シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第30話 ムースは、勝っても何も変わらない勝負が分からない

 翌朝。

 乱馬は宗家の食卓で、右の脇腹を少し気にしながら粥を食べていた。

 昨日、シャンプーの蹴りが浅く入った場所だ。

 痛いというほどではない。

 身体をひねれば少し張る。

 その程度だった。

 向かいではシャンプーが左肩を一度回している。

 

「痛むのか」

 

 乱馬が聞いた。

 

「少し」

 

「俺が最後に当てたとこ?」

 

「ああ」

 

「効いてたんだな」

 

「嬉しそうに言うな」

 

「そりゃ勝ったからな」

 

「これで一勝ずつだ」

 

「分かってるよ!」

 

 シャンプーは何事もなかったように食事へ戻った。

 乱馬も肉へ箸を伸ばした。

 その横から玄馬の箸が来る。

 

「親父」

 

「何だ」

 

「それ俺の」

 

「まだ皿の上だ」

 

「俺が今取ろうとしてただろ!」

 

「早い者勝ちだ」

 

「昨日その話したばっかだろ!」

 

 乱馬が玄馬の箸を弾く。

 玄馬が反対側から狙う。

 乱馬も取る。

 肉が宙へ上がった。

 

「朝から何をしておるんじゃ!」

 

 大きな声が食堂へ響いた。

 乱馬が振り返る。

 入口にムースが立っていた。

 眼鏡の奥から、まっすぐこちらを睨んでいる。

 いや、少し横を睨んでいる。

 

「ムース」

 

 シャンプーが言った。

 

「乱馬はこっちだ」

 

「分かっておる!」

 

「分かってねえだろ」

 

 ムースが顔の向きを直した。

 今度こそ乱馬を見る。

 

「おぬし……」

 

「何だよ」

 

「この前はシャンプーに負けた」

 

「ああ」

 

「昨日は勝った」

 

「ああ」

 

「……」

 

「何だって」

 

 ムースが一歩踏み出した。

 

「なぜそんな普通なんじゃ!」

 

 乱馬の箸が止まった。

 

「何で勝ったら普通じゃなくなるんだよ」

 

「そこではない!」

 

「じゃあどこだよ」

 

 ムースは乱馬とシャンプーを交互に見る。

 

「この前、シャンプーがおぬしに勝った!」

 

「だから知ってるって」

 

「それなのに、おぬしは翌日も普通に飯を食っておった!」

 

「負けたら飯食っちゃ駄目なのか?」

 

「そういう話ではない!」

 

 ムースが叫ぶ。

 

「じゃあ何なんだよ!」

 

「そして昨日じゃ!」

 

 今度はシャンプーを指した。

 

「乱馬がシャンプーに勝った!」

 

「そうだ」

 

 シャンプーがうなずく。

 

「なのにシャンプーも普通に飯を食っておる!」

 

「腹が減るからな」

 

「なぜ二人とも同じ答えになるんじゃ!」

 

 乱馬がシャンプーを見る。

 

「腹減るから?」

 

「ああ」

 

「だよな」

 

「二人で納得するな!」

 

 ムースが頭を抱えた。

 乱馬には、何が分からないのかが分からない。

 

「勝負なんだから、勝ったり負けたりするだろ」

 

「そこじゃ!」

 

「どこだよ!」

 

「まったく話が進まんねえ」

 

 コロンが杖の先で床を軽く叩いた。

 全員がそちらを見る。

 

「ムース」

 

「何じゃ」

 

「朝から叫ぶ元気があるならちょうどいい」

 

 ムースが嫌そうな顔をした。

 

「何がじゃ」

 

「仕事だよ」

 

 乱馬が少し笑う。

 

「よかったな」

 

「おぬしもだよ」

 

 コロンが言った。

 

「俺も?」

 

「乱馬とムースは東の共同作業場」

 

「俺とこいつ?」

 

