転生夢主は救済もコメディ路線で生きたい【完結済み】   作:yako

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エピローグ

―――

 

「高明くん、この本の続きありますか?」

チャリチャリと金属音が鳴るのを無視してベッドから降り、近寄る。手に持った本の表紙を指さしてみせると、高明くんは読みかけの難しい専門書からゆっくりと視線を上げた。

 

「……まだ出版されていません。それが最新刊です」

「えぇ〜! やめてくださいよ! ここにいると日が経つのがゆっくりなんですから! 待つのがつらいんです! 本は完結したものだけにしてください!」

 

膝から崩れ落ちそうになりながら抗議する。ここでの時間は外界から隔離されているせいか、ひどく長く感じられるのだ。好きな本の続きが読めないとなると、気が狂いそうになる。

 

「……わかりました。気をつけます……」

「絶対ですよ! あぁ〜もう……続きが気になる〜」

 

肩を落としてベッドに戻ると、枕に顔を突っ伏して悶えた。

 

「はぁ……あなたは……本当に……状況に慣れるにも程があるんじゃないですか? ご自分が何をされたか分かっているんですか?」

 

高明くんは読んでいた本を閉じると、ベッドサイドに立って呆れたジト目で見下ろしてくる。その表情は冷徹というよりは、呆れ果てているようだった。

 

「高明くんに意地悪された……イジメだ……パワハラだ……」

「……情緒不安定ですか?」

 

高明くんが深いため息をついたその時、部屋の扉が開いた。

 

「……? 夢主、どうしたの?」

 

入ってきた景光くんが、布団の中でジタバタしている私を見て不思議そうに首を傾げる。

 

「景光くん! 高明くんがイジメた……続きものの前編しか渡さないなんて……!」

 

縋り付くようにして訴えると、景光くんは困ったように笑いながら高明くんを見た。

 

「わざとではありません」

 

高明くんがそう返すのに、私はスンスンとわざとらしく顔を隠して雑な泣き真似をしてみせる。

 

「お詫びに……この鎖、外してください」

 

私の言葉に、二人の目がスッと冷える。

「……駄目です。……逃げるおつもりですか?」

「駄目だよ?」

 

ですよね、と心の中でため息をつく。

 

「じゃあ、逆に両足に着けてください」

 

私の提案に、高明くんが眉をひそめる。

 

「……何故ですか?」

「バランス悪いんです。片足だけ重くて、こっちの足だけムキムキになったらどうしようって不安なんです」

 

すぐに返事が返ってこない。

しばし、無言で目配せし合う兄弟という尊い物を見せられる。

高明くんがこちらに向き直る。

 

「わかりました……予備の足枷を付けましょう」

「良かった〜安心しました!」

 

景光くんは困った顔をし、高明くんは沈黙していた。

 

―――

――

 

翌朝。

 

いつも通り朝の支度を終えた私はリビングに待機していた。

そろそろかと予測を付けて時計に目をやる

 

ドターンッ!!

 

鈍い大きな音が響いた。景光が慌てて音のした部屋へ駆けていくのを横目に、私はあえてゆっくりと景光の後を追った。

「……おはようございます。夢主さん」

「兄さん、夢主、転んじゃったみたい……」

 

ベッドから起き上がろうとして、両足の鎖の挙動に失敗したようで、夢主さんが床に這いつくばったまま、鎖を引きずっていた。

 

「……高明くん、助けてください……これ、足さばきが難しい……」

「……でしょうねぇ」

 

予想できたことだ。敢えて淡々と返す。

「……両足外してください」

「駄目だよ」

「駄目ですね」

 

「……コレって、首輪じゃ駄目なんですか?」

 

何のてらいも無い発言。……そう、彼女の言葉には何の深い意味はないのだ。

しかし不意を突かれ想像を巡らせてしまった私は思わず額を押さえた。言葉が出ない。

 

「……っ」

 

