ここまで続けられたのも皆様のおかげです、ありがとうございます。
本作はマジ恋Sのルートに基づいて進めておりますが、Aのキャラも今後の展開で登場する予定です。
川神市のとある廃ビルにて、9人の若者達が集まっていた。
「はぁー...さすが義経ねぇ。半端ない強さだったわ」
ソファに沈んでいるワン子が、がっくりと項垂れていた。
「相手は稀代の英雄だ。仕方ないじゃないか」
「うん...それでもやっぱり悔しい。悔しいよぅ」
「...また腕を磨いてリベンジすればいい。私なんて、何度大和に愛の勝負を挑んでいる事か」
「...ん!そうね!!」
「そう落ち込むな犬、次は私が敵討ちしてやるさ!」
直江夫婦からのフォローに、前を向くワン子。
クリスも来週に控えている義経との決闘に、気合を入れているようだ。
この会合は風間ファミリーの金曜集会と呼ばれるもので、毎週金曜日になると廃ビルの中にある秘密基地に集まり、各々が好きな時間を過ごしている。
「いやぁ、今日は楽しかった!決闘につぐ決闘で満足だ」
「放課後ずっと戦ってたの?」
「そうだ。なんせ全国から挑戦者がきているからな」
義経目当てで外部から来る挑戦者をふるいにかけるのが、百代の役目だった。
「オラ達も見ていたけど、凄まじい数の挑戦者が並んでいたぜ。強者の気でビリビリ、オラの心はヒリヒリだイェアー」
「1日で40人とかでしょ?全員と戦ってたら義経も体もたなかったわねぇ...」
「そういう意味ではモモ先輩に対処を任せて良かったね」
「どう姉さん、挑戦者で目にかなったのはいた?」
「何人か筋が良いのはいたが、しばらく動けないかな。なんせあいつら、本気も本気だ。こっちも失礼な真似はできないから、手を抜かずにやると...どうしてもな」
実力があると本気の百代から大きなダメージを食らってしまうため、結局挑戦できる状態まで再起するのに時間がかかってしまうという訳である。
「それより聞いてくれ!その決闘の後でヒュームに予言されたんだ。どうやら私は、九鬼が用意したある対戦相手にいずれ負けるらしい。相手は教えてくれなかったが...弟よ、誰だと思う?」
「普通に考えたら義経か弁慶。大穴で与一だけど、言い方的には別にいるっぽいね。従者だけど雷は有り得るのかな...」
「おっ、大和はもう全員名前呼びなのか?」
「軽くだけど皆と話はできたからね」
「ガクトは弁慶のことしか見てなかっただろう」
ガクトの視線は女性陣にはバレバレである。
鼻の下を伸ばして息も荒げていたため、2ーSの空間では一番の不審者であった。
「にしても、よく護衛の人と話せたね...独特のオーラがあるから、ちょっと近寄り難いというか」
「話をした感じは良い人だったよ。元々は軍人だったみたいで、スカウトされて九鬼の従者になったとか。...雰囲気的にはゲンさんと同じような苦労人タイプってところかな。後、本人は名前で呼んで欲しいってさ」
「蒼井君って呼ぶと葵君も反応しちゃうから、って言ってたわね」
「俺も話したけど九鬼に入ってから世界中を飛び回ってたみたいで、巡った遺跡のこともいくつか知ってたぜ!」
珍しく風間が気に入っているようだ。
冒険先の遺跡について話せる人が出来て嬉しかったのだろう。
「雷先輩ですか、交流戦最後のつば競り合いの衝撃から皆さんを守っていましたね。...恐らく、とんでもない実力をお持ちかと」
まゆっちが松風を撫でながら、中継映像で見た内容を振り返っているようだ。
その言葉にクリス達も頷いてる。
「うちのジジイが守りに行く前に動いていたからな、状況判断も早い。あいつが九鬼の言う対戦相手なら、願ったり叶ったりだが」
「とはいえ、大丈夫なのモモ先輩?その通りに負けたら...」
「面白い展開じゃないか。どんな相手が来ても、私は負けん!」