「なぜおらが乱馬と!」

 

 二人の声が重なった。

 

 コロンは気にしない。

 

「荷車が三台ある。車輪と軸、金具を全部見な」

 

「三台?」

 

 乱馬が聞く。

 

「ああ。昨日、一台が荷を積んだときに左へ寄ったそうだ。残り二台も同じ時期に作ったものだから、まとめて確認する」

 

 ムースが腕を組んだ。

 

「それならおら一人でできる!」

 

「そうかい」

 

 コロンがあっさり答える。

 

「なら荷車を一人で持ち上げながら、車輪を外して、軸と金具も見な」

 

 ムースが止まった。

 

「……」

 

「できるんだろう?」

 

「できんとは言っておらん」

 

「じゃあ一人で?」

 

 ムースは少し黙った。

 乱馬を見る。

 

「乱馬」

 

「何だよ」

 

「来るんじゃ」

 

「切り替え早えな!」

 

「おぬしは荷車を持ち上げるんじゃ!」

 

「俺、持ち上げる方?」

 

「適材適所だよ」

 

 コロンが言う。

 

「ムースは金具を見られる。乱馬は力がある。それで十分だろう」

 

 乱馬は少し考える。

 

「まあいいけど」

 

「シャンプーは?」

 

 ムースが聞いた。

 

「北の畑で柵の確認」

 

「おらもそっちへ!」

 

「荷車」

 

「……」

 

「話は仕事をしながら続けな」

 

 コロンはそれで終わりにした。

 


 

 東の共同作業場には、荷車が三台並べられていた。

 木製の大きな車輪。

 荷台、車軸、その周囲を補強する金具。

 ムースは一台目の前へしゃがみ込むと、車輪を手で回した。

 ごろごろ、と低い音がする。

 

「これか?」

 

 乱馬が横から見る。

 

「これはまだいい」

 

「回ってるもんな」

 

「回ればよいというものではない」

 

「じゃあ何見るんだ?」

 

 ムースが乱馬を見る。

 

「おぬし、本当に知らんのか」

 

「知らねえから聞いてんだろ」

 

「……そうか」

 

「何だよ」

 

「いや」

 

 ムースは車輪の中心を指した。

 

「まずここじゃ。軸と車輪の隙間を見る」

 

「隙間?」

 

「あまり広いと左右へ振れる。狭すぎれば回らん」

 

「へえ」

 

「それから金具」

 

 ムースが指で叩く。

 

「浮いておれば荷を載せたときに歪む」

 

「じゃあこれ、軸ごと抜けば早いだろ」

 

 乱馬が車輪へ手を掛けた。

 

「抜くな!」

 

「うおっ」

 

 ムースが慌てて止める。

 

「何だよ!」

 

「そのまま引けば留め金が曲がる!」

 

「じゃあどうするんだよ」

 

「先にこれを外す」

 

 細い金具へ工具を掛ける。

 

「それから?」

 

「車体を少し上げろ」

 

「これくらい?」

 

「上げすぎじゃ!」

 

「先に言え!」

 

「少しと言った!」

 

「少しってどれくらいだよ!」

 

「車輪が地面から離れるくらいじゃ!」

 

「最初からそう言え!」

 

 文句を言いながらも、乱馬は荷台の端へ肩を入れる。

 軽く腰を落とす。

 持ち上げた。

 車輪が地面からわずかに浮く。

 

「これで?」

 

「動かすな」

 

「分かった」

 

 ムースが留め金を外す。

 続いて車輪を少しずつ引く。

 乱馬は言われた通り、そのまま支え続けた。

 

「……素直じゃな」

 

「何が」

 

「おらの言う通りにしておる」

 

「おまえの方が分かってんだから聞くだろ」

 

 ムースの手が止まった。

 

「悔しくないのか?」

 

「何が?」

 

「おらに教えられることがじゃ」

 

 乱馬は本当に分からない顔をした。

 

