妖怪が見えるが故に孤独に生きる夏目貴志が、誰かの迷惑にならないために、ようこそしちゃうお話。
 なお、クラス的な意味夏目迷惑をかけてしまう時もあったり、迷惑を沢山沢山かけられたりする模様。

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春の嵐に手を引かれ

 桜が散り始める入学式の日。

 夏目貴志は高度育成高等学校の校舎裏にて、1人でフラつくように踊っていた。……はたから見ればだが。

 

「よこせええお前の生き肝ぉお」

「しつこいッ! これ以上俺に構うな」

 

 ガラサ、ガラサと関節や頭部から音を鳴らす、全身が赤くてくすんだ色の――成人男性の平均的な身長ほどの背丈がある人形が、夏目を狙う。

 

 夏目がこうなっている理由は、学校に向かうバスの中でこの人形に声をかけたからである。

 声をかけるまでは人形は古風な格好をした日本人男性のように見えていて、窓側の席で座っていた。しばらくするとその男が苦しそうにうつむいたので、夏目が介抱しようとしたら、それは妖怪であった。

 

 人を驚かしたり、食べたり、時には富を与えたり、自然の脅威を装っては厄災をもたらす人ならざるモノ――妖怪と言われるものの類。

 

 今回夏目は人を食べようとする妖怪を引き当ててしまった。

 

「うっ」

 

 夏目がバランスを崩し地面に横たわってしまう。妖怪と会った場所から学園まで走って来たから体力が空っぽだった。ただでさえ体力がないモヤシ少年なのに重労働をしすぎてしまった。

 

 転んだ夏目の隙を捉え、人形は口を大きく開き

 

「イダただキマァ゛ア゛ス――!!!」

 

 人形の妖怪は顔を突きだして一直線に夏目を狙う。

 夏目の顔が人形の口に覆われる――直前に「土」の文字が書かれた人形の右頬にいきなり拳が叩き込まれ、真横にふっ飛ばされた。

 人形は、かたかた、と打ちひしがれる。

 

「ア゛ッ……ア゛ア゛ア゛ッ゛……!??」

 

 息を切らしながら夏目は制服についた砂ぼこりを払って立ち上がる。

 最大のピンチは最大のチャンスと言うべきか、人形はどうやら夏目を食べることしか考えてなかったのか、弱い人の子が恐ろしい妖怪に適うわけないとタカもくくったのか、妖怪は顔をさらけ出してしまった。

 あろうことか自身の弱点である「土」の文字が刻まれた横顔を。

 

「妖怪って、ゲンコツも効くのか……」

 

 また、夏目は白アスパラガスのような体型だし祓い屋の専門家ではないが、妖怪を祓う力は中々にあるようだった。

 今まで妖怪には物理攻撃は効かないと思いながら生きていたから、ここまでの有効打を与えるとは思っていなかった。

 

 カタカタ音を出す人形の身体から黒い霧が吹き出しかと思うと、人形の口から、弱そうな(ある意味可愛い?)感じの、土の字が刻まれてまんまる太った顔から二本腕を生やし、全身毛むくじゃらのミニぬいぐるみ的妖怪が泣きながら飛び出してきた。

 

「ヒィィィいいいい!!! にんげんコワいいいいいいいいいいッッッッ」

 

 毛むくじゃらは夏目から逃げるように遠い空に向かった。が、運悪くも空に群れをなし飛んでいるカラス達に捕まってしまう。

 

 ――うぎゃああああ――。

 

 毛むくじゃら妖怪の悲鳴とともに、側の人形は崩れ落ちて消えてしまった。 

 そんな毛むくじゃら妖怪の最期(?)を見届けながら、肩を大きく上下させ、息を整えながら小言を吐き出す。

 

「もっとうまく、生きていけたら……いいのにッ……」

 

 自虐だった。

 

 夏目は小さい頃から妖怪と接触出来てしまう霊感の持ち主で、それが理由で友人を作ることが出来ずにいた。

 「嘘つき夏目!」と、妖怪が本当に見えるのに、本当にいるのに、嘘つき呼ばわりされていた。そして嘘つきと呼ばれないために妖怪と関わらないようにしても妖怪達から襲われた。

