聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
メリアンダの叫びが響いた瞬間、床面を走っていた赤い術式が一斉に輝きを増した。
次の瞬間、石床の隙間から無数の光槍が突き上がる。
「散って!」
エルドラゴンの声に反応し、全員が左右へ飛び退いた。
一瞬前まで立っていた場所を、赤い光槍が貫いていく。石床を容易く砕き、そのまま天井へ届くほどの長大な光柱となった。
メリアンダは身体を捻りながら一本を躱し、そのまま壁を蹴って跳躍する。空中で身体を反転させ、迫ってきた二本目の光槍を足場にしてさらに高く跳んだ。
「なるほど、遺跡に残された魔力経路を繋ぎ直しているのか」
「ご明察。やはり貴女は面白いですね、メリアンダ・レッドフィールド」
セグナは杖槍を構えたまま、楽しげに笑った。
「この王墓は素晴らしいですよ。現代では失われた術式構造が、そのまま生きている。少し弄ってやるだけで、これほど簡単に利用できるのですから」
「だからって、人の墓を勝手に弄るんじゃない」
「本来有った機能を応用しているだけです。使わねば勿体ないでしょう?」
セグナが杖を振る赤い術式が床から壁へ、壁から天井へと走り抜けた。
直後、天井から無数の光弾が降り注ぐ、メリアンダはそれを真正面から迎え撃った。
淡い魔力が腕を覆い、迫る光弾を一つ、二つ、三つと拳で叩き落としていく。爆発が連続して巻き起こり、王墓の内部が白い閃光で染まった。
その煙を突き抜け、メリアンダの姿が消える。
「──そこです」
セグナが振り向いた、メリアンダの拳が、目の前まで迫っている。
「反応したか、だが遅い」
拳撃と共にセグナの身体が吹き飛び、石壁へ叩きつけられる。しかし、その身体は壁に激突する寸前で停止した。赤い魔力の線が彼女の身体を包み込み、衝撃を分散させていたのだ、セグナが少しずつメリアンダの動きを衝撃を分析、適応し始めていた。
「……なるほど。速度ではありませんね」
セグナは壁から降りながら、口元を歪める。
「踏み込みの瞬間、攻撃の瞬間だけ外部に放出する魔力の出力を跳ね上げている。普段は極端なまでに魔力を抑え体内にて流動させ、攻撃の瞬間にのみ必要な箇所へ集中させる……効率が異常に良い」
「戦いながら分析とは、随分と余裕があるじゃないか」
「ええ。知識を得るためなら、多少の危険は喜んで受け入れます、それに、貴女の戦い方は興味深い。帝国軍で教官をしていたという話も納得できます。魔力に頼りすぎない。身体能力だけにも頼らない」
「また昔の話を引っ張り出すかアンタ」
メリアンダの表情から笑みが消えた。
「では訂正しましょう。メリアンダ・レッドフィールド。貴女の戦闘スタイルを全て頂くとしましょう」
「それでいい、だが渡すつもりも此処から帰すつもりも無い!!」
二人が同時に踏み込んだ、拳と杖槍が激突する、セグナは受け流しながら、少しずつ後退していく。
だが、その足元には赤い術式が広がっていた。メリアンダがそれに気づいた瞬間、セグナが杖槍を地面へ突き立てる。
「──起動」
床一面の術式が輝いた。
「ッ! 今度は何だ」
メリアンダの足元から、巨大な魔力の腕がせり上がる。彼女は咄嗟に跳躍するが、腕は追いすがるように形を変えた、別方向から赤い光槍が飛来する。
「挟み撃ちか!」
メリアンダは空中で身体を捻り、光槍を片腕で弾き飛ばした。しかし、その隙に魔力の腕が迫る。
「取った」
セグナが呟く、次の瞬間メリアンダの身体が魔力の腕に掴まれた。
だが──
「……誰を取ったって?」
メリアンダの口元が吊り上がった、掴まれた腕に、逆に魔力が集中する。
「まさか!」
魔力の腕が軋む、メリアンダはそのまま力任せに腕を引き裂いた。
「遺跡を武器にするってんなら、こっちは遺跡ごと殴ればいいだけだ!」
「……ふふ。やはり、貴女は最高ですね。ですがそろそろ本当に幕を切った方が良さそうです」
一方その頃、カルフォースの聖火がバルダンスプの繰り出した死体を幾つもの繋ぎ合わせた異形の獣を徐々に灰へと変えていく最中だった。その様子に流石にバルダンスプもようやく自身に迫る敗北の二文字を認識し始めていた。
