Fate/if(フェイト・イフ)   作:名無しのレイ

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-外伝2-

 

 

―――そうして、『彼』はこの世界へと召喚された。 

まず最初に感じられたのは、凄まじい衝撃音と閃光。

そして、霊体ではなく、第五架空元素により構築されたエーテルの体、

その肉体の感覚からして解る。自分自身がサーヴァントとして現世へと召喚されたという事が。

真紅の軽鎧に身を包んだ精悍な青年。だが、それはただの人間ではない。

彼こそが英霊、その中でも人類を守護する『守護者』に属する英霊である。

彼の真名は英霊エミヤ。

世界と契約し、人々を救う力を求めた代償に死後は『守護者』として人々を守護する存在である。

そのありようは言葉通りの守護者というより人の業により作られた地獄を全て殲滅する掃除人に近い。

そんなモノは彼が望んだ結果では断じてない。

故に、彼は磨耗するしかない。

磨耗して磨耗して磨耗して―――ついには、愚かだった己自身を滅ぼすことのみが望みとなった。

今回の聖杯戦争に参加したのも、その望みを果たすためである。

 

そして目を開いてまず視界に入るのは男性物のスーツを鎧のように着込み、髪を肩で整えた麗人。

彼の記憶には全くないが、確かに繋がっているレイラインと流れ込んでくる魔力からしてわかる。

彼女こそが、エミヤのマスターなのだと。

 

「ふむ、君が私のマスターかな。」

 

「その通りです。サーヴァント。私が貴方のマスターです。」

 

目の前にいるのは男物のスーツをまるで鎧のように着こなした、ショートカットの凛々しい女性。

だが、彼女はただの普通の魔術師などではない、と彼は本能で見抜いていた。

彼女から流れ込む膨大な魔力、そして彼女自身の隙のない立ち振る舞い

。 それは研究者としての魔術師ではなく、武力として魔術を実践する者に他ならない。それも超一流の、だ。

それを確認して、エミヤは一度うなづく。

 

「なるほど、この流れ込む魔力と身のこなし、君が超一流の魔術師である事は疑いない。

だが、実戦ならばどうかな?」

 

「私を侮るのですか。サーヴァント。」

 

腕を組んで、不敵に微笑むエミヤに対し、バゼットの眉が釣りあがり、ぎり、と歯軋りの音がする。

彼女とて魔術協会屈指の戦力である封印指定の執行者だ。

彼女を純粋で個体で凌ぐ戦力をあげるとすれば、

現代最高峰の魔術師、単身で死徒二十七祖各々に匹敵する聖女《サ・クイーン》バルトロメイ・ローレライぐらいのものだ。

いかに神秘の時代を生き抜き、偉大な功績を上げ人間以上にシフトした英雄とはいえど、侮られるのは許せない。

その物騒な雰囲気を感じたのか感じてないのか、彼は真顔でさらに言葉を続ける。

 

「いや、だが戦いは私に任せてもらおう。

いかに実戦を経験した魔術師といえど、サーヴァントとの戦いは別格だ。

人間ではサーヴァントに対抗すべくもない。

君はこの屋敷に篭って聖杯戦争が終わるまでじっといるがいい。

戦いは全て私が行う。それが一番最善の―――!?」

 

瞬間、バゼットの拳が唸りをあげて彼の顔へと襲い掛かる。

拳に刻み込まれたルーンは破壊を意味するルーン、ハガラズ。

これならばいかに第五架空元素で構築されたサーヴァントの肉体であろうともダメージを与える事はできる。

その当たれば頭から上が吹き飛ばされそうな威力を持った拳を、彼は手の平とっさに受け止める。

 

「・・・・・・何のつもりかね。マスター。」

 

受け止めた拳はぎしりと軋みを上げる。

そのいぶかしげなエミヤの言葉に答えるように、バゼットはにやりと不敵な笑みで答える。

 

「何、私の実力が信用できないというのなら、力を持って示すのが一番でしょう。

飼い犬もしつけられないマスターなど存在しませんから。」

 

そういいながら、さらに繰り出されるバゼットの攻撃。

元々バゼットは細かい事やせせこましい事などには向いていないのだ。

牙をむく存在ならば、拳をもって己の意を貫き通す。それが彼女だ。

だが、これは本当の闘争ではない。

自らのサーヴァントに自らの力を示し、共に戦うべき相手と認めさせるための通過儀礼みたいな物だ。

さらに右拳が彼のボディ目掛けて唸りをあげる。

だが、それをさらに掌で受け止めるが、バゼットの動きは止まらない。

続けて左脚の爪先が独楽のように回転しながらアーチャーへと迫りくる。

 

エミヤとてサーヴァント。その戦闘能力は並の人間の及ぶ所ではない。

特に彼は格闘戦、遠距離戦、近距離戦、対魔術戦、家事までこなすオールラウンダーだ。

だが、逆を言えば、そのそれぞれのエキスパートには敵わないという事でもある。

そして、運の悪い事に、バゼット・フラガ・マクレミッツは並の人間や並の魔術師でもなく。

封印指定の魔術師を狩る、執行者であるという事である。

その鍛え上げられた戦闘能力たるや、下手をすればサーヴァントすらをも凌ぐほどである。

 

まるでブレードのついた独楽のように回転しながらアーチャーに迫りくるバゼットのつま先。

それを腕で受け止め、あるいは受け流すアーチャー。

その二人の闘争は闘いというよりも、無骨ながらも美しい演舞のようだ。

今まで対魔術師のと格闘戦を生かすバゼット。そして、その攻撃を心眼・真で攻撃個所を限定しながら受け流し、受け止めるアーチャー。

だが、バゼットの派手な足技は全てフェイント。

 

そして、次の瞬間、狙い済ましたバゼットの拳がアーチャーの脇腹に炸裂しそうになった紙一重で、彼女の拳がぴたり、と止まる。

 

「どうです?サーヴァント。これでも私が無力であると言いますか?」

 

にやり、と口元に笑みを浮かばせながらバゼットは言い放つ。

今の一撃はバゼットが止めなければ確実にアーチャーの脇腹に命中していただろう。

ただの人間でありながらサーヴァントにも匹敵するほどの戦闘能力。

それこそが封印指定の執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツである。

それを見て、やれやれといわんばかりに彼は肩をすくめる。

 

