時系列はDESTINYとFREEDOMの間。多分ZEROよりは後。
もしかしたらあったかもしれないし、なかったかもしれない、そんな話。
全4話を予定。
「──であるから、このタイミングが最も都合がいい。ここに全戦力を投入し──」
退屈なブリーフィングを、最後列で聞き流す。
エトワール・ラベンダー。
それが、今の私の名前だ。
本当の名前じゃないことだけは知っている。
でも、そっちはもう思い出せない。
前に使っていた名前があった気もする。
誰かに呼ばれていた記憶も。
けれど、それはもう輪郭すら曖昧だった。
薬と調整を繰り返すうちに、そういうものから順番に削れていったのだと思う。
話されているのは、ラクス・クライン暗殺計画。
またか、と思う。
彼らは何回もそんな作戦を立てていた。
そして失敗を続けている。
だから、今回はより確実なものが選ばれた。
大気圏突入中。
逃げ場も、機動も制限される瞬間。
説明を続ける男は熱っぽく演説している。
ナチュラルの未来だとか、青き清浄なる世界のためにだとか。
聞き飽きた言葉ばかりだった。
ここはブルーコスモス残党の拠点。
ロゴス崩壊後に散り散りになった組織の、その一つ。
放棄された基地の跡地を無理やり改修しただけの基地は、空調もまともに動いていなかった。
壁には応急修理の痕。
廊下には剥き出しの配線。
人員も足りないのか、整備兵は疲れ切った顔で行き来している。
全部、終わりかけている。
それでも彼らは戦争を続けていた。
イデオロギーだけが、彼らを繋ぎ、動かしていた。
私はそこの主戦力だった。
“兵士”ではなく、“戦力”。
人間として数えられている気はしない。
生体CPU。
GFAS-X1《デストロイ》を動かすための部品。
それが私だ。
本来なら、こんな自覚は持たないように処理される。
疑問も、恐怖も、諦めも。
全部、薬と調整で潰されるはずだった。
でも残党組織に、そんな余裕はない。
設備も、人員も、金も。
もう何も残っていない。
薬だけは大量に持ち出したらしい。
だから私は、まだ生きている。
……いや。
生かされている、か。
最近は分かる。
身体が壊れ始めている。
視界の端で光が滲む。
指先の感覚も鈍い。
たまに、自分の脚がどこにあるのか分からなくなる。
薬が切れるたびに、内側から神経を焼かれるみたいに痛む。
眠ろうとしても、脳が勝手に覚醒して眠れない日も増えた。
鏡を見るたび、自分の顔色が悪くなっているのも分かる。
それでも、誰も気にしない。
壊れたら次を使えばいいだけだから。
多分、三年は保たない。
いや──次の作戦で死ぬかもしれない。
そう考えても、何も感じなかった。
怖くない。
悲しくもない。
元々、人間として扱われていない。
だから死んでも、誰も悲しまない。
私も、悲しくない。
ブリーフィングが終わる。
椅子が鳴り、一斉に人が動き出す。
誰も私に話しかけない。
私も誰とも話さない。
皆が立ち上がる中、私は一人で格納庫へ向かった。
巨大な隔壁が開く。
鉄と油の臭い。
整備機材の駆動音。
その中心に、《デストロイ》がいた。
灰色の巨体。
都市を踏み潰すためだけに作られた怪物。
今回は大気圏離脱用の追加ブースターまで取り付けられている。
あれに乗って突っ込めば、帰れない。
そんなことは、説明されなくても分かった。
白衣の男が薬剤ケースを差し出してくる。
無言。
目も合わせない。
私は慣れた動作で薬を取り出し、飲み込んだ。
喉を焼くような刺激。
胃が熱くなる。
直後、脳へ無理やり光を流し込まれるみたいに意識が冴え渡った。
世界が鮮明になる。
音が聞こえすぎる。
心臓の鼓動が早い。
身体が軽い。
万能感にも似た高揚。
同時に、自分が壊れていく感覚。
……この感覚も、多分最後だ。
そんなことを考えながら、私は《デストロイ》へ乗り込んだ。