「さすがお姉様ね!アタシももっと強くなる!」
よーしよーしと百代から頭を撫でられるワン子。
「皆、お茶が入ったよ」
「ありがとう、クッキー」
クッキーのお茶出しに京が礼を言って受け取ると、話題は転入生からいつものような雑談へと変わっていった。
「で、さっきの話の続きだけどよ。モロの女装の話だ、前に女装化したらそれがクセになったとか...」
「違うよ!?...なんか今までと違う自分になれたし、人からも注目されて気持ちよかったから、演劇部に入ろうかなって相談でしょ」
「お、おう...そうだったそうだった」
「モロの受けルートは、いつでもウェルカムだよ。くくくっ」
「ナシだよ!ガクトも満更でもないみたいな顔しないで!」
こうして金曜集会の時間は過ぎていった。
ーーー深夜の川神院稽古場。
そこで、世界最強の称号を持つ二人が顔を合わせていた。
「鉄心。川神院の門下生を見せてもらったぞ」
「どうじゃった?なかなかいけてるじゃろ」
「心技体ともに、素晴らしい育成だ。流石は世界の川神院」
「後世に、技と心を伝えていかねばならんからのう」
蓄えた白髭をさすりながら、上機嫌に答える鉄心。
「俺は弟子をとるにしてもせいぜい1人が限界だ。だからあまり偉そうな事も言えんが、改めて1つ苦言を呈する。...危なっかしい連中の管理は、できていないぞ鉄心よ」
ヒュームは一転して、険しい表情で告げた。
「...耳が痛いのう。釈迦堂やモモのことか」
「釈迦堂は、修行不足で恐るべき才能を完全に腐らせていた。百代は、瞬間回復を会得してしまったが故に、攻防どちらも技が荒すぎる」
両名共に、ヒュームが直接その目で確認した内容である。
釈迦堂は手遅れだったが、百代についてはまだ対処できるという見解が両者一致していた。
「会得した努力と素質は驚嘆に値するが、順序を間違えたな。...俺からすれば、赤子と変わらぬ存在よ」
「モモが今のままではいかん事は、儂も分かっとるわい。精神を大人しく高潔にするための足掛かりとして、山奥で大地と対話させようと思っていたところじゃ...これも、以前にお前が言っていたアドバイスじゃったな」
「それもいいが、先にやる事があるだろう鉄心。百代に必要なのは敗北だ、鼻っ柱を折ってやらねば」
ヒュームが獰猛な笑みを浮かべている。
その様子に、鉄心は右目を開き鋭い視線を向けた。
「お前、モモとも戦うつもりか」
「俺相手では、負けても仕方が無いと思ってしまう。それではいかん。もっとショックを受けてもらわないと」
「何か考えでもありそうじゃの?言っておくが...」
「安心しろ、変に痛めつける気はない。俺とて、将来がある若者を憂いているのだ」
「似合わん台詞じゃの...自信家の所は相変わらずじゃが」
そう話していると、1人の影がこちらに声をかけてくる。
「総代、酒の用意ができましたヨ」
「せっかくじゃ、酒に付き合っていけヒューム」
「では肴に、俺の標本コレクションの話をしてやろう」
「相変わらず過激な趣味をお持ちですネ...」
「それなら、女子学生のブルマでも見てた方が楽しいわい」
「そ、それもどうかと思いますヨ総代」
「ではお前は、何が楽しいんだルー師範代よ」
「全くじゃ、良い子すぎるわい。お前も何かフェチズムがあるじゃろ」
「...この人達にも困ったものダ」
水面下で九鬼が何やら画策していることは鉄心も勘付いているが、何か起こった時は自分が止めに入れば良い。
そう結論付けて、今宵の酒に手をつけるのであった。
週が開けた月曜日の朝。
学生達にとっても憂鬱な始まりだが、百代の所属する3ーFでは少々様子が異なるようであった。
「さて、今日はいきなり転入生を紹介するよ」
武士道プランが発表される少し前に、川神学園へ赴任してきたゲイツだ。