「何で?」

 

「おらも武術家じゃぞ」

 

「今やってんの荷車の修理だろ」

 

「……」

 

「おまえが詳しいんだから、おまえに聞く。それだけじゃん」

 

「それだけ……」

 

「重いんだけど。まだ?」

 

「今外す!」

 

「早くしろよ!」

 

 ムースは慌てて車輪を抜いた。

 

「下ろせ!」

 

「おう」

 

 乱馬が荷台を静かに下ろす。

 ムースは外した車輪を地面へ置いた。

 しばらく、それを見ていた。

 

「何だよ」

 

「いや」

 

「また考えてんの?」

 

「おぬしは何でも分けて考えるんじゃな」

 

「何の話?」

 

「何でもない!」

 

「変な奴だな」

 

「おぬしに言われたくない!」

 


 

 一台目を確認し終え、二台目へ移った。

 乱馬が車輪を回す。

 

「これも回るぞ」

 

「押してみろ」

 

「何で」

 

「いいからじゃ」

 

 乱馬は荷車の後ろへ回った。

 軽く押す。

 車輪が回る。

 一見、問題はない。

 

「ほら」

 

「もう少し先まで押せ」

 

「はいはい」

 

 乱馬がさらに押す。

 数歩。

 

「……あれ?」

 

 荷車が少しずつ左へ寄っていく。

 

「ほんとだ」

 

「だから言ったじゃろう」

 

「何で分かった?」

 

 ムースが車輪の横へしゃがむ。

 

「右の車輪だけ、わずかに外へ開いておる」

 

「これで?」

 

「荷がなければ目立たん。重くなればもっと寄る」

 

 乱馬もしゃがむ。

 言われて見れば。

 左右でほんの少し角度が違う。

 

「俺には分かんなかった」

 

「当然じゃ」

 

 ムースが少し胸を張る。

 乱馬が横を見る。

 

「何でちょっと嬉しそうなんだよ」

 

「当然の評価を受けただけじゃ!」

 

「はいはい」

 

「軽く流すな!」

 

 ムースは金具を外し始めた。

 

「乱馬、上げろ」

 

「どっち」

 

「右」

 

「これくらい?」

 

「もう少し」

 

「はい」

 

「そこで止めろ」

 

「おう」

 

 さっきより速い。

 ムースも一つ一つ説明しなくていい。

 乱馬も何を支えているのか分かっている。

 金具を外す。

 軸の位置を直す。

 締め直す。

 

「下ろせ」

 

「はいよ」

 

 乱馬が下ろす。

 

「押してみろ」

 

「また俺?」

 

「確認じゃ」

 

「分かったよ」

 

 乱馬が荷車を押す。

 今度は。

 まっすぐ。

 

「お」

 

 乱馬が少し速く押す。

 それでも寄らない。

 

「直った」

 

「当然じゃ」

 

「おまえ、こういうの得意なんだな」

 

 ムースの顔が止まる。

 

「今さら気づいたのか!」

 

「だっておまえ、俺に会うと暗器ばっか投げてくるじゃん」

 

「おらを何だと思っておる!」

 

「袖から何か出す奴」

 

「他にもあるわ!」

 

「だから今知ったんだよ」

 

「もっと早く知れ!」

 

「知らねえよ!」

 

 乱馬は荷車を戻した。

 そのまま、ふと思い出したように聞く。

 

「そういや」

 

「何じゃ」

 

「朝の話。まだ分かんねえの?」

 

 ムースの顔が変わった。

 

「……分からん」

 

「何がそんな分かんないんだよ」

 

 ムースは工具を持ったまま乱馬を見る。

 

「おぬし」

 

「何」

 

「シャンプーに負けたとき、どう思った」

 

「悔しかった」

 

「それだけか?」

 

「あと、どこでやられたか考えた」

 

「それから?」

 

「次は勝とうと思った」

 