一瞬遅れ、景光の顔が真っ赤に染まるのを横目に見てとり、私は大きくため息をつく事しかできなかった。

 

―――

「白眉の少年……何か手がかりはありましたか?」

現場に到着するなり、高明は挨拶もそこそこにコナンの顔を覗き込んだ。その瞳は、真実を追い求める探偵のそれというより、一刻も早くノルマをこなそうとする事務的な焦燥に満ちている。

 

「いや……僕に頼らないでよ! ぼ……僕ただの小学生だよ」

 

引きつった笑顔で返すコナンは、内心で冷や汗を流していた。この男、自分の正体をどこまで掴んでいるのか、とにかく「使えるものは子供でも使う」という徹底した合理主義を隠そうともしない。

 

「早く帰りたいんです……」

 

深く、重苦しい溜息とともに吐き出された高明の言葉。それは名探偵としての矜持など微塵も感じさせない、切実すぎる心の叫びだった。

 

「高明さん、毎回それだよね……」

 

コナンは半眼になり、呆れ果てた声を漏らす。難事件を前にして、第一声が「帰りたい」とは、もはや清々しさすら感じる。

 

「兄さん、ちゃんとこの現場も報酬契約結んだ依頼を貰ってきたよ! ちゃっちゃと済ませて帰ろう」

 

そこへ、景光が眩しいほどの笑顔で、一枚の書類をひらつかせながら合流した。その手際の良さは、実利に特化している。

 

「景光さんは相変わらず守銭奴……」

「生活費は大事! 私立探偵は保証がないからね」

 

コナンのツッコミを、景光はどこ吹く風で受け流す。

 

「……承知しました。では、終わらせましょう」

高明が現場の状況を把握するべく動き出す。その天才的な頭脳が、「稼ぎ」と「帰宅時間」のためにフル稼働する。

 

(この人たち、絶対に敵に回したくねぇな……)

 

コナンが戦慄するのを余所に、二人は阿吽の呼吸で犯人を追い詰め、最短ルートで事件を解決した。

 

 

―――

 

「お!少年!ちょうどよかった。一緒に行こうか」

 

背後から屈託のない声で肩を叩かれ、コナンは思わず「げっ」と顔を引きつらせた。振り向かなくてもわかる。景光が、獲物を見つけた猛禽のような……それでいて、気のいい近所のお兄さんのような眩しい笑顔で立っている。

 

「事件です……おかげで早く済みそうで助かります」

 

隣では、高明がすでに腕時計を確認しながら、事務的にコナンを見下ろしていた。

 

「協力するって言ってない!」

 

コナンの必死の抵抗も、この兄弟には届かない。高明は目を細め、静かに、けれど確実にコナンが抗えない餌を投げ込んだ。

 

「今回の事件は大規模犯罪組織が関わっている可能性が高いです。お好きでしょう? そういった事件」

「ぐっ……行くよ!」

 

核心を突かれ、探偵としての血が騒いでしまったコナンは、悔しげに拳を握って承諾してしまう。それを見届けた景光が、追い打ちをかけるように、あまりにも手際の良すぎる段取りを口にした。

 

「場所は北海道だから、毛利探偵に連絡しような! 空港までのタクシーもう呼んでるから乗っちゃって。俺は留守番だから伝えとくよ」

「……え!」

 

コナンの思考が停止した。北海道。恐らく泊まり。

そして、この兄弟のルール「泊まりの時はどちらか1人しか出ない」。

「ま、待てよ! でかい事件なんだろ!景光さんも行こうよ!? 二人で協力したほうが早いって!」

「ケルベロスのお世話があるから」

「私も早く帰ります。ケルベロスがさびしがるといけない」

 

真顔でそして重々しく告げられたその名前に、コナンは思わず声を張り上げた。

 

