【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第十三話 桃の誓いと黒狼の名

第十三話 桃の誓いと黒狼の名

 

 

 黄巾の乱が終わってから数日。

 

 幽州には、ようやく静けさが戻り始めていた。

 

 もちろん、本当の意味で平和になったわけではない。

 

 各地では未だ小競り合いが続き、黄巾党の残党も消えてはいない。

 

 だが少なくとも、“大乱”は終わった。

 

 兵たちは久しぶりに酒を飲み、笑い、眠っている。

 

 戦場の匂いが少しずつ薄れていく。

 

 そんな夜だった。

 

「宴だぁぁ!!」

 

 白蓮の声が響く。

 

「またか」

 

 時雨は心底嫌そうな顔をした。

 

「戦終わったんだからいいだろ!」

 

「アンタ毎回飲みたいだけだろ」

 

「細かいことは気にするな!」

 

 既に酒臭い。

 

 始まる前から酔っている気配すらある。

 

 星は小さく溜息を吐いた。

 

「本当に元気だな」

 

「白蓮は昔からああなのだろう」

 

 関羽――まだ真名を明かしていない黒髪の少女が苦笑する。

 

 その隣では張飛が肉にかぶりついていた。

 

「美味いのだー!」

 

「鈴々ちゃん食べ過ぎ!」

 

 劉備が慌てる。

 

 いつも通り騒がしい。

 

 だが、その騒がしさが妙に心地良かった。

 

 戦が終わった実感がある。

 

 死人の臭いではなく、肉と酒の匂いが漂っているからだ。

 

「おーい黒狼ー!」

 

「誰が黒狼だ」

 

「お前」

 

 白蓮が笑いながら酒を投げてくる。

 

 時雨は片手で受け取った。

 

「乾杯!」

 

「強引だなぁ」

 

 だが時雨も酒を掲げる。

 

 周囲も歓声を上げた。

 

「勝利ぃぃ!!」

 

「酒だぁぁ!!」

 

 賑やかな夜。

 

 その中で、劉備がぽつりと呟く。

 

「……なんだか不思議です」

 

「あ?」

 

 時雨が見る。

 

 劉備は少し笑っていた。

 

「前まで戦ってばかりだったのに、今はこうして皆で笑ってる」

 

 その顔は柔らかい。

 

 純粋だった。

 

「姉者らしいな」

 

 関羽が苦笑する。

 

「えへへ……」

 

「でもまぁ」

 

 時雨は酒を飲む。

 

「悪くねぇな」

 

 その言葉に。

 

 劉備が少し嬉しそうに笑った。

 

 宴が進むにつれ、皆かなり酔い始めていた。

 

 白蓮は既に机に突っ伏している。

 

「私が最強だぁ……」

 

「寝言うるせぇ」

 

 時雨が雑に頭を押す。

 

「むぎゅ」

 

 星は少し吹き出した。

 

 その時。

 

「張燕殿」

 

 関羽が声を掛けてきた。

 

「ん?」

 

 真面目な顔だった。

 

 いつもの説教モードではない。

 

「改めて礼を言わせてほしい」

 

「何の」

 

「黄巾党との戦だ」

 

 関羽は頭を下げた。

 

「貴殿がいなければ、救えなかった命も多い」

 

 時雨は数秒黙った後、鼻で笑う。

 

「別に好きでやっただけだ」

 

「それでもだ」

 

 関羽は真っ直ぐだった。

 

「貴殿は賊とは思えぬ男だな」

 

「褒めてんの?」

 

「……半分は」

 

「半分かよ」

 

 そのやり取りに、劉備がクスクス笑う。

 

「でも私もそう思います」

 

「あ?」

 

「張燕さん、怖いけど優しいです」

 

「怖いけどって余計だろ」

 

「えへへ……」

 

 劉備は本当に嬉しそうに笑う。

 

 時雨は少しだけ視線を逸らした。

 

 こういう真っ直ぐな好意は苦手だった。

 

 星はその横顔を見て、小さく口元を緩める。

 

「照れているな」

 

「殺すぞ」

 

「ふふ」

 

 その時。

 

「そういえば!」

 

 劉備がパンッと手を叩いた。

 