***
「ラクス総裁の護衛、ですか?」
シン・アスカは、渡された任務書を見返した。
世界平和監視機構《コンパス》。
その任務にも慣れてきた頃だったが、護衛任務というのは珍しい。
しかも今回は短期間だ。
プラントから《ミレニアム》で静止軌道へ移動。
そこから大気圏突入シャトルでオーブへ降下。
それだけ。
「本当に必要なんですかね、護衛なんて」
「念には念を、だよ。シン」
キラは穏やかに返した。
だが、その表情は少し硬い。
安全なルートではある。
しかし、“絶対”ではない。
大気圏突入中のシャトルが、攻撃一つで燃え尽きる。
そんな光景を、キラは知っていた。
「突入中は、こっちも自由に動けない。相手が捨て身なら……十分危険だ」
「……分かりましたよ」
シンも、その意味は理解していた。
かつて、自分も大気圏突入中に戦ったことがある。
あの時の敵も、死ぬつもりで突っ込んできた。
命を投げ捨てた相手の怖さを、シンは知っている。
だからこそ、理解できなかった。
なぜそこまでして戦うのか。
なぜ、自分の命まで使い潰せるのか。
ブルーコスモス残党との戦いでは、そういう相手を何度も見てきた。
負けると分かっていても、自爆同然で向かってくる。
まるで、自分が死ぬことに価値を見出しているみたいに。
「お疲れ様です」
「ええ。オーブでの仕事が終われば、すぐ戻りますわ」
ラクスを《ミレニアム》へ収容して数時間。
ここまで、異常なし。
警戒アラート一つ鳴らない。
静かな航行だった。
だからこそ逆に、シンは妙な落ち着かなさを感じていた。
シャトルへ向かうラクスを見送り、キラとシンもそれぞれの機体へ向かう。
今回の護衛はフリーダムとジャスティスのみ。
他の機体は不測の事態に備え待機している。
「過剰戦力な気もしますけどね、隊長」
「……そうだといいんだけど」
キラは小さく呟いた。
胸騒ぎがしていた。
嫌な予感だった。
理由は分からない。
『突入シャトルに続き、フリーダム、ジャスティスは発進してください』
「シン・アスカ。ジャスティス、行きます!」
「キラ・ヤマト。フリーダム、行きます」
カタパルトから射出される。
漆黒の宇宙が後方へ流れていく。
先行するシャトルを追い、二機も大気圏へ降下する。
突入は順調だった。
シャトルは姿勢制御を開始し、機体表面に火花が走り始める。
大気圏の熱で、装甲が赤熱していく。
フリーダムとジャスティスも変形し、それに続いた。
ディスプレイには機体温度上昇の表示。
警告値まではまだ余裕がある。
問題はない。
このまま終わるはずだった。
「っ!?」
「来た!」
警報。
後方から急接近する熱源。
普通のMSじゃない。
『敵機接近! 弾道飛行です! 地球の陰から──』
報告より先に、光が走った。
キラは即座に変形を解除。
フリーダムをシャトル後方へ滑り込ませ、ビームを受け止める。
白熱した光がシールド表面を舐め、散った。
「くそっ、またあの機体か!」
シンも人型へ戻り、迎撃態勢へ移る。
灼熱の大気の向こう。
巨大な黒い影が現れる。
GFAS-X1《デストロイ》。
随伴はウィンダム二機。
ロケットブースターで無理やり弾道飛行へ乗せたのだろう。
正気でできる作戦じゃない。
離脱・突入時の熱。
機体負荷。
制御難易度。
少しでも狂えば空中分解する。
だが、それだけラクス・クラインを殺したいということだ。
「この状況じゃ、まともに戦えない……!」
シンは舌打ちした。
こちらはシャトルを守りながら、大気圏突入もしなければならない。
対して敵は捨て身。
条件が悪すぎる。
「死ねぇぇぇぇっ!!」
エトワールは絶叫しながら、《デストロイ》を変形させた。
背部の円盤から、無数のビームが放たれる。
灼熱の空を裂き、火線が走る。
放熱警告。
機体負荷上昇。