「……まいったな、力づくでマスターである事を認めさせるとは。

よかろう。君が私のマスターである事を認めよう。

―――では問おう、マスター。君の名前は?」

 

「私の名前はバゼット。バゼット・フラガ・マクレミッツです。」

 

その名前を聞いた瞬間、脳裏にあの虚ろな楽園の記憶が蘇った。

 

『そこは遠くみなより深い。

 

揺り篭のような出口のない華の楽土』

 

守護者として得た経験は、英霊の座にある本体へと送られる。

それは送られてくる本を読むにも等しい。サーヴァントであろうとも例外ではない。

そして、この世界には無数の平行世界がある。

例えばバゼットがアーチャーではなく、ランサーを召喚したり。

例えばエミヤシロウが英霊とならずにすむような世界が。

それら無数の平行世界の中には、あの虚ろな楽園を潜り抜けた衛宮士郎としてのアヴェンジャーの記憶もある。

(最も、それは今のエミヤが体験した事ではなく、あくまで単なる知識としてだが)

当然、そう、あの虚ろな楽園の記憶は、オレの、オレだけの中にきちんと残されている。

アヴェンジャーとして彼女と共に駆け抜けた事も。

彼女のために聖杯を破壊した事も。

この世界の彼女自身はまだ■■■けていないから、あの記憶はないだろう。

 

胸を穿つような親愛と、溢れるほどの愛情。

そう、例え本を読んだだけだとしても、それから何も感じないわけではない。

読んだ本から限りない感動を覚えることもある。

あの虚ろな楽園の記憶はまさしくそれだった。

だから、彼が口にするのはこの言葉以外ありえなかった。

 

「―――ではバゼットと。ああ、この名前は君によく似合っている。

……まあ、多少女性らしさには欠けるが。」

 

「よ、余計なお世話です!人の名前をどうこう言うのは良くはない。」

 

顔を微かに赤くしながらバゼットはそっぽを向く。

それが自分の名前に女性らしさが欠けていると言われた怒りか、それとも自分の名前が似合っていると言われた事の照れか。

彼の見たところ、その半々っぽいが。

乱された自分のペースを取り戻すために、ごほんと咳をすると、バゼットは元の自分へと戻り真剣な表情で問いかける。

 

「それで、貴方のクラスと真名は何なのですか。」

 

「ふむ、どうやら私はアーチャーのクラスのようだな。真名は……すまないが記憶の混乱が見られる。

今だにはっきりはしないな。」

 

それは事実だ。召喚はされたようだが、その際に何らかの手違いが起きてしまったらしい。

記憶が曖昧なのは半分事実であり半分本当である。

バゼットの名前すらも磨耗しきって記憶から消え去っていたが、彼女の名前を聞いた事により電光の速さで記憶が蘇ってきた。

そう、第五回聖杯戦争。

自分が巻き込まれた世界とは異なるが、それは紛れもなく聖杯戦争である。

そう、この世界ならば、彼、エミヤの目的が果たせるかもしれない。

その目的こそが過去の自分を滅ぼすこと。

エミヤシロウといういてはならない自分自身を滅ぼす事である。未来のエミヤが過去のエミヤを葬る。

その決定的な矛盾を行う事により、不変である英霊の座についてしまったこの自分、英霊エミヤを消し去る事もできるかもしれない。

それこそが、彼がこの聖杯戦争に召喚された際の望みだ。

 

だが、その望みと自分自身の正体を彼女に告げる訳にはいかない。

未来の英霊というだけでも未確定要素なのに、過去の自分自身を葬るなどという事を告げては彼女がどういう行動に出るか解らない。

 

―――彼女は極めて生真面目な性格だ。

アヴェンジャー風に言えば、「悪い子でいようと決めたのに、それでもいい子でいたがる」ような。

故に、一般人である衛宮士郎を葬るなどという事を認めるはずもない。

もし、衛宮士郎を葬る事を決行したら、真っ先に止めにかかるだろう。下手をすれば令呪で行動を封じられかねない。

それだけは避けたい。故に、召喚が不完全であったと嘘をつき、記憶を喪失しているとさらなる嘘をついた。

今はただ聖杯戦争に身を投じるサーヴァントとしての責務を果たすのみ。

―――それに、こうして彼女の手助けをするのも悪くない。

そう、もしかしたら守護者と化したこの身でも、誰かを救えるのではないかとそんな淡い期待を抱きながら。

 

「そう……ですか。アーチャーという事は、『彼』ではないのですね。」

 

何処となく落胆した様子でうつむき加減にバゼットはぽつりと呟いた。

いや、傍目から見たらそうだが、実はかなり本気で落ち込んでいるのではないのだろうか。

それに彼女が言う『彼』というのも気になる。

 

「ほう、『彼』という事は、他にお目当ての英霊でもいたのかね。」

 

「い、いえ、お目当てというか、私自身『彼』の存在を信じているわけではない。

……けれど、会える物なら一度だけ。そう一度だけ会ってみたかったのです。

―――かのケルトの輝ける大英雄、クーフーリン。彼こそが、私の憧れの英雄だった。」

 

そう告げる彼女の瞳は、まるで憧れの王子様を夢見る恋に恋する13歳の少女のような瞳だった。

彼女自身は否定するだろうが、事実、彼女はおとぎ話の英雄にまぎれもなく恋しているに違いない。

そして、それをどうでもいいと達観できるほど、アーチャーは悟りきってはいなかった。

横を向きながら、ふん、と拗ねたようにアーチャーは言葉を放つ。

 

「見ているがいい、マスター。クーフーリンより私の方が優れた英霊だと証明してみせようではないか。」

 

その子供のような拗ねっぷりにくすくすと思わずバゼットは笑みを浮かべてしまう。

何処となく執事のような大人の雰囲気をもったアーチャーがそういう風に拗ねるのは何処なく可愛らしさを感じてしまったからだ。

 

「ええ、見せてもらいましょう。アーチャー。貴方がクーフーリン以上の英霊である事を期待しています。」

 

 