「ケルベロスってあの事務所で飼ってるピンクのインコだろ! ペットホテルに預けなよ!!」

「「とんでもない!」」

二人の声が、完璧に重なった。

高明は眉間に深い皺を刻み、景光も柔和な笑みを消し、ドン引きしたような顔をコナンに向ける。

「ケルベロスを他人に預けるなど正気の沙汰ではありません」

「そうだよ、少年。俺たちが側にいないと、遊びに夢中になって食事を抜くことがあるから目が離せないんだ」

 

コナンは戦慄し、呆れかえった。

ケルベロスとはこの兄弟の事務所の中央に飾るように置かれた豪華な鳥かごの中で飼われている一匹のピンクのインコだ。そのインコに兄弟揃って並々ならない資金と手間を掛けている。それが諸伏兄弟だ

 

(……いや、インコだろ!?)

「さあ、行きますよ。一刻も早く事件を終わらせないと、お土産の鮮度が落ちます」

「海産物、彼女も喜んでくれるよ。兄さんこれ保冷バッグ」

「……っ、この重度愛鳥家探偵コンビが……!」

 

コナンの罵倒も、もはや二人の耳には届かない。

一人は「解決」のために北の大地へ、一人は「ケルベロスのお世話係」として、事務所に引き返していく。

コナンは、自分の正義感が、この兄弟の「狂気的な家庭の事情」に完全に利用されていることを痛感しながら、強引に空港へと連行されていった。

 

―――

 

新幹線のホーム、修学旅行の高揚感に包まれる帝丹小学校の集団の中で、江戸川コナンだけが背後に漂う異様な「圧」に冷や汗を流していた。

 

「白眉の少年、お出かけですか」

 

背後から掛けられた、あまりに聞き慣れた涼やかな声。振り返ると、そこにはビシッと決めたスーツ姿の諸伏高明が、旅行客とは思えない鋭い眼光で立っていた。

 

「げっ……高明さん! なんでここに……」

「お? じゃあ、これから何か大きな事件でもあるんでしょ? ちょうど良かった、協力してあげるよ」

 

隣からひょっこりと顔を出した景光が、眩しい笑顔で物騒なことを口にする。

 

「あってたまるかよ! 修学旅行だよ! 健全な学校行事!」

「修学旅行……。古都、京都ですね。……我々もご一緒します」

 

高明が断定的に告げた。

「はぁ!? なんでだよ!」

「京都は歴史が深く、それゆえに怨恨も深い。事件の火種には事欠きません。……景光、切符を取ってきなさい」

「了解。グリーン車でいいよね? 経費で落ちるし」

景光が軽やかな足取りで券売機へと向かう。コナンは絶望に顔を伏せた。

 

「ついてこないでよ! 僕らはバス移動なんだから!」

「問題ありません。我々は別動隊として動きます。……せっかくの京都です、晩御飯のおばんざいと、お土産の八つ橋を吟味しましょう。ケルベロスが喜びます」

「インコがそんなモン食うかよ! 糖分過多で死んじゃうよ! 頼むからついてこないで!」

コナンの悲痛な叫びも、兄弟の耳には届いていなかった。

―――

――

京都の街を一望できる駅の屋上広場で、景光はホクホクとした顔で分厚い封筒を懐に収め、大きく伸びをした。

「いや〜! やっぱりついてきて正解だった! 少年がいるところに事件あり、だね」

その封筒の中身は、京都で発生した難解な美術品盗難事件を解決した際の、資産家からの莫大な謝礼金だ。

 

「…………早く帰りなよ。高明さん、もう一足先に帰っちゃったよ」

 

コナンは精根尽き果てた様子で、半眼になって景光を見上げる。 高明は事件解決後、「八つ橋の生クリーム入り期間限定フレーバーが売り切れる」という一点においてのみ焦燥感を見せ、保冷バッグを抱えて最速の新幹線に飛び乗っていった。

 

