国を背負う巨獣が、俺にだけ「痛い」と言う 作:三打して待つ人
アトラスは、背籠を救い上げているんじゃない。
回収している。
六枝の牽引律が死んだ心核を通り、背籠の受け輪十二へ食い込む。都市荷重を降ろして軽くなったぶん、加速が速い。
一呼吸で半歩。
二呼吸で一歩半。
三呼吸目、旧王城へ残した古索が張った。
張力一から三。
このまま引かれれば、背籠だけが出るんじゃない。死骨支持面へ戻した十二の旧区画を、またまとめて引きずる。
今度は浮力槽で持ち上げない。
遺骸の割れた骨ごと引く。
「全員、背籠内へ」
盆地現場十九人。
レン、ミラ、ネネ、ジオ、ソラネ、潜航士。
トレアを含む交替班七人。
キエラの回収隊六人。
重複なし、欠けなし。
強行した四人も、十九人の中にいる。作業参加と責任処理は別。いま背籠から外へ置かない。
卵十六は生活管外窓をつないだ現水槽。温度開始値、栄養十割。第一札と共同札は原物保全箱二、写し箱五。王冠は停止台から外し、ミラの一時保管箱。
古索十二、張力を読む。
一、二、二、三。
王城索だけ三から四。
切れば背籠は軽くなる。
さっきまで切らずに戻した索だ。
ここで全部切れば、旧区画は引かれない。
ただし、張った索を一度に切る反動が背籠へ来る。現水槽が傾き、卵十六の位置が崩れる。王城索四は死骨を裂き、支持面の他区画へ走る。
「次の支え」
初約の五番目を得た直後だ。
言葉だけ取って、工程を捨てるな。
背籠を修繕艇と骨伝浮標へつなぐ。
修繕艇は盆地外縁、距離六百歩。潜航士が外艇の上昇索を伸ばす。骨伝浮標は北岩棚へ固定。二本とも背籠全荷重は受けられない。
修繕艇索は三。
浮標索は二。
合わせて五。
背籠現在荷重は、人十九、卵水槽、記録、籠自体で八。
残り三が足りない。
キエラが言う。
「牽引に乗れ。アトラス外殻まで六刻。向こうで安定させる」
「着いた後の卵は」
「保護局収容」
「背籠は」
「帝国回収」
助かる案ではある。
六刻、十九人と十六卵を落とさず、遺骸崩壊から離れられる。
到着後の選択が消える。
もう一つの案をキエラは出した。
現水槽の十六反応を、背籠の八浮力槽へ二つずつ接続する。卵の心律で出力を作れば、荷重八を自力保持できる。六枝を切っても落ちない。
アトラスと同じ構造だ。
十六の新しい主体を、死んだ国の足にする。
「接続後、戻せる?」
「神経線を切らなければ」
「心律を使わないと停止できない設計になる?」
「なる」
リュータが動くように見えるかもしれない。
背籠の下に死骨をつなぎ、卵十六の律で浮力槽を動かす。塔と橋をもう一度上げる。国獣の形を作り直す。
復国側が欲しかった姿だ。
ラグナを失いたくない俺にも、魅力がある。
国獣が死んでも、新しい心臓を入れれば国を運べる。
還りを避けられる。
同じ相手は戻らなくても、同じ町の形は動かせる。
違う。
新しい十六を、古いリュータの続きへ押し込むだけだ。
「卵接続は赤」
俺は出す。「牽引に乗る案も、到着後の収容と帝国所有が一体なら赤」
「死ぬよりましだ」
「二つしかないならな」
三つ目を作る。
足りない荷重三。
旧王都へ残した補助浮袋は、白七・黄三。全部を取りに戻る時間はない。下港と工房の支持面に近い白二なら、古索を伝って遠隔で開ける。
浮袋を背籠へ持ってくるのではない。
死骨側で開き、古索二本を逆向きの支えにする。
アトラスは東へ引く。
修繕艇索は北西。
浮標索は北。