―――そして、サーヴァントを召喚した彼女は、いよいよ聖杯戦争の準備段階へと入っていった。

実際、彼女はマスターとしては極めて優秀だった。

高位の魔術師であり、下手をすればサーヴァントとも戦えるほどの格闘技術を身につけている。

そして、それに鼻をかける事無く、マスターを調べ確固撃破する慎重性もある。

自己卑下する癖こそあるものの、客観的に見れば、聖杯戦争最強のマスターと言っても過言ではない。

そして、エーデルフェルトの双子館から出撃する前に、彼女達はお互いに方針の再確認をする。

 

「―――ふむ、では出来る限り一般人に犠牲者は出さないという事かね。」

 

「ええ、私は魔術協会の一員として、神秘を秘匿するために存在する。

できる限り派手になるのは避けたい。

私とて魔術師です、必要とあれば手を下します。

……ですが、それでも人として最低限守るべき良識があるでしょう。」

 

そのバゼットの言葉を否定も肯定もせず、彼は腕を組みながら口元に笑みを浮かべながら答える。

 

「ふむ、君は魔術師としても人間としても極めて優れたマスターだ。

その判断に従い、すみやかに事を成すとしよう。」

 

「感謝します。アーチャー。貴方が話のわかる人物でよかった。」

 

彼女達が拠点としている洋館は、街から少し離れた森の中に建っている。

元は第三次聖杯戦争でエーデルフェルトが拠点としたその洋館は多少なりとも地脈が通っており、

人払いの結界など魔術的な防備もある程度はなされている。

外から来た魔術師にとっては理想的ともいえる拠点である。

まあ、長い間放置されており、ガタは多少来ており、内部は埃まみれで散らかり放題だが、それは仕方のないことだ。

その拠点から外に出て、彼女達は夜の街の探索を開始した。

 

「―――ふん!」

 

凄まじい勢いで繰り出されるバゼットの右ストレートが竜牙兵の頭蓋を打ち砕く。

ここは冬木市の港にある倉庫の一角。

敵マスターの痕跡を掴んでここに乗り込んだアーチャーとバゼットだったが、すでにマスターとサーヴァントはおらず、

待ち受けていたのは倉庫内を埋め尽くす周囲を埋め尽くす竜牙兵のみ。

それは手に手に武器を持ちながら、背中合わせにかばい合うバゼットとアーチャーへと襲い来る。

まだ聖杯戦争の手始めとして、マスターの拠点と思われる場所に探りを入れた瞬間の奇襲だった。

恐らくはこちらの手の内がバレていたに違いない。

まんまと、バゼットとアーチャーは罠にはまってしまったという訳だ。

だが、この二人は罠にはまったからといっても大人しくなるような存在ではない。

彼女達は、脱出するために罠を食い破り、自らの足すらも食い破る獰猛な獣そのものだ。

 

襲い掛かる竜牙兵に対して、アーチャーは双剣により一度に多数を相手にするのではなく、

少しづつタイミングをずらしながら一度に数匹を相手にし陣営を崩し、

その崩れた陣営に対してバゼットが一気に切り崩す。

アーチャーは元々剣術の達人という訳ではない。

鍛錬の果て身につけた心眼・真を使い、防戦に徹し、相手の出方を見て応戦する。

それが元は凡人であるアーチャーが身につけた己の最善の戦いだ。

その戦い方は、バゼットと極めて相性がいい。

そう、かの虚ろな揺り篭で、アヴェンジャーがそうだったように。

そのコンビネーションの前では竜牙兵などただの骨の塊にすぎない。

無数の竜牙兵を悉く殲滅した後で、バゼットは一つため息をつく。

 

「……ふう。こんな所でしょうか。」

 

それに応じたようにアーチャーも双剣を消すと、バゼットを感心したように見つめる。

 

「大した物だな。マスター。さすがは封印指定の執行者。

君の戦闘能力は魔術師の中でも群を抜いている。」

 

「それはどうも。だが貴方ほど異質ではない。

まったく、弓を使わず双剣を得意とするアーチャーなんて聞いた事もない。」

 

「何、今回はこれが有利だったというだけの話だ。

また機会があれば腕前も見せる事もできるだろう。」

 

そして、そんな風に話している彼らを倉庫の内の監視カメラから送られてくる映像で遠距離監視している、二組の男女が存在した。

カメラの映像からバゼットとアーチャーをじっくり観察しているこの男こそ、

魔術師のサーヴァント、キャスターを呼び出したマスターの一人である。

 

「―――ほう。アレが魔術協会から派遣されてきたマスターか。

まさか執行者を派遣してくるとはな。

だが、勝つのは私だ。そうだろう、キャスター。」

 

「―――はい、マスター。」

 

そういいながら、その男は下卑た笑みを浮かべながらキャスターの腰を蛇が這いずり回るようないやらしい手つきで揉み砕く。

一応は魔術師だけの事はあるが、大した事はない。

「私たち」ではなく「私」と表現した事からもそれは明らかだ。

この男は、自分自身の欲望と勝利にしか興味はない。

最弱のサーヴァントであるキャスターを引いた時には非常に落胆したものだが、物は使いようだ。

それに、コレは女としてはとてもよい具合だ。それも男の欲望を満足させた。

だが、男は己より優れた魔術師であるキャスターに嫉妬し、彼女に対する魔力供給を制限した。

その瞬間、キャスターはこのマスターを見限った。

これは純然たる戦争だ。そして、その戦争においてはマスターもサーヴァントも両方死力を尽くさねばならない。

それをこのマスターは放棄し、己の都合のよい妄想に浸っているのだ。

 

このマスターの基本戦略は『待ち』だ。己は身を隠し、他のマスター達が潰しあった所で漁夫の利を狙う。

それは極めて正しい戦略だ。

そう、己のサーヴァントが己を裏切ろうとしているという決定的な穴さえなければ。

後はキャスターの行う事はただ一つ。

従っているふりをし、このマスターにいかに令呪を使わせるか。それだけの話だ。

その令呪を使い果たした時こそ、このマスターの命取りとなるだろう―――。

 

そして、やがてマスターを失って放浪した彼女と傷ついたバゼットがマスターとサーヴァントとなるが、それはまた別の話。

 

 

魔術師の隠れ家の探索も大して収穫が得られなかったバゼットとアーチャーは、新都センタービルの屋上へと移動していた。

これはアーチャーの特徴である視力の良さを生かして街の異変を探るためと、

高い所から見渡す事によりなんらかの魔力の異変がないか探り出すためである。

大した効果はないかもしれないが、何の目的もなく街内を歩き回るよりもよい。

それが彼女達の判断だった。

ビルから街を見下ろしながらバゼットはアーチャーに問いかける。

 

