マイクラ系エルフ 作:古代エルフ
原作:葬送のフリーレン
タグ:R-15 オリ主 残酷な描写 アンチ・ヘイト 転生 クロスオーバー オリジナル設定 独自設定 捏造設定 エルフ 転生特典:マインクラフト
異世界転生って、みんな知ってる?
まぁ、基本創作におけるジャンルの話だね。「主人公が別の世界に転生して、そこで活躍していく」っていう漫画やライトノベルにおける王道ジャンル。
それがオレの身にも起きたんだけど、ちょっと勘弁してほしい。
世界の雰囲気は、ザ王道ファンタジー。
みんなの服装は、布を身体に巻き付けただけだったり、動物の皮をそのまま加工したようなものだったりする。ごくまれに金属の装飾品を付けてる人間もいるけど、極少数で大体偉そうなやつだけ。
ここまではね、まだ分かる。
異世界だからね。
そら電柱が立ってたり、森じゃなくてコンクリートジャングルが広がってたら幻滅する。だから、ファンタジー世界に来た以上、多少の不便は受け入れるつもりだった。
でも、トイレが無いとかまで行くと困るよ。
まぁ、完全にないわけじゃないよ。地面に掘った穴とか家の隅にある壺とか、そういうものが今のトイレ。
流石に指輪物語すぎるね。
王道てか、原書というか、世界観凝り固まってる系のファンタジーは重たいんだよね。読むにしても、文字小さいし本は分厚い。
もっとハリーポッター的な児童本がいい。
文字はデカいし呪文もキャッチ―で覚えやすい。それに本も分厚くない。読んでてワクワク感が強いのもポイント高いね。
こっちは、令和日本ドパガキ世代やぞ。
動画は2倍速が当たり前だし、曲のイントロは飛ばして聞く。ショート動画は、3時間以上見るし覚えている内容は一つもない。現実生きるよりもゲームする方が楽しいし、リセマラはやめられない。
ゲームするときは、攻略動画やサイトを見ながら、同時に2倍速でアニメ視聴もする。
そんなオレがファンタジー原始時代で異世界生活!?
……待ってくださいよ。俺が何したっていうんですか? 神様に唾でも吐きましたか? そんなこと一度だってやったことないですよね。
マジ勘弁してくださいよ。スマホ無くて禁断症状出てるんですよ。
本当に転生とかどうでも良いんで、スマホの連絡来てないか確認させて…。
そんな悲痛な願いも虚しく、それから二十年が経った。
みなさん! 禁断症状は治りました!
いやー、普通に二十年もファンタジーしてたら現代社会忘れます。何でしたっけ、令和君だっけ? いたよねーそんな奴も。
今の時代は、MA・HO・Uだから。
みんな魔法使ったことある?
めちゃくちゃ便利だぞ。何か呪文言ったら水出るし、火も起こせる。この前とか、風の刃で鳥捕まえて食べたしね。凄いっしょ。
みんなも魔法使った方がいい。スマホとは違ったドーパミンが出るから。
あっ、違う違う。
ドーパミンていうか……あれ、楽しいんだよね。今まで出来なかったことが出来るっていう。普通に魔法も凄いし。まじファンタジーって感じスルヨネー。
とにかく、令和からは脱却しました!
今は、たまに無意識でポケットを触って、何も入っていないことに絶望するくらいで収まってる。ちなみに、今着ている服にポケットはない。
「こらぁ! またあんたかい!」
「まずい、バレた」
遠くから聞こえた怒鳴り声に、オレは木の上で身を屈めた。
片手には、さっき採ったばかりの果物。
足元には、本来なら存在しないはずの土の足場が、階段状に積み重なっている。木登りが面倒だったので作った。
正確には、地面から土を取り出して、足元に積んだ。
どういう理屈なのかは、今でも分からない。
土に触れて、取ろうと思えば取れる。取った土は、インベントリに消える。そして置こうと思えば、目の前に四角い塊として現れる。
察しの良いドパガキは気付いたと思うけどアレです。全世界の人間を夢中にさせた大人気ゲームが能力? 魔法? として使えるようになった。
つまり、転生特典はマインクラフトでした。
これが魔法なのか、能力なのか、それとも死ぬ前に遊んでいたゲームが脳に焼きついた結果なのか。その辺は、まったく分からない。
ただ一つ言えるのは、この世界の魔法とは明らかに仕組みが違うということだ。
インベントリとなる27個のスロット。また、9つのアイテムを直感的に取り出すことがホットバー。4つの防具スロット。3×3のクラフトグリッド。
それが目に見えないカタチで存在している。
神様は、スマホは許してくれなかったが、マインクラフトで遊ぶことだけは許容してくれたらしい。
ちなみに設定はサバイバルモードだった。
「降りてきな!」
「これは窃盗じゃない! 自然からの恵みを少し分けてもらっただけです」
「その木はうちの畑だよ!」
「自然の私有化は良くないと思います!」
「屁理屈ばっかり覚えて!」
二十年もあれば、人間は環境に適応する。
トイレが穴でも驚かない。川で身体を洗うのにも慣れた。火も起こせるし、食べられる木の実も分かる。虫も、種類によっては触れるようになった。
令和日本から放り出された哀れな現代人は、今や立派なファンタジー原始人である。
しかも、エルフだった。
耳が尖ってるから、多分そう。周りも全員尖ってるし、オレのことを同族扱いしているから、間違いないだろう。
異世界転生エルフ。文字にするとSSRすぎるな。