彼が教壇に立って早々に切り出した突然の一言に、当然クラス内は大いにざわついた。
「この時期にいきなり?...クローンで候?」
「クローンじゃないね、普通の人だよ」
「どーせムサイ男とか、そういうオチだ。ソースは私の勘」
「なるほど、充分ありえるで候」
「いいんだ。私には清楚ちゃんがいるもーん」
転入初日、百代は直ぐに3ーSまで乗り込んで葉桜清楚に自己紹介を済ませていた。
親密な関係になるべく踏み入れようとしたところを、京極に止められてしまったが。
「モモヨ。直感は頼りになるが、決めつけるのは駄目だぞ」
(...何かありがたい事を言われた気がする)
「それじゃ転入生君、軽やかにどうぞ!」
教室中の視線が、転入生に注がれると。
「はじめましてーっ」
「まさかの超美少女きっ、きたぁああああ!!!」
予想を裏切る可愛い転入生の登場に、男子や百代から大歓声があがった。
「可憐だっ...!やったな皆の衆、ついに我等3ーFは美少女を手に入れた!悲願達成・大願成就!」
「おいおい、美少女は私やユミがいるだろ」
「ひいっ!川神さんはそれよりも恐怖がまさって...」
「失礼な。まぁそんな事より、今は目の前にいる一輪の花だ!」
席を飛び出し、教壇の前までしゅたっと移動していた。
「私は川神百代!よろしくな、友達からはじめよう」
「武神だね、西でもその名前は良く聞いてるよ」
「ん?」
「私は松永燕。よろしくね、百代ちゃん」
2人がガッチリ握手すると、次の瞬間には百代の顔から笑顔が消えていた。
(強い!今までそれを感じさせないとは、こいつ...)
「松永...と言ったか、あの松永か」
「うん。一応武士娘として、決闘とかもしてるよん」
「聞いた事があるで候。西に武具を器用に使いこなす猛者がいると。それが確か、松永...!」
「ゲイル兄さんも、彼女に倒されたんだ」
カラカル兄弟が、川神学園に赴任してきた大きな理由である。
事前に京都で松永燕と決闘しており、ゲイル達は何もさせてもらえず燕にノックアウトされた。
「それがどうして関東の川神へ?」
「おとんの仕事の都合だね。川神学園を選んだ理由は、賑やかで楽しそうだから。...そしたらいきなり源義経だよ。いいよねぇ、破天荒で!」
「なるほど、分かりやすいな燕。では、川神の流儀でお前を歓迎してやろう。決闘だ」
教室内が再びザワついた。
「そ、それじゃあダメッ!いきなりラスボスなんて、何の理不尽ゲーだよっ!?」
その言葉に、3ーFの男子生徒だけでなく女子生徒もうんうんと頷いている。
「んー。それって、試合ってことかな」
「もちろん。エンジョイ真剣勝負。ゾクゾクしないか?」
「ごめんねぇ、記録に残るような試合は勝手に承知できないの」
「西の、特に京の武士娘達は家名を大事にすると聞くで候」
「あー、家がうるさい系なのか...」
しばらく勝負はお預けか、と落胆した表情に切り替わる百代だったが。
「でもね。あくまで稽古って事なら全然いいよ、やろっか!」
「...はははっ!うん、そうだな。これは、歓迎稽古だ」
「生半可な覚悟で戦える相手じゃないで候」
「心配してくれてありがとーっ、でも大丈夫。あくまで稽古、だもんね?百代ちゃん」
「うんうん、さぁグラウンドへ行こう!ワクワク、ドキドキ!」
「...川神百代と稽古できるなんて、武人の誉れだしさ」
乗り気な二人を見て内心焦った矢場が止めに入るも、もはやこの流れは止められないようだ。
「せ、先生。決闘でもないのに、軽々とHRを中断していいんですか?異議あり!」
「大丈夫、レクリエーションだよ...フフフ」
ゲイツの目は、教師から極上のご馳走を前にした捕食者の目に変わっていた。
自分らを打ち負かした生徒と武神こと川神百代の戦闘データは、喉から手が出る程欲しいものであるからだ。