「バルダンスプ! 今度こそ退きますよ!!」
セグナの声が王墓の奥へ響き渡ると、それに呼応するように赤い術式が一斉に明滅した。バルダンスプは振り返ることなく、眼前の聖火を睨みつけながら巨大な霊棺へ手を伸ばし、その蓋を閉じるとともに周囲に漂わせていた冷気を一気に収束させた。
凍りついた死体の群れが崩れ落ち、灰となった肉片が床へ散らばっていく中で、最後まで立っていた異形の獣だけが唸り声を上げながらカーリーへ飛びかかったが、彼女がカルフォースを横薙ぎに振り抜き、黄金の聖火をまとった斬撃でその巨体を真っ二つに断ち割った。
断面から噴き出した黒い冷気さえも聖火に触れた瞬間に燃え上がり、獣は悲鳴を残すことすら許されず灰へと変わった。
「もう終わりだ、バルダンスプ! 貴様の死体軍団では、ウチの聖火は止められん!」
「忌々しい炎だ」
バルダンスプの声には、先ほどまでの余裕が消えていた。霊棺から引き出せる死体はまだ残っている。しかし、それを増やせば増やすほど聖火の餌となり自身の魔力を浪費するだけだと彼自身が理解していた。
さらに冷気を強めれば聖火を押し込めることはできるものの、そのためには魔力を大量に消費しなければならず、長期戦になれば確実にこちらが先に力尽きる。
「勢いが無くなったな! さっきまで『死体にしてやる』等と宣言していたのはハッタリであったか?」
「……黙れ」
バルダンスプは苦々しげに反応しながら撤退すると宣言したセグナの様子を見やる、メリアンダとセグナの戦いもまた、終わりへ向かっていた。
セグナは杖槍を振るいながら後方へ跳び、床に刻まれた術式へ魔力を流し込んでいく。壁を走っていた赤い光が天井へ伸び、そこから無数の光槍がメリアンダへ向かって放たれたが、彼女は身を低くしながらその間を駆け抜け、迫る一本を拳で砕くと、砕け散った魔力の残滓を浴びながらさらに距離を詰めた。
メリアンダの拳がセグナの頬を掠め、赤い魔力の膜が砕け散った。セグナはその勢いを利用して身体を回転させ、杖槍を薙ぎ払うと同時に床の術式を起動させた。赤い光が二人の間を走り抜け、壁から巨大な魔力の腕が伸びてくる。
しかし、メリアンダはそれを見た瞬間に足を止めた。
「そこか」
拳を引き絞り、床へ向かって叩きつける。衝撃が石床を伝って走り、術式の一部が砕けると、それまで複雑に繋がっていた赤い光が一斉に途切れた。壁から伸びていた魔力の腕も形を失い、無数の光の粒となって消えていく。
「……なるほど、術式を壊しているのではなく、魔力経路の接続点を破壊してる。しかもかなり乱暴な手段でめちゃくちゃに」
「遺跡を武器にするってんなら、こっちは遺跡ごと殴るだけさ」
「人の墓をいじるなと言ったのはそちらじゃなかった?」
「アンタが武器にしたから応戦の必要が出来たんだろ」
セグナは杖槍を構え直す。しかし、その表情から笑みが薄れていく。これ以上続ければバルダンスプが先に落ちて聖剣の火力がコチラに向く、あの火に興味は有るが不確定要素が多すぎた。
「……仕方ありません。ここから先は研究よりも生存を優先しましょう」
彼女が杖槍の石突きを床へ打ちつけると、王墓の奥から低い轟音が響いた。赤い術式がこれまでとは比べものにならないほど強く輝き、床だけではなく壁や天井にまで複雑な光の線が走っていく。
「エルドラゴン!」
メリアンダが叫ぶと、少し離れた場所で戦況を見ていたエルドラゴンが顔を上げた。
「これは王墓そのものを媒介にした何かの術式か?!」
「つまり?」
「この遺跡に遺っている術式を利用してセグナは何らかの術式を再構築するつもりだ!」
「ええ。ここまでの戦闘で、この王墓に残された魔力経路は十分に把握しました。完全に復元する必要はありません。この遺跡が持つ魔力を借りれば、一度だけなら強引に発動出来ます、そして恐らく短距離に絞ればならば安全に転移出来る」
「転移、瞬間移動の術式か!?」
「させると思うか!」
メリアンダが踏み込む。
しかし、その前に無数の赤い光壁が展開された。拳が一枚を砕くたびに次の壁が生まれ、メリアンダの進路を塞いでいく。彼女が力任せに突き進む一方で、セグナの背後では転移のための光が急速に形を整えていた。