長生き、美形、魔法が得意。創作なら、十連ガチャの最高レア演出が出ている。ただし、長生きっていうのが成長の遅さからくるものだとは思ってなかった。
あまりにも成長が遅い。
長寿の代償なのかもしれない。寿命を何百年ももらえる代わりに、子ども時代まで引き延ばされる。ある程度成長するまで、タイムスキップ出来る機能とか無いのかよ。課金させてくれー。
「また果物を盗んだのか?」
木の下から、呆れた声が聞こえた。見下ろすと、金色の髪をした少女が立っている。
ゼーリエ。
この里で生まれた、オレと同い年くらいの幼馴染だ。
正確な年齢は知らない。
ここのエルフたち、日付どころか自分の年齢まで雰囲気で管理している節があるからだ。
「盗んでない。借りただけ」
「返せないものを借りたとは言わないぞ」
「種は返せる」
「食べ終わったあとのゴミじゃないか」
ゼーリエは昔から頭がいい。
頭がいいというより、魔法に関しては最初から完成品に近い。
近所のおばさんから教えてもらったことも、ゼーリエは一回聞けば大体理解する。一方のオレは、何を言われているのか半分くらい分からない。
近所のおばさんの魔法指導は、恐ろしいほど感覚的だった。
『胸の奥にある温かいものを、こう、ふわっと広げるんだよ』
『魔力を指先に集めて、そこでクッと止めるのさ』
『精霊に語りかけるような気持ちで、あとはスッとやればいい』
「ふわっ」とか「ぐっ」とか「スッ」とかさぁ。
そんな擬音だけで魔法が使えたら苦労しないですよ。魔法よりもあの擬音の数々のほうが魔法だね。まじでエルフの魔法ってこんな感覚的な奴で良いのかよ。
そんな感覚授業だから一度ゼーリエに聞く。
「ゼリ先生! 今日もお願いします!」
「体内の魔力を均等に循環させたあと、発動に必要な量だけ右手に集める。急に流れを変えると術式が崩れるから、出口を細くする感覚で調整してみろ」
「なるほど」
うーん、分かりやすい。
おばさんの説明と同じ内容とは思えないくらい分かる。この里における魔法の習得経路は、近所のおばさんからゼーリエを経由してオレに届く。
ゼーリエは、オレ専用の魔法翻訳機だった。
「最初からゼーリエが教えてよ」
「嫌だ。自分で考えろ」
「考えた結果、分からなかったから聞いてる」
「お前は考える前に面倒くさがっているだけだろ」
「くっ! なんてこと言うんだ」
その通りです。
普通の魔法は、面倒くさい。魔力の流れを覚えて、術式を理解して、発動する現象を頭の中で組み立てる。才能があれば感覚だけでも使えるらしいけど、オレは現代人だ。
説明書なしで全部察しろと言われると腹が立つ。
その点、この四角いやつは楽だった。
土を取りたいと思えば取れる。置きたいと思えば置ける。道具を作ろうと思えば、作れるものが頭の中に浮かぶ。まぁ、量によって消費される魔力量が変わること以外は特に難しいことは無い。
さすが全年齢対応マインクラフトさん。やっぱ小難しいことはいらないんすわ。どれだけ直感的に分かるか、操作しやすいのかがカギだよな。全世界で遊ばれるだけの理由があるわ。
魔力をどう流しているのかも分からない。術式もない。詠唱もいらない。ただ、オレにしか見えない何かを通すと上手くいく。
―――うん、最高。
「それ、どうやってやるんだ?」
ゼーリエが、足元に積まれた土の塊を見ながら尋ねた。
「分からん」
「魔力は使っている?」
「使ってる」
「どのくらい?」
「うーん、少しだけ?」
「術式は?」
「分かんないすね」
「どういう現象を想像しているんだ?」
「こう土を置く感じ?」
「……説明する気がないのか?」
「説明したい気持ちはある」
でも、本当に分からない。
俺も根っからのエルフだから、説明が感覚的になってしまう。
やっぱり分からないことを、分かる言葉に変えてくれるのは、ゼーリエの専門だからね。オレは邪魔できないっす。
けれど、この力だけは違った。
ゼーリエですら、何が起きているのか理解できない。
だから少しだけ気分がいい。
普段は何でも知っている顔をしている幼馴染が、オレの作った土の塊を前にして難しい顔をしている。
「とりあえず、降りろ」
「嫌だ!」
「果物を返して、おばさんに謝ってこい」
「それも嫌だ!」
「なら、この前作ってた四角い建物崩すぞ」
「人質が建築物なのは卑怯だろ!」
こうしてオレは、異世界での生活に順調に適応していた。
魔法を学び、果物を盗み、幼馴染に怒られながら、四角い土を積み上げる毎日。
スマホはない。風呂もない。トイレは今も穴だ。それでも二十年前よりは、随分とマシになった。何しろ今のオレには、暇を潰す方法がある。
この何もない世界に、自分で何かを作れる。
それだけで、ファンタジー原始時代も案外悪くないと思い始めていた。
あれから、八十年が経った。
めでたいことにオレも今世だけで百歳。前世だったら長寿のお祝いをされている年齢だが、最近近所のおばさんに「少し背が伸びたねぇ」と頭を撫でられました。
はい、つまりそういうことです。
まだまだ現役のクソガキエルフです。
エルフの成長おっせー。
見た目が、まだ五歳のクソガキなんですけど。やめろよな、そういう年齢詐欺。普通にまだおもらしも脱却できないような子どもだと思われんじゃん。
まぁ、そんな成長の遅いエルフですが、見えない部分はかなり成長してます。
魔法もかなり扱いが上手くなったし、マイクラ魔法については別格。
最近ハマっていることは、リアル建築です。