下港、工房の浮袋は下へ。
四方向で荷を八受け、六枝を一本ずつ外す。
代価は、古索二本を最後まで使うこと。切断時に下港と工房の支持面が崩れる可能性。そこには持出し札を終えた物が残る。
位置記録はある。
人はいない。
卵接続より戻せる。
生存者会へ出す。
下港と工房の古索を支えへ使い、崩落可能性。帝国牽引へ乗る。卵接続。三案。
返りは支え案二十。
牽引五。
卵接続ゼロ。
未決十。
多数決だけで決めない。
支え案の代価を払う下港・工房の第一札選択者へ、別停止権を出す。
下港鐘図の二人、工房名の一人。三人とも条件白。原物ではなく図と名は背籠にある。崩落位置を残し、古索張力五で中止。
実行する。
*
ネネが下港浮袋の帆糸を取る。
オドが工房側。
トレアは古索十二の張力。
ジオは十九人、武器封、強行四人の位置。
ソラネは六枝と外部三索。
ミラは背籠十二受け輪。
キエラと回収員は牽引管の構造。
俺は全体荷重と、六枝を外す順。
六枝は同じ太さじゃない。
中央二本が荷重各二。
外四本が各一。
外から一本ずつ。
先に下港浮袋。
遠隔弁へ帆糸二打、一打。
返りなし。
十五年前の弁だ。
もう一度強く引くな。
別入力。
骨伝一打。古索張力を一欠け緩め、固着を外側から揺らす。帆糸を戻す。
浮袋が半分開く。
支え一。
工房側は黄。
袋外皮に粉落ち一本。全開すれば赤の可能性。
半分だけ使う。
支え半分。
足りない一と半分。
修繕艇索を三から三と半分へ上げられるか。
艇外輪は最大四。ただし古い右後外板が濾過布二重。三と半分で粉圧が内へ一。停止は二。
黄で使う。
残り一。
背籠の空受け輪が一つある。
旧王都を降ろした上段十二のうち、下港輪は空。そこへ回収函の空気槽をつなぐ。帝国標準函を卵へ使わず、浮力だけ借りる。
キエラは白を置いた。
「返却は」
「北岩棚で同等材。無理なら未払債」
「帝国所有は」
「函だけ。背籠と卵へ広げない」
黄で合意。
荷重八がそろう。
一枝目を外す。
アトラス側の張力が隣へ移る。
予測一、実測一と半分。
次は反対側を外す予定だった。
修正する。
同じ側を続ければ偏る。反対外枝へ一欠け荷を先に修繕艇索へ渡し、受け輪左右差を一へ戻す。
二枝目。
背籠が北へ半歩流れる。
現水槽の水位差、指半分。
卵温度変化なし。
三、四。
外四本が外れる。
残る中央二本、各二。
死骨の奥が割れた。
最初の破断は王城支持面。
次に上街四区。
アトラスの牽引が、外れた枝の代わりに死骨全体を引いている。古索張力が一から四へ上がる。
下港浮袋も、工房半袋も、遺骸側だ。
崩れれば支えを失う。
「中央一本、先に切る」
キエラ。
「外す。切らない」
「言葉の違いで反動は減らない」
そのとおりだ。
五番溝の手順を使う。
中央一本の次受けは、修繕艇索と空気槽。停止は粉圧二、水位差一。戻し先はない。牽引枝は帝国へ返すが、背籠からは外す。
ミラが王冠の停止溝へ印を置く。
王冠はまだ必要だ。
六枝目まで外すために。
中央一を半分緩める。
アトラスの律が強くなる。
向こうが巻き取っている。
こちらの留め歯が欠けた。
背籠の主留め十二番に亀裂。
指半分。
この留めが割れれば、現水槽の一角が落ちる。
透明骨長材はない。
継鉄は回収函の外枠二。長さが足りない。
王冠の白金輪なら、十二番の外周へ合う。
十二停止溝も、留め歯の位置と一致する。
昔から緊急継鉄として使う設計だ。
「王冠を使う」
