その夜、ガルム島では宴が開かれた。
ルフィたちは当然のように食べまくっていた。
ラオウは町の外れで、ひとり海を見ていた。
そこへゾロが酒瓶を持ってやって来た。
「飲むか」
ラオウは受け取る。
「酒か」
「嫌いか?」
「嫌いではない」
二人は並んで海を見た。
しばらく沈黙。
先に口を開いたのはゾロだった。
「お前、王だったんだろ」
「拳王だ」
「似たようなもんだ」
ラオウは酒を飲む。
「我は恐怖で人を従えた。敵も味方も、我を畏れた」
ゾロは言う。
「ルフィは違うな」
「ああ」
「でも、あいつのためなら命を懸ける奴は多い」
ラオウは宴の方を見る。
ルフィが肉を奪い合い、ウソップが嘘をつき、チョッパーが信じ、ナミが怒り、ロビンが笑い、ブルックが歌っている。
「なぜだ」
ラオウが問う。
ゾロは少し考え、酒を飲んだ。
「あいつが真っ直ぐだからだろ」
「真っ直ぐ」
「あいつは支配しねぇ。命令もしねぇ。でも、自分のやりたいことは絶対曲げねぇ。だからこっちも、勝手についていく」
ラオウは目を伏せた。
勝手についていく。
かつての拳王軍とは違う。
恐怖ではなく、信頼。
支配ではなく、自由。
ラオウは低く言った。
「海賊王とは、奇妙な王だな」
ゾロは笑った。
「だろうな」
その時、空気が変わった。
島の港側から、強大な気配が近づいてくる。
ゾロが立ち上がる。
「敵だな」
ラオウも立つ。
「強い」
港には、一隻の船が着いていた。
黒い帆。
その船から降りてきたのは、異様な気配を纏う男たち。
黒ひげ海賊団の傘下。
ティーチの名を背負い、新世界を荒らす連中だった。
そのリーダー格の男が笑う。
「ゼハハ……じゃねぇが、聞いたぜ。麦わらがこの島にいるってな」
ルフィたちも宴を止め、広場へ出てくる。
ルフィの目が鋭くなる。
「黒ひげのとこの奴らか」
男は笑った。
「本命は麦わら、お前だ。だが……そっちのでけぇ男も面白そうだな」
男の視線がラオウへ向く。
「聞いたことねぇ顔だが、強そうじゃねぇか。黒ひげ提督への土産に――」
言葉が止まる。
ラオウが一歩前に出たからだ。
「黒ひげ」
その名を、ラオウは低く繰り返した。
「この海の強者か」
ジンベエが答える。
「四皇の一角。危険な男じゃ」
ラオウの目に火が宿る。
「四皇……この海における王の一人か」
ルフィが拳を鳴らす。
「あいつはおれがぶっ飛ばす」
ラオウはルフィを見る。
「因縁があるのか」
「ああ」
ルフィの声には珍しく重い怒りがあった。
「絶対にぶっ飛ばす」
ラオウはそれ以上聞かなかった。
その目を見れば十分だった。
男たちは武器を構える。
「四皇の麦わらに、謎の巨漢。まとめて潰せば名が上がる!」
ルフィが前へ出ようとする。
だがラオウが片手で制した。
「麦わらの小僧」
「ん?」
「雑兵は我が払う。貴様は己の因縁を濁すな」
ルフィは少しだけラオウを見た。
そして笑った。
「じゃあ頼む!」
ナミが驚く。
「あのルフィが譲った……」
ゾロは笑う。
「あいつなりに分かってんだろ。ラオウが今、何か確かめたがってるってな」
黒ひげ傘下の男たちは一斉に襲いかかる。
銃。
剣。
悪魔の実の能力。
武装色。
新世界の荒くれたち。
だが、ラオウはゆっくり歩いた。
「この海には、王を名乗る者が多い」
銃弾が飛ぶ。
ラオウは闘気で弾く。
剣が迫る。
拳で砕く。
能力者が巨大な獣へ変身する。
ラオウの拳が、その顎を撃ち抜く。
「だが、真に王たる者は少ない」
ラオウの闘気が広がる。
敵たちの足が止まる。
覇王色ではない。
しかし、魂そのものを圧する拳王の気。
「うぬらの覇、軽い」
男たちは震えた。
「な、何だこいつ……!」
ラオウは拳を天へ掲げる。
「北斗剛掌波」
夜の港に、見えぬ衝撃が走った。
敵の船が大きく揺れ、男たちがまとめて吹き飛ぶ。
それでも、ラオウは殺していない。
だが、完全に戦意を砕いていた。
ルフィはじっと見ていた。
「ラオウ、変な奴だな」
ウソップが叫ぶ。
「どこが!? 変どころじゃねぇよ! 災害だよ!」
ルフィは笑う。
「でも、悪い奴じゃねぇ」
ラオウは港に倒れた敵たちを見下ろす。
その胸の内に、かつての自分の影がよぎる。
力で奪う者。
恐怖で支配する者。
自分もまた、そうだった。
だが今は違う。
少なくとも、この拳で無意味に命を奪う必要はない。
ラオウは静かに呟いた。
「ケンシロウよ」
海風が吹く。
「この世界にも、我の知らぬ拳があるようだ」