エルフの里を改造するのにめちゃくちゃハマってしまった。個人的に目指しているのは、指輪物語みたいな自然と調和されている美しい風景。
時間が腐るほどあるからこそ、細部まで拘ることが出来た。
とはいえ、八十年もあったから簡単に完成した、というわけではない。
むしろ、めちゃくちゃ大変でした。
前世だったら、適当に「マイクラ おしゃれ エルフ」とか検索したら、無限に建築士たちの美しい作品を参考にして作ることが出来た。
オシャレな家の作り方。
ファンタジー風の街並み。
自然を活かしたエルフの里。
建築ガチ勢が何十時間もかけて作った完成品を、十分くらいの動画にまとめて見せてくれる。あとは一時停止しながら真似すればいい。何なら必要なブロック数まで書いてある。
文明ってすげーよ。
先人の知恵にタダ乗りするだけで、それっぽい建物が完成するんだから。
でも、今はその先人がいない。参考動画もない。攻略サイトもない。画像検索すらできない。オレの頭の中に残っている、何となくそれっぽい景色だけが頼りだった。
でも、ドパガキにはアウトプットする脳みそはない。
「確か、こういう建物って屋根が大きかった気がする」
そう思って屋根を伸ばしてみる。何か違う。
「柱を増やせば雰囲気出るか?」
増やしてみる。何か重たい。
「ここに葉っぱとか付けたら自然と調和するんじゃない?」
付けてみる。ただ放置された廃墟みたいになった。
作って、離れて見る、壊して、また作る。「良いのできたー」と思ったものが、翌日見ると微妙だったりする。夏は綺麗でも、冬になると葉が落ちて悲惨な見た目になることもある。
八十年間、ほとんどそれの繰り返しだった。
特に難しかったのが、周りの雰囲気を壊さないこと。
オレが目指していたのは、森を切り開いて建物を置いただけの里じゃない。
元々あった大木や川、崖、岩肌。
そういうものを最大限に残したまま、その隙間に建物を溶け込ませたかった。
大きな木の根元をそのまま壁に使う。崖を削って、その中に部屋を作る。川の流れに沿って道を引き、橋は周囲の木々に隠れるくらい低くする。
建物が森の中にあるんじゃない。
森そのものが建物になっているように見せる。
言うだけなら簡単なんだけどね。
実際にやると、木一本の位置で全部のバランスが崩れる。
この木を残したい。でも、残すと屋根が作れない。なら少し屋根を曲げて…と考えても、マイクラ魔法で置けるものは基本的に四角い。
四角い。とにかく四角い。
土も石も木材も、置けば角が生まれる。
少しくらいなら味になるけど、何も考えずに積み上げると、あっという間に巨大な豆腐が完成する。
これが厄介だった。
ゲームなら階段やハーフブロックを使って誤魔化せる。
遠くから見れば、それなりに丸く見える。確かにある程度角ばっていても造詣が映えるときもある。
でも、ここは現実。近くで見ると普通にダサい。
巨大な木に四角い穴が空いていたり、自然な崖の途中から急に直角の壁が生えていたりするとファンタジー感が一瞬で死ぬ。
その壁にぶち当たった時、普通の魔法が必要になった。
石を削る魔法。
土を固める魔法。
木をゆっくり曲げる魔法。
植物の成長を少しだけ促す魔法。
マイクラ魔法で大まかな形を作り、普通の魔法で角を落とす。直線を削り、凹凸を付け、ひびや苔で境目を隠す。どうしても不自然に見える場所には草木を生やして、視線そのものを逸らす。
最初から全部を魔法で作るより、ずっと楽。
だけど、マイクラ魔法だけで作るより、何倍も面倒くさい。設計図を描いて、その通りに完成させるような建築じゃない。大きな形を作ったあと、ひたすら違和感を探して潰していく。
近くから見る。
遠くから見る。
木の上から見る。
朝に見る。
夜に見る。
雨の日にも見る。
それでも何か気に入らなくて、数十年かけて作った建物を一度全部壊したこともある。
あのときは、さすがのゼーリエも引いていた。
『完成していたんじゃないのか?』
『完成はしてた』
『なら、なぜ壊した』
『何か違った』
『何が違ったんだ?』
『分からん』
分からないけど、違うものは違う。
建築って、生き物なんだよね。その瞬間ごとに見せる顔が変わる。その中で、どうにか出来る力や時間があるなら、見える顔をすべて美人にしてあげたいと思うのは普通だと思う。
だからめちゃくちゃ時間は掛かった。
試して、失敗して、壊して、また作る。それを八十年間続けた。そして最近、ようやく一応の完成を迎えた。
大木の間を縫うように石造りの道が続き、その脇を細い水路が流れている。
家々は木の幹や崖の形に合わせて作られ、石壁の隙間からは草花が顔を出している。
高い場所には里を見渡せる塔。
川辺には共同浴場。
岩壁の中には倉庫と書庫。
夜になると、魔法の灯りが葉の隙間から淡く漏れる。
オレの頭の中にしかなかった、自然と建物が混ざり合ったエルフの里。
参考動画なし。完成図なし。ほとんど手探り。八十年かかって、ようやくそれっぽい形になった。
いやー、頑張ったね。
見た目幼児の仕事量じゃない。少しくらい褒められてもいいと思う。
そんな感じで、オレが八十年間、石を積んでは削り、木を植えては曲げていた一方。
ゼーリエは、魔法使いとしてとんでもないことになっていた。
今では文句なしに里一番の魔法使い。
昔は近所のおばさんの感覚的な説明を、オレでも分かるように翻訳してくれる程度だった。