川神学園のグラウンド場は運動部の練習場所だけでなく、生徒同士の決闘が行われる時によく使われる場所でもあった。
「さて、運動しながらグラウンド整備するかナ...ん?」
3ーFの生徒達がゾロゾロとグラウンドに来たので、ルーは驚いて話しかける。
「どうしたんだイ?決闘の申請は出てないはずだヨ」
「丁度いいルー先生。実はかくかくしかじかで...」
ゲイツから話された事の顛末に頷き、 ルーは百代達に視線を向けた。
「レクリエーションだネ。ではワタシが立ち会おウ」
ルーも鉄心から西の実力者が転入して来ることは聞いている。
燕を一目見て、相当強いと見切っていた。
(あくまで稽古なら、百代相手でも大丈夫かナ)
「武器のレプリカを、ありったけ集めてきたで候」
「燕、好きな武器を選んでくれ。私は拳だが」
川神学園に保管されている刃を潰した得物の数々である。
通常、生徒達はこの中から一つの武器を選んで戦う訳だが。
「ん。そこらへんの地面に置いといてくれれば使うよ」
「その意味ありげな腰の装備品は?」
「いずれ分かるよ...フフフ。まずは徒手で」
「おっ、そっちも素手か。よーし、早速はじめようっ!」
3ーFのクラスメイト達が、ハラハラと様子を見守っている。
「では、両者あくまで稽古という事を忘れずに...レーーッツ!ファーーイト!!」
「いきなり川神流無双正拳突きーーー!!!」
離れていた燕との距離を、百代が一瞬で詰める。
この技はストレートパンチを気で強化して必殺技に昇華したものであり、事実開幕から打ち出されるこの技に数多の武道家達は一撃で倒されていた。
その戦艦の主砲のような一撃をーーー
「よっと!」
燕は冷静に捌いて、百代の体に蹴りを当ててみせた。
「情熱的だねぇ、びっくりしたよ」
「流石は松永。俄然面白くなってきた」
嬉々として突撃してくる百代を、燕が迎撃する。
美しい舞のような技の応酬が、見る者を歓喜させた。
「百代と渡り合えている!稽古とはいえ凄いなぁ...あ。ご、ごほん。たいしたもので候」
(この燕という子...速い、隙が無い!よく鍛錬しているネ。そこらへんの武道家じゃ、勝負にならない強さ...でモ)
「うわっと!」
攻防に押し負けた燕が、後ろに大きく弾き飛ばされた。
(さすがに相手が悪すぎル。百代には及ばなイ)
「いてて...うわ〜、防御した腕がしびれっぱなしだぁ...」
「いいぞいいぞ。燕ホラ、武器使え!」
百代は嬉しそうに、トントンとリズミカルに跳ねている。
「それじゃ、ま。リクエストにお応えして...このヌンチャクから、ブワーッといってみますか!」
グラウンドの喧噪は、2年がいるB棟にも伝わっていた。
「なんだあれ...姉さんとやりあってる人がいるぞ」
「そして勝負になっている。これは珍しい」
「3ーFの転入生か。いい武器捌きだな」
「あんな可愛い子がいるなら、激写しねぇと!」
そうして廊下に出ようとする福本であったが。
「HR中に許可無く抜け出す者には、制裁だ!」
「うハァンッ!」
いつもの如く梅子先生から鞭でしばかれて沈んだ。
「それにしても、相手の女性はクローンなのか?あの軽やかさ、まるで飛燕のようだ」
「いい例えだ。彼女は西の武士娘松永燕。字は体を表すな」
「松永、聞いた事あるわ...転入してきたのね!」
「義経といいこの人といい、レベル高いなぁ」
2ーFは、皆窓にべっとりと貼り付いていた。
見ると、松永燕は次々と武器を持ち替えては攻め手を緩めない。
「魅入ってしまう戦いだ。松永燕、まるで技のデパート」
「でも、あれなら多分ワン子の方が薙刀の扱いうまいよね」
「専門じゃないのにあれだけ自由に動けてるなら、それはそれで凄いけどね...」