「メリアンダ! あと少しで完成するぞ!」
「だったら、あと少しになる前にぶっ壊す!」
メリアンダは拳を握り直し、目の前に立ち塞がる最後の光壁を睨みつけた。
同じ頃、カーリーの前でもバルダンスプが霊棺を開いた。だが、そこから現れたのは新たな死体ではなかった。霊棺の内部に蓄積された魔力が一気に噴き出し、周囲の空間そのものを凍らせ始める。
「カーリー・ブラッドソード……!」
「ほう? まだやる気か?」
「違うコレは時間稼ぎだ撤退するためのな」
「ならば、再び聖火で囲み封殺するまで!!」
聖剣カルフォースの黄金の聖火が、これまで燃え上が火壁を造ってゆく。
「舐めるなっ!! 起点から止めれば広がることを遅らせる程度っ!!」
極寒の死界と黄金の聖火が正面から激突した。その衝撃の中で、セグナの転移術式が最後の光を帯びた。
「完成です。それでは皆さん。今回はここまでにしましょう」
「待て!」
メリアンダの拳が最後の光壁を砕いた。
その拳がセグナへ届くより早く、赤い光が王墓を覆い尽くす。
「また会いましょう、メリアンダ・レッドフィールド」
「逃がすかァッ!」
メリアンダが拳を振り抜いた瞬間、セグナとバルダンスプの姿が赤い光の中へと飲み込まれた。
轟音とともに転移術式が弾け、二人の姿が消える。
残されたのは、焼け焦げた死体の灰と砕けた石床、そして静かに燃え続ける黄金の聖火だけだった。
「……逃げられたか」
メリアンダが拳を下ろし、煙の向こうを睨みつける。カーリーは聖剣を肩へ担ぎながら、悔しそうに舌を打った。
「うーむ、逃げられたか。これで四度目の魔王軍幹部と出会ったが再び仕留め損なったな」
エルドラゴンは崩れた術式を見つめながら、険しい表情を浮かべる。
「いや……まだ可能性はある」
「え? そうなんですか?」
「セグナは転移した。だが、あれは完全な転移魔術ではなかった」
エリリーが驚き顔を向けるとエルドラゴンは再び発動した魔術の跡を見た。
「うん、間違いない。彼女は移動先を細かく決めず、かつこの場から離脱するためだけに使ったんだ。転移、瞬間移動の類の魔術が廃れた理由は知ってるだろ?」
「それは、安全面は元より低く、短距離なら身体強化や騎獣の方が便利、その上でそもそも発動するだけだとしても相当な技術が無ければ行使出来ないから」
「そう、だから……きっと今頃彼女達は新たな障害にぶつかってる筈だ」
古代の王墓から数キロメートル離れた、燃えるような熱気が揺らめく砂丘の真っ只中。空間がグニャリと歪み、赤黒いノイズとともに二つの影が砂の上へ転がり出た。
「……くっ……! 転移のベクトルが完全にブレたわね。やはり未完成の魔力回路を強引に繋いだつけか……」
万骨のセグナは膝をつき、肩を上下させながら荒い息を吐いた。
彼女の身を包んでいた深紅のローブは擦り切れ、幾重にも張り巡らせていた自動防御障壁も、転移時の凄まじい空間摩擦によって完全に打ち砕かれている。しかしセグナの肉体はこの状態でも戦闘の記憶を集積し構造の進化を行なっていた。
「ハァ……ハァ……。万骨、貴様……これが安全な転移か? 危うく全身の肉を空間の歪みに削ぎ落とされるところだったぞ……!」
その傍らで、霊棺のバルダンスプが片膝をつき、怒りを込めて氷の仮面を軋ませた。背中の巨大な霊棺は表面の金属が焼けただれ、内部の冷気も最早底が見えていた。セグナやグスタフの様な再生する肉体を持たない為に魔王軍幹部『血蝕の魁星』の名に似合わぬ、まさに満身創痍の有様であった。
「文句を言わないで、バルダンスプ。あの状況で、あの化け物じみた聖火と教師の拳から無傷で生還できただけでも奇跡的な計算結果よ。……とにかく、転移は成功したわ。目的の知識も手に入った。急いで魔王軍領へ──」
「──帰れるとでも思っていたのか? 鼠ども」
突如、地平線を揺るがすような重厚な声が吹き抜ける。
「!? この乾きの魔力は……!」
セグナとバルダンスプが跳ね起きるように前方を睨みつける。
赤く揺らめく陽炎を切り裂き、巨駱駝に跨がった一陣の騎兵隊が砂丘の上から舞い降りてきた。その先頭に立つのは、身の丈を遥かに超える長大な槍を携えた男──ワシュ領分当主が弟、『乾裂の槍』の継承者ガルザであった。