それが今では、「魔法について分からないことがあるんだったら、まずゼーリエのところへ行け」と言われるくらいの位置へと成長していった。
近所のおばさんなんて、最近は『ゼーリエならどう考えるだろうねぇ』とか言い出すようになった。
いや、アンタが先生だったんじゃないのかよ。
まあ、それだけゼーリエが飛び抜けているということだ。覚えた魔法の数は、もう本人も正確には数えていないとか言ってたし。
火を出す魔法。
水を操る魔法。
風を刃に変える魔法。
傷を治す魔法。
物を浮かせる魔法。
遠くの景色を見る魔法。
魔力を感知する魔法。
虫を追い払うだけの魔法。
服に付いた汚れを落とすだけの魔法。
そんなもの何に使うんだよ、と思うような魔法まで片っ端から覚えている。
「それ、本当に必要?」
「必要かどうかは関係ない。魔法であることに意味がある」
「物を右に三センチだけ動かす魔法とかも?」
「ああ」
「普通に持って動かせよ」
魔法に対する姿勢が違いすぎる。
オレにとって魔法は、基本的に便利な道具だ。建築が楽になる、狩りや移動に使える、生活が楽になるとか、それで十分なんすわ。
でも、ゼーリエにとっては魔法そのものが目的らしい。
役に立つかどうかなんて二の次。
存在するなら覚えたい。知らない魔法があるなら理解したい。理解した先に、さらに別の魔法があるなら、そこにも手を伸ばす。
―――際限がない。
そして四十年目くらいから、ついに既存の魔法を覚えるだけでは満足できなくなったらしい。自分で魔法を作り始めた。
「今度は何をしてんの?」
「術式を組み直している」
「何の?」
「石を削る魔法だ。今の術式では、削る範囲を細かく指定できない」
「えっ」
「魔力の流れを分ければ、削る深さと角度を別々に調整できるはずだ」
「ゼリ先生」
「何だ」
「完成したら、オレにください! お願いします!」
これは革命だった。
最初に使っていた石を削る魔法は、確かに細かい調整が難しかった。
角を少し丸めたいだけなのに、想像以上に抉れてしまう。薄く削りたいのに、一部分だけ深くなってムラが出るとか。力を弱めすぎれば削れず、強くすれば壁に穴が空く。
便利なんだけど、痒い所に手が届かない。
それをゼーリエが改良してくれた。
削る場所、削る深さ、刃の角度、魔力を流す速さ。それぞれを別々に調整できるよう術式を組み替えてくれた。
前世の感覚で言えば、modです。
ゼーリエという存在そのものが、オレ専用の建築modになり始めていた。
しかも、買い切りじゃない。
時間が経つごとに勝手に更新される。ゼーリエが魔法使いとして成長するたびに、新機能が追加される。
New! ゙石を細かく削れるようになりました。゙
New! ゙木材を好きな角度に曲げられるようになりました。゙
New! ゙植物の成長速度を調整できるようになりました。゙
New! ゙水の流れる方向を固定できるようになりました。゙
―――あまりにも神運営。
なんなら要望にも応えてくれる。
「今度は、木を曲げる魔法も改良できないっすかね?」
「できるかもしれないな」
「木目を残したまま曲げたりとかー」
「面倒だ」
「そこを何とか」
「お前が考えろ」
「オレ、魔法構築分野は専門外でして」
「お前に専門分野なんてあるのか?」
「いや、建築があるじゃないすか」
「石を積んでいるだけだろ」
「―――は?」
あの時は、初めて喧嘩したね。
オレの八十年を石積みの一言で済ませるのは、さすがに許せない。
まぁ、普通に負けたんですけど。アイツ強すぎやって、半端ないって。それでも、仲直りのしるしで魔法は作ってくれた。
ゼーリエが新しい魔法を作るたびに建築の幅が広がった。
以前なら諦めていた形が作れる。
不自然になるから避けていた場所にも手を加えられる。マイクラ魔法で大きな形を作り、ゼーリエの魔法で細部を整える。
石を積むだけだった建築が、少しずつ彫刻に近づいていく。
ゼーリエ、お前はマイクラ界の柱になれ!
もっと便利な魔法をつくるんだぁぁぁああああ!
「次は、石の色を変える魔法を作ろう」
「なぜだ?」
「同じ石ばっかりだと壁がのっぺりするから」
「知らん」
「重要なんだって。色の違う石を混ぜるだけで情報量が増えるんだよ」
「なら、自分で探してこい」
「ちょっと面倒くさくてー」
「お前は本当に怠け者だな」
「効率を重視してると言ってほしいね」
ゼーリエは呆れた顔をしていた。
でも、多分作ってくれる。
なんだかんだ言いながら、こいつは一度興味を持つと最後までやる。そしてオレは、完成した魔法を一番最初に使わせてもらう。
いやーほんと助かります!
オレが里を作り替えている間に、ゼーリエは里で一番の魔法使いになった。その才能がどこまで伸びるのか、まだ誰にも分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
ゼーリエが成長すればするほど、オレの建築はもっと凄くなる。
こんなに心強い幼馴染は、他にいない。
あれから、さらに百年が経った。
現在、二百歳でーす。前世なら、もう歴史上の人物。
そろそろ肖像画の下に名前と生没年が書かれて、テスト前の学生から「こいつ何した人だっけ?」と扱われる年齢である。
今世では、最近ようやく見た目が七歳くらいになりました。
百年で二歳分って。
エルフの成長速度は、通信制限でも掛かってんのか?