「何らかの異変は見受けられますか?アーチャー。」

 

「いや、特には見当たらないな。君のほうはどうかね。バゼット。」

 

「……いえ、魔力感知は得意な方ではないので。」

 

実を言えばアーチャーにも多少なりとも魔力を感知する魔術はある。

だが、それを正直にいえば、「何故弓兵が魔術を使えるのか」という疑問から彼の真名が知られる可能性がある。

それゆえ、何か緊急の時でもない限り、それを言わずにいた。

と、そんなアーチャーをよそに、バゼットはどこか不安そうに眉を潜めながら、腕を組んでぽつりと呟く。

 

「……つまらない質問ですが。

貴方は私が勝てると思いますか……?」

 

この不安は封印指定の執行者ではなく、一人の女性としての不安だった。

その不安を吹き飛ばすように、不敵な笑みを浮かべながらアーチャーはバゼットにむかって言葉を放つ。

 

「愚問だな。君は聖杯戦争中で最強のマスターだ。

その君に呼び出された私が最強でないはずがない。

違うかな?バゼット・フラガ・マクレミッツ?」

 

「そう……ですね。礼を言います。アーチャー。少し勇気づけられました。」

 

少し微笑みながら呟くバゼット。

だが、次の瞬間、彼女は街を見下ろしながら真剣な表情で言葉を放つ。

 

「……アーチャー。どうもこの街には他サーヴァントの干渉が見られます。

血を吸われて路上に倒れていた人間。そして、地脈を利用して精気を吸収しようとする魔術。

両方とも知った以上、私には見てみぬフリはできません。」

 

それを聞いて、少し眉を潜めながらアーチャーはマスターに向かって問いかける。

 

「マスター。確かに敵サーヴァントを倒すというその行動は正しい。

だが、よりにもよって厄介そうな奴らを一番に狙うというのか。

それは戦術的に正しい行動ではない。」

 

「ええ、貴方に言われずともそれは解っている。

ですが、私は魔術師であると同時に人間だ。

人間であるならば、護るべき良識という物があるでしょう。」

 

そのバゼットの発言に、さらにアーチャーは眉をしかめ、腕を組んで難しい顔をするが、

だが、次の瞬間、アーチャーは真正面からバゼットに向き合うと真摯にバゼットに告げる。

 

「よかろう。マスター。正義の味方などという響きには反吐が出るが、 未然に人々を理不尽な死から守るのは悪くない。

人々を理不尽な死から守るというのなら。

バゼット。私は君に力を貸そう。」

 

―――そう、実に忌々しい事ではあるが。

エミヤシロウはいつだって、困っている人を助けなければならない。

それは守護者に身を落とした今でも変わりはない。

そのアーチャーの発言を聞いて、意外そうにバゼットは驚いた顔をする。

 

「……以外ですね。私の意見をすんなりと聞き入れてくれるとは。

貴方はもっと効率のいい方法を選ぶと思っていました。」

 

「ああ、確かにそちらの方が私のやり方ではあるがね。

だが、今の私はサーヴァントだ。それに君のやり方は私自身の意思にも沿う。

ただそれだけの話だ。」

 

それを聞き、バゼットは満足げに一つ頷くと、彼らの拠点に帰る事を促す。

 

「さあ、帰りましょう、アーチャー、我々の拠点へ。」

 

 

―――そうして、私はかの騎士の夢を見る。

英雄の座に祭り上げられた一人の凡人の記憶。

 

その彼はどうにかしていた。

ただ目に入る皆を助けたいと、それだけの単純な理由で戦った。

望みなどない。ただ誰かを助ける事こそが彼の望みだった。

そんな人間が利用されないはずはない。

彼は散々利用されつくされ、最後に救ったはずの誰かによって命を奪われた。

だが、彼には後悔はなかった。

 

『契約しよう。我が死後を預ける。その報酬をもらい受けたい。』

 

―――それは偶然だった。死にかけた僅かの人々。

それを救う手段を彼は持ち合わせていなかった。

故に、彼は死にかけた人々を救うべく、その言葉を口にした。

魔術師である私には理解している。

それは自分自身を世界へと売り渡す契約。

死後に人類の無意識の防衛機構であるアラヤの抑止力へと組み込まれる事を意味している。

それこそが守護者。

事前に人を救うのではなく、もうどうしようもない状態にのみ召喚され、全てを殲滅する殲滅兵器。

守護者とは名ばかり。その実は単なる人の手により作り出された地獄を消滅させる存在。

そんな事を彼は望んでいた訳ではない。

ただ人を助けたかっただけなのに、彼は死後もそれを為しえなかったという事だ。

 

「……参りましたね。」

 

毛布を剥がして起き上がりながらも、バゼットははあ、と溜息をつく。

今見ていた夢。あれは恐らくはアーチャーの過去の記憶だ。

マスターとサーヴァントはレイラインで繋がっている。

恐らくは眠っている間に彼の記憶がレイラインを通して流れ込んできたのだろう。

 

「何かあると思ってはいましたが、ああいう風に来られるとは。」

 

古来から英雄とは華々しい栄光と代償に、ほぼ全てが無残な死を迎えている。

ただ、それだけの話だというのに、彼には生前のみならず死後まで救いも栄光もなかった。

そう、今も恐らく彼はそれを悔やんでいる。

英雄などならなければよかった、と。それを望んでいる。

そんな彼に与えられる救いなどない。けれど、それでも―――。

と、そんな時にタイミングがいいのか悪いのか、ちょうどドアをあけてアーチャーが入ってくる。

 

「目を覚ましたのか、マスター。」

 

「ア、アーチャー。……というかその食事はどうしたのですか?」

 

そう、アーチャーの手にあったのは簡単な食事だ。

アイルランド特性のアイリッシュシチューに、ベーコン、そしてパンに引き立てのコーヒーまである。

それらは全て暖かそうな湯気が出ており、美味しそうな匂いもする。

恐らくはアーチャーが自らキッチンを使って作ったのだろう。

 

「何。缶詰ばかりでは栄養が偏ると思ってね。

ここでは簡単な食事しか作れなかったが、味気のない食事よりはましだろう。」

 