そんな表示を、無理やり押し潰して。
「くっ……!」
フリーダムがそれを防ぐ。
最小限の動きだけで、シャトルへの射線を潰していく。
異常な操縦精度だった。
エトワールには、自分の攻撃が全部読まれているように見えた。
「隊長! ここは俺が!」
シンは機体を加速させる。
重力に引かれ、沈み込もうとするイモータルジャスティスを、スラスター出力で無理やり押し上げる。
熱で視界が揺れる。
外装温度は危険域寸前。
それでも止まれない。
まず随伴機を潰す。
デストロイに自由に撃たせる方が危険だ。
接近してきたウィンダムがビームライフルを構える。
だが、この速度域ではまともな照準など不可能だ。
「遅いっ!」
ジャスティスが横回転しながら突っ込む。
サーベルが火線を描き、ウィンダムの腕部ごとライフルを切断。
そのまま蹴り飛ばす。
姿勢制御を失ったウィンダムは、機体を激しく回転させながら大気圏の炎へ飲まれていった。
もう一機がミサイルを放つ。
だが、真空に近い高度から突入してきたせいで信管制御が追いついていない。
シンは機体を半身に捻り、紙一重で回避。
すれ違いざまにビームサーベルを振り抜いた。
閃光。
ウィンダムの胴体が上下に分かれる。
爆発。
火球が大気の中へ尾を引きながら落下していく。
「次は……!」
そのままデストロイへ突撃する。
巨大。
近づくほど、その異様さが分かる。
都市破壊用のMA。
人を殺すためだけに巨大化した兵器。
シンの脳裏に焼き付いている。
ベルリン。
炎上する街。
泣き叫ぶ人々。
そして、その中心にいた少女。
『シン……!』
幻聴みたいに、ステラの声が蘇る。
「っ……!」
シンは歯を食いしばった。
「そんな機体を……また!」
ジャスティスが加速。
赤熱した装甲を火花が流れていく。
デストロイの巨大な背部円盤へ、ビームサーベルが振り下ろされた。
「バックパックが──!」
両断。
巨大ユニットが両断され、片割れが火花を撒き散らしながら分離する。
空力制御を失った残骸が、大気の中で燃え上がった。
さらにシンは、そのままコクピットへ切り込もうとする。
だが。
「っ!」
デストロイの胸部砲門が閃く。
至近距離。
シンは咄嗟に機体を捻った。
肩装甲を掠めるようにビームが通過する。
警告音。
機体温度急上昇。
「くそっ……!」
大気圏突入の、強烈な熱。
そこへ高出力ビーム兵器の連続使用。
ジャスティス内部の温度表示が、一気に危険域へ跳ね上がる。
コクピット内まで熱い。
操縦桿を握る掌に汗が滲む。
この状態でさらに出力を上げれば、武装側が先に保たない。
直後。
デストロイの指先ビーム砲が、内側から爆ぜた。
火花。
破裂音。
赤熱した破片が周囲へ飛び散る。
「言わんこっちゃない……!」
シンは顔をしかめる。
デストロイは巨大すぎる。
突入時の空力加熱に加え、この高度でビーム兵器を乱射すれば放熱が追いつくはずがない。
このままなら、敵機の方が先に自壊する。
「熱……ッ、なんで……!」
通信。
ノイズ混じりの少女の声。
苦痛。
混乱。
怯え。
その全部が滲んでいた。
シンの動きが、一瞬止まる。
分からない。
どうすればいいのか。
そんな感情が、声越しでも分かった。
エクステンデッド。
強化人間。
生体CPU。
嫌でも思い出す。
ステラ。
薬漬けにされ、戦わされ、最後まで利用された少女。
『シン……こわい……』
脳裏に焼き付いた最悪の記憶。
その瞬間。
シンの中から、“敵”という認識が消えた。
『バックパックを下に向けろ! 減速するんだ!』
「……え?」
エトワールは目を見開く。
敵が、話しかけてきた。
そんな経験は、一度もない。
味方ですら、命令しかしてこなかったのに。
「な、なんで……」
『減速しろ! 機体を寝かせるな! 空気に腹を向けろ!』
怒鳴るような通信。