ただ、オレの身体が全然育っていなくても、里の暮らしはかなり成長しました。
前の八十年で完成させたのは、里の見た目だった。
大木や川、崖を最大限に残し、その中へ建物を溶け込ませる。どこから眺めても美しく、朝でも夜でも、雨でも雪でも雰囲気が崩れない。
オレ好みの、完璧なエルフの里。
それが完成したあと、いろんな角度から眺めて満足していた。
用もないのに朝に眺め、昼に眺め、夕方に眺め、夜にも眺める。たまに場所を変えて眺める。建築が完成したあとの鑑賞タイムは大事だからね。
ただ、そんな生活を十年くらい続けていると、今度は別の部分が気になり始めた。
「見た目は完璧だけど、生活は普通に不便だな」
里の中には綺麗な水路が通っている。
でも、水を使うなら結局そこまで汲みに行かなきゃいけない。
共同浴場は作った。
でも、湯を張るには誰かが魔法で水を出し、火を起こして温める必要がある。
夜道には魔法の明かりが置いてある。
でも、日が暮れるたびに誰かが点けて、朝になったら消して回っている。
食料を保管する倉庫もある。
でも、肉も魚も放っておけば普通に腐る。
見た目は、美しい。確かに美しい。ただ、あまり便利ではない。良くも悪くも時代に合った暮らしをしていた。
例えるなら、見た目に全振りした建築動画を参考に作った結果、内装にこだわりが感じられない。スクリーンショットは映える。でも、実際にその施設全部を使うかというと違う。結局、建築するまで仮で立てていた拠点を使いつぶして終わるみたいな。
これは良くない。
建築とは、外から眺めて楽しむだけのものじゃない。中で暮らしてこそ完成する。
―――ということで、次の百年は里の機能を整えることにした。
最初に手を付けたのは、街灯。
里の夜道には、魔力を込めると光る石が置かれている。ぼんやりとした光が木々の隙間に浮かび、見た目はかなり良い。
オレが設置したから当然ですね。
ただし、毎晩誰かが魔力を込めて回る必要があった。日が昇れば、今度は一つずつ消して回る。
最初はファンタジーらしくて良いと思っていた。夜になると、里のエルフが順番に明かりを灯していく。
風情があります。
でも、数十年近く見ていると、普通に面倒そうだなと思い始める。
「暗くなったら勝手に点いて、明るくなったら勝手に消えるようにできない?」
「できるぞ」
「できるの?」
「周囲の光を感知して、術式の発動条件にすればいい」
「ゼリ先生、お願いします」
「自分で作れ」
「専門家に任せた方が品質が安定すると思うんですよ」
「怠けたいだけだろ」
「効率っていう観点から見ると―――」
そんな会話をしながら、ゼーリエと一緒に術式を組んだ。
周囲が一定以上暗くなると魔法が発動する。朝日が差し込み、周囲が明るくなると止まる。言葉にすると簡単だけど、最初は全然うまくいかなかった。
曇っただけで街灯が点いたり、木の影に入っている街灯だけ一日中光る、他にも夕方になると点いたり消えたりを繰り返し、里全体が壊れかけの電飾みたいになったこともある。
最終的には、光の強さだけではなく、一定時間暗い状態が続いた場合にだけ点くよう調整した。
完成した夜。
日が沈むにつれて、森の奥から順番に明かりが灯った。石造りの道を淡い光が照らし、水路の表面に小さな光が揺れる。
大木の根元。
橋の両端。
共同浴場まで続く道。
暗くなる場所から、ゆっくりと里が光を帯びていく。
最高だった。
誰かが魔法を使っているわけでもない。建物と術式が融合して、ひとりでに動き始める。
―――あぁ、脳汁たまんねぇ。
その瞬間から、完全にハマった。
次に作ったのは、食料を冷やして保存する倉庫。この世界では、肉も魚も干して保存する。果物や野菜は、腐る前に食べる。
それが普通。オレも百年以上そうやって暮らしていたし、特に疑問を持っていなかった。良くも悪くも、完全にエルフの生活へ染まっていたんだと思う。
でも、街灯を作ったことで可能性を感じた。
前世では当たり前の冷蔵庫。
食べ物を入れておけば、しばらく腐らない魔法の箱。
どういう仕組みだったか?
