電話でかぐやのことをつい「娘」と口走ってしまった彩葉。その様子を後ろから見ていたかぐやは、広がり続ける彩葉との年齢差をついに、自覚してしまう。
「彩葉……死んじゃ、やだ……」
Pixivにも投稿済み。
「えぇ、えぇ、うちの
このかぐやを、”娘“と呼んだ彩葉。そうか、あたしにとって彩葉はもう、そんな年齢なんだ。あたしが彩葉と同い年だった時に、あたしは彩葉との結婚を考え、その彩葉は自分の全てを投げ打ってあたしとの生活を
あたしは全てを察したような、ヤチヨみたいな淡い笑顔で、独り呟くの。
「ついにこの時が、来ちゃったな」
怖いな。
彩葉、怒って口も聞いてくれないや。
そんなことが、どうでもよくなるほど。
今夜もまた、いつものように、彩葉の隣で寝転がる。だけどあたしは、いつものように、彩葉の顔を見つめることが、できないでいた。
「……彩葉?」
「……なに?」
「今日さ、電話でさ、かぐやのこと、娘って、言ってたよね」
「そうだね」
「……来ちゃった。この日が」
「……私が高校生、アンタが赤ん坊として初めて出会った時の関係に、戻ったんだね」
「彩葉にとってのあたしが、娘になって、孫になって……」
彩葉が寝返りを打ってあたしと向き合う。その顔に、怒りはなかった。
「うん」
「彩葉の体がどんどん衰えて……」
「生き物……だからね」
「この8000年の間、今まで何万人も、女の子がお母さんに、お母さんがお婆さんになるのを見てきたけど、彩葉は、別だよ……」
「……別であって欲しいけどね。別じゃないと思う。私も一人の人間だよ。生老病死の四苦からは、どんなブレイクスルーを起こしたって、絶対に逃れられない。逃れてはいけない」
「かぐやは慣れたわけじゃない!」
私は彩葉の腰に正面からしがみつく。寝転がり絡み合う。私の8000年のうち、たった数十年だけ、やっと絡み合える2人。
「彩葉……死んじゃ、やだ……」
「……かぐや、かぐやは、いつか、死にたい?」
その言葉を、甘い誘惑の夢物語を捉えるのに時間がかかり、彩葉の顔を見上げる。
「……あたしが?」
「私たちは、いつか死ぬしか選べない。でもあなたは、死ぬか死なないかの選択ができる」
「……もう、わかんない……」
「答えるのは数十年後でも良いし、私が死んだ後も、ずっとわからないままでも良い」
私は、死をなんだと思っているんだろう。今、確かに甘い誘惑だと思ってしまった。
散々死を見てきた。あらゆる死をさまざまな形で大量に。だけど未だにわからない。彩葉の死が、私の死がなんなのか。他の人達の死となんら変わらないようにも思えるし、二度と取り返しのつかない絶望のようにも思えるし、私のそれは、たった一度だけ訪れる希望のようにも、思えてしまう。私は他の人となんら変わらないその希望を、絶望を受け取るか否か選択できてしまう。できて、しまうのだ。
いっそのこと生物みたいに逃れられないものであってくれれば、どんなに……
「……もし、かぐやが私たちと一緒に、老いさらばえることを望むなら、その準備は出来てる」
「どういうこと?」
「かぐやの義体に、老いを実装できるかもしれない。
「そんなのに国とか企業の資金出たの?」
「出ない出ない。そんなわざわざ自分達の出資した成果を退化させるようなマネに。だから、自費」
「でも、老いるってことはつまり……」
「……ははっ……さすが、ヤチヨ。よく考えて?」
「一度老い始めたら不可逆で、結局死ぬまで停止不能ってこと?」
「まぁ生物がそうだからね。もちろん機械にも寿命はあるわけだけど、それをよりバイオロジックなものとして演出表現できる方法を探してる」
「人として生き、人として老い、人として死んで欲しいから?」
「そうだよ。もちろん月人の側からしたら、私は
「そんなこと、月人のあたしは思わない」
「ほんとに思わない? 他の月人には無かった理不尽を自分だけ抱えさせられるの。自分の好きな人に、自分や周りと同じになって欲しいと言われて、そんなアンスト出来ない重大な
「そんなものすら受け入れる覚悟がなけりゃ2回も地球に来ないよ。地球での複雑で一回きりの自由な人生、私は確かにそれに憧れたからここにきた。だから。待って、はぁ……ごめん……」
「いつまでも、待つよ」
その顔は、私には笑顔のように見えた。
—————————
新しい朝が来た。希望の朝だ。喜びふにゃらら〜……なんだっけ。ほんっと、テキトーだなと
「かぐや〜! そろそろ!」
「あぁん! 待ってぇ〜!」
洗い物を爆速で終えたあたしは、彩葉と共にかぐや義体の大型アプデのために電車で駒場に向かっている。片道一人462円。彩葉は定期を持っているからいいものの、別に東大の関係者でもなんでもないあたしの分はしっかり運賃を取られる。あたしは人間なんだぞと、誇らしい気持ちで1000円をチャージする。危ねぇ残金6円だった。
少し年季の入ったいい感じのお店が並ぶ吉祥寺で乗り換え。いつものようにぱっぱと乗り換えんとしてたけど、彩葉が出口へ手招きする。なんか見つけたの?