「っていうか、松永燕マジ可愛くね!どれくらい可愛いかっていうと、マジ可愛くね?」
「うん、僕どっかで彼女見た事あるよ。なんだっけな...」
同様に、2ーSの生徒達もグラウンドの様子を観戦していた。
「ヌンチャク三節棍ときて、太刀に鞭、ハンマーに薙刀。あげく槍にスラッシュアックスときたもんだ。よくあれだけ武器が扱えるよな」
「面白い戦いだね。見ててたーのしー!」
「豊富な技を前に、川神百代も攻めあぐねているようじゃの」
一見すると互角に戦いを繰り広げているように見えるが、年長者組の意見は違うようだ。
「確かに、あの技術は見事ですが...」
「器用貧乏ですねっ。決定力がないと勝てません☆」
クローン組も例に漏れず観戦していた。
「あれが松永先輩か、随分と器用な人物だとお見受けする」
「かなり刺激になるね〜、私は錫杖だから翻弄されそうだ」
「別に姉御は、正面から薙ぎ払えば全て解決するだろうに」
「何か言ったか?与一」
「褒めてるだけだから、ラリアットの構えをするのは辞めてくれ!」
「雷はどう見ている?」
「...あずみ達の意見と同じだな、武器は沢山扱えれば良いという訳でもない。拳一つで頂点に立つ武神には届かないだろう」
(だが、扱える武器の豊富さと本人の器用さは"改めて"目を見張るものがある。...さて、そろそろか)
ドコーーン...ドカーーーン!!!
爆発する弓矢の連続攻撃を百代が避けると同時に、川神学園に衝撃音が響く。
硝煙の中、燕は武器を持ち替えて百代の視覚外から急襲していたが、難なく対応され反撃をもらっていた。
「くっ!?...流石だね、煙でろくに見えない状態だったのに!」
「ハハっ、直前の気配で対応できれば何も問題はない。さぁ、次はどの武器で来るのかな!」
「ふーっ。そだねぇ...」
チラッと、燕が校舎に視線を向けると。
「...ま。今日はここら辺が潮時かな」
そうレイピアの刃をおろした。
「なんでやめる?燕と戦うのは面白い、もっとやろう!」
「いやぁ、さすがに疲れたし。ほら...HRも丁度終わりだしね」
その言葉と同時に、HRの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「なんだって。...そんなに時間が経過していたのか」
「ま、決闘でもないし。今日はここまでだね」
「両者良く戦ったヨ。手に汗握ったネ」
構えを解いた両者の様子を見てルーが近づき、正式に稽古の終わりを告げる。
(続けていれば百代の勝ちは確実だっタ。でも、ここまで戦えるだけ凄いよ、松永さんハ)
「楽しかったぞ。素晴らしい技の種類だったな」
「いやもー、こっちは必死だったよ。パワフルすぎ...よければ、これからも時々稽古してくれる?」
「こちらからお願いしたいと思っていた。もちろん、正式な勝負もしてみたいな」
「うん、やろうやろう。許可をもらってくるから」
「楽しみにしている、燕」
2人がガッチリと握手をかわすと同時に、各教室の窓が開き声援が飛んだ。
見物していた学生達が、燕にエールを送る。
「はは、凄いな。いきなり人気者だぞ燕」
「いやぁ、こういう展開は照れちゃうなぁ。先生、マイクとか持ってます?」
「おっ、声援にお礼かネ。感心感心、これを使いなさイ」
燕がマイクを持つと、声援が次第に鳴り止んでいった。
「皆さん、暖かい温かいご声援、ありがとうございますっ。京都から来た、松永燕ですっ!これからよろしくっ!」
拍手が川神学園を包みこんだ。
「こほん。何故私が、川神さん相手に粘れたかといいますと!!」
燕はカップ型の納豆を取り出した。
「バーン!秘訣はこれです、松永納豆ッッッ!!!」
「腰の装備、何かと思えばカップ納豆を入れていたのか...」
その容器には"ねばれ!松永納豆"と記載されている。
