第十二話 乱の終わり、時代の始まり
黄巾の乱。
それは、後の世に“乱世の始まり”と呼ばれる戦だった。
民が飢えた。
役人は腐った。
希望を失った人々は、“太平”を掲げた。
だが。
理想だけでは世は変わらない。
力なき願いは、やがて暴力へ変わる。
黄巾党は膨れ上がり、そして壊れた。
民を救うはずだった群衆は、いつしか民を苦しめる存在へ変わっていった。
そして今。
その長い乱が、終わろうとしていた。
幽州の空は、赤く燃えていた。
戦火。
煙。
怒号。
黄巾党最後の大軍が、北へ逃げ込んでいる。
「逃がすなぁぁ!!」
白蓮の怒声が響く。
白馬義従が突撃する。
白い騎馬隊が平原を駆け抜け、黄巾党を切り裂いていく。
「うおおおっ!!」
「白馬隊だぁ!?」
「ひぃぃ!!」
黄巾党は既に統率を失っていた。
張角が倒れ。
各地の渠帥も討たれ。
残っているのは、ただ生き残ろうとする敗残兵だけ。
そこへ。
「囲めぇ!!」
黒山党が山から雪崩れ込む。
逃げ道を塞ぐ。
悲鳴。
混乱。
時雨はその中心で笑っていた。
「ハッ、終わりだな」
赤い目が細まる。
短剣が血を裂く。
敵が倒れる。
だが彼の目は、以前ほど獣じみていなかった。
ただ殺しを楽しむだけではない。
終わらせるために戦っている。
その変化に気付いている者は、まだ少ない。
「時雨!」
星が駆けてくる。
水色の髪が風を裂く。
「西側が崩れた!」
「チッ、数多いな」
「だが押せる!」
星の槍が閃く。
敵兵が吹き飛ぶ。
その動きは、以前よりもさらに鋭くなっていた。
迷いがない。
守るべきものが明確になったからだ。
「黒山将軍!」
幽州兵が駆け込んでくる。
「公孫瓚様が前線へ!」
「またかよあの白馬娘」
時雨は呆れた顔をした。
だが。
次の瞬間。
遠くで爆音が響いた。
ドガァァン!!
「うおおおおっ!!」
先陣を切っているのは白蓮だった。
赤い髪を翻し、槍を振るう。
「押し返せぇぇ!!」
豪快。
一直線。
細かいことは考えていない。
だが、その勢いは本物だった。
「公孫瓚様ぁぁ!!」
兵たちの士気が上がる。
時雨は苦笑した。
「本当に前しか見ねぇなアイツ」
「だが、あれが公孫瓚の強みだ」
星は静かに言う。
「誰より前へ出る」
「まぁな」
その時だった。
「うわぁぁぁ!!」
黄巾党の一団が、村人を盾にして逃げ始めた。
女。
老人。
子供。
「くっ……!」
星の顔が険しくなる。
「時雨!」
「ああ」
次の瞬間。
時雨が地を蹴った。
速い。
黒い影のように駆ける。
「ぎゃっ!?」
一人。
二人。
瞬く間に黄巾党兵が倒れる。
「盾にするとか三流以下だろ」
冷たい声。
その目に笑みはない。
残った男が怯えた。
「ひ、ひぃっ……!」
「消えろ」
短剣が閃く。
男は崩れ落ちた。
助けられた子供が震えている。
時雨は舌打ちした。
「……チッ」
「時雨」
星が近付く。
すると。
時雨は不器用に子供の頭を撫でた。
「もう大丈夫だ」
ぶっきらぼうな声。
だが優しかった。
星は少し目を細める。
「随分と丸くなったな」
「あ?」
「昔のお前なら、そこまで気を回していない」
「知らねぇよ」
時雨は顔を逸らす。
だが。
星は小さく笑った。
一方その頃。
別戦場では。
「愛紗ちゃんすごーい!」
「姉者! 前へ出すぎです!」
「鈴々も行くのだー!!」
義勇軍三人組が暴れていた。
関羽の青龍刀が敵を薙ぎ払う。
「退けぇぇ!!」
真面目な彼女だが、戦場ではかなり熱い。
むしろ猪突猛進気味だった。
「愛紗ちゃん! 右右!」
「姉者は下がっていてください!」
「ふぇぇ!?」
劉備は慌てて転びそうになる。
だが。
その姿を見た兵たちが笑う。
「劉備様を守れ!」
「おおっ!!」
不思議だった。
武は特別強くない。
威厳もそこまでない。
なのに。
人が集まる。
彼女の周囲には、人を惹きつける何かがあった。
「桃香お姉ちゃん!」
張飛が元気よく敵陣へ飛び込む。
「ぶっ飛ばすのだー!!」
豪快な一撃。
黄巾党兵が吹き飛んだ。
関羽は思わず額を押さえる。
「鈴々! 単独行動するな!」
「細かいのだー!」
騒がしい。
だが強い。
三人は確実に名を上げ始めていた。
そして。
夕暮れ。
最後の黄巾党本隊が崩れた。
「逃げろぉぉ!!」
「もう終わりだぁ!」
完全崩壊。
各地の諸侯たちが、一斉に黄巾党を潰していた。
曹操。
孫堅。
劉備。
公孫瓚。
そして黒山。
後に名を轟かせる者たちが、この戦で頭角を現したのだ。
平原に風が吹く。
時雨は血を払っていた。
「終わったか」
「……ああ」
星が隣へ来る。
遠くでは兵たちが歓声を上げている。
「勝ったぞぉぉ!!」
「黄巾党壊滅だ!」
酒を開ける者。
泣き崩れる者。
皆、疲れ切っていた。
長かったのだ。
この戦は。
白蓮も馬から降り、大きく息を吐く。
「はぁぁぁ……終わったぁ……」
「死にかけてたくせによく言う」
「うるさい!」
白蓮は笑った。
疲労でボロボロなのに、その顔は晴れやかだった。
「でもさ」
「あ?」
「これで平和になるのかな」
その言葉に。
時雨は少し黙った。
風が吹く。
夕焼けが赤い。
そして。
「ならねぇよ」
静かな声。
白蓮が目を向ける。
時雨は空を見ていた。
「黄巾は終わった。でも腐った国はそのままだ」
「……」
「次は諸侯同士が殺し合う」
星も黙る。
理解していた。
この乱は終わりではない。
始まりだ。
力を持った者たちが、次の時代を奪い合う。
血の時代が来る。
「嫌なこと言うなぁ……」
白蓮が苦笑する。
「でもまぁ」
時雨は笑った。
「退屈はしなさそうだ」
獣のような笑み。
その横顔を見ながら。
星は静かに思う。
この男は。
きっと乱世そのものなのだと。
危険で。
自由で。
どうしようもなく惹きつけられる。
夕陽が沈む。
黄巾の乱は終わった。
そして。
本当の時代が、今始まろうとしていた。
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