ミラが言う。
「停止鍵がなくなる」
俺は反対条件を出す。
「六枝を外すまでは必要。溶かせば元へ戻せない。生存者会の一時保管物で、ミラ個人の所有でもない」
「だから会議へ出します」
緊急使用。
王冠を十二片の継鉄へする。型、重さ、刻み、王家印を粉写しと透明型で残す。枝解除の停止は王冠から、受け輪ごとの手動歯止め十二へ移す。三人一組で保持。使用後、王冠へ戻すかは未決。戻せない可能性が高い。
生存者会三十五。
白二十一。
赤六。
未決八。
王冠を残す第一札を置いた人はいない。ただし女王就任白九のうち四人が赤。象徴がなくなる代価を軽くしない。
トレアは黄。
「箱は空になる」
「はい」
「あんたがかぶらなかった王冠だ」
「かぶらないまま使います」
ミラは王家印を自分の許可札にしない。
王冠の型をソラネ、トレア、南東線の三か所へ分ける。白金輪を小炉へ。
熱で王家印が崩れる。
十二停止溝は、透明型へ残る。
溶けた白金を、十二の浅い継鉄へ流す。
王冠を捨てたんじゃない。
背籠の留めへ形を変えた。
冷却は深霧水を使わない。卵水槽の温度を奪わないため、修繕艇の外気嚢と乾燥苔。十二片のうち十一白、一つ黄。黄は泡一つで十二番主留めには使わず、軽い一番へ。
十二番へ白片二。
亀裂指半分を挟む。
残り九片を主留めの外周へ分散。一番に黄片。
王冠停止は手動歯止めへ移る。
中央一を外す。
古索張力五。
停止値だ。
下港支持面が崩れ始める。
浮袋支え一が半分へ。
修繕艇索三と半分、空気槽一、浮標二。合計六と半分。背籠荷重八へ一と半分足りない。
最後の中央枝を一時的に一と半分だけ残す。
全部外すことへ固執しない。
北岩棚まで距離百八十歩。牽引を弱く利用し、岩棚の固定索へ荷を渡してから最後を外す。
アトラスへ近づく代価は百八十歩。
六刻全部を乗るより短い。
キエラ、トレア、ミラ、ネネ、ジオ、ソラネ。全員条件白。
背籠が動く。
遺骸から離れる。
後ろで、旧王都の塔が深霧へ倒れた。
食堂区画の骨が割れる。
下港の鐘は鳴らない。
王城正門の石も、長卓も、青い茶碗も深霧の下だ。
持ち出した写しがあるから同じ、とは言えない。
門の名は石の重さを持たない。名簿は食堂の匂いを持たない。位置記録は、そこへ歩いて戻れる道じゃない。
運べなかったものは、運べなかったまま失う。
だから選んだ物の価値が勝つわけでもない。
背籠へ載った物と、載らなかった物を勝敗にしない。
リュータの遺骸全体が、白い島の形を失っていく。
直せる場所を探す頭が動く。
外輪を支える。
王城骨を受ける。
心核へ新しい律を入れる。
卵十六をつなげば、動かせるかもしれない。
やらない。
死んだリュータを同じ国獣へ戻すことはできない。
旧王都を同じ暮らしへ戻すこともできない。
直さないのは、見捨てることじゃない。
名簿を持つ。
卵を生かす。
生存者が選んだ名と物を運ぶ。
背籠の技術を次の町へ渡す。
終わった身体を、終わっていないふりで動かさない。
遺骸の破断が十、二十と増える。
数えるのをやめない。
悲しいから数字を捨てず、数字で悲しさを消さない。
北岩棚の固定索が届く。
一本。
二本。
三本。
背籠荷重を岩棚へ三、修繕艇へ三、浮標へ二。
最後の中央枝を外す。
帝国の牽引律だけが東へ走り、空を打った。
背籠は北岩棚へ着く。
十九人、全員。