「たまにはさ、遠回りもいいかなって」
そう言って彩葉が連れてってくれたところは、大きな池のあるでっかい公園だった。
「もう桜散っちゃったけど、やっぱり良いね」
「武蔵野って感じがする」
「どんな感じよ」
そのまま2人は黙りこくって歩いていた。湖からの風が少しひんやりしてて心地いい。だけど水辺にはよう分からん虫もつきもので、息を吸うとたまに鼻や口に入ってくる。
「うげぇ変な虫入ったぁ〜」
「水辺だもんね〜後で掃除しよっか」
「うん! 鼻掃除!」
「耳掃除とはよくいうけど、鼻掃除とは言わないよねぇ」
「鼻掃除ってより、ハナホジだ!」
意識的に彩葉の娘を演じてみる。これもこれで悪くない。
研究室に着いて、研究の成果物たるこのかぐやちゃん自らみんなに挨拶する。研究室のみんなはとても思慮深く優しい子達ばかり。機械に命を宿す研究をしているのだ。みんな命とは意思とはなんたるかを考え尽くしている。それでも答えは出ていない。辛抱強くでも着実に歩みを進められる、その上頭も良い。それが3人よれば
あたしは真剣に議論を交わすみんなの様子をのんびり見て回る。
「あ、ルナルナだ〜!」
ルナラット17号無印。かぐやの義体の研究の時に体を張って頑張ってくれてる機械ネズミちゃん。無毛でピンク色の表皮が可愛らしい。ちなみにこの子で17代目。16代目までの子達はクローンも含めて部品をバラバラにして再利用できるように保管、意識体はツクヨミに連れてきて自由に遊んでもらってる。最近ツクヨミで話題の、見つけたらレアラッキーのネズミちゃんはみんなこの子達。
「そんで隣は?」
隣にも似てる子がいる。ただ少し様子が変?
「ルナラット17号アルファ。17号の初めてのクローン」
「そっか、宜しくね」
クローンとはいえ要は車と同じだ。同じ設計図で全く同じ機械を作るだけのこと。それをちゃんとした生き物でやると色々まずいけど、クローンの本体を構成する全てが完全に機械だから倫理スレスレでセーフという、そんな彩葉の発言を聞いた時には流石にあたしも「ぶっ壊れてんなぁ……」というしか無かった。そしてあたしについても、同じことが倫理的にも可能という、本人からしちゃどう捉えりゃいいのか分からんすぎる案件で、一回考えすぎでオーバーヒートしたことがある。知恵熱。
「でもこのクローンちゃん、17号ちゃんの複製っぽく無いよ?」
「……
「いつの間にここまで……」
「なかなか……言いづらくて。昨日布団で話したこと、あの話題がいつか必ず自然と湧き起こるはずと踏んで、いつか私がかぐやを娘と呼んでしまうその時を待ってた。隠しててごめん」
「ううん、かぐやも、多分突然知らされてたらパニクってたから、だけど昨日のお話で、準備できたから、今教えてくれてありがとう」
そうか。もう動物実験の段階まで進んでるんだ。そうか。あとは私が決めるだけ。そうか、そうか……
「機械の体にバイオ的な病気を発症させることはそもそもめちゃくちゃ難しいから、もしかぐやに、死を実装するなら
「老いて死ぬまでがワンセットなんだね?」
「死を極限まで遅らせることはできるけど、それでも老化は絶対に止まらない」
竹取物語では不死の薬を帝に渡して、それを帝が燃やすんだっけ……じゃぁあたしは、翁から老化と死の薬を貰って、飲むかどうか迷ってるってとこか……
「……不死の存在に老いを実装することは、私はその存在を殺害するってことになるのかな」
「人間と月人じゃ前提が違うからねぇ……数十年後に効く毒薬かぁ……」
正直、この問題はとっとと片付けたいし永遠に先延ばしにしたい。だけどいつか、すべてを解ってる彩葉の死がやってくる前に、私は決めなきゃいけない。
「私は、いつまでも待つよ? かぐやが待った分だけ、待てるよ?」
「それはかぐやがやだ。期限がないと、動けなくなっちゃう」