「兄さんはね、ケルベロスに出来立てを食べさせたいんだって。俺はまだ残務処理。この報酬の振込手続きとかもあるからさ」

景光は手慣れた手つきで書類を整理している。

「……少年、帰りの新幹線でも事件があるんだろ? 帰り際にもう一稼ぎできれば助かるんだけど」

「もうねーよ!! 平穏に帰らせてくれよ!!」

コナンの絶叫が京都駅に虚しく響いた。

 

―――

 

 

帝丹小学校の校門前。放課後の開放感に浸る間もなく、江戸川コナンは背後に殺気にも似た気配を感じて足を止めた。逃げようとした瞬間、ガシリと腕を固められる。

 

「兄さん! コナンくん確保!」

 

景光が、凶悪犯を現行犯逮捕した時のような手際の良さでコナンを掴み、眩しい笑顔を振りまいた。

 

「でかした景光。……さぁ白眉の少年、何か事件はありませんか?」

 

ふらりとどこから現われたのか、高明はすでに現場に急行する準備を整えている。その瞳は、真実を求める探偵のそれではなく、締め切りに追われる営業マンのような切実な光を宿していた。

 

「そんな都合良く事件なんかねぇよ! なんだよ急に! 放せよ!」

 

ジタバタと暴れるコナンだったが、大人の男の力には抗えない。景光はコナンの耳元で、内緒話でもするように深刻なトーンで囁いた。

 

「実はさ……今月ちょっと予算オーバーしちゃって……」

「そうなんです。早急に、高額報酬が見込める案件が欲しいです。できれば、即日入金が可能な資産家絡みのものが望ましい」

 

「知るかよ! どうせまたインコ絡みだろ!…あれだけ稼いで予算オーバーって、オメエらインコにどんだけ注ぎ込んでんだよ!」

 

コナンの叫びは至極真っ当だった。 普通のインコならば。

 

「…我々の都合で籠の鳥でいて頂いているので、不自由させないのは当然かと」

高明が、妙な事を聞かれたかのように不思議そうに答える。

「あの子、最近やっと我が儘を口にしてくれるようになったんだ……全部叶えないと」

景光がどこか誇らしげにうっとりと語るその内容に、コナンは戦慄を通り越して呆れ果てた。

 

「インコは喋んねぇよ…それ…勘違いだから……妄想だから…」

「ふふふ…失礼ですねぇ」

高明がニッコリ笑う

「そうだよ少年。ほら、あそこにいるお金持ってそうな人……何か悩み事抱えてそうじゃない? ちょっと一緒に行ってみようか?」

 

景光が公園のベンチで項垂れている人物を指さし、コナンの手を引っ張る

 

「さぁさぁ…白眉の少年、お仕事の時間ですよ」

「行かねーよ!!」

 

夕暮れの街角。 「ケルベロス」をより豪華で、より完璧な閉鎖空間で飾り立てるために、兄弟は今日も名探偵を小脇に抱え、欲望渦巻く事件の影へと消えていった。

 

 

―――

 

 

米花町、毛利探偵事務所。 平穏な午後の昼下がり、階段を駆け上がる不穏な足音と共に、事務所のドアが勢いよく開かれた。

 

「白眉の少年はこちらにいますか?」

 

理知的な瞳を鋭く光らせ、室内を検分するように見渡す諸伏高明。その背後からは、まるで散歩にでも誘うような軽やかさで景光が顔を出す。

 

「コナンくん、お出かけしようか? ちょうどいい案件が舞い込んできたんだ」

「げっ、またお前ら……!」

 

ソファでくつろいでいたコナンが顔を引きつらせるのと同時に、事務机で新聞を読んでいた毛利小五郎が椅子を蹴って立ち上がった。

 

「おい! 諸伏兄弟! 人の縄張りまで出張ってくんじゃねぇよ! ここは俺の探偵事務所なんだよ! ガキを連れ出すんなら、俺に一言あってもいいだろ!」

 

おっちゃんの怒鳴り声が狭い事務所内に響き渡る。だが、対面する二人は眉ひとつ動かさない。高明は流れるような所作で一礼し、穏やかな、それでいて有無を言わせぬ圧を持った声で応じた。