「もちろん、これ食べれば強くなれるわけではありません。しかーし!ここぞと言う時に粘りが出ます!」
男子生徒を中心に、どっと笑いが起こった。
「皆さんも、栄養満点の納豆を食べて、エンジョイ青春!以上、松永燕でした!ご清聴感謝します!」
スピーチを終えると、学校内から喝采が巻き起こった。
「さすが西では有名な納豆小町...見事な宣伝です」
「葵冬馬、彼女を知っていたのか?」
「可愛い女性の知識なら、大抵インストール済みですよ」
その様子を見て「あっ!」と声を上げるモロ。
「思い出した、納豆小町の松永燕さんだ!」
「あれ?俺も聞いた事ある響きだな」
「西では有名だもん。...えーと、ポスターがあるはず」
モロがスマートフォンで画像を読み込んだ。
「ほらこれ、京都の各所で貼られてる宣伝ポスター」
納豆カップを両手でちょこんと持ち、ウインクしてポーズを決めた燕の宣伝写真だ。
角度や構図も計算されているのか、彼女の端正な顔立ちがより際立っている。
「うおっ、可愛いなオイ!写真もたまらねぇぜハァハァ」
「ちょっと、いくらなんでも呼吸荒すぎですけど!」
興奮する男子生徒達に思わずといった様子で小笠原がツッコミを入れるが、彼らの耳には入っていないようだ。
「このポスターはずりぃな。納豆売れてるだろうな~」
「あ~確か、"この納豆小町が可愛すぎる"というスレが立ってたな」
大串スグルが検索しているようだ。
「ググッた続きだが...なんでも納豆小町の歌というのが、オリコンにもランクインしたらしい」
「歌まであるとは、本格的だねぇ」
「メスとしての魅力はアタイと互角ってところか...」
それだけはない、と2ーF生徒の意見は内心で一致していた。
放課後の川神学園の屋上は、部活動の生徒や先生達も寄ることは少なく、校内では周りを気にせずに話をできる有用な場所であった。
その屋上に設置されている給水タンクの影で、とある男女の2人が話をしていた。
「今朝はありがとね、余力ギリギリだったから助かったよん。でもまさか、学園中の時計を弄るなんてね~」
落雷によって電波が悪くなる現象が発生することがある。
雷は気を応用してその事象を作り出し、磁場をコントロールして川神学園中の時計を一瞬で3分程進めていた。
「電波受信時計で無ければ、不可能だったがな。その点、燕は事前に宣言していた順番通りの武器捌きで流石だった」
「いやぁ、褒めてくれるのは嬉しいんだけどねぇ」
燕が爆矢で衝撃音を作った合間に雷が実行する流れを、2人は事前の打ち合わせで決めていた。
それにより、燕は百代との稽古をまだまだ余裕がある状態だと周りにアピールしつつ終わらせることに成功し、結果として転入初日に松永の名を川神学園中へ轟かせることができた。
目論見通り他の生徒達は燕の話題で夢中になっていたため、正常な衛星電波を受信した時計が元に戻る際に不自然な動きをしていることには気づいていなかった。
(九鬼の序列最上位帯には、領域外まで辿り着かないと任命されないってことなのかな?でも現序列1番の忍足ってメイドさんは、ヒュームさんや雷君ほどの実力者って訳でもなさそうだし...気にはなるけど、従者にならないと教えてもらえないって言ってたから諦めるしかないかぁ)
なお、鉄心とヒュームにはどのみち気づかれるため、雷から事前に報告済みであった。
ヒュームはともかく、学園長である鉄心には何か言われるかと思いきや「お主の良い人をモモが傷物にしてはいかんからの、ふぉっほっほっ」と呆気なく承認はされたが、何か勘違いされてしまった。
「百代ちゃんといい雷君といい、ほんと人外だよね~。何食べたらそうなるのかな?」
「...納豆、だ」
「うんうんそうだね、正解!その回答以外を言ってたら...あぁ、恐ろしくて口にできないね」