「8000年間私のいる時代を目指して耐えてくれたもんね。期限をいつにするかを決めるのだって、いつまでも待てる」
ありがとう。彩葉。
「さっ、大型アプデ、始めよっか」
「彩葉!」
「ん?」
「……ありがとう」
「……こちらこそ」
「アプデ内容はまた秘密?」
「ごめんね。今度はちゃんと、実感できるやつだから」
「期待してるよん! 天才工学博士!」
今回はなんだろう。
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ねぇ、かぐや。かぐやだよ。またいつもみたいに、おはなししよう? 聞いてほしいことがあるんだ。
ずっとあたしは、彩葉の死を見送って永遠を生きるものだと思ってた。
彩葉が、機械の義体に老化の機能をつけて、機械生物を死へ導く技術を開発してることを、昨日の夜、布団の上で、知ったよ。
それを、かぐやの義体に
動物実験までしてて、あとは私が決めるだけ。
生き続けるか、死を選ぶか。残酷すぎる二択。
私、訊かれたの。彩葉に、いつか、死にたいかって。
その時に、
思っちゃった。それは甘い希望だって。死を、望んじゃったの……!
どんなものか一番沢山眼の前で見てきたのに! 誰かの存在が消えて苦しむ人を沢山見たのに! それでも! なんで……! なんで……
私が死ぬことは、今まで抱えてきた大量の物語が、たくさんの文化が死ぬことと同じなの。ここにいる。ここにいるんだよ! いなくなった人たちの文化を全部抱えて、私はここにいるの! 全部大切なの!
大切……なんだよ?
ずっと宮中のそばにいて、天下取りのそばにいて、争い止めようとしたって全部無駄で、誰も言うこと聞かなくて、私は観るしかできなかった絶望続きの記憶も。
蘇我のみんなと話して、アテルイさんと話して、豊臣のみんなとずっと暮らして、みんなみんな自分の大切なもの抱えてたのに、私の大切な人たちにみんな滅ぼされて、その人たちだってみんな死んでさ。それらだって全部抱きしめてさ。大切……なんだよ。
だけど過去が大切なのと、死を美化するのは、全く別のことでしょ? かぐや……あたしはそんなのもう見たくないのに……その私自身が、同じ
ウミウシの私が何を思おうが、変えてはいけなかったし、何を言ったって、何も変えられなかった。
でも今は、現実で行動することで誰かを変えられる。私がずっと、ずっと行使したかった力だったはずだのに。たった10年でそれを手放すことをなぜ一瞬でも望んだの?
それを望んだのはきっと、私が八千代生き続けた理由、
私の光の始まりには彩葉がいた。私の道の先にもずっと彩葉がいた。この光の終わりには、何があるの……?
かぐや、ありがとう。私、もう少し、笑えそう。
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「かぐや! 復活!」
「なんとか上手く行った……」
「かぐや、りすぽほぉぉぉおおおん!!!」
「ちょ、研究室で大声で叫ばないでと何度言ったら! 地声でめっちゃ通る声なんだから!」
「ねぇ! 大型アプデでしょ!? アプデ内容何?!」
「はぁ……このお湯に手を入れてみて」
ちゃぽ。
「暫く待って」
「ねぇ、まさかとは思うけどさ」
「出して。手を広げて」
「彩葉?」
「指の腹見て」
「見た」
「しわしわでしょ」
「しわしわです」
「それ」
「……2つ目はぁ!」
「それです」
「3つ目」
「それです」
「嘘でしょ?!」
「お湯につけるとふやける指」
「……時間がなかったとか」
「
「準備不足だったとか」
「前回の大型アプデから2年経ってる」
「指の、ふやけ? なんで?」
「皮膚にできるシワの研究」
「……機械義体の老化のやつ?」
「うん」
「……なるほど」
「嫌だった?」
「ううん。期待してる」
嘘だ。
投稿予定長編からの一部抜粋&文脈整合のための改変。