 

「これはこれは毛利探偵。ご健勝のようで何よりです」

「毛利さんこんにちは! やっぱり名探偵の事務所は空気が違いますね。身が引き締まる思いです」

 

景光が眩しい笑顔で調子よく合わせる。その手には、すでに「コナンくん連れ出し用」の高級お持たせが入った保冷バッグが握られていた。

 

「おべっかはいいんだよ! お前ら、どっちもエリートだったはずだろ。なんで探偵になってから、うちのガキばっかり使い倒してんだ!」

「……誤解なきよう申し上げますが、我々は『使い倒して』いるのではありません。これは一種の……相互扶助です」

 

高明が淡々と事実を口にする。

 

「相互扶助だぁ?」

「そうですよ。白眉の少年は事件を引き寄せ、また彼が関わる事件は、解決までのスピードが段違いで早い。我々が協力するならばなおのこと…」

「…早期発見、早期解決。一刻も早く帰りたいからね。そのためには、少年の直感が必要なんです」

 

景光が爽やかに、けれど執着を隠しきれない目で付け加えた。

 

「なんでお前ら兄弟は毎度帰宅帰宅って家に帰りたがるんだよ!金にがめついくせに!そんなに稼ぎたきゃ、もっと真面目に働いたらどうなんだ!」

「本末転倒です。…探偵は手段ですからね、ケルベロスの生活および住環境の整備の為の。……端的に言えば、資金調達です」

 

高明のあまりに堂々とした『インコのための出稼ぎ』宣言に、小五郎は毒気を抜かれたように呆然とした。

 

「……お前ら、たかがインコ一匹のために、元エリート二人がかりで朝から他人の事務所までガキをスカウトしに来てるってのか……?どんだけつぎ込む気だよ!一件一件かなりの報酬を取ってんのは知ってんだぞ!」

「『たかが』とは心外ですね。彼女は我々の世界の中心ですから」

「さぁ、コナンくん行こうか! 今日の依頼人はかなりの資産家だってさ。終わったらお土産買って帰らなきゃ!」

「……はははは…小五郎のおじさん…僕、行ってくるよ……」

 

コナンは諦めて立ち上がる。小五郎の呆れ顔を背に、最強の兄弟に挟まれた「歩く事件探知機」は、今日もまた、米花の街へと連行されていくのだった。

 

 

ーーーー

 

 

「あぁ、ゼロ……いらっしゃい。何か依頼?」

「ちがう、ただの様子見だ………」

手土産をヒロの目の前にあるテーブルに置きながら答える。

 

「……探偵業の方、順調らしいな」

「あぁ、兄さんと一緒だから、まぁ、まずまず安定してきたとこ」

 

鳥を指先で遊ばせながら答えるヒロはどこか憑き物が落ちたような吹っ切れた顔をしているように見える。あの魔女が修行と称して姿をくらませてからすぐ、この兄弟は警察を揃って辞職した。情報を持った魔女の行方は公安でも勿論、把握する予定だった。

 

それが足取りが一切掴めない。

 

最後に接触をしたのはこの兄弟。駅まで送ってたのは監視カメラの映像でも確認が取れている。行き先を聞き出すことには失敗。そこから監視の引き継ぎまでは上手く行ったはずが、魔女も何かを察していたのか駅の喧騒の中で全ての捜査員が撒かれてしまった。

 

諸伏兄弟は表向きは自己都合の退職となっているが、実質的には2人はそのせいで……特に諸伏警視は魔女の管理をしていた直属の上司として、その責任を取って辞職した形に近い。

 

2人が探偵業を始めて、このピンクのインコに狂ったように貢ぎ始めたのはそれからすぐの事だった。その為にかなりの依頼料を取っている事は公安内部でも有名だ。手塩に掛けた部下、背中を預けた同僚に、去り際に泥をかけるように裏切られ、兄弟揃って心を壊したと考えられている。