 妖怪の化かしからクラスメイトを助けようとすると、夏目がクラスメイトを傷つけているように見えたり、実際ケガもさせたりと、かえって大ごとになったり。

 

 出会ったはじめは、夏目の周りには優しい人がいたのに、時間が経つと夏目は孤独な子になっていった。

 

 友人が出来ない、と云うのもまぁいい。いや、良くはないが、最初から人との間に壁を作って自分は空気のような存在でいれば、サヨナラの悲しみは軽減されるし、奇行(人から見れば)しても人からの関心が低いから白い目で見られる事もあまりない。

 

 だが、それでも。

 

 夏目には友人がいなければ家族もいなかった。 

 両親は小さい頃に死んでおり、祖母も祖父もいない。

 そのため夏目は親戚のお世話になっていたが、霊媒体質のせいで親戚の人たちとも良い関係を築けなかった。気味悪がられたり、妖怪のせいでケガもよくしたり、学校のクラスメイトや親戚の家庭内で突発的な暴行を起こすなど情緒不安定な問題児と見なされたため、親戚から親戚へとたらい回しにされていた。

 

 さすがに、ここまで独りっきりなのはこたえる。

 

 それに悲しむべきか喜ぶべきか、夏目には唯一の、父と遊んでいたおぼろげな記憶があった。

 

 ――小さな夏目を……父は微笑みながら夏目の頭を優しく撫でてくれていた……気がするわずかに温い記憶。

 

 ――優しく温かい儚い記憶なぞ無ければよかったのに。そうだったら今でも、あるはずもない希望に手を伸ばすことなんかなかったのに……。

 忘れたいと思う。でも、忘れたくもない。

 

「ただでさえ不器用なのに。はぁ~、晴れ渡るいい天気で気持ちいい入学式を迎えられる日、だったのに。足が重い。目を開けてるのも疲れる……」

「そうでしょう、そうでしょう。校外からこんな人気のない校舎裏までヘロヘロダッシュ。そうしてここで迫真極まったシャドウボクシングにヘナヘナ踊り。見るからに文化系少年のあなたに不釣り合いで意味不明なハードワークをしたら疲れるに決まってます」

 

 ――しまった!?

 夏目の頬に冷や汗が垂れる。

 夏目が苦虫を噛み潰したような顔で後ろを振り返る。

 

 振り返った先には、ジト目で夏目を値踏みするような視線を向ける、可愛らしい顔の造形をした少女がいた。

 

「シャドウボクシングをし終えたかと思いきや、その後にあの騒がしいカラス達を意味ありげに見つめていましたが。……もしかしてあなたも風の精霊とお話出来る人でしたか。」

 

 その少女はなぜか、幼児が手に持って遊ぶような真鯉と緋鯉が飾られたミニ鯉のぼりを両手に1本づつ持っていた。そして「むっふー」とキメ顔で――

 

「この左右の鯉たちにイタズラ好きな風の精霊が宿っています。ほら、精霊たちがハタハタ泳いでいます」

 

 確かに鯉は泳いでいるが、それは少女が手を動かしているから「私の手が鯉を動かしているように見えますが、違います。私の手が彼女たちのダンスによって震えているのです」……らしい……。

 

 ――妖怪を察知出来ないときもあるけど、これには憑いていないよな……。なぜかこれだけには、いない、って言い切れる自信があるぞ……! と言うかこの子っ、頭がヤバく――愉快すぎやしないか……!? 普通の子っぽいけど、妖怪とは別の意味で関わりたくないな。早くはなれよう……。それに……――。

 

 彼女のような面白いクラスメイトが過去に、夏目の近くにはいた。いたけど自分のせいでその子を傷つけて怯えさせてしまった。そうしてその子とは疎遠となる結末に至った。今でも罪悪感に苛まれる。

 だから夏目は早く切り上げようと決意する。

  

「何のことかな? 人間が風の精霊と対話出来るはずないだろう。……ほら、今日は高校の入学式だ。ステキな高校デビューを切るために、今まで出不精だった自分を変えて体力づくりに勤しんでただけだ」

「その割には非常に切羽詰まった顔をしてましたね。甘酸っぱく明るい青春を掴まんとするための努力に燃える目とは正反対でしたが。怯えた……とは少しちがう……? 冷えきった怒気が孕んでいたような……」