当たり前だけど普通に知らない。流石に分かるわけがない。一般人の知識なんて、そんなもん。でも、分からないことを分からないで終わらせるんじゃなくて、魔法の天才に相談することで可能性は広がる。
そうして、可能性が広がっていった。
「倉庫の中をずっと寒くできない?」
「冷やすだけなら簡単だ」
「食料が凍らない程度に」
「それなら温度を一定に保つ必要があるな」
「温度計とかないけどいける?」
「温度計とは何だ?」
「えっと…温度を数値にして測ることが出来る仕掛け?」
最初は、倉庫の中を冷やしすぎた。果物も野菜も凍った。肉は武器にできそうなくらい硬くなった。冷蔵庫を作るつもりが、巨大な冷凍庫になった。
次は魔法を弱めた。
今度は夏になると、ほとんど冷えなかった。扉を開けるたびに暖かい空気が入り、術式の均衡が崩れる。人が何人か入るだけでも、倉庫の中の温度が変わる。
意外と面倒くさい。
そこでゼーリエが、倉庫の中の熱を感知する術式を作った。
一定以上暖かくなれば冷却魔法が動く。
冷えたら止まる。暖かくなれば、また動く。完成まで二十年くらいかかった。前世なら、電化製品どころか家電メーカーが生まれて潰れる時間くらいある。
でも、エルフ感覚のおかげで夏休みの工作感覚でいけた。
完成した冷蔵倉庫には、肉も魚も果物も以前より長く置いておけるようになった。里のみんなは「冬を閉じ込めた倉庫」とか呼んでいる。
少し神話っぽさが出て面白い。
次は、水道。水を出す魔法自体は珍しくない。
オレも使える。
でも、水を使うたびに魔法を発動するのは面倒だった。顔を洗う、料理をする、風呂に入るとか、水を使う場面は多い。そのたびに魔力を動かし、術式を組み立て、水を出す。
難しいわけじゃない。ただ、面倒くさい。日常生活で毎回パスワード入力を求められている感覚に近い。
そこで、水を出す魔法を魔道具に組み込んだ。
石造りの台へ金属の管を取り付け、その横に魔力を込める部分を作る。そこへ少し魔力を流すと、水が出る。魔力を止めると、水も止まる。
最初の試作品は、水が止まらなかった。
夜まで流れ続けて、家の中が池になったときは流石にゼーリエに助けを求めた。
「ゼーリエ、止めてくれ!」
「お前が作ったんだろう。自分で止めろ」
「今そういう教育的指導いらないって!」
次の試作品は、流した魔力量に比例して水の勢いが強くなった。里のおばさんが魔力を込めた瞬間、水が正面から噴き出し、そのまま壁に穴が開いた。久しぶりにものすごく怒られた記憶がある。
そこから、魔力量に関係なく一定の勢いで水が出るように改造していった。
込める魔力は少量というか、魔道具側に溜め込める魔力量と出力する魔力量を調整した。手を離せばすぐに止まる。万が一水が溢れた場合に備えて、床には排水路を作るとかもしたな。
何度も調整を重ねて、ようやく誰でも扱いやすい前世に近い形になった。今では、共同浴場や料理場、倉庫の近くに設置してある。
魔力を少し込めるだけで水が出る。
たったそれだけでも、生活は驚くほど楽になった。毎日やることほど、少しの手間が消えるだけで大きい。
ほかにも色々作った。
雨が降ると水を逃がす排水路。
煙だけを外へ運ぶかまど。
冬でも凍らない共同浴場。
誰かが近づいたときだけ淡く光る足元の灯り。
中に人がいなくなると消える部屋の明かり。
前世で便利だったものを思い出し、それを魔法で再現する。
前世知識で文明無双みたいな、創作ではよくある展開だけど、現実はそんなに甘くない。現代人は便利な道具の使い方を知っているだけで、作り方を知っているわけではない。冷蔵庫も水道も街灯も、どう動いているか詳しく説明できない。
それでも、完成した姿だけは知っている。
こういう機能が欲しい。こう動けば便利になる。オレが曖昧な完成図を話して、ゼーリエが魔法として成立させる。それをオレが建築へ組み込み、実際に使う。
爆発する。
壊れる。
水が漏れる。
凍る。
燃える。
直す。
百年間、ほとんどそれの繰り返しだった。
でも、楽しかった。
以前は、完成した建築物を眺めることが楽しかった。今は、自分の作った建物が動くことが楽しい。夜になると里の明かりが灯る。魔力を流せば水が出る。倉庫へ入れた果物が、数日経っても腐らない。風呂の湯が、冬でも冷めにくい。
建物が、ただの建築物では終わらない。
里全体が、一つの大きな魔道具へ変わっていく。
マイクラで例えるなら、大型modを入れたて拠点の設備を一つずつ動かしている感じ。ゼーリエが新しい魔法を作るたびに、作れるものが増える。
神アップデートが止まらないね。
百年前に里の景色は完成した。
その後の百年で、ようやく里が暮らすための場所として完成し始めた。ちなみに、マインクラフトのエンチャントには、まだ手を出していない。
二百年も経ってるのに遅すぎる?
驚いたことにエルフの感覚だと、まだマイクラを始めて一週間くらい。
拠点を建てて、内装を整えて、便利な設備を作っている段階なんすよね。オレも気付いた時は、あまりにも人外的な感覚に震えたけど、考えないようにしてる。
あーけんちくたのしいなー。
実際引くほど面白い。
だから採掘も最低限。エンチャントテーブルなんて作ってない。
ネザー? エンダードラゴン?