エトワールは反射的に操縦桿を引いた。
デストロイの巨体が軋む。
姿勢制御スラスターが悲鳴のような振動を返す。
背部ユニットを下方へ向け、無理やり空気抵抗を受け止める。
瞬間。
凄まじい衝撃が機体全体を揺らした。
「ぁ──ッ!?」
視界が跳ねる。
シートに身体が叩きつけられる。
警報音。
赤いモニター表示。
振動。
熱。
だが、違った。
さっきまでとは。
機体温度の上昇が、僅かに鈍っている。
『そのままだ! 姿勢を維持しろ!』
どうして敵が。
どうしてコーディネーターが。
そんな疑問を抱く余裕もない。
少しでも気を抜けば、機体ごと燃え尽きる。
エトワールは歯を食いしばりながら、必死に操縦桿を握った。
その横を、イモータルジャスティスが飛ぶ。
いや。
飛んではいない。
半ば墜落しながら、無理やり姿勢制御をしていた。
シンの機体も限界なのだ。
赤熱した装甲表面から、火花が尾を引いている。
『隊長! シャトルを!』
『分かってる! シン、君も無茶するな!』
フリーダムはシャトル護衛へ戻る。
結果として。
シンとエトワールだけが、後方へ取り残された。
***
「っ……!」
大気が唸る。
空が燃える。
機体表面を流れるプラズマ光が、視界を赤く染めていた。
イモータルジャスティスの各部から火花が散る。
警告表示。
推進系統エラー。
姿勢制御補正限界。
コクピット内には、絶え間なくアラームが鳴り響いていた。
「くそ……!」
シンは歯噛みする。
本来なら、こんな高度で戦闘などするものではない。
大気圏突入中のMS戦自体が異常なのだ。
ましてデストロイのような大型機など論外だった。
空気抵抗。
熱量。
重量。
全部が致命的すぎる。
だが。
それでも。
あの声を聞いてしまった以上、見捨てることができなかった。
通信回線の向こうで、少女が苦しんでいた。
怯えていた。
助けを求めていた。
それだけで十分だった。
『機体各部限界温度到達』
『推進器損耗率、危険域』
『フレーム負荷上昇』
モニターが容赦なく現実を叩きつけてくる。
「分かってるよ……!」
シンは操縦桿を握り直した。
ジャスティスが激しく揺れる。
赤熱した装甲の一部が剥離し、火花となって後方へ流れていく。
VPS装甲自体は熱に耐えられる。
だが問題は内部だ。
関節。
駆動系。
スラスター。
冷却系統。
全部が悲鳴を上げ始めていた。
燃え尽きていないとはいえ、減速はまだ不十分。
熱を超えた先で、二機はほとんど墜落に近い速度で落下していた。
シンは必死に機体を立て直す。
スラスターを断続噴射しながら、無理やり姿勢を制御する。
その視界の先で。
デストロイが、大きく傾いた。
「っ、おい!」
巨大な機体が横転する。
姿勢制御が追いついていない。
壊れた背部ユニットのせいで空力バランスが崩れている。
このまま回転に入れば終わりだ。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
少女の悲鳴。
デストロイが制御を失い、回転しながら落下していく。
巨体が空気を裂き、炎を撒き散らす。
「くそっ……!」
シンは追おうとした。
だが、ジャスティス側も余裕がない。
無理に加速すれば、こちらも空中分解しかねなかった。
直後。
デストロイが海面へ激突した。
***
轟音。
海が割れる。
巨大な質量が海面を叩き潰し、爆発みたいな衝撃波が広がった。
白い水柱が空高く噴き上がる。
「ぐっ……!」
衝撃。
ジャスティスが激しく揺さぶられる。
視界が一瞬、真っ白に染まった。
警告音。
出力低下を示すアラーム。
まともに制御できない。
「うわぁぁっ!」
シンは必死に操縦桿を引く。
だが、機体は言うことを聞かない。
視認できていなかったが、すぐ近くに陸地があった。
緑。
岩肌。
砂浜。