 

だが、俺の見解は違った。俺はこの兄弟が公安の手の届かないところに魔女を逃がしたのではないかと踏んでいる。俺から見ても、同僚に遠巻きにされ、ひそひそと陰口をたたかれ、能力も発揮できず飼い殺しにされる魔女の姿は目に余るものがあった。

俺はじっとヒロを観察しながら言葉を発する………………

 

「……良かったのか?魔女を行かせて」

「………俺も兄さんも振られちゃったからね……しかたないよ」

「はぁ……あの魔女が……諸伏警視まで………」

「ふふふ」

 

インコを飼いだして以来、ヒロはあれだけ執着していた魔女を探すようなそぶりや焦りが見えない。やはり、あの時何らかの工作をして魔女に自由を与えたのは…この兄弟なのか…?

 

「…俺は…お前はあの魔女を追うんだと思っていた…」

 

どこをふらふらとしているのか魔女から連絡は無く。魔法少女の噂も聞かない。出立すぐに今までご迷惑おかけしました。とだけ書かれたメールと新幹線からの風景写真が一枚。後はたまに思い出したようにぽつりぽつりと毎回違うアドレスから似たような一方的なメールが届くが返信に対する折り返しは無い。その間隔もだんだんと空くようになっている。

 

公安をからかっているのか何なのか……警察上層部は魔女の足取りを掴もうと躍起になっている。とつぜん去って行った魔女の思考は未だに読めないが、足取りを追えそうで掴ませない。公安警察の手口を知り尽くした、抜け目のない工作は、つかみ所のないあの女らしい見事なものだ。

 

「追いかけてどうするんだよ………ただの幼なじみが……引き留めるだけの法的根拠も権利も持ってない……」

「未練がましくピンクのインコに魔女の道具の名前を付けて執着している癖に…何を物わかりの良さそうなことを…そもそもなんだケルベロスって……インコには仰々しいだろう」

「そうか?この子はここでは番犬みたいな物だけどな?」

「こいつに何が追い返せるって言うんだ?ただ派手なだけだろう」

「そうかなぁ……ふふっ…追い返してくれるよね?ケルベロス」

 

インコに囁きかけるヒロの、どこか陶酔したような笑顔にゾクリとした。

あぁ…あの魔女め…結局何もかも壊して自分だけ飄々と去って行った。

 

「誰ですか?ケルベロスの悪口を言っているのは……」

 

外から帰ってきたのか上着を片手に元上司が事務所に顔を出す。

 

「諸伏警視……ご無沙汰してます……」

「華やかにしてくれていますよ?この事務所を…この子はここで目を引くのが仕事ですから。ふふふ…平和の象徴です。…もう警視ではないので楽にしてください。お茶のおかわりでも入れましょうか?」

 

穏やかな笑顔を浮かべているが、目の奥には相変わらず読めない深い色がうかがえる。立場が変わろうとも、この人は鋭い何かを未だ内に携えている。公安から多少の外圧があろうともこの探偵事務所は安泰だろう。

 

「いえ……今日はもう帰ります」

「そうですか、何か気になる事件がありましたら紹介してください」

「割の良いのがあったらね?……さぁ、そろそろ籠に戻ろうか。ケルベロス」

「………また来ます………」

 

あの兄弟がキャリアと心の安寧を捨ててまで叶えた望みがあの魔女の自由だったとして、今あいつがその通り、自由にしているのならこれで良かったのか…もやもやとした気持ちが晴れない……何か小骨がずっと引っかかっている様な気持ちが抜けないのはなぜだろうか……。

 

きっと俺はヒロに魔女を追いかけて欲しかったのだ。

 

あいつらに笑っていて欲しかった。

 

「…勝手なものだ…………人の心はままならないな…」

 

俺は事務所を後にしながら戻らない日々に思いをはせ

胸に引っかかる物を飲み込むように

 

ただ、目を伏せた。

 

 

 

 

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