卵十六、温度開始値。水位差なし。栄養流は死骨心律管を失って八割へ下がる。背籠内へ移した現水と栄養膜だけなら三刻維持予測。次の栄養源を作る必要がある。
キエラが標準保護函を四つ開いた。
神経分離具は外す。
残すのは深霧濃縮器、温度弁、栄養床。標準濃度五をそのまま使わず、現在水八を循環させる外槽にする。卵を函へ入れるんじゃない。函の方を現水槽へつなぐ。
「帝国所有を条件にする?」
「器材の未払債は残す。卵の所有条件にはしない」
キエラは自分で書く。「回収失敗後の救命使用。中央規格外。私の責任」
心室で現水試験を拒んだ人が、現在値へ合わせて規格を外す。
それで過去の強行が消えるわけじゃない。
今の作業が卵を支える事実も消さない。
濃縮器四を並列。どれか一つが止まっても流れは七割を維持。二つ停止で赤。温度弁は卵側十六点、外槽四点。栄養床は死骨心律そのものではなく、深霧内の鉱塩と生膜粉を分解して渡す。
三十呼吸。
栄養八割から九割。
六十呼吸、十割。
返りの間は個別のまま。
現在の器材で七日。エリュンの空苔培養槽へつなげば更新可能。ただし長期成長、孵化条件、親群は未確認。
救った、と未来まで書かない。
今日の移動と七日を確保した。
記録箱七、封破損なし。
新傷、王冠鋳造の工人一人に右指熱傷一。水疱なし、冷却済み、可動白。
死者、行方不明、ゼロ。
強行四人は武器なし、別区画で本人名・道具・操作を記録。拘束するか、現場作業を続けるか、どの法で扱うかは未決。助けた勢いで許しも処罰も先に決めない。
リュータは戻らない。
救出は終わった。
*
夕方、エリュンの骨伝浮標と再接続した。
エリュンは東南路を進み、盆地から二十四キロ。左主割れ指四分、枝半指、住民七区すべて白。不明三はまだ不明のまま。
バシュから最初に来たのは、修繕の質問だった。
『レンの傷』
『変化なし』
『ミラ、ネネ、ジオ、ソラネ』
『全員生存。現場十九、生存。卵十六、生存』
次に、帝国放送の写し。
アトラス起動式まで九日。
ラグナ用心律核槽、七割充填。
東南の造船所で見た時の銀色半分から増えている。リュータ牽引が空を打ったことで、帝国は俺たちの位置も知った可能性がある。
ラグナの残る静釘六本。
段階除去には、各釘の蓄積律を外へ逃がす解除順が要る。バシュの手元にあるのは第一基と第三基の旧式手順だけ。
『残りの鍵は』
骨伝板が一度止まる。
『帝都だ』
バシュは続けた。
『ヴァレクの中央保管庫。七静釘の全解除鍵と、アトラス側の停止鍵が同じ庫にある』
帝都へ行く理由ができた。
その夜、ミラが背籠の現水槽横へ来た。
王冠の箱は空だ。
代わりに十二の白金継鉄が受け輪を支えている。
「帰った後の話をしていいですか」
帰る。
今度は進路だけじゃないらしい。
「いい」
「ラグナの部屋に、青い茶碗がありましたね」
欠けた安物。
リュータの食堂で見た茶碗とは違う。
俺の部屋に置いてきた、俺の物だ。
「ある」
「ラグナから持ってきてください」
食べる相手を訊けば、俺の期待する答えを求めることになる。
どこへ置くか訊けば、同じ家を想像しているか確かめたくなる。
まだ訊かない。
頼みを頼みのまま受け取る。仕事が終わった後にも残る、小さな荷物として。
ただ、ラグナへ戻り、町を降ろし、その後もどこかで食事をする予定に、俺の茶碗が入った。
背籠の設計図でも、王家の記録でもない。欠けた安物一つが、帝都の先まで続く予定になった。
「持ってくる」
未来の荷札へ、初めて二人で一つの物を書いた。