よくよく見れば、館の内部全体がきちんと掃除や修復がされており、人が住むのに十分快適な空間へと変化している。

埃まみれの床も古びて破けたカーテンも罅の入ったガラスも全て修繕がなされている。

流石、元々貴族であるエーデルフェルトの屋敷だったため、ある程度整えればそれなりに見栄えもする。

バゼット自身は住めて雨露が凌げて寝れればいい、という程度の認識でしかなかったのだが几帳面であるアーチャーには耐えられなかったらしい。

サーヴァントは睡眠を必要としない。恐らくはバゼットが休んでいる間に行った事だろう。

 

そんな事を思いながら、バゼットはアーチャーが作った食事に口をつける。

 

「……む。」

 

普段は食事の味などどうでもいいバゼットだったが、その食事は純粋に美味しいと感じた。

かつかつといつものようにかっきり三分で食事を片付けたバゼットは、アーチャーに向かって言い放つ。

 

「アーチャー。これからはずっと貴方が食事を作りなさい。

わざわざ外に出て敵マスターに見つかる危険性を冒すよりそちらの方が合理的です。

サーヴァントに家事をさせるのは不本意ですが、やむをえません。」

 

「ふむ、バゼット。素直に気にいったといったらどうかね?」

 

そんな風ににやにや笑いながら言うアーチャーに対してバゼットは焦った口調で言い訳を始める。

 

「なっ……!ち、違いますアーチャー!!

わ、私はその方が合理的だと思っているだけです。

マスターたるもの、自分自身の生活は自分自身で管理しなくてはいけません。」

 

「まあ、そういう事にしておこうか。」

 

口ではそういいながらも、にやにやを止めないアーチャーを見て、全く、とバゼットはため息をつきながら呟く。

そして、食事を食べ終わったバゼットは食器を傍らに置きながら、真剣な表情でアーチャーに向かって問いかける。

 

「……アーチャー。唐突に聞きますが、貴方は英雄とは何だと思いますか?」

 

そのあまりの唐突な発言にいぶかしげに片眉を上げながら、アーチャーは言葉を返す。

 

「また唐突だな、マスター。英霊である私に英雄とは何かを説くのか?」

 

「ええ、英雄とは純粋に戦闘能力が高ければいいというわけではない。

英雄とは、誰かを、そう、例えたった一人でも死すべき運命の人間を救った人間こそが選ばれるのです。

・・・・・・アーチャー。貴方にも、確かに誰か救えた人たちがいたはずだ。」

 

そう、世界と契約して救えた人たち。

たった百人程度の人数だったけれども。

その人たちは、救ってくれたエミヤシロウに対して感謝の笑顔を浮かべていたはずだ―――。

く、と蘇るわけの解らない感情をアーチャーは胸の中にしまう。

それを認めてしまえば―――今の彼にはここに存在する理由がなくなってしまう。

いっさいの表情を消し、完全に無表情と化したアーチャーは機械的に言葉を放つ。

 

「……だからどうだというのだ。マスター。私の過去など君にはどうでもいいいはずだ。」

 

「ええ、単純に戦うための道具としてみるのなら、サーヴァントの過去などどうでもいい。むしろ余分なウェイトでしょう。

ですが、私はそのウェイトを大切にしたいと―――。」

 

「そこまでだ。バゼット・フラガ・マクレミッツ。」

 

ぴたり、と大気全てを凍りつかせんばかりの闘気を放ちながらアーチャーは言い放つ。

それは主に仕えるべきサーヴァントではなく。

ただ一人の英霊としての姿だった。

 

「例えマスターであろうと、私の過去を干渉されるいわれはない。

それに忘れたか。マスター。私の過去はすでに終わっている。どんな力であろうと変えようはない。」

 

「……そうですか。解りました。アーチャー。

ですが、覚えておいてください。どんな存在にも必ず救いは与えられるという事を。

それは、人間が与えられる救いではないかもしれませんが。」

 

「―――ふん、覚えておく事にしよう。」

 

それだけを言い放つと、この話は終わりだ、と言わんばかりに、アーチャーは霊体化して姿を消した。

 

 

エーデルフェルトの双子館の屋根の上。

あの場から姿を消したアーチャーはいつものように屋根の上に待機し、その千里眼によって周囲から奇襲を受けないか警戒している。

ふと、彼は夜空を見上げる。真上にあるはほぼ満月に近い月。

それはいつかのあの虚ろな楽園のように暗黒の孔ではない。

れっきとした月そのものだ。

それにつられるかのように、あの楽園での衛宮士郎……いや、アヴェンジャーの記録がふと頭をよぎる。

(それは直接アーチャーが体験したというわけではなく、本を読んだ程度の記憶でしかないが)

彼がバゼットに肩入れしたのはそのあり方。

彼女は弱い。能力は申し分ないが、存在として弱すぎる。

今にでも■■しそうな悲観性。常に努力をしていなければ気がすまない弱気。

自分自身が嫌いでそれが解っていながら一生懸命努力しようと足掻いている無様な人間。

だが―――私は、そのあり方が気にいっている。

そう、結果はどうあれ、自分自身のために進む人間が好きなんだ。

……ああ、そうだ。エミヤシロウとはそういう人間だったのだ。

 

『俺は正義の味方だからな。自分の事より、どうでもいい誰かの方が大切なのさ。』

 

……そうだ。アヴェンジャー。

私はお前とは異なる。だが、彼女を救いたいと思っているのは全く同感だ。

そんな事を思いながら、アーチャーは静かに目を閉じた。

 

 

そして、そんな日々が続いたある日。

 

「―――何?知り合いの神父に呼ばれただと?」

 

いきなりのバセットの発言に思わずアーチャーは眉を潜める。

 

「はい、私の昔からの知り合いです。

教会の代行者で今回の聖杯戦争の管理人でもありますが。

何か私に話しがあるそうでこちらにむかうそうです。」

それを聞いてアーチャーはますます訝しげな表情になる。

 

「それはおかしい。管理人であるのならば皆に平等であるべきだ。

君一人だけ呼び出して個人的な話があるなどというのは、裏があると踏んでしかるべきだ。」

 

「いいえ、アーチャー。彼はそれほど外道ではない。

……ええ、確かに善良とはかけはなれた人物だ。

けれどそれでも私は彼を信用している。」

 