「――」

 

 両手の玩具鯉のぼりをフリフリさせる少女を、夏目は冷静に分析する。

 自分とは違うシラフで頭のおかしな少女だが、夏目の隠しておきたい真実を暴きかねない知能を持っていた。

 

 ――危険だ。秘密が曝け出されるのは百歩譲ってもいい。けど。でも、この子は好奇心と勘のよさが高すぎる気がする……。そんな人は俺に親しくなろうとして、俺を煙たう人よりも不幸になっていく。そうして事故が起こったら俺を見る目も……――。

 

 夏目は「ふぅ」と深く一呼吸をおいて笑みをつくる。鏡に映るキツネの顔みたいな。色づいてはいるも温かみのない、生気のない笑み。人との間に壁をつくるために得た、夏目貴志の寂しい特技の一つを。 

 

 すると少女が、表情は変えず鯉のぼりを持ったまま左腕をさする。

 

「そうだな。知人が誰もいない新生活をこれから迎えるから不安になっていたんだ。過去に、今日みたいな人間関係の変わり目の時にちょっとしくじって、それが長引いた事があったからな。まぁ、不安と緊張まみれで強迫観念気味になっていた」

 

 本心を伝える時は言葉がつまるのに、嘘や人との間に距離をつくるための言葉は悲しいほどにスラスラ出るもので。

 こんな言葉を紡ぐたびに夏目の心は冷えてゆく。

 

「心配してくれてありがとう。君のおかげで少し冷静になれそうだ。君もあまり肩肘張らず友人づくりや青春を謳歌するんだね」

 

 夏目は少女に背を向け、会話を強引に切った。

 が。

 夏目はあることが気になって彼女にもう一度対面した。

 

「あのう…………もしかして先輩だったりします?」

 

 初対面の男子に対してあまりにもこの子はズケズケした態度をとっていたたから、もしかして先輩ではと夏目は懸念したのだ。

 

「ああ。そう言えば自己紹介がまだでしたね。あなたの奇行がついつい気になってしまったせいで遅れてしまいました。ではさっそく。……こほん。……まず人に名を尋ねるなら自分からではありませんか? 無礼にもほどがあります」

 

 ――やっぱり先輩だったか!?

 

 夏目は先ほどの妖怪に襲われてた以上に慌てふためきながら頭を垂れる。

 

「す、すみませんっ! 俺、夏目貴志って言います。さっきの話から分かるように新入生ですっ」

 

 少女の言動は引っかかるが、見てくれや言葉遣いは良いので、それなりにこの先輩?を好いてる友人も少ないながらもいるだろう。

 今回の事が少女の友人やその友人の友人に広まり、先輩たちから悪い意味で目を付けられてしまうのではないかと、夏目は不安を抱く。

 そう。

 無難で味気ない学生生活を夏目が送るためにも、そんな事態を回避せねばならない。

 

 少しでも先輩の気を落ち着かせようと夏目は狼狽えながら頭を下げ続ける。

  

「なるホロなるホロ、なるホロホロ鳥。一年生ですか。面を上げていいですよ」

 

 緊張した面持ちで、夏目は言われた通りに頭をあげると、目先に何の変哲もない鯉のぼりが突きつけられた。危ない。

 

「母なる海よりも寛大で、母なる大地よりも慈悲深き私が、夏目貴志の無礼を水に流しましょう。それでは改めて。私は森下藍。風の精霊だけでなく、水や森の精霊とも会話できます。貴方とは一段どころか数段ステージが違うんです。ちなみにですが、夏目貴志と同じく、希望に萌ゆるアオハル生活を夢見る高校一年生です。去年まで瑞々しいJC3年生で、今年はいっそう華やかに乙女を磨くJK1年生です。先輩じゃあないですよ。命拾いして良かったですね夏目貴志? 私が夏目貴志にとって優しく頼もしい先輩に見間違えてしまうような、出来た同学年で」

「…………。……は?」

 

 頭のネジが数本ハジけてる森下藍は、呆然とする夏目の目の前で鯉のぼりをパタパタ泳がせる。

 

「いえ~い。どんぱふ、どんぱふ〜」

 

 


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