地雷を察知して避ける能力は、軍に所属してから九鬼従者に至る現在までの環境によって色々と鍛えられており、こういった場面でもしっかりと発揮されていた。
弁慶からも「その十分の一、いや百分の一でも与一に備わっていれば」とよく愚痴られている。
「そんな雷君には、この松永納豆を贈呈しよう~!特別だよ?わざわざ取っておいたんだから」
「その装備品の中に、同じパックが入っていなかったか?」
「そんな細かいことは気にしな~い。大事なのは、相手のために取っておくという気持ちだよ!」
「はぁ。...ありがとうございます、"燕先輩"」
「よろしい。ふふっ、これも可愛い"後輩"のためだから。感謝の気持ち、しっかりと味わってね?」
こちらへの態度が相変わらずな燕に対して一つため息をつく。
こういったやり取りを随所に挟まないと彼女は本題の話を進める気がないようで、今までも基本的には振り回されていた。
...そんな中でもこちらの一挙一足はじっくりと観察されているため、雷にとって色んな意味で油断ならない相手だった。
「確認しているとは思うが、今朝の映像データは転送が済んでいる。分析班によるシミュレーションも先程完了したと連絡を受けた。その分析結果も目を通しておいてくれ」
「りょ~かいっ。それにしても、流石九鬼だね!一個人にここまでサポートしてくれるなんてさ」
「"あの方"の頼みだからな、結果を出すためには協力を惜しむようなことはしない。それより、今週末はテストも兼ねた実践形式の訓練だ、そこに向けた準備を...まぁ、心配なのは父親だけか」
「これからは私も一緒に行くから安心していいよん。全く、おとんはいくつになってもルーズなんだから。...そいえば。私達って知り合ってから1年経ったぐらい、だよね?」
雷はそのとある方から直接に依頼を受け、クローン組の任務前に松永家との協力体制を取り付けており、彼女とはそこからの付き合いである。
そのとき、燕の父親で技術家の松永久信が作成した発明品のレベルの高さに感嘆しつつも、私生活はだらしがなく人間としては尊敬できないことを悟る。
事実、手を出した株に失敗して多額の借金を作ってしまい、母親には愛想をつかされて家出されていた。
「...言われてみればそのぐらいか。それがどうかしたのか?」
「ほら、おとんじゃビジネスマンみたいな迅速な連絡のやり取りなんて無理だから~って、私が窓口だったでしょ?顔合わせがない時も電話なりメールなりで毎日やり取りしてたから、逆に1年ぐらいしか経ってないんだなってふと思ってさ」
「その感覚は俺にもあるな。まぁ...最終的には埒が明かないからと、ビデオ通話の連絡になっていたが」
「あはは、その節はご迷惑をお掛けしまして。...(小声)そうでもしないと、顔が見れなかったからね」
策士による蜘蛛の巣が既に張り巡らされているが、依然として侵食する毒には気づいていない。
(今日観察した感じだと...要注意人物は付き合いがそれなりに長そうな軍人の人、そしてクローン組の3人だけど...義経ちゃんは今のところノーマークでいいね。紋白ちゃんも注意が必要かな。今度九鬼に行った時には従者の人達も含めて調査しないと...前に話題で出てきた人は特に、ね)
可憐な笑顔の裏で、したたかな画策が進められている。
百代が握手するまでその強さに気付けなかったのは、彼女の頭の回転の早さや計算高い戦略を考え実行することのできる"智"としての強さにもあった。
こうして武士道プランによる転入生と、西の納豆小町が転入してきて川神学園に新たな風が巻き起こっている渦中。
生徒たちが熱の冷めやらぬ日々を過ごしていると、学園長考案の夏らしいイベントが彼らを迎えていた。
「ここに、水上体育祭の開幕を、宣言するぞい!」