彼は危険だ。聖者とは程遠い毒を持ち合わせた人間である。

だが、彼は今まで知り合ってきた中で唯一尊敬できる強さを持った人間だったのだ。

それ故、今度会うときは聖杯戦争の勝者として再会しようと決めていたのだ。

けれど、彼の方から声をかけてくれたという事は、純粋に嬉しい事だ。

そんな風に期待に胸を高鳴らせるバゼットに対して、アーチャーは何処か不安を隠せない。

そう、とても大切な事を忘却しているような気がするのだ。絶対に忘れてはいけない肝心な事を。

だが、サーヴァントである以上、そうそうマスターに逆らう事はできない。

不承不承ながらアーチャーはうなずいた。

 

そして、その神父がやってくる日。

バゼットの命により、アーチャーは彼らと同室できずに外で待機する事になり、結局は館の上で周囲の警戒へとあたっている。

本来はアーチャーも同席したかったのだが、バゼットがそれを断ってしまったため、結局このような形になってしまった。

いくら彼女が封印指定の執行者だからといっても少し甘すぎるのではないか、とアーチャーは思う。

だが、彼とてサーヴァント。むやみやたらにマスターに逆らう事は得策ではない。

胸に渦巻く、果てしのない不安を押し隠しながら、周囲を警戒している彼に突然異変がおこる。

 

「――――!!」

 

凄まじい悪寒。体に流れ込んきているバゼットの魔力供給が遮断されたのだ。

それは、サーヴァントとマスターを繋ぐレイラインが断ち切られた事を意味する。

それは、マスターに何かあったという事の何よりの証拠。

 

「バゼット―――!!」

 

アーチャーは瞬時に霊体化し、屋敷の天井をすりぬけ、バゼットと神父がいるであろう部屋に突撃する。

そこでまず目にしたものは、千切れた女性の白く細い腕を持った漆黒の神父と、

片腕を失い血まみれで倒れている己のマスターの姿。

 

「アー……チャー……。」

 

ごふり、と血の海に沈みながら、さらに口から血の塊を吐き出すバゼット。

それを見て平然としていられるほど、彼は磨耗しきってはいない。

 

「貴様――ー!!」

 

激高したアーチャーは瞬時に干将・莫耶を投影し、神父へと切りかかる。

そう、彼は知っていたはずなのだ。彼女がこういう結論を向かえる事を。

その記憶が磨耗しきっていて思い出せなかったのが、悔やまれる。

そうすれば、こんなことにはならなかったはずなのに―――!

猛烈な後悔。それは自分自身が守護者になってその実態を知って以来だ。

だが、まだそれは取り戻せるはずだ。この神父を倒して、彼女の傷を癒せば―――!!

 

《マスターとして命じる。私を傷つけるな。》

 

バゼットの左腕の令呪が輝き、言峰の喉に突き立てられようとしていた干将・莫耶の動きがぴたり、と封じられる。

本来のマスターでもない者が令呪を使う事などできない。

だが、実際に言峰はバゼットの腕を利用して令呪を使用した。

恐らくは言峰の魔術、心霊治療の応用で彼女の腕にある令呪へと干渉したのだろう。

まず最初に彼女の腕を切り取ったのも、彼女から令呪を奪い去るつもりだったに違いない。

令呪を奪われるという事は神経を根こそぎ引き抜かれると同義。

ましてや片腕を切り取られ、大量に出血している彼女は刻一刻と死へと近づいている。

魔術師には魔術刻印が存在するため、そう簡単に死にはしないが、それでも放っておけば致命傷になる事は変わりない。

ギリギリ、とアーチャーの歯軋りの音が響き渡る。

 

「キ、サマ――――!!」

 

「ふむ、貴様がバゼットのサーヴァントか。

多少癖のあるサーヴァントのようだがまあ構うまい。

喜べ、君は今から、私のサーヴァントになる。」

 

その神父の名前は言峰綺礼。

聖杯戦争の監視役でありながら、同時に聖杯戦争を影で管理するゲームキーパーである。

そう、忘れてはいけなかったのだ。

この神父の手によって、バゼットは瀕死になってしまうという事は。

 

やはりそうだ。エミヤシロウには誰も救えない。

ほら、そんな奴が存在などしていいはずがない。

バゼットとの交流によって眠りについていたアーチャーの中のドス黒い物が、蘇ってくる。

そんなアーチャーの心理を読みつくしたように、言峰はバゼットの片腕を掲げながら、荘厳にアーチャーに向かって問いかける。

まるで、これから神聖な儀式を行おうとする神父のように。

 

「では問おう。アーチャーのサーヴァントよ。

君の望みは一体何かね?」

 

「オレの―――望み?」

 

「そうだ。サーヴァントとは己の望みがあるが故に現世へと召喚され、聖杯を求める戦いへと身を投じる。

君にもこの戦いに身を投じる理由があるはずだ。」

 

「……く。」

 

「彼女の元ではその望みは叶えられない。

だが、私の元でなら叶えられよう。

私の命令がある以外は君の好きにしていい。何をしようと君の自由だ。

聖杯すら自由にしてもよい。」

 

そう、この英霊エミヤには望みがある。

昔の彼自身、衛宮士郎を倒し、己自身を消し去るという望みが。

バゼットの元ではその望みは叶えられない。

彼女は民間人を巻き込む事を望みはしない。

 

「アー……チャー。」

 

途切れ途切れの微かな声。

それは床に血まみれで横たわるバゼットの声に他ならない。

 

「す、みません。やはり、私は愚かだ。貴方の忠告を……聞いていれば。」

 

「喋るな。バゼット。」

 

がふっ、としゃべりながらも彼女は口から血の塊を吐き出す。

剣技や投影魔術だけでなく、こんな時に治癒魔術でも覚えておけば、とアーチャーは強く己を悔やむ。

だが、無い以上はどうしようもない。

悔やみながらも、アーチャーは手ごろな清潔な布でバゼットの腕を止血する。

何故かあの黒服の神父……言峰は手を出しては来ない。

それもどうにでもできるという余裕なのだろうか。

ならば、つけいる隙もある。こっそりと、アーチャーは言峰に見られないようにバゼットに呟く。

 

「いいか、私が時間を稼ぐ。その隙にこの場から離脱するんだ。」

 