「それで昨日勝った」

 

「ああ」

 

「今は?」

 

 乱馬は少し考える。

 

「嬉しい」

 

「……それだけか?」

 

「おまえ、さっきからそればっかだな」

 

 ムースは納得できない顔をしている。

 

「シャンプーがおぬしへ勝ったとき」

 

「ああ」

 

「おぬしはシャンプーのものにならなかった」

 

「ならねえよ!」

 

「だが、シャンプーが勝った!」

 

「だから何だよ!」

 

「昨日は逆じゃ!」

 

「俺が勝ったな」

 

「なら今度はシャンプーがおぬしのものになるのではないのか!」

 

「ならねえよ!」

 

 乱馬の声が作業場へ響く。

 

「当たり前だろ!」

 

「何が当たり前なんじゃ!」

 

「人が勝っただけで人のものになる方がおかしいだろ!」

 

「では!」

 

 ムースが両手を広げた。

 

「何のために戦っておるんじゃ!」

 

 乱馬が止まる。

 

「何のためって」

 

 少し考える。

 

「勝ちたいから」

 

 ムースも止まった。

 

「……それだけ?」

 

「またそれかよ!」

 

「本当にそれだけなのか!」

 

「他に何がいるんだよ」

 

「勝った後は?」

 

「勝ったって分かる」

 

「それだけじゃ!」

 

「十分じゃん」

 

「分からん!」

 

 ムースは頭を抱えた。

 乱馬は逆に首を傾げる。

 

「何がそんな難しいんだよ」

 

「難しいわ!」

 

 しばらく沈黙する。

 ムースが、ぽつりと言った。

 

「ならば」

 

「何」

 

「おらがシャンプーへ勝てば──」

 

「またそれ?」

 

「まだ何も言っておらん!」

 

「どうせ『おらの強さを認めればシャンプーも』とかだろ」

 

「なぜ分かった!」

 

「何回聞いたと思ってんだよ!」

 

「最後まで聞け!」

 

「最後まで聞いても同じだろ」

 

「違う!」

 

「どこが」

 

「……」

 

「ほら」

 

 ムースが詰まる。

 乱馬は外した金具を一つ手に取った。

 

「勝っても、シャンプーの答えはシャンプーのだろ」

 

 ムースは何も言わなかった。

 

「この前、本人にも言われたじゃん」

 

「……聞いた」

 

「じゃあ俺がもう一回言うことねえだろ」

 

 乱馬は金具をムースへ渡す。

 

「それより三台目やろうぜ」

 

「おぬしはそこで話を終えるのか!」

 

「仕事終わってねえだろ!」

 

「今、大事な話をしておったんじゃ!」

 

「荷車も大事だろ!」

 

「何なんじゃ、おぬしは!」

 

「早くしろよ!」

 

 ムースは何か言いたそうだった。

 だが、三台目の前へしゃがんだ。

 


 

 三台目は、一番手間がかかった。

 

「抜けねえ」

 

 乱馬が言う。

 

「力を入れるな!」

 

「入れてねえよ」

 

「今入れようとしたじゃろ!」

 

「分かるの?」

 

「腕を見れば分かる!」

 

「シャンプーみたいなこと言うなよ」

 

「何の話じゃ!」

 

「何でもねえ」

 

 軸が固着している。

 乱馬が荷台を支えたまま少し揺らしても、車輪はほとんど動かない。

 

「これ引っ張った方が早くね?」

 

「壊す気か!」

 

「じゃあどうすんだよ」

 

「おらが金具を緩める」

 

 ムースが工具を入れる。

 

「おぬしはそのまま支えろ」

 

「どれくらい?」

 

「動かすな」

 

「だからどれくらいだよ!」

 

「おらが言うまでじゃ!」

 

「先長そうなんだけど!」

 

「文句を言うな!」

 