「私たち、まだちゃんと名乗ってませんでした!」

 

「今さら?」

 

「今さらです!」

 

 劉備は胸を張る。

 

 だが次の瞬間。

 

 グラッ。

 

「わぷっ!?」

 

 椅子ごと転びかけた。

 

「姉者ぁ!?」

 

 関羽が慌てて支える。

 

 時雨は腹を抱えて笑った。

 

「何やってんだアンタ!」

 

「ご、ごめんなさいぃ……」

 

「天然すぎるだろ……」

 

 だが。

 

 劉備は照れながらも笑った。

 

「えっと……改めまして!」

 

 真っ直ぐ時雨を見る。

 

「私は劉備です!」

 

「鈴々は張飛なのだ!」

 

 元気よく張飛が手を挙げる。

 

 そして。

 

 関羽が静かに頷いた。

 

「関羽だ」

 

 時雨は酒を飲みながら三人を見る。

 

「で?」

 

「え?」

 

「名前だけ?」

 

 劉備がきょとんとする。

 

 だが関羽が気付いた。

 

「……なるほど」

 

 星が少し目を細める。

 

 真名。

 

 この時代において、それは特別な意味を持つ。

 

 心を許した証。

 

 信頼。

 

 絆。

 

 軽々しく許すものではない。

 

 劉備も理解したらしい。

 

「あっ……」

 

 少し緊張した顔になる。

 

 時雨はニヤリと笑った。

 

「無理にとは言わねぇよ」

 

 だが。

 

 劉備は数秒迷った後。

 

 ふわりと笑った。

 

「桃香」

 

「……」

 

「私の真名です」

 

 空気が静かになる。

 

 時雨は少し驚いた顔をした。

 

「いいのか」

 

「はい」

 

 劉備――桃香は頷く。

 

「張燕さんは、信じられる人だと思うから」

 

 真っ直ぐだった。

 

 打算がない。

 

 だからこそ、重い。

 

 関羽も静かに口を開く。

 

「私の真名は愛紗」

 

「鈴々なのだ!」

 

 張飛は元気いっぱいだった。

 

 時雨は数秒黙る。

 

 そして。

 

「……ハッ」

 

 小さく笑った。

 

「随分あっさり許すじゃん」

 

「姉者が決めたことだ」

 

 愛紗は真っ直ぐ答える。

 

「それに」

 

 少しだけ視線を逸らした。

 

「……貴殿なら悪用はせんだろう」

 

「委員長ちゃんに信用された」

 

「誰が委員長ちゃんだ!」

 

 愛紗が睨む。

 

 だが以前ほど険しくない。

 

 時雨は笑った。

 

「まぁいいや」

 

 酒を置く。

 

 そして。

 

「時雨」

 

 三人が目を瞬かせる。

 

「俺の真名」

 

「……」

 

 桃香が少し嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます、時雨さん」

 

「さん付けやめろ」

 

「じゃあ時雨ちゃん?」

 

「悪化した」

 

 鈴々がケラケラ笑う。

 

「時雨は面白いのだ!」

 

「お前もなチビ」

 

「チビじゃないのだ!」

 

 騒がしい。

 

 だが。

 

 その空気は温かかった。

 

 星は静かにその光景を見つめる。

 

 時雨が誰かへ真名を許す。

 

 以前なら考えられなかった。

 

 この男は変わってきている。

 

 少しずつ。

 

 人を受け入れるようになっている。

 

 その時。

 

「よーし!」

 

 白蓮が突然復活した。

 

「皆義兄弟になろう!!」

 

「急だな!?」

 

 時雨が真顔になる。

 

 桃香は「おおー!」と拍手。

 

 鈴々も乗っかる。

 

「なるのだー!」

 

 愛紗が頭を抱えた。

 

「姉者、酔ってませんか」

 

「酔ってる!」

 

「駄目だこの人たち」

 

 星が吹き出す。

 

 夜空には星が広がっていた。

 

 戦乱の時代。

 

 血塗れの世界。

 

 それでも。

 

 こうして笑い合える時間がある。

 

 時雨は空を見上げながら、小さく呟いた。

 

「……悪くねぇな」

 

 その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。




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