まだ考えてないなー。
だって、この世界にはマイクラにない魔法が山ほどある。ゼーリエが作った魔法を建築に組み込むだけで、新しい遊び方が次々に増えていく。
先へ急ぐ理由がない。
オレは建物を作る。ゼーリエは魔法を作る。それを組み合わせて、失敗しながら新しいものを作る。二百年生きても、やっていることは昔と大して変わらない。
土を積み上げて遊んでいたクソガキが、里一つを巨大な魔道具に変えただけ。
いやー、成長したね。
見た目は、まだ七歳だけど。
それから、さらに百年が経った。
現在、三百歳。
もう一人で遠出をしても、ギリギリ迷子だと思われない年齢になりました。
三百年目になっても、オレは相変わらず里で建築を続けてます。
新しい家を作り、古い建物を直し、魔法設備を増やす。季節が変われば景色を調整し、木が育てば屋根の形を変える。完成したはずの場所に気になる部分を見つけては、削って、積んで、また削る。
建築に完成はない。
一度完成したと思ったものでも、時間が経てば別の表情を見せる。だから今でも、里を歩いていると直したい場所はいくらでも見つかった。別に、やることがなくなったわけじゃない。
今でも建築は楽しい。
百年前より魔法の扱いも上手くなったし、ゼーリエが作る魔法もさらに増えた。
里の設備だって、まだ改良できる。
でも、最近は別のことを考えるようになった。
「この森の外って、どうなってるんだろうな」
前世だったら、地図を開けば大体分かった。
知らない場所でも、名前を検索すれば写真が出てくる。空から見た景色や有名な建物、何ならそこに住む人間の服装とか食べ物まですべて家の中で調べることが出来た。
何でも画面越しに知ることができる。この世界には、それがない。地図はあるけど、里の周辺が大雑把に描かれているだけ。森の向こうに山があって、その先には大きな川がある。もっと遠くには人間が暮らしている。
分かるのは、その程度。
世界がどれだけ広いのかすら、誰も正確には知らない。
砂しかない土地があるらしい。
一年中雪に覆われた山があるらしい。
空が映るほど大きな湖があるらしい。
地面の下には、昔の誰かが作った建物が埋まっているらしい。
巨大な魔物が暮らす森。
魔法使いの集まる土地。
人間が石を積み上げて作った街。
そんな話を聞くたびに、頭の中に景色が浮かんだ。
どんな色の石があるんだろう。木は、この森と同じ形をしているのか。雪山に家を作るなら、屋根はどんな形がいい。砂漠の中に水路を通したら、どんな景色になる。巨大な洞窟の天井から、光る建物を吊るしたら綺麗なんじゃないか。海の中にも建物は作れるのか。
浮いている島とかあったらテンション上がるなぁとか。
ドラゴンの骨を使った建築とか、めちゃくちゃファンタジーっぽくない?
考え始めると止まらなかった。
オレがこの三百年間で使ってきた素材は、ほとんど里の周辺で手に入るものだけだ。何の変哲もない石・土・木。その他にもいろいろあるけど、そんな森にある素材だけでも、里一つを作り替えることができた。
なら、外の世界にはどれだけの素材があるんだろう。
どれだけ知らない魔法がある。
どれだけ見たことのない景色が待っている。
前世では、誰かが作った・見たモノを画面越しに見ていた。
この世界に来てからは、頭の中に残っていた景色を頼りに、自分で作ってきた。
でも、そろそろ新しいものが見たい。
参考動画がないなら、自分で探しに行けばいい。世界を歩いて、景色を見て、素材を集める。気に入った場所があれば、そこに何かを作る。
高い山には山に似合う建物を。
広い平原には、遠くからでも見える塔を。
地下にはダンジョンを。
意味深な場所には宝箱を。
誰かが見つけたとき、少しだけワクワクするものを残す。
考えているだけでテンションが上がる。
マイクラで拠点を完成させたあと、地図を持って知らない方向へ歩き出すときの感覚に近い。
里は完成した。
正確には、もう少し手を加えることも出来る。でも、帰ってくる場所としては十分すぎるほど完成している。
風呂がある。
食料も保存できる。
夜になれば明かりが点く。
水だって簡単に出る。
世界最高の
―――なら、次にすることは?
「ゼーリエ」
「何だ?」
声を掛けると、ゼーリエは手元の魔導書から顔を上げた。
「オレ、ちょっと世界を見てくるわ」
ゼーリエの指が、開いていた頁の上で止まった。
驚いた様子はない。いつか言い出すと思っていたのかもしれない。ただ、こちらを見る金色の瞳が、少しだけ細くなった。
「どこへ行くつもりだ?」
「分からん」
「目的地も決めていないのか?」
呆れたような声だった。
けれど、いつものようにすぐ魔導書へ視線を戻すことはなかった。
「冒険って、そういうもんだろ」
「お前は三日前、東へ行くと言っていなかったか?」
「昨日は西も良いなと思った」
「今日は?」
「北には、雪山があるらしいぞ」
「なら北へ行くのか?」
「でも南には海があるらしい」
「……」
ゼーリエが黙り込む。
膝の上に置かれた魔導書の端を、指先でゆっくりとなぞっていた。別に機嫌が悪いわけではない。怒っているときのゼーリエは、もっと露骨に眉を寄せる。
「全部行けばよくない? だって、オレらには時間がめちゃくちゃあるんだぞ?」
時間はある。
身体は丈夫。
魔法も使える。
荷物はインベントリに入る。
家が欲しくなれば、その場で作れる。
旅をするには、これ以上ない能力だ。三百年かかって、ようやく気づいた。この力は、里に家を作るためだけのものじゃない。
世界そのものを遊び場に変えることのできる、すごい魔法なんだ。
「いつ出る?」
「明日」
「急だな」
「思い立ったが吉日って言うだろ」
「いや知らん。それに、昨日までは何も言っていなかったじゃないか」
「昨日はまだ、思い立ってなかったからな」
ゼーリエは小さく息を吐いた。
それからようやく、手元の魔導書を閉じた。
「いつ戻る?」
「気が済んだらかなー」
「十年か?」
「もう少しかかるかも」
「百年か?」
