魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第30話 三つの道

 精霊使役科の最後の課題は、精霊憑依を使わないことだった。

 

 学院西庭の白樺には、風の精霊へ呼びかける印として使った緑の布が残っている。

 

 高い枝へ結ばれた布を見上げ、精霊使いの講師がミレナへ告げた。

 

「片づけろ」

 

「はい」

 

 ミレナは両手を空けた。

 

 白樺を巡る風へ意識を向ける。

 

 弱い返事が、枝の葉を揺らした。

 

 風の精霊を身体へ迎えれば、あの枝まで上がることもできるかもしれない。

 

 普通の精霊魔法を頼み、結び目をほどいてもらう方法も考えられる。

 

 ミレナは何も頼まなかった。

 

「グンヒルダ。物置の梯子を見てくれる?」

 

「持ってきな」

 

 短い梯子が運ばれた。

 

 グンヒルダが横木の割れと縄の緩みを確かめる。

 

 アルマニアが根元を押さえ、シャーナシアが反対側へ足を置いた。

 

「布一枚へ大げさではありませんこと?」

 

「殿下が離したら、もっと大げさなことになります」

 

「離しませんわ」

 

 ミレナは梯子を上り、手を伸ばした。

 

 結び目を解き、緑の布を持って地面へ戻る。

 

 それだけだった。

 

「なぜ使わなかった?」

 

 講師が尋ねる。

 

「梯子で届いたからです」

 

「精霊はいた」

 

「いました。でも、私たちだけで安全にできる仕事を頼む必要はありません」

 

「憑依なら、もっと早い」

 

「戻る時に命を失うかもしれない力を、布一枚へ使いません」

 

 講師は実習記録を開いた。

 

 第四期の最後へ、短い一行が加えられる。

 

 使える力ではなく、仕事に必要な力を選ぶこと。

 

「精霊使役科、修了とする」

 

 四つ目の課程が終わった。

 

     ◇

 

 その日の午後、アルマニアの実習記録には、新しい頁が増えていた。

 

 頁の上には、方角と行き先を書く欄がある。

 

「次の実習場は、学院が用意しない」

 

 主任講師は大きな地図を机へ広げた。

 

「四つの課程で基礎は教えた。ここから先は、どこへ行き、誰と組み、何を仕事にするか、自分で選べ」

 

「全部を続けて学べる場所はありますか?」

 

「人の話を聞け」

 

 返事は、入学した頃から変わらなかった。

 

「行き先は、明日までに一つ書け」

 

 主任講師が部屋を出ていく。

 

 残された地図の周りへ、四人が集まった。

 

「悩む必要はありませんわ」

 

 最初に地図へ手を置いたのは、シャーナシアだった。

 

 赤い鞘の短剣を、オーファンから西へ延びる街道へ載せる。

 

「わたくしと西へ来なさい」

 

「西方ですか?」

 

「西方の都市国家群と、その先の未開の地を見たくありませんの?」

 

 青い瞳が輝いている。

 

「秘境ですわ! きっと英雄にふさわしい冒険を約束してくれます」

 

「約束はしていないと思います」

 

「見つからなければ、わたくしたちで探します」

 

 シャーナシアにとって、秘境は待っているものではないらしい。

 

「王家の務めはどうするんです?」

 

「王城で誰かの役目が空くのを待つより、外で功績を持ち帰ります。誰にも代われない魔法戦士になるには、学院の訓練場だけでは足りません」

 

 彼女は短剣の鞘を、西へ押した。

 

「わたくしが突破口を開きます。あなたは残りをつなぎなさい。今度は実習ではなく、本物の冒険で」

 

「僕を後ろへ置くのではなく?」

 

「置いていかれたくなければ、ついてきなさい」

 

 誘っているはずなのに、挑戦状の形をしていた。

 

「西へ行くなら、山越えの荷を選び直しな」

 

 グンヒルダが、赤い鞘の横へ一枚の木札を置いた。

 

 荷物と人数、出発地が刻まれた隊商の札だった。

 

「あたしは南へ行く」

 

「故郷へ戻るんですか?」

 

「違うよ。まずはロマールの闘技場。そのあと、巨人の里を目指す」

 

 シャーナシアが身を乗り出した。

 

「闘技場に出ますの?」

 

「最初は見る。武器も防具も、工房へ置いて眺めてるだけじゃ分からない壊れ方があるからね」

 

「最初は?」

 

「出られそうなら、一度くらい試す」

 

 グンヒルダは細い腕で力こぶを作った。

 

「あなた、昨日まで右手を気にしていたでしょう」

 

 ミレナが呆れた声を出す。

 

「もう動く。任せられるかは、これから確かめる」

 

「自分で確かめる内容がおかしいよ」

 

「だから闘技場へ行くんだろ」

 

 止める者が必要な旅になりそうだった。

 

 グンヒルダは南へ延びる街道を指でなぞった。

 

「巨人の里では、あたしたちとは違う大きさの石と装身具を見たい。大きな力へ耐える留め方もね。あたしは宝石職人だ。何でも作れるようになるつもりはない」

 

「では、僕は何を?」

 

「古い文字を読んで、周りを見て、あたしが動けなくなった時だけ仕事をつなぐ」

 

「治癒も?」

 

「必要なら頼む。でも、転んだだけで祈るんじゃないよ」

 

「分かっています」

 

「それなら、一緒に来な。あたしに必要なのは半端な弟子じゃない。自分の仕事を持った仲間だ」

 

 木札は地図の南で止まった。

 

「二人とも、危ない場所を楽しそうに勧めないでよ」

 

 ミレナが一冊の薄い冊子を置く。

 

 オランの賢者の学院に収められた古代王国資料の目録を、オーファン分校で書き写したものだった。

 