解っているのかいないのか、虚ろな瞳でバゼットはこくり、と頷く。

そして、アーチャーは立ち上がると、干将・莫耶を手にしながら、バゼットと言峰の間に立ちふさがる。

 

「何のつもりだ。令呪の縛りがある以上、お前に私は倒せない。」

 

それを聞いて、ニヤリ、とアーチャーは口元に不敵な笑みを浮かべる。

あまりに不自然なその笑みに流石の言峰も不振そうに眉を潜める。

最早アーチャーに打つ手などない。いかなる手を使おうとも、彼に言峰は倒せないのだから。

だが―――その考えこそが過ちだ。

 

「確かにな。私には貴様は倒せない。

だが―――葬るだけが、手ではない!!」

 

そうアーチャーは叫ぶと、手にした干将・莫耶を床へと叩きつける。

瞬間。まるでピンを抜かれた手榴弾のように、二刀は光を放ち、凄まじい勢いで炸裂し、爆発し、破片を周囲に撒き散らす。

 

《壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)》

 

英雄のシンボルともいえる己の宝具を破壊し、相手に強力な破壊を齎すという

錬鉄の英霊、アーチャーだからこそできる反則的な技である。

しかし、今回は敵を破壊するために用いる物ではない。

強烈な爆発は閃光や粉塵、そして破片を撒き散らしながら、言峰の視界を一時ながら塞ぐ。

そう、この壊れた幻想は、敵を攻撃するためでなく、バゼットが脱出するための目くらましと撹乱にすぎないのだ。

猛烈な爆風と衝撃、そして様々な破片が言峰とアーチャーに襲い掛かり、一時的ながら言峰の動きを封じる。 そして、アーチャーはバゼットが破片で傷つかないように、彼女をその身でかばいながら叫ぶ。

 

「今だ!逃げろ!バゼット!!」

 

その言葉にぴくりと反応したバゼットは、残された力を必死で搾り出し、

機械のように起き上がると、そのまま窓へ突進し、ガラスを突き破りながら外へと脱出する。

 

ちらりと横目で視線を交し合う二人。

アーチャーからバゼットへのアイコンタクトから伝わる事はただ一つ。

《生き残れ。》ただそれだけだった。

窓から外に飛び出し、そのまま漆黒の闇の中へとバゼットは全力で疾走していった。

 

それを見て言峰は一つ舌打ちをすると、懐から黒鍵を取り出し、刃を魔力で編むと追撃体勢に入ろうとする。

今の彼女は生きている事自体が不思議なくらいだ。

言峰の追撃を受ければ、いともあっけなく倒されてしまうだろう。

それだけは絶対に避けねばならない。

 

「待つがいい。」

 

そんな言峰に対して、アーチャーは制止をかける。

煩わしげにアーチャーを一瞥する言峰に対して、アーチャーは機械的に一つの条件をつける。

 

「神父、貴様の軍門に下ろう。だが、一つ条件がある。

それが受け入れられなければ、この場で私は自害するだけだ。」

 

「条件だと?そんなものがつけられる立場だと思っているのか。

……まあいい。話だけは聞いてやろう。」

 

「簡単だ。彼女に、バゼットにこれ以上手を出さないという事だ。」

 

ふむ、と言峰は僅かに考え込む。

実際、彼女はすでに瀕死だ。あの状態ではいずれかの場所で野垂れ死ぬのがオチだろう。

わざわざここで面倒な追撃をかける手もない。そう思った言峰は、手にした黒鍵の刃を解く。

それはバゼット追撃を諦めたという意思表示に他ならない。

「ふむ、お前の行っている事は無益で無意味だぞ、アーチャー。

あの傷では助かる見込みなどほぼあるまい。

例え彼女が優れた魔術師だとしてもだ。

……だが、まあよかろう。ここで止めを刺さずとも、どうせ彼女は死ぬ運命だ。」

 

―――ああ。そうかもしれない。

だが、オレは信じている。

彼女が生き延びる事を信じている。

瀕死寸前であろうが、断絶魔にのた打ち回ろうが、彼女は確かに生きている。

それを、希望がないと笑える人間がどこにいよう―――。

 

その後、アーチャーの言葉だけでは信用できなかったのか、言峰は『主変えに賛同しろ』という令呪をアーチャーにかけた。

彼は、アーチャーを単なる使い捨ての道具にするつもりに違いない。

己の不甲斐なさを呪いながら、アーチャーはそれに従わざるを得なかった。

 

 

そして、言峰のサーヴァントとして戦う日々が始まった。

言峰の指示は聖杯戦争の斥候として他サーヴァントと対戦し、情報を仕入れること。

それはアーチャーの望みにも適う。

今回の聖杯戦争の成り行きを確認し、衛宮士郎がどういう行動を起こすか確認する。

いかに平行世界といえども、彼がどういう行動を取るかは全く解らない。

故に、斥候として活躍しながら、士郎がどういう行動をするか見守るつもりだった。

 

だが、実際に士郎と向き合ってみて、どうしても感情を抑えられなかった彼は、ついに衛宮士郎を葬ってしまうが、凛の手により復活してしまう。

 

そして、彼はついにサーヴァントを召喚した。

アーチャーの中にある記憶とは異なり、セイバーではなくランサーを召喚して。

 

ならば、最早枷はない。全力をもって。

今ココにエミヤシロウは衛宮士郎の敵へと変貌する―――!!

……最早、全てを失ってしまった彼にとっては、ただ衛宮士郎を滅ぼすことだけしか残されてはいないのだから。

 

ただ一つ安堵する事があった事と言えば、バゼットがしっかりと生き残ってくれた事だ。

しかもキャスターと再契約を行い、再び聖杯戦争のマスターとして身を投じていた所は流石に多少驚いた。

それでこそ、バゼットだ。

そんなアーチャーの内心の微かな誇りと安堵。だが、今はお互い敵同士にすぎない。

だから、わざと相手の怒りを買うような態度と台詞を吐いた。

バゼットが己を敵と認識して、何の躊躇いもなく戦わせるように。

 

そして、戦いの果て、ついに彼らは対峙する。

最早戦術も戦略も何もない。

ただの意地と信念のぶつかり合い。

アーチャーの手にする干将・莫耶と士郎の手にする稲妻煌く堅固なる刃。

果てしの無い剣戟、剣戟、剣戟。

アーチャーは過去の自分を蔑むように、手にした剣だけでなく、言葉による剣で衛宮士郎を切り裂く。

 

「正義の味方だと?笑わせるな。

誰かのためになると、そう繰り返し続けたおまえの想いは決して自ら生み出されたものではない。

そんな男が他人の助けになるなどと、思い上がりも甚だしい―――!