「それくらい?」
答えるたびに、ゼーリエの目つきが少しずつ険しくなっていく。百年くらい、オレたちにとっては大した時間じゃない。この里で建物一つに悩んでいれば、普通に過ぎる。
それでも、ゼーリエは納得していないようだった。
「千年は戻ってこない顔をしているぞ」
「流石に千年はないって」
「お前は気に入った場所を見つければ、その場で百年は建築するだろう」
「否定はできない」
「次の場所でも百年、その次でも百年。そうしているうちに千年だ」
「計算が具体的すぎるな」
「お前のことだからな」
ゼーリエはそう言って、オレから視線を外した。
窓の向こうには、夕暮れの里が広がっている。日が沈み始め、木々の間に置かれた街灯が一つずつ光り始めていた。
オレとゼーリエが、何度も失敗しながら完成させた明かりだ。
「まあ、保証はできないけど」
「なら、約束しろ」
「何を?」
「千年以内には一度戻れ」
百年でもなく、十年でもない。
―――千年。
随分と気の長い約束だった。
それでもゼーリエにとっては、何も決めずに待つよりマシらしい。
「分かった。千年以内には一回戻る」
「必ずだぞ」
「覚えてたらね」
「今すぐ殺してやろうか?」
「覚えてます。絶対覚えてます」
ゼーリエは鼻を鳴らし、閉じていた魔導書を再び開いた。
もう話は終わりらしい。
けれど、頁へ落とされた視線は、しばらく同じ場所から動かなかった。
こうして、オレの異世界生活は新しい段階へ進んだ。
三百年かけて拠点を完成させたクソガキエルフは、ようやく世界へ旅立つ。
勇者になるためじゃない。
魔王を倒すためでもない。
世界を救うつもりなんて、今のところまったくない。
ただ、まだ見たことのない景色を見たい。知らない素材を集めたい。そして、気に入った場所に何かを作りたい。
ただ、それだけ。
マインクラフトで新しい世界を始めたなら、いつまでも初期スポーン地点にいるわけにはいかない。
そろそろ、未探索領域を埋めに行こう。
―――数千年後。
人類が歴史を記録し、神話の時代を研究するようになった頃。
古い歴史書には、一人のエルフについてこう記されている。
・ヴェルク
「未踏の王」と呼ばれる、神話時代より生き続ける伝説のエルフ。大魔法使いゼーリエと同じ時代に生まれ、現在までその姿をほとんど変えていないとされる。
王と呼ばれてはいるが、彼が国を治めたという記録はない。民を率いたわけでもなければ、領土を奪ったという伝承も残されていない。
それでもなお、彼が王と呼ばれる理由は、その生涯にある。
誰も登ることのできなかった山。
人の足では越えられない大地。
魔物の巣食う深い森。
光の届かない地の底。
波に閉ざされた海の向こう。
地図に記されるよりも先に、ヴェルクはそのすべてを歩いたとされている。
誰も知らない土地を訪れ、誰も見たことのない景色を目にし、その場所に己が歩いた証を残した。ゆえに人々は、国を持たずして世界の果てを領域とした彼を、「未踏の王」と呼んだ。
その魔法使いとしての実力もまた、現代の尺度では測ることすら難しい。
膨大な魔力。
失われた古代魔法への深い知識。
魔族や魔物を単独で退けたという数々の伝承。
いずれも、彼が神話に名を残すには十分すぎる功績である。
しかし、ヴェルクを語るうえで最も特筆すべきものは、その魔法でも戦闘能力でもない。
―――彼が残したとされる建造物にある。
人の踏み入らぬ山頂に立つ塔。
深い森に埋もれた神殿。
大地の下に広がる巨大迷宮。
海底に沈む都市。
険しい雪山の途中に作られた、小さな休息所。
地図に記されていない道の先に現れる、名もなき家。
世界各地には、誰が、いつ、何のために作ったのか分からない建造物が存在する。
その多くがヴェルクによって作られたものだと考えられている。
用いられている建築様式は、時代にも地域にも属さない。石と木、自然と魔法が一つの景色として組み合わされ、現代の建築技術や魔法技術をもってしても再現できないものが多い。
内部には希少な魔導書や武具が収められていることもあれば、何の価値もない石や、用途の分からない道具だけが残されていることもある。
数十年をかけて最奥へたどり着いたにもかかわらず、一枚の絵と短い文章しか置かれていなかった迷宮さえ存在する。
建造物同士に共通する目的は見つかっていない。
財宝を守るために作られたもの。
魔法の研究施設だったと考えられるもの。
旅人を休ませるためだけに作られたもの。
侵入者を惑わせることしか目的がないと思われるもの。
その用途も規模も、あまりに違いすぎている。
ただ一つ、共通していることがある。
そのすべてが、訪れた者を驚かせ、迷わせ、そして心を躍らせるために作られている。
後世の建築家たちは彼を、世界そのものを作品とした者と呼ぶ。
魔法使いたちは、魔法を石と木に刻んだ者と呼ぶ。
旅人たちは、道の果てに安らぎを残した者と呼ぶ。
そして冒険者たちは、彼をこう呼んだ。
「迷宮を遺す者」と。
ヴェルクの建造物は、神話時代の遺物としてすでに数多く発見されている。それでも、すべてが見つかったとは考えられていない。
新たな土地が開拓されるたび。
古い地図の謎が解かれるたび。
閉ざされていた洞窟の奥へ人が足を踏み入れるたび。
今もなお、ヴェルクのものと思われる建造物が発見され続けている。
誰にも知られていない迷宮。
まだ開かれていない宝箱。
見つけられる日を待ち続ける塔。
それらが世界のどこかに、今なお数え切れないほど残されていると信じられている。
ヴェルクがどこで生まれ、なぜ世界中に建造物を残したのか。何を求めて旅を続け、何を思って迷宮や休息所を作ったのか。
正確な記録は、今も存在しない。
大魔法使いゼーリエだけが、その人物の素顔を知っているとされている。
かつて歴史家たちがヴェルクについて尋ねた際、彼女が口にしたのは、たった一言だけだった。
「昔から、石を積むのが好きな馬鹿だった」
歴史家たちは現在も、この言葉に何らかの重大な意味が隠されていると考えている。