「私は東へ行く」

 

「ターシャスの森ですか?」

 

「森へ寄る道もあるけど、行き先はオラン」

 

 ミレナは目録を開いた。

 

 魔法の泉。

 

 経験を与える遺物。

 

 契約した精霊と人の間に起きる現象。

 

 どれも、目録には短い題名しか載っていない。

 

「双鴉の泉のことも、アルの取得経験倍化のことも、私たちは知らないことが多すぎる。ブラウニーがした仕事の経験までアルへ入る理由も分かっていない」

 

「オランなら記録がありますか?」

 

「あるとは言えないよ。でも、調べる場所としては、ここより多い」

 

 分かっていることと、分からないことを分けた答えだった。

 

「精霊憑依についても調べたい。一度戻れたからって、次も任せられるわけじゃないから」

 

 ミレナは冊子を、地図の東へ置いた。

 

「アルが来なくても、私は行くよ」

 

「僕に必要な知識を探すのに?」

 

「だからって、行き先まで代わりに決めたら、また同じでしょう」

 

 少しだけ言いにくそうにしてから、ミレナは続けた。

 

「一緒に来てほしい。でも、守るために連れていくんじゃない。何を知りたいか、どの記録を読むかは、アルが決めて」

 

 西には赤い鞘。

 

 南には隊商の木札。

 

 東には古い資料の目録。

 

 三つの道が、地図の上でアルマニアを待っていた。

 

     ◇

 

「順番に行くのは——」

 

「却下ですわ」

 

「駄目だね」

 

「駄目だよ」

 

 三人の返事が重なった。

 

「まだ、最後まで言っていません」

 

「西へ行ってから南へ回り、最後に東へ行くつもりでしょう」

 

 シャーナシアに先を読まれた。

 

「一度に三つではありません」

 

「順番へ並べただけで、選んでいないのは同じさ」

 

 グンヒルダが言う。

 

「仕事も隊商も、アルが来るまで待ってくれないよ」

 

「道だって変わる。今日安全な道が、何年後も同じとは限らない」

 

 ミレナも続けた。

 

「今行く一つを選んで」

 

 四つの課程で、何度も言われた言葉だった。

 

 アルマニアは三つの印を見た。

 

 西へ行けば、シャーナシアが前を切り開く。

 

 南へ行けば、グンヒルダが本物の仕事を見せる。

 

 東へ行けば、ミレナと知らない答えを探せる。

 

 どれも自分にできることがある。

 

 どれも、自分に足りないものがある。

 

「どうして、僕を誘うんです?」

 

 シャーナシアが眉を上げた。

 

「今さら、それを聞きますの?」

 

「行き先ではなく、僕の役目を知りたいんです」

 

 三人は、すぐには答えなかった。

 

 最初に口を開いたのはシャーナシアだった。

 

「わたくしは前へ出ます。後ろを見るために足を止めるつもりはありません」

 

 赤い鞘を指で叩く。

 

「だから、後ろを預けても前へ進める相手が必要です」

 

 グンヒルダは隊商の札を持ち上げた。

 

「あたしは自分の仕事を、あたしより上手くやれとは言わない。でも、あたしが倒れたら、仕事ごと捨てて逃げる奴とも組めない」

 

「壊さず、次へ渡せる相手が必要なんだ」

 

 ミレナは目録を閉じた。

 

「私は、道を見つけたら先にアルの手を引いてた」

 

 いつものように笑おうとして、少しだけ失敗する。

 

「今度は、道を見つけたあと、どちらへ進むかを任せられる相手と行きたい」

 

 三人とも、アルマニアを一人前の専門家とは呼ばなかった。

 

 代わりに、自分の仕事だけでは足りない場所を見せた。

 

 そこへ立ってほしいと頼んだ。

 

「選べます?」

 

 アルマニアが尋ねる。

 

「選びなさい」

 

 シャーナシアが答える。

 

「選んだあとに間違いが分かったら、直しな」

 

 グンヒルダが言う。

 

「選ばなかった二つが、間違いになるわけじゃないよ」

 

 ミレナが最後に言った。

 

 三人は、それぞれの印を地図へ残した。

 

 答えは明日の朝に聞くという。

 

     ◇

 

 夜。

 

 宿舎の机には、三つの旅支度が並んでいた。

 

 赤い鞘の横には、西方への道を書き写す紙。

 

 隊商の木札の横には、南へ持っていく工具の一覧。

 

 資料目録の横には、オランで尋ねることを書き始めた記録板。

 

 少し前までのアルマニアなら、三つとも完成させていた。

 

 眠る時間まで使い、どの旅にも出られるよう荷を作っただろう。

 

 いまは、何も袋へ入れない。

 

「まだ、片づけなくていいです」

 

 机の下にいるブラウニーへ伝える。

 

 小さな木槌が二度鳴った。

 

 壁にはアルマニア一世。

 

 窓辺にはギンとニン。

 

 机には三つの道。

 

 どの道にも、待っている仲間がいた。

 

 だからこそ、その誰かについていくことを、自分で選んだ道だと言ってよいのか考えた。

 

 アルマニアは地図をもう一度広げた。

 

 西、南、東。

 

 三人が置いた印を、勝手に動かさない。

 

 そのどれとも重ならない場所へ目を向ける。

 

 古い魔法の伝統を残す国。

 

 自分が何を任されるかも、誰の空いた場所へ立つかも、まだ分からない土地。

 

 そこには、アルマニアを誘う者がいなかった。

 

 だから、最初の役目から自分で探さなければならない。

 

 この日、技能は一つも増えなかった。

 

 代わりにアルマニアは、三つの道を一つへ重ねることをやめた。

 

 白紙の行き先欄へ、国の名を一つだけ書く。

 

 ラムリアース。

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