次の瞬間。
ジャスティスは無人島へ叩きつけられた。
木々をなぎ倒しながら地表を滑走する。
衝撃で機体外装が砕け、土砂が舞い上がる。
ようやく停止した時には、ジャスティスは半ば地面へ埋まっていた。
***
コクピットが開く。
「……はぁ、っ……!」
シンは荒い息を吐きながら外へ出た。
全身が痛い。
頭もくらくらする。
視界の端が少し揺れていた。
それでも、生きている。
焼けた金属の臭い。
潮風。
湿った熱気。
周囲を見渡す。
無人島だった。
波打ち際には、砕けた木片や装甲片が流れ着いている。
ジャスティスは砂浜へ半ば乗り上げた状態で停止していた。
VPS装甲はエネルギー不足で解除され、灰色の地肌を晒している。
肩部からは火花が散っていた。
そして。
少し離れた場所で、デストロイが半ば横倒しになっていた。
巨体の一部は海へ沈み、装甲の隙間から蒸気が噴き出している。
完全に沈まなかったのは浅瀬だったからか。
「おい!」
シンは駆け出した。
砂浜を蹴り、デストロイへ向かう。
近づくほど、その損傷が分かる。
装甲は焼け焦げ、関節部は半ば溶融していた。
もうまともに動ける状態ではない。
腹部装甲が軋む。
そこから、ふらつきながら少女が出てきた。
薄紫色の髪。
細い身体。
青白い顔色。
年齢は、自分より少し下くらいか。
パイロットスーツはところどころ破けて、ツギハギになっている。
色も揃えられていない、不恰好なスーツ。
まともな兵士の格好には見えない。
その姿を見た瞬間。
シンは、また嫌な既視感を覚えた。
ステラ。
薬で無理やり戦わされていた少女。
戦うことしか許されなかった少女。
だが。
少女はシンを見るなり、腰のホルスターから拳銃を抜いた。
「動くな……!」
震える声。
呼吸も乱れている。
だが、銃口だけは真っ直ぐ向いていた。
「……まだやるのかよ」
「コーディネーターは敵だ……」
まるで、誰かに教え込まれた言葉を読み上げるようだった。
「殺さなきゃ、いけない……」
その言葉とは裏腹に。
少女の指は震えていた。
殺意というより、義務感だった。
そうしなければいけないと、自分へ言い聞かせているみたいに。
「お前……」
シンが一歩近づく。
「来るな!」
発砲。
乾いた音が島に響く。
だが、狙いは大きく逸れていた。
弾丸はシンの横を掠め、砂を弾くだけで終わる。
シンは一気に距離を詰めた。
「っ!?」
少女が二発目を撃つより早く、シンはその腕を掴む。
細い。
驚くほど軽い腕だった。
まともに筋力がついていない。
シンは拳銃を捻り上げ、そのまま砂浜へ叩き落とした。
黒い拳銃が乾いた音を立てて転がる。
「離せ……!」
少女はなおも抵抗する。
噛みつくような目で睨みながら、必死に腕を振り払おうとする。
「離せぇっ!」
だが、その力は弱い。
身体の芯がもう限界なのだと分かる。
振り払おうとして。
その身体が、崩れた。
「……え?」
膝から力が抜ける。
視線が落ちる。
そのまま前へ倒れ込み──
「お、おい!?」
シンが慌てて受け止めた。
軽い。
驚くほどに。
骨と皮ばかりみたいだった。
まともに食事をしている身体じゃない。
「はぁ……っ、ぁ……」
少女は荒い呼吸を繰り返していた。
体温も異常に高い。
肌越しでも分かる。
まるで熱病だ。
薬。
強化処置。
無理な戦闘。
大気圏突入。
全部が限界だった。
「くそ……」
シンは舌打ちする。
本当なら拘束して終わりだ。
敵兵なのだから。
ブルーコスモスの残党として、然るべき場所に引き渡す。
それが正しい。
だが。
こんな状態の相手を放り出せるほど、シンは割り切れなかった。
腕の中の少女は、もう敵兵には見えなかった。
ただ死にかけている誰かにしか見えない。
だから。
「……とりあえず、生き延びるぞ」
そう呟いて、シンは少女を抱え上げた。