 ムースは狭い隙間へ工具を差し込む。

 少しずつ。

 固着した金具を浮かせる。

 乱馬は荷車を支え続ける。

 

「まだ?」

 

「まだじゃ」

 

「腕疲れてきた」

 

「昨日シャンプーへ勝った男がこれくらいで音を上げるな!」

 

「勝負と荷車は関係ねえだろ!」

 

 ムースの手が止まった。

 

「……またそれじゃ」

 

「何が?」

 

「いや、今はよい!」

 

「何なんだよ!」

 

 金具が少し動いた。

 

「乱馬」

 

「何」

 

「少しだけ上げろ」

 

「少し?」

 

「車輪が指一本分浮くくらいじゃ」

 

「最初からそう言えば分かる!」

 

 乱馬が上げる。

 

「そこで止めろ」

 

「了解」

 

「今じゃ!」

 

「おう!」

 

 乱馬がほんの少し角度を変える。

 同時にムースが軸を引いた。

 鈍い音を立てて、固着していた部分が外れる。

 

「取れた!」

 

「当然じゃ!」

 

 乱馬が荷車を下ろす。

 腕を振る。

 

「俺いなかったら無理だったろ」

 

「おら一人なら別の方法を使った!」

 

「じゃあ次一人でやれよ」

 

「手伝え!」

 

「どっちだよ!」

 

 二人は顔を見合わせた。

 少しだけ笑いそうになった。

 だが、どちらも先に顔を逸らした。

 


 

 昼前。

 三台の確認がほぼ終わったころ。

 

「終わったか」

 

 聞き慣れた声がした。

 ムースがものすごい勢いで振り返る。

 

「シャンプー!」

 

 乱馬が耳を押さえた。

 

「急に声でけえな!」

 

 シャンプーが作業場へ入ってくる。

 

「北の畑で一台使う」

 

「ああ。これなら大丈夫」

 

 乱馬が最初の荷車を指した。

 

「確認したか?」

 

「した」

 

 シャンプーが取っ手を持ち、少し押す。

 まっすぐ動く。

 

「二台目は?」

 

「左へ寄ってた」

 

「直ったのか」

 

「直った」

 

「乱馬が直したのか?」

 

「ムース」

 

 乱馬は普通に答えた。

 

「俺には分かんなかった。ムースが車輪の歪み見つけて直した」

 

 ムースが乱馬を見る。

 少し意外そうだった。

 シャンプーもムースを見る。

 

「そうか」

 

「あ、ああ!」

 

「ありがとう、ムース」

 

 ムースの背筋が一気に伸びる。

 

「シャンプー! おらはおぬしのためなら荷車の十台や二十台──」

 

「三台でいい」

 

「……三台じゃな」

 

 乱馬が横から言う。

 

「増やすなって言われてんぞ」

 

「黙れ!」

 

「何で俺に怒るんだよ!」

 

 シャンプーは荷車をもう一度動かす。

 問題ない。

 そのまま持っていこうとして。

 ムースが二人を見比べていることに気づいた。

 

「何だ」

 

「……やはり分からん」

 

 乱馬が嫌そうな顔をする。

 

「まだ言ってんの?」

 

「シャンプー!」

 

「何だ」

 

「この前はおぬしが乱馬へ勝った!」

 

「ああ」

 

「昨日は乱馬が勝った!」

 

「ああ」

 

「なのに!」

 

 ムースは二人を指した。

 

「何も変わっておらん!」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 乱馬もシャンプーを見る。

 

「昨日は乱馬が勝った」

 

 シャンプーが言った。

 

「それだけだ」

 

「ほら!」

 

 乱馬が言う。

 

「俺も朝からそう言ってる!」

 

「二人して同じことを言うな!」

 

 ムースは本気で困っていた。

 

「シャンプーは悔しくないのか!」

 

「悔しい」

 

「なら!」

 

「次に勝つ」

 

「……」

 

「昨日負けたことと、今日荷車を取りに来たことは別だ」

 

