているのかもしれない。しかし私はシャロンの裏の顔を視て知っているし、彼女が今のクリスと全く変わらない瓜二つの顔を持っていたことも知っている。
クリスは私のそんな内心を知ってか知らずかあの日のシャロンをなぞる様な振る舞いをしてくる。
「かまわないわ。お客様」
当然向かうはあの日と同じ店。完全に探られている。私が何を視てどこまで知っているのかを。
「再び聞くわ。何を占えばいいかしら」
「ねえ、貴女。未来が視えるって本当」
私が占いを進めようとしたとき切り出してきたのは彼女だった。ブラフか?いやどちらかというと確認に近しいニュアンスだ。いったい何処で調べてきたのだろうか。
「貴女はどうお思いで」
「はぐらかさないで欲しいわ、バンシー」
バンシー。それはイギリス圏での死を予言する女の妖精の名前。という事は私が死神と呼ばれていた時代から探ったという事になるだろう。でもそれなら眉唾もののはず。やけに確信めいた問いかけで私の中でも彼女に対する確信めいた予想が立つ。
「⋯⋯視えるわ。そういえば満足かしら?シャロン様」
「やっぱりそうなのね」
互いに黙る。とても占い師と客の対面ではない。緊張感なのかそれとも安堵感なのか謎の沈黙が場を支配していた。互いに痛いところを曝け出しているのだ。私の秘密はともかくシャロンの秘密はおそらくとんでもないものだ。私の命など吹き飛びかねない。
らしくない。とてもリスキーな事をしていると自分でも自覚している。それでも私は彼女が私をここで殺しはしないと不思議と確信していた。
「ねえバンシー。未来が視えるっていい事かしら」
「ヴィンヤード様。永遠の若さって素晴らしいものでしょうか」
シャロンの言葉に返すように私も相手に問いを投げかける。
互いに持っている他者が聞いたらうらやむ才能。でも私もシャロンもそんなものは呪いだと断言できる。あったことはこれで2度目なのに、鏡写しのように、彼女の事はまるで長年の親友のようにさえ感じる。そしてそれはシャロンも感じているだろう。
『
同時に口から出た二人の女の本心は静かな店内にだけひそやかに木霊した。