 

「―――その理想は破綻している。

自信より他人が大切だという考え、誰もが幸福であって欲しい願いなど、空想のおとぎ話だ。

そんな夢を抱いてしか生きられぬのであらば、抱いたまま溺死しろ。」

 

その事実に打ちのめされる士郎。

当然だ。己の行き先は無残な末路しかないと突きつけられたのだから。

例えそれが平行世界で起こった過去だとしても、恐らくは変えようはあるまい。

 

だが。

しかし。

それでも―――。

 

それでも、彼は屈しはしなかった。

稲妻煌く堅固なる刃を地面に突きたて、杖代わりにしながら、決して倒れる事をよしとしない。

何故だ、何故倒れない。何故だ―――!!

そんなアーチャーに答えるように、衛宮士郎は血を吐くように叫びながら、カラドボルクを振りかざす。

 

「大切な人たちを護れないで、何が正義の味方だ―――!!」

 

そして、士郎にアーチャーの知識が流れ込んでくるように。

アーチャーにも士郎の記憶が流れ込んでくる。

 

それは何という事の無い日常の生活。

桜がいつものように朝御飯を作り、普通に学校へと通い、

便利屋として学校の備品を直し、藤ねえの食事を作り、そして魔術鍛錬をして就寝するだけの平穏な日々。

 

瞳から涙が溢れ出す。

どう足掻いても取り戻せない日々。

眠るような穏やかな学生生活。それこそ、衛宮士郎が失ってはならない輝くような黄金の日々だったのに。

 

―――ああ、俺は何と言う愚か者なのだろう。

平凡で平穏で眠ってしまうほどの穏やかな日々。

藤ねえや桜や凛たちと普通に暮らしていたかけがえのない黄金の日々。

オレが最も疎かにしていたモノこそ、オレが本当に護るべきモノだったのに―――!!

 

ざくんと、胸にに衝撃と鋭い痛みが走る。

胸を見る。そこには士郎のカラドボルグの切っ先が深々と突き刺さっていた。

ただの一瞬、ほんの一瞬だけ己を見失ってしまったアーチャー。

そして、その一瞬が全ての勝敗を分けたのだ。

自らの胸に突き立てられたカラドボルグを見ながら、呆然とアーチャーは呟く。

 

「―――そうか。」

 

  「私とお前とは、もう違う存在なのだな―――。」

 

ぽつり、と、アーチャーは誰に聞かせるでもなく思わず呟く。

何かを悟ったかのような目を閉じた安らかなアーチャーの表情。

それこそが、この世界でのアーチャーと士郎との決着だった。

だが、次の瞬間、無感情で陰鬱な声が無常にも響き渡る。

 

「ふむ、残念だ、過去の自分を滅ぼし、己を滅ぼそうとしたその絶望は心地よかったのだがな。

答えを得たお前などに用は無い、自害しろ、アーチャー。」

 

「ぐ―――ふ。」

 

その瞬間、ざくん、とアーチャーの莫耶の刃が己の心臓を貫く。

それは令呪の力。己の望まぬ行動すら取らせるのがマスターの特権、令呪の力である。

バゼットから奪い取った最後の令呪の命令により、アーチャーは己の心臓に己の刃を突きたてた。

がふっ、とアーチャーの口から血の塊が飛び出す。

いかにサーヴァントといえど、心臓をやられてしまっては致命的だ。

後は死を待つしかない。

死にかけた瞳で見えるのは、ギルガメッシュの背後から放たれた無数の宝具。

そして、その目標は衛宮士郎。

ここで奴で死なれてしまっては、この私を打ち破った意味がなくなってしまう―――!!

反射的に、アーチャーは疾走し衛宮士郎を乱暴に突き飛ばす。

そして彼へと襲い掛かる無数の宝具。

それはエーテルで構築された彼の体を骨を砕く音と肉を引き裂く音を立てながら、貫く貫く貫く。

まるで針鼠のように剣や槍や様々な武具に貫かれながらも、アーチャーは決して膝をつこうとはしない。

ズタボロになりながら、ありったけの力を視線に込めて、アーチャーは士郎を睨みつける。

 

「衛宮士郎。お前が正義の味方を目指すのなら。」

 

―――彼女を、イリヤをも助けてみせろ、

そしてお前の大切な存在全てを護ってみせろ―――!!

 

その思考を最後に存在する力を失ったサーヴァントの体は塵となり、さらさらと空中へと散っていく。

そして、肉体という楔を失った彼の魂は偽者の聖杯と化した言峰へと取り込まれていく。

取り込まれる瞬間、今回の聖杯戦争での記憶が蘇る。

 

バゼットはいかなる存在でも救いはあると言った。それは本当に?

―――願わくば、次の召喚で私が望む答えが見つかりますように。

 

それが、アーチャーの最後の思考だった。

 






読んで下さってどうもありがとうございます。
Fate/if外伝2をお送りします。
後、このアーチャーにはホロウでの衛宮士郎(というかアヴェンジャー)の記憶が断片的にあるという設定になっています。
ホロウ後にアーチャー化した衛宮士郎という事ではなく、あくまでホロウの時の記憶があるだけなのですが。
平行世界からの記憶を本体が読んでそれを覚えているだけという設定になっています。
(ホロウの後でアーチャー化したらあまりにかわいそうかな、と思いまして)
知識は磨耗して断片的にしかなかったので、言峰の不意打ちを防げなかったという設定になってます。
多分、fate/ifがらみではこれで最後になると思います。
アイデアが浮かんだら、Fate絡みで何か書くかもしれませんが、今の所ぜんぜんアイデアがないので。
後、アーチャーが料理を作った所ですが、アーチャー作る→バゼット味はどうでもいいからもっと量と速度を→アーチャーorz
というアイデアも一瞬思いついたのですが、それだとギャグになってしまうので、ああいう形になりました。

それではどうもありがとうございました。
感想などいただけるととても嬉しいです。
またお気軽にお立ち寄りください。
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