 ムースが黙る。

 

「乱馬に負けたから、荷車が必要なくなるわけでもない」

 

「そういう話なのか?」

 

「違うのか?」

 

「おらにも分からん!」

 

 乱馬が頭をかく。

 

「何で自分で聞いて自分で分かんなくなってんだよ」

 

「うるさい!」

 

 ムースはしばらく黙っていた。

 それから。

 

「おらには、まだ分からん」

 

 今度は叫ばなかった。

 シャンプーも笑わなかった。

 

「なら考えろ」

 

「何をじゃ」

 

「なぜ分からないのか」

 

「……」

 

 ムースがまた黙る。

 シャンプーは荷車の取っ手を持った。

 

「これを借りる」

 

「ああ」

 

 乱馬が答える。

 

「午後戻す?」

 

「畑の者が戻す」

 

「分かった」

 

 シャンプーが荷車を押して出ていく。

 

「シャンプー! おらも──」

 

「ムース」

 

 乱馬が止めた。

 

「何じゃ!」

 

「仕事」

 

 残っている二台を指す。

 

「戻すんだろ」

 

「……」

 

「行くぞ」

 

「なぜおぬしに命令されねばならん!」

 

「二人で戻す仕事だろ!」

 

「分かっておる!」

 


 

 二人で一台ずつ荷車を押した。

 作業場から共同倉庫まで。

 村の道を進む。

 しばらくして。

 

「乱馬」

 

 ムースが言った。

 

「何だ」

 

「おらにはやはり分からん」

 

「また?」

 

「勝っても、相手を得ない勝負じゃ」

 

 乱馬は荷車を押しながら少し考えた。

 

「別に今日分かんなくてもいいだろ」

 

 ムースが乱馬を見る。

 

「何?」

 

「分かんねえなら、また考えりゃいいじゃん」

 

「いつまでじゃ」

 

「分かるまで」

 

「簡単に言うな」

 

「俺だって、分かんねえ技あったら考えるぞ」

 

「それと同じなのか?」

 

「知らねえ」

 

「知らんのか!」

 

「でも、すぐ答え出なかったからって終わりじゃねえだろ」

 

 乱馬は前を向く。

 

「次に考えりゃいいじゃん」

 

 ムースはしばらく黙っていた。

 

「……おぬしは何でも次に回すな」

 

「直す時間あった方がいいだろ」

 

「それは勝負の話じゃろ」

 

「仕事だって同じじゃん。さっきの荷車も一回見て直しただろ」

 

「……」

 

「何だよ」

 

「いや」

 

 ムースは自分の荷車を押した。

 少しずつ。

 左へ寄っていく。

 乱馬が気づく。

 

「おい」

 

「何じゃ」

 

「また左行ってるぞ」

 

 ムースが荷車を見る。

 

「これは直した方ではない!」

 

「じゃあ何で寄るんだよ!」

 

「おぬしがこちらへ寄ってくるからじゃ!」

 

「俺まっすぐ歩いてるぞ!」

 

「押し方が悪い!」

 

「荷車のせいじゃねえの?」

 

「荷車ではなくおぬしのせいじゃ!」

 

「じゃあ代われ!」

 

「おらの方へぶつけるな!」

 

 二台の荷車が道の真ん中で寄りそうになる。

 

「右行けよ!」

 

「おぬしが左へ行け!」

 

「そっちが左だろ!」

 

「おらから見れば右じゃ!」

 

「ややこしいんだよ!」

 

 言い合いながら。

 二人は荷車を押していった。

 ムースには、まだ分からない。

 勝っても相手を得ない勝負。

 負けても相手へ従わない勝負。

 乱馬とシャンプーが、それでも次を望む理由。

 答えはまだ出ていなかった。

 それでも今日の仕事は終わる。

 

 そして、分からないことが残っているなら。

 明日